ポケットモンスター Agent PLATINUM 作:ミノワ
※独自設定についての補足です。
本作の現段階ではメガシンカという現象自体は確認されていますが、対応するメガストーンの特定や、安定して発現させる技術は確立されていません。そのため、公式設定よりも発現難度が高くなっています。
ホウエン地方、131番水道の果て。
見上げれば首が痛くなるほどの高さを誇る『はしら』が、そこに
その麓へ降り立った四人のエージェントは、その圧倒的な存在感を前に、一瞬言葉を失っていた。
「……すごい。ホウエンにはこんな建物があるんだね」
「すごいでしょう? 数千年前からあると言われてるの!ロマンがあるわよね……!」
空を愛するフウロが感嘆の声を漏らし、ホウエンの空を守るナギが、誇らしげに胸を張る。
カゲツは、雲に隠れた塔の頂上を見上げ、その表情を引き締めた。
「ロマンも良いが、とんでもねえプレッシャーだな。噂には聞いてたが、これほどか……」
そこで、先頭を行くダイゴが、砂浜に立っている男に気がつき、声をかけた。
「カイト!久しぶりだね!」
駆け寄り、そして右手を差し出す。
「チャンピオン。再び会えて光栄です」
カイトはその手を力強く握り返した。
「——で、いるのかな?」
「ええ、問題ない。今はしっかりと確認できています」
ダイゴは遥か天空を見据えた。
「ふむ。カゲツの言う通り、想定以上の圧力だね」
ここから姿が見えなくとも、疑いようがない。ホウエンの空を統べる存在が、間違いなくそこにいる。
「よし、行こうか」
ダイゴとカイトを先頭に、五人は『そらのはしら』へと歩み始めた。
最後尾のカゲツが、軽口にも聞こえる調子で尋ねる。
「……で?」
全員が振り返った。
「海に山に長旅をしてきたはいいが、これが失敗すりゃ、オレたちの作戦は頓挫ですか?」
一瞬だけ、波濤の音だけが響いた。
だがダイゴはすぐ、仲間たちに告げた。
「そうはさせないさ」
短い一言だった。
だが、そこに迷いはなかった。
一行は再び歩き出し、塔の内部へと進む。
◇ ◇ ◇
一方、プラチナム本部ラボ。
ゼンノは手元のデバイスを確認していた。
「やはり突入までには間に合わんか……」
その少し後、ラボの入り口が開く。
ライルとルカだった。
二人はゼンノに呼び出されていた。
そしてゼンノの隣には、一体のポケモンが佇んでいた。
タイプ:ヌル。
その頭部を覆う巨大な鎧兜は、以前と何ら変わっていない。
「「ヌル!」」
ライルとルカがその名を呼ぶと、ヌルの鎧の奥の瞳が、僅かに輝いたように見えた。
「忙しい時に呼び出してすまんの、貴様ら」
「全然です!」
「ヌルについて、何かわかったのか?」
「ああ。解析が終わってな」
ゼンノは端末へ視線を落とした。
「結論から言うと、ヌルが被っているこの鎧兜は……外すことができる」
「マジか!?」
ルカが身を乗り出す。
「ああ」
しかし、ゼンノの表情は晴れなかった。
「ようやく分かったことだが、ヌルのこの兜は、制御装置のような役割をしているんじゃ」
「制御装置だと?」
「そう。これには非常に強力な、複数の相殺エネルギーが込められているんじゃ」
「……全然わかんねえ」
「少しは考えんか……」
呆れ気味のゼンノに、ルカが短く舌を出す。
「要は、タイプ:ヌルの力を抑え込むために、ありとあらゆる策が講じられているということじゃ」
ゼンノが解析結果を表示する。
「そのエネルギーは集約すると、およそ十七種類ほどに分類される。……これが何の数字か、わかるか?」
「十七……?」
ルカが眉間へ皺を寄せる。
隣のライルは顎に手を当て、記憶を辿った。
「……タイプ数ですか? 一つ足りないけど」
「その通り。流石じゃな、小僧」
ゼンノはヌルを見る。
「こいつの力は、自身が持つノーマルの性質に加え、残る十七タイプ全ての能力に関係している可能性が高い」
「抑え込まれているということは……」
「おそらく、全て使えるということじゃ」
「……マジか?」
ルカも今度ばかりは絶句した。
「ハッキリ言ってそれ、とんでもなく凄くねえか?」
「ある意味では『不自然』とも言えるな。このような特徴を持つポケモンは、世界広しといえど極めて異質じゃ」
ゼンノは少し考え、続ける。
「アクジキングの生態が既存のポケモンの枠組みから大きく外れていたと言ったじゃろう。意味は違えど、ヌルにも似たような異質さがある」
二人は目を見開き、一瞬言葉を失った。
「それに加え、こいつの体は——」
そう言いかけたゼンノはライルに遮られる。
