ポケットモンスター Agent PLATINUM   作:ミノワ

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第六十四話【突撃】

 

 ——テンガン山頂。

 

 それはシンオウの心臓部であり、険しい山々に囲まれた天然の要塞。

 

 そのほぼ真裏にあたる反転世界に、輪廻教および天狼隊のアジトは存在していた。

 アジトのほぼ表側に位置する、その山頂付近の様子が、監視室に並ぶ無数のモニターへ映し出されていた。

 

 外は深い霧が立ち込め、空は曇天。

 その様子を、二人の男が見ていた。

 

「ムクロさん、奴らがいつ来るか分からないって話だが……本当に来るのか?」

「さあな。ここ一週間、何の動きもない」

 

 兵団員の二人が言葉を交わしていると、背後の扉が開いた。

 

 現れたのはまさに天狼隊幹部——ムクロ。

 短い黒髪をオールバックに整えている。

 二人は即座に起立し、敬礼する。

 

「いい、直れ。今日はどうだ?」

「異常なし。数値も安定。各三隊も即応態勢を維持しています」

 

 一人が報告、そしてもう一人は訝しんだ。

 

「奴ら、本当に来るんでしょうか?」

「言ったろ」

 

 ムクロはモニターへ目を向ける。

 

「近いぞ」

 

 そのまま数十分。

 

 映し出されているのは、いつもと何ら変わらないテンガン山の景色だった。

 

 厚い雲と吹き荒れる風。

 人気のない岩肌。

 しかし。

 

「……ん?」

 

 ムクロの眉が動いた。

 テンガン山を覆う雲の上。

 ほんの一瞬だけ、巨大な塊のような影が横切った。

 

「今のは……?」

「……何か見えましたか?」

 

 ムクロは目を細めた。

 だが、すでに影は消えていた。

 

「いや……」

 

 その直後。

 

「ムクロさん!」

 

 別のモニターを見ていた男が声を上げる。

 

「山頂に人影です!」

 

 画面が拡大される。

 先ほどまで誰もいなかったはずの山頂。

 そこに、一人が立っていた。

 

 その女性は、長い金髪を風に靡かせ、黒のロングコートを羽織っている。

 シンオウ地方最強の王者にして、プラチナムのリーダー。

 

 ——シロナ。

 

「何だ……? この女、どこから現れた?」

 

 シロナは腕組みをしながら、ただそこに立っていた。まるで、こちらから見られていることに気付いているかのように。

 その立ち振る舞いに、ムクロの警戒が最大限に高まる。

 

 部下の男がつぶやく。

 

「こいつ、何をする気だ……?」

 

 しかしムクロは、このチャンピオンの背後にさらなる人影を捉えた。

 

「よく見ろ」

 

 ムクロが低く言った。

 

「一人じゃない」

 

 シロナの後方から、次々と人影が姿を現す。

 

 アデク。

 テッセン、デンジ、マキシ。

 アスナ、スズナ。

 

 敵地の真正面へ、堂々と姿を晒していた。

 

「こいつら……狂ってますよ。よりによって正面からだと?」

「何人か兵を出しますか!?」

「待て。これが罠でないはずがあるか」

 

 ムクロが眉を顰める。

 

「大方、俺たちを誘き出すための奇策だろう。なにせ入口がないのだからな。ガライ隊長に報告しろ」

 

 そして立ち上がる。

 

「全員、戦闘準備だ」

 

        ◇ ◇ ◇

 

 テンガン山頂。

 

 吹き荒れる冷たい風の中、プラチナムの面々は動かない。

 

「……何も起きませんね」

 

 デンジが呟いた。

 

「やはり、ここまで見え透いた罠には乗ってこんか」

 

 アデクが周囲へ視線を巡らせる。

 

 シロナは静かに数秒、目を閉じた。

 そして、再び開く。

 

「……それなら、作戦通り始めましょうか」

 

 その言葉に、数人の後ろから出てきた二人の影。

 

 ライルとルカだった。

 二人は顔を見合わせる。

 

「やるぞ、相棒」

「ああ」

 

 二人が前へ出た。

 

 その腕には、キーストーンを嵌め込んだバングル。ライルとルカは同時に、それを胸の前に当てた。

 

 すると、虹色の石が輝き始める。

 

 その合図を受け、後方で静かに待機していた四つの影が動いた。

 

 ラティオス、ラティアス。

 そして、エンテイ、ライコウ。

 

 空中を滑る二体と、大地を踏みしめる二体が、ライルたちの両脇を抜けて前方へ進み出る。四体は先端に並び、目の前の虚空を真っ直ぐに見据えた。

 

「……壮観じゃのう」

 

 テッセンが息を呑む。

 シロナも同様に空を見た。

 

「ここからよ」

 

 ライルも頷く。

 

「あいつが、本当に来るなら」

 

 ルカは拳を握り締めた。

 

「来るさ」

 

 そして不敵に笑う。

 

「あいつはずっと、こいつらみてえな強いポケモンを狙ってきたんだからな」

 

