ポケットモンスター Agent PLATINUM   作:ミノワ

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第六十六話【突破】

 

 反転世界アジト。

 最奥の部屋へと続く通路。

 

 中央広場の喧騒から離れたその場所を、一人の男が足早に歩いていた。

 

 短い黒髪。鍛え上げられた肉体。

 男は進み、扉を警備していた傭兵へ近づく。

 

「おい、通るぞ」

 

 傭兵の視線が動く。

 その目が、僅かに細まる。

 

「……カラスさん。どうされました?」

 

「護衛の交代だ、急げ」

 

「……そうですか」

 

 カラスは歩みを止めない。

 だが、傭兵は腰のボールへ手を伸ばした。

 

 次の瞬間。

 閃光と共に飛び出したのは、『カブトプス』。

 その鎌が、カラスの首元へと振り下ろされた。

 

 しかし。

 

 ——ガキィン!!

 

 水色の影が、刃を弾く。

 そこへ現れたのは——『ゲッコウガ』。

 カブトプスの鎌を、水の手裏剣で受け止める。

 

「何してんだ? てめえ」

 

 カラスが不機嫌そうに睨む。

 傭兵は一歩も退かなかった。

 

「手前の警備兵からの定例報告が二分遅れてる。それにたとえ本人でも、俺程度の奇襲にはやられない。残念だったな」

 

 男は冷静だった。

 自分の実力では、幹部を倒せない。

 だが、その反応を確かめることはできる。

 

 そしてゲッコウガが現れた時点で、答えは出ていた。

 

 しかし。

 

「これが本命ならな」

「……何?」

 

 二人の会話が終わるよりも前。

 傭兵のその背後。

 暗闇の中に、細長い影が浮かび上がる。

 

 ——ドラパルト。

 

 一瞬だった。

 その尾に巻かれた布が、背後から傭兵の口元を覆った。甘く濃い香りが、鼻腔へ流れ込む。

 

「——!?」

 

 倒れ込む傭兵。

 

「しばらく寝てろ」

 

 カブトプスが主人の異変に反応するものの、ゲッコウガがその鎌をくぐり抜け、急所へ一撃。音を立てずに崩れ落ちた。

 

 倒れ込む傭兵を見下ろしながら、カラスの姿がゆっくりと歪み始める。体を覆っていた『メタモン』が変形を解き、長い髪を持つ男の姿が現れた。

 

 ——ロード。

 

 息を吐き、僅かに乱れた呼吸を整える。

 

(『外』と『中』の戦闘兵を除けば、幹部以外はこいつが恐らく最後だ)

 

 ロードは、先ほどの兵と合わせ、四人の傭兵をすでに無力化していた。

 戦闘は必要最低限だったが、それでも袖の下の腕や体には、細かな傷が刻まれていた。

 

 そしてさらに奥へと続く通路を見据える。

 目的は、この先。

 巨大装置のある最奥の部屋。

 

 だが、頭に叩き込んだアジトの模擬図によれば、その一つ手前に、大きな部屋がある。

 それはこの扉を抜けた通路の先にあったが、そこからは、異様なプレッシャーが漂っていた。

 

 間違いない。

 そこにもう一人、猛者がいる。

 

 ロードはデバイスを手にし、『二人』へ向け、無線を繋いだ。

 

        ◇ ◇ ◇

 

 その少し前。

 中央広場。

 

 一進一退の攻防は容易に優劣を許さず、あちこちで戦闘の爆音が響き渡る。

 

「皆、スイッチじゃ!」

 

 テッセンの声に、マキシとスズナが即座に反応する。前線に立つポケモンを素早く入れ替え、疲労を分散させながら戦線を維持する。

 

 その頭上ではラティオスとラティアスが縦横無尽に飛び回り、反転ポケモンの鎖を狙って『サイコキネシス』と『りゅうのはどう』を放っていた。

 

 戦況を見据えていたガライが目を細める。

 

「……よくないな」

 

 そして新たなボールを二つ、投じた。

 地響きと共に現れたのは、ガチゴラス、そして『ジャラランガ』。

 

 咆哮が広場を震わせる。

 狙いは後方のエージェントたち。

 そこへ向かい、二体が踏み出す。

 

「シロナ!」

「ええ!行かせません!」

 

 アデクが一体を繰り出す。

 一対の槍を持った鎧の騎士——『シュバルゴ』。

 

 シロナも続く。

 両腕に炎の剣を宿した戦士——『ソウブレイズ』。

 