「ヌルが……」
ライルが恐る恐る口を開く。
「……ウルトラビーストかもしれないってことですか?」
室内に一瞬、沈黙が落ちた。
しかし。
「いや、違う」
ゼンノが答える前に、即座に否定したのはルカだった。
「こいつは、あいつらと同じじゃない」
「根拠あんのかよ」
「ねえ!」
「ないのかよ……」
ルカはヌルを真っ直ぐ見つめた。
「たとえ同じだったとしても、あたしは何も変わらねえよ。こいつはあたしらの仲間だ」
鎧の奥から、ヌルがルカを見つめ返す。
ライルは小さく笑った。
「相変わらず無茶苦茶だな……。でも、おれも気持ちは同じさ」
「だろ?」
その瞬間、鎧の奥に隠されたヌルの瞳が、僅かに揺れた。
ゼンノはそれを見逃さなかった。そして、先ほど言おうとした言葉を飲み込んだ。
「……貴様らはそれで良い」
「?」
ゼンノは仕切り直す。
「話を戻すぞ。その鎧兜には強烈なロックが掛けられていたが、解除までは成功した」
「だから、外せるってことだな?」
「そうじゃ。だが簡単ではない」
ゼンノは首を横に振った。
「ここから先は、わしがどう弄っても駄目じゃ。最後の条件は、おそらくヌル自身にある」
「こいつ自身に?」
「それが何か、ハッキリとは分からん。決戦までに外れるかもしれんし、あるいは永遠に外れぬままかも。ただ、わしから言えることは一つ——」
そしてゼンノは、穏やかな目で二人を見た。
「今の貴様らのままでいい。そのまま、ヌルに接してやれ」
ライルとルカは顔を見合わせる。
「……わかりました」
「ああ。任せろよ」
二人の声に応えるように、タイプ:ヌルも小さく唸る。
ライルは、ヌルのボールを受け取った。
◇ ◇ ◇
翌日。
プラチナムのトレーニング室には、ダイゴたち四人を除く、ほぼ全ての作戦参加者が集結していた。
技の炸裂する轟音。
飛び交う指示。
各々が連携と役割を確認する。
本来、プラチナムは秘匿性を重んじる組織。任務も単独、あるいは最小限の人数で行われる。これほどの人数が同じ場所へ集い、戦力を一つの目的へ集中させることは極めて稀だった。
その中心にはシロナがいた。
他のエージェントに細かく指示を飛ばすリーダーの姿を、ライルとルカは少し離れた場所で見ていた。
二人の傍には手持ちのポケモン達がいる。
「シロナまでここに居るなんて珍しいよな」
「それだけ緊急事態ってことだよ」
ライルの言う通り、誰もが動いていた。
そしてシロナの視線が二人に移る。
「ライルくん、ルカ」
「はい!」
「ウス」
「あなたたちも、途中までは本隊と同じ。状況によってはそのまま乱戦になる可能性もある。作戦は完全に頭へ叩き込んでおいてね」
「もちろんです。バッチリ頭に入れてますよ」
「ああ。戦闘になりゃ思う存分暴れてやるさ」
シロナがルカをじっと見る。
「……ルカ。暴れるだけじゃ駄目だからね?」
「わ、わかってるって」
ライルが横で吹き出す。
決戦は、もう明日に迫っている。
——だが。
二人には、未だ達成できていない課題が残されていた。
「どう? うまくいきそうかしら?」
「いや、ダメだな」
「手持ちはひとまず試してみたんですけど……そもそも、やり方が分からないですし」
ライルとルカの腕には、キーストーンが嵌ったバングルが装着されている。
メガシンカ。
ミナモ戦でカラスが見せた、限界を超えた強化。しかし二人は、その入口に立てずにいた。
「相棒曰く、あのクソ傭兵野郎が指輪を光らせた時、エネルギーを流し込んでるように見えたらしいんだ。なんか念じるみたいにさ。だからあたしらもそうしてんだけど——」
ルカがバングルを突き出す。
「こう……フンッ!! って感じでさ!」
ルカは期待を込めて、手持ちのポケモンたちを見渡した。
「どうだ!?」
サザンドラが三つの首を傾げた。
「……グルル?」
ルガルガンも首を傾げる。
「ウォフ」
二体は視線を合わせた後、訝しげに主人を見る。
「なんだよその顔!!」
「やっぱり、難しいな……」
ライルは自分の腕を見る。
「ガブリアス、お前も何ともないか?」
「ガァ……?」
ガブリアスも首を傾げていた。
彼だけではない。
ゴウカザル、ウォーグル、グレイシア、ラムパルドも同様であった。
シロナが尋ねる。
「ルカリオはどうだったの?」
「以前試したときは、『妙に心がざわつく』とは言っていました。……だけど、何か起きそうな気配はなかった」
ライルの肩が落ちた。
ダイゴから「もう一段強くなれる」と告げられたこともあり、焦りはどうしても拭えない。
「できることをするしかないわね」