        ◇ ◇ ◇

 

 同時刻。

 

 反転世界側の監視室では、見張りの兵達が慌てていた。

 

「何のつもりだ!?」

「カラスさんの報告通り、全て伝説級です!」

 

 モニターには、テンガン山頂へ集った四体の姿。その周囲で、計測値が異常な勢いで跳ね上がった。

 

 その意味を理解したムクロの表情が変わる。

 

「……まずい」

「ムクロさん?」

「狙いは最初からそれだ」

 

 ムクロがモニターを睨みつける。

 

「誘き出そうとしているのは『あいつ』だ!」

 

 その直後。

 反転世界全体が震えたかのような感覚が走る。

 

「な、なんだ!?」

 

 兵団の男たちが周囲の映像を確認する。

 

 反転世界内。

 紫色の虚空。

 その遥か彼方で、巨大な黒い影が動いた。

 

「チッ……!」

 

 その影は凄まじい速度で遠ざかっていく。

 

「ムクロさん、今のはまさか……!」

 

「奴にとっちゃこれ以上ない獲物だ……。四体を餌に使いやがった!」

 

「幹部の方達の指輪で何か——」

 

「——指輪で出来るのは誘導までだ!奴の意思までは操れない!」

 

 ムクロが怒鳴る。

 

「第三隊を出せ!急げ!敵を止めろ!」

 

 そこへ総大将であるガライ、幹部であるカラス、リンが勢いよく入室する。

 

「どうしたムクロ!何事だ!?」

 

「敵襲です!『ギラティナ』が、反転世界から引きずり出される!」

 

「なんだと!?」

 

        ◇ ◇ ◇

 

 再び、『表』のテンガン山。

 

 最初に異変を察知したのは、エンテイとライコウだった。

 

 そして同時に身構える。

 

『……来る』

 

 ラティオスとラティアスも空を見上げ、鋭い鳴き声を上げる。

 

「みんな、構えて!」

 

 シロナの声が飛んだ。

 

 その直後。

 山頂から僅かに離れた空間が歪んだ。

 黒という言葉では表せないほどの漆黒。

 

 それが一本の亀裂となり、空間そのものを引き裂いていく。

 

 裂け目から漏れ出したのは、黄泉の冷気。

 ライルとルカが真っ向からそれを捉える。

 

 かつて彼らの前に二度現れた『赤』。

 再び、闇の奥で二つの眼光が輝いた。

 

 次の瞬間。

 

 巨大な頭部が、現実世界へと突き出される。

 続いて、黄金の装甲に覆われた灰色の巨躯。

 六本の脚が岩盤へ叩きつけられた。

 

 ——ズズゥン!!

 

 山そのものが揺れたかのような衝撃。

 反転世界の王——ギラティナ。

 

「……来たな」

 

 ライルが息を呑む。

 だが、ギラティナは彼らを見ていなかった。

 

 その赤い瞳が捉えているのは——ラティオス、ラティアス、そしてエンテイ、ライコウ。

 

 ギラティナが咆哮した。

 

 ——ギシャアアアアアア!!!!

 

 大気が震え、岩肌に亀裂が走る。

 

 それに呼応するように、背後の裂け目がさらに大きく広がった。その奥から、無数の影が現れる。

 

 反転ポケモン。

 

 一体……三体……十体。

 いや、その程度ではない。

 

 数えることすら馬鹿らしくなるほどの影が、王に付き従うように現実世界へと這い出してくる。

 

「……おいおい」

 

 マキシが額に汗を浮かべた。

 

「ちょっと……これ、本当に大丈夫なの!?」

 

 アスナも思わず一歩退く。

 

「間に合うのか!?」

 

 ルカが空を見上げた。

 

 ギラティナが、四体へ向かって進み始める。

 捕らえるために。

 反転世界へ、引き摺り込むために。

 

 その巨体が今にも飛び出そうとした——その時。

 

 ——ゴォォオオッ!!

 

 凄まじい暴風と共に、天が割れた。

 

 重く垂れ込めていた鉄色の曇天が、一刀両断されたかのように左右へ吹き飛んだ。同時に、テンガン山を丸ごと震わせるほどの咆哮が、天空に響き渡る。

 

 ——グォォォォオオオオ!!!

 

 全員が遥か上空を見上げた。

 

 刹那、天から降り注いだのは、光と見紛う一条のまばゆい筋。それは遥か上空から、雷すら置き去りにするほどの速度で舞い降りる。

 

 雲を切り裂き、渦を巻く、天空の槍。

 

 エメラルドに輝く巨体と全身を走る金色の紋様。太古より成層圏を巡り、この空を守り続けてきた存在。

 

「レックウザだ!!」

 

 ライルの叫びが響いた。

 

 さらに複数の影が、プラチナムメンバーの背後から降下してきた。

 

 メタグロス。

 その背に立つダイゴとカゲツ。

 

 そしてチルタリス、エアームド、アーケオス、スワンナと共に舞い降りるナギとフウロ。

 

「みんな、待たせたね!!」

 