「絶対に通させないで!」

 

 二体が同時に動く。

 

 シュバルゴの鋭い槍がガチゴラスの体と衝突し、激しい火花を散らした。

 間髪をいれず、ジャラランガが踊るような乱撃を繰り出す。ソウブレイズは、その連撃を両腕の炎剣で捌いていく。

 

 膠着する戦況。

 

 初めに現れた百を超える反転ポケモンは、エージェント、そしてラティオスたちの奮闘により、その半数以上が現実世界へ返されていた。

 

 だが、新たな裂け目が開き、別の区画に収容されていた反転ポケモンが、続々と送り込まれてくる。

 プラチナムは、増幅装置までの経路はつかめていたが、アジト内にある反転ポケモンの収容区画までは把握していない。そして、それを探す時間と余裕はなかった。

 

 このまま時間が経過すれば、消耗戦の末に不利に陥るのはどちらか。

 

 それは明らかだった。

 

(そろそろか……? まだか!?)

 

 焦燥を押し殺し、カラスのカイリューとオンバーンによる猛攻を凌ぐライル。

 

 一方でルカは、リンからの獰猛な突進を、幾度も仕掛けられていた。

 持ち前の反射神経と蹴りのリーチにより、無理矢理に距離を取る。しかし、路上と訓練で得られた技術の差は大きい。

 

 刹那。激しい応酬の中でルカが体勢を崩し、後ろへと大きく傾く。

 

「捕まえたっ……!」

 

 それを逃さず、リンの両腕がルカへ届きそうになった、その瞬間。

 

 ……ブブ!

 

 ライルとルカのデバイスが揺れ、通信が流れる。

 

「お二人さん!来い!!」

 

 それはロードからだった。

 

 その声を聞いた瞬間、ライルは迷いなく身を翻し、広場の左側奥に姿を現したロードの元へと走り出した。

 

 それを見たガブリアスとルカリオが、カイリューとオンバーンを押し退け、続く。

 

 そして、ルカは。

 

「……勝ち誇った顔してんじゃねえ!」

 

 ルカは後ろに倒れ込む勢いをそのまま利用。懐に飛び込んできたリンの腕を引き寄せ、さらに腹部へブーツの裏を突き立て、巴投げの要領で思い切り押し出した。

 

 リンの身体が後方へ投げ飛ばされた。

 ルカは即座に、跳ねるように立ち上がる。

 そしてライルの背を追い、地を蹴った。

 

「ハァッ……ハァッ……!」

 

 ルガルガン、サザンドラ、そして戦場を駆け回っていたパオジアンもそこへ続く。

 

 リンは激昂し立ち上がる。

 

「待てクソガキ!もう絶対に許さねえ!!」

 

 その隣にカラスも立つ。そしてすぐさま、アマルルガとカイリューをけしかけ、追わせようとする。

 

 しかし、彼らの前に立ちはだかる影があった。

 

 激しい放電を纏うエレキブル。

 手首の炎を爆発させるバシャーモ。

 

 そして。

 

「交代だ。お前らの相手は、俺たちだよ」

「あんたらみたいなのに、可愛い後輩達は追わせないから!」

 

 それは、前衛としての仕事を果たしたあと、中盤で静かに息を整えていたデンジとアスナだった。

 

 事前に想定された戦線の引き継ぎ。

 リンは怒り、カラスは訝しむ。

 

「どけや!!」

「こいつら、どこまで計算ずくだってんだ?」

 

 離脱しながら、ライルが背後に向かって声を張り上げる。

 

「気をつけて!」

 

 ライルの声に対し、デンジは視線を外さず手を挙げ、アスナは満面の笑顔で力強く拳を突き出してみせた。

 

 ライルとルカが走り出した方向を見て、カラスが怒鳴り散らす。

 

「隊長!奴ら、奥へ向かうぞ!!」

 

 本陣でシロナたちと切り結んでいたガライの目が見開かれた。

 

「衛兵! 通らせるな!!」

 

 ガライの苛烈な檄が、無線機越しにアジト中へ響き渡る。

 

 しかし、それに応える声はなかった。

 ガライはすぐに察する。

 

「チッ、新手がいたか。役に立たん奴らめ……」

 

 そして。

 

「ムクロ、そっちに敵が行く!叩き潰せ!」

 

 最深部へと至る扉が開かれ、戦いの舞台はさらにその広がりを見せていった。

 