シロナが言った。
「それは、あくまで最後のプラスアルファ。使える前提で作戦を立てているわけじゃない」
「……はい」
「それに——」
シロナは二人を見た。
「明日まで何が起こるかなんて、誰にもわからないでしょう?」
プラチナムのボスは、不敵に微笑んでいた。
◇ ◇ ◇
そして、夜。
艦内は静かだった。
「明日ですね!」
「うん!頑張らないと!」
女性区画では、スズナとアスナが話していた。
「悔しい思いは、キッサキの時だけでもう十分。今度こそ、最後まで戦うから」
「そうですね。私も気合いバッチリです」
アスナの意気込みに、スズナも微笑む。
「勝ちましょ!」
「よっしゃ!」
別の区画。
テッセンはデバイスの整備に余念がない。マキシとデンジは手持ちポケモン達と共に過ごし、最後まで体調管理に気を配る。
執務室。
そこに居たのはシロナ、アデク、ロードの三人。シロナとアデクは作戦を入念に見直す。そしてロードは、アジトの模擬図を食い入るように見つめていた。
それぞれが、それぞれの方法で明日を迎えようとしている。
◇ ◇ ◇
そして食堂。
ライルとルカは、いつもと変わらず二人で食事をしていた。ライルは少し落ち着かない様子で、ルカに話しかける。
「いよいよだな」
しかし、ルカの返事は。
「ああ」
「……『ああ』って、それだけかよ」
「なんだよ?」
「いや……明日だぞ?」
「うん」
「いや……」
ルカは不思議そうにライルを見た。
そして。
「あー……そういう感じのやつ?」
「……」
「プッ。らしくねえの」
「うるさいな」
ルカは呆れたように箸を置いた。
「改まって話すことなんて今はねーだろ。お前とは仕事の話は毎日してるし、あたしのことだって全部話してるんだからな」
「……ま、確かにそうか」
ライルは苦笑したが、肩が少し軽くなるのを感じた。今さら「絶対に生きて帰ろう」などと確認する必要はなかった。そんなものは、とっくに決まっている。
ルカは少しの後、口を開いた。
「……それならよ」
そしてライルの方を向く。
「未来の話でもすっか?」
ライルは目をぱちくりとさせる。
「何だよそれ?」
「ほら、お前がこないだ言ってたろ。これからの人生が過去を決めるんだーとか何とかさ」
ルカが笑いながらそういうと、ライルは少し照れ臭そうにする。
「なんだよ、馬鹿にしてんのか。おれは真剣に言ったんだ」
ライルはそっぽを向いた。
すると、ルカは何やら弁明し始める。
「怒んなって。あたしだって真剣だよ。それにあの言葉、結構気に入ったんだ」
「本当かよ」
「マジマジ!マジだって」
そう聞いたライルはルカに向き直る。
「感銘を受けたのさ。まあちょびっとだけな」
「ふっ。ならよかったよ」
だがルカは、椅子の背にもたれ掛かり、今度は何やら『いちゃもん』をつけだした。
「でも、せっかく前向きな話なのに相変わらずお前はさぁ、仕事とか飯とか我儘とか——って、誰が我儘だコラ」
「おっそ」
「うるさい」
ルカはライルの肩をパチッと叩いた。
「とにかく! お前のはロマンがねえんだよ! 全然ダメダメだ!」
「はあ? じゃあ、何ならいいんだよ」
ルカは腕を組み、しばらく考え込んだ。
そして、何かを思いついたように、ぱっと顔を明るくする。
「旅行だ!」
「……旅行?」
「ああ! 今度こそ、世界中いろんなとこを巡るんだ!」
それは彼女のかつての夢であった。
「お前はまた急にそんなことを……」
「何言ってんだよ! そんくらい楽しみがなきゃ、張り合いねーっての!」
ルカの目は、真剣だった。
だが自身の犠牲さえ厭わない危うい目ではない。戦いのその先を見始めた少女が、確かにそこにいた。
「それに『そらのはしら』の時でさえ、あんだけインセンティブもらえたんだ。今度の任務なら、もっと期待できんだろ!? その金で行くんだよ!」
インセンティブ。
世界を救う瀬戸際だというのに、今度は金の話。変わらなすぎる相棒に、ライルは思わず呆れ笑いをする。
するとルカは、ライルに向かって人差し指を突き出した。
「お前が考えろ」
「えっ?」
「どこ行って、何するか。お前が計画するんだよ! そんで、あたしを連れていけ!」
「本当に言ってんのかよ」
「当然だろ? 言ったからな!」
ルカはにっと笑う。
「約束!」
そう言うと、突き出した人差し指でライルの頬をツン、とつついた。
「ほら、返事!」
「……ああ。分かったよ」
「それでいいんだ」
ルカは満足そうに笑い、ライルも苦笑した。
二人は明日、戦場へ向かう。
これまでと同じように、相棒と共に。