 ダイゴの声が戦場を貫いた。

 

「ダイゴさん!」

 

 ライルが叫ぶ。

 

 ギラティナの赤い瞳が上を向き、レックウザを捉えた。

 

 天空の王と反転世界の王。

 二柱の視線が交差する。

 

 かつての因縁を晴らすかのように、レックウザが吼えた。ギラティナもまた、地の底から響くような咆哮を返す。

 

「……よし、食いついた」

 

 ダイゴが呟く。

 シロナの表情が変わる。

 

「総員——突入準備!!」

 

 次の瞬間。

 

 急降下し続けるレックウザの口元へ、凄まじいエネルギーが集束する。

 

 ——『はかいこうせん』。

 

 放たれた奔流が山頂の地面を悉く削り、ギラティナの左右と正面を薙ぎ払う。

 

 轟音。衝撃。

 

 周囲を埋め尽くしていた反転ポケモンたちがまとめて吹き飛ばされた。それぞれが空間に穴を開き、次々と反転世界へ押し戻されていく。

 

 上空から迫るレックウザへ向け、ギラティナが怒りの咆哮を上げた。

 

 その瞬間。

 

「いま!」

 

 シロナが叫ぶ。

 エージェント達が一斉に駆け出す。

 

 その前面には、反転ポケモン達が『帰る』ために開かれた幾つもの穴があった。密集していた穴は繋がり、ある程度の大きさを保っている。

 

 それがそのまま——彼らの『入り口』となる。

 

 開いた穴の先を、エージェントたちが即座に確認していく。その一つに、建物の中にある巨大な広場が見えた。

 

 見つけたのは——ルカだった。

 

「全員『左』!!急げ!!!」

 

 その声に、ほぼ全員が反応し、次々に裂け目へと飛び込んでいく。エンテイ、ライコウ、ラティオスたちも咆哮を上げ、共に裂け目の中へ続く。

 

 その混乱の中、ダイゴがライルとシロナへ駆け寄った。

 

「ライルくん、ありがとう!」

 

 ダイゴは、ライルにモンスターボールを渡した。ライルがすぐさまそのボールを開くと、現れたのは——ルカリオ。

 

「ルカリオ、上手くやったんだな!」

(ああ、当然だろう!)

 

 二人は拳を突き合わせる。

 

 そして。

 

「シロナ、これを!」

 

 ダイゴから渡された何かを、シロナが受け取る。二人は短く頷き合った。

 

 ライルとシロナは、仲間たちに続いて闇へ飛び込んだ。

 

 そしてダイゴを含む数人は、山頂に残った。

 

 彼らの飛び込んだ『入り口』は、徐々に閉じた。

 

        ◇ ◇ ◇

 

 反転世界。

 

「クソッ! 奴らに鎖の軍隊が『戻ってくる穴』を使われた!そのうえレックウザだと!?」

 

 監視室のムクロが机を叩いた。

 獰猛に笑うカラスと怒れるリン。

 

「ド派手だなァ!最高じゃねえか!!」

「笑ってる場合!? 隊長、どうするの!?」

 

 ガライは、モニターに映る『表』と『中』の戦場を一瞥した。プラチナムの戦力が、次々とアジト内の広場へ侵入している。

 

「表には最低限を行かせろ。問題は中だ、奴らをこのまま迎え撃つ。急ぎ、俺達も出るぞ」

 

 その声だけで、室内の空気が変わる。

 

「……申し訳ありません。隊長」

「ムクロ。お前はクライアントの保護に向かえ」

「……了解!」

 

「カラス!リン!」

 

 そして。

 

「行くぞ、戦闘だ!!」

 

        ◇ ◇ ◇

 

 反転世界、そのアジト内へ突入したプラチナム一行。

 

 眼前には、数え切れないほどの反転ポケモンが蠢いていた。さらに兵団の男たちが、その前面に自らの手持ちを展開し、侵入者を阻む壁を形成している。

 

 ライルが前線に立つ。

 ルカが隣で牙を剥くように笑う。

 

「ルカリオ!ガブリアス!」

「ルガルガン!サザンドラ!」

 

 四体が一斉に前へ出る。

 

「「いけ!!!」」

 

 二つの『りゅうのはどう』。

 『ストーンエッジ』。

 そして——『はどうだん』。

 

 咆哮と轟音。

 

 四体から一斉に攻撃が放たれ、最前列を形成していた兵団たちの手持ちへと直撃。その防衛線をこじ開けた。

 

「絶好調ね! 二人とも!」

 

 スズナが叫んだ。

 

 そして、シロナが自身のガブリアスと共に中央へ立つ。

 

「総員!このまま押し込む!!」

 

 アジトを貫くその声に、全員が応える。

 

 そしてシロナは、本拠地の最奥を、真っ直ぐに見据えた。

 

「さあ、勝つわよ」

 

 表の世界では、二柱の神が激突する。

 その反転では、二つの軍勢がぶつかり合う。

 

 ついに、戦いの火蓋が切られた。

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