        ◇ ◇ ◇

 

 アジトの奥へ向かう通路。

 

 先頭を駆けるロードに続くライルとルカ。そして彼らのポケモンたちも、猛スピードで通路を駆け抜けていく。その道すがらでは、兵団員たちが転がっていた。

 

「ルカ、大丈夫だったか!?」

「当たり前だ!」

 

 ライルの言葉に答えたルカが、周囲を見てロードに尋ねる。

 

「こいつら、寝てんのか!?」

「ああ、キノガッサの胞子を調合した特製品だ。それより二人とも、端末は壊れていないな?」

 

 ライルとルカが頷く。

 巨大装置を止めるための解析端末。

 三人がそれぞれ一台ずつ手にしている。

 

 中央広場における、互いの主力と反転ポケモンとの大規模戦闘は、それ自体が目的でありながらも、もう一つ、陽動という効果があった。

 

 狙いは、最少人数で最奥へ向かうため。そして、その状況をロードが整える時間を稼ぐため。

 

 さらに外では、ギラティナが戻らぬよう、レックウザとダイゴたちが足止めをする。

 

 これが、プラチナムの作戦の全容だった。

 戦場はいま、三つに別れようとしていた。

 

 そして。

 

 一行の前に重厚な扉が現れる。

 ロードが奪ったカードキーが、認証を突破する。

 

 扉を勢いよく開けると、そこは大広間。

 

 待ち受けていたのは、幹部ムクロ。

 スーツに身を包んだ三人のスポンサー。

 そして『穢れなき白』を纏う、教祖の姿。

 

「おい! 本当に来たぞ! どうするんだ!」

「我らに何かあれば、ただでは済まんぞ!」

 

 次々に慌てふためくスポンサーたち。

 

「下がっていろ……奴らの好きにはさせん」

(フン、煩いブタどもめ……)

 

 ムクロは腕を組み、内心で吐き捨てた。

 その傍らで、教祖が冷酷に言い放つ。

 

「君たちは奥の部屋へ逃げていろ」

 

 その一言を合図に、三人は我先にと最奥の部屋へ向かって走り去っていく。

 

 ムクロが隣の教祖を見た。

 

「おい。アンタもやるのか?」

「当然だ。君らは、本当にあてにならん」

 

 教祖の男の隣には、カラマネロが不気味に佇んでいた。

 

 それを一瞥するロードとライル。

 

「あれが教祖だな、それなりに使いそうだ。二人とも気をつけろよ」

「ええ。それに、隣の男」

 

 ライルの視線は、ゲンジを追い込んだ実力者、ムクロを捉えていた。

 

「やっぱり、ただ者じゃない」

「ああ」

 

 ライルが警戒を高める。

 

 すると今度は逆に、ムクロの視線が、ライルの隣の少女を射抜いた。

 

 そして口角を上げる。

 

「こうやって実際に顔を合わせるのは初めてだな、クイーン」

 

 突然の呼び名に、ロードとライルが視線を巡らせる。そんな中、ルカは不快そうに眉を跳ね上げ、ムクロを睨みつけた。

 

「……何故それを知ってる?」

 

「クク。当時、うちのやつにスカウトされたろ? あれは俺の部下だったのさ」

 

 ライルが、ルカに向かって小声で話す。

 

「前に言ってた話だよな? クイーンってのは?」

 

 ルカは、ムクロを睨んだまま答えた。

 

「……ああ。地下闘技場ではそう呼ばれてたんだ」

「……そうか」

 

 一瞬だけ、沈黙が落ちた。

 そして。

 

「お前にぴったりだな。なんせさっきの蹴りを見た時には、地下闘技場で戦ってたのは、お前自身だったのかと思ったくらいだからな」

 

「オイ。こんな時にバカ言うなよ」

 

 澱んだ空気は、それだけで変わった。

 二人は、いつも通りだった。

 

 その様子を眺めていたムクロ。

 

(……揺さぶりにもならんか)

 

 そして小さく鼻を鳴らした。

 

「まあいいさ。お前達のせいで、俺も今日はストレスが溜まっててな。存分に暴れさせてもらう」

 

 ムクロが腰のボールを解き放つ。

 現れたのは巨剣を背負う——『セグレイブ』。

 煉獄を吐き出す——『ヘルガー』。

 

「二人とも来るぞ、準備しろ!」

 

 ロードが鋭く叫んだ。

 

 反転世界の最深部。第二陣の死闘が幕を開けた。

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