ポケットモンスター Agent PLATINUM 作:ミノワ
反転世界アジト。
最奥の部屋へと続く通路。
中央広場の喧騒から離れたその場所を、一人の男が足早に歩いていた。
短い黒髪。鍛え上げられた肉体。
男は進み、扉を警備していた傭兵へ近づく。
「おい、通るぞ」
傭兵の視線が動く。
その目が、僅かに細まる。
「……カラスさん。どうされました?」
「護衛の交代だ、急げ」
「……そうですか」
カラスは歩みを止めない。
だが、傭兵は腰のボールへ手を伸ばした。
次の瞬間。
閃光と共に飛び出したのは、『カブトプス』。
その鎌が、カラスの首元へと振り下ろされた。
しかし。
——ガキィン!!
水色の影が、刃を弾く。
そこへ現れたのは——『ゲッコウガ』。
カブトプスの鎌を、水の手裏剣で受け止める。
「何してんだ? てめえ」
カラスが不機嫌そうに睨む。
傭兵は一歩も退かなかった。
「手前の警備兵からの定例報告が二分遅れてる。それにたとえ本人でも、俺程度の奇襲にはやられない。残念だったな」
男は冷静だった。
自分の実力では、幹部を倒せない。
だが、その反応を確かめることはできる。
そしてゲッコウガが現れた時点で、答えは出ていた。
しかし。
「これが本命ならな」
「……何?」
二人の会話が終わるよりも前。
傭兵のその背後。
暗闇の中に、細長い影が浮かび上がる。
——ドラパルト。
一瞬だった。
その尾に巻かれた布が、背後から傭兵の口元を覆った。甘く濃い香りが、鼻腔へ流れ込む。
「——!?」
倒れ込む傭兵。
「しばらく寝てろ」
カブトプスが主人の異変に反応するものの、ゲッコウガがその鎌をくぐり抜け、急所へ一撃。音を立てずに崩れ落ちた。
倒れ込む傭兵を見下ろしながら、カラスの姿がゆっくりと歪み始める。体を覆っていた『メタモン』が変形を解き、長い髪を持つ男の姿が現れた。
——ロード。
息を吐き、僅かに乱れた呼吸を整える。
(『外』と『中』の戦闘兵を除けば、幹部以外はこいつが恐らく最後だ)
ロードは、先ほどの兵と合わせ、四人の傭兵をすでに無力化していた。
戦闘は必要最低限だったが、それでも袖の下の腕や体には、細かな傷が刻まれていた。
そしてさらに奥へと続く通路を見据える。
目的は、この先。
巨大装置のある最奥の部屋。
だが、頭に叩き込んだアジトの模擬図によれば、その一つ手前に、大きな部屋がある。
それはこの扉を抜けた通路の先にあったが、そこからは、異様なプレッシャーが漂っていた。
間違いない。
そこにもう一人、猛者がいる。
ロードはデバイスを手にし、『二人』へ向け、無線を繋いだ。
◇ ◇ ◇
その少し前。
中央広場。
一進一退の攻防は容易に優劣を許さず、あちこちで戦闘の爆音が響き渡る。
「皆、スイッチじゃ!」
テッセンの声に、マキシとスズナが即座に反応する。前線に立つポケモンを素早く入れ替え、疲労を分散させながら戦線を維持する。
その頭上ではラティオスとラティアスが縦横無尽に飛び回り、反転ポケモンの鎖を狙って『サイコキネシス』と『りゅうのはどう』を放っていた。
戦況を見据えていたガライが目を細める。
「……よくないな」
そして新たなボールを二つ、投じた。
地響きと共に現れたのは、ガチゴラス、そして『ジャラランガ』。
咆哮が広場を震わせる。
狙いは後方のエージェントたち。
そこへ向かい、二体が踏み出す。
「シロナ!」
「ええ!行かせません!」
アデクが一体を繰り出す。
一対の槍を持った鎧の騎士——『シュバルゴ』。
シロナも続く。
両腕に炎の剣を宿した戦士——『ソウブレイズ』。
「絶対に通させないで!」
二体が同時に動く。
シュバルゴの鋭い槍がガチゴラスの体と衝突し、激しい火花を散らした。
間髪をいれず、ジャラランガが踊るような乱撃を繰り出す。ソウブレイズは、その連撃を両腕の炎剣で捌いていく。
膠着する戦況。
初めに現れた百を超える反転ポケモンは、エージェント、そしてラティオスたちの奮闘により、その半数以上が現実世界へ返されていた。
だが、新たな裂け目が開き、別の区画に収容されていた反転ポケモンが、続々と送り込まれてくる。
プラチナムは、増幅装置までの経路はつかめていたが、アジト内にある反転ポケモンの収容区画までは把握していない。そして、それを探す時間と余裕はなかった。
このまま時間が経過すれば、消耗戦の末に不利に陥るのはどちらか。
それは明らかだった。
(そろそろか……? まだか!?)
焦燥を押し殺し、カラスのカイリューとオンバーンによる猛攻を凌ぐライル。
一方でルカは、リンからの獰猛な突進を、幾度も仕掛けられていた。
持ち前の反射神経と蹴りのリーチにより、無理矢理に距離を取る。しかし、路上と訓練で得られた技術の差は大きい。
刹那。激しい応酬の中でルカが体勢を崩し、後ろへと大きく傾く。
「捕まえたっ……!」
それを逃さず、リンの両腕がルカへ届きそうになった、その瞬間。
……ブブ!
ライルとルカのデバイスが揺れ、通信が流れる。
「お二人さん!来い!!」
それはロードからだった。
その声を聞いた瞬間、ライルは迷いなく身を翻し、広場の左側奥に姿を現したロードの元へと走り出した。
それを見たガブリアスとルカリオが、カイリューとオンバーンを押し退け、続く。
そして、ルカは。
「……勝ち誇った顔してんじゃねえ!」
ルカは後ろに倒れ込む勢いをそのまま利用。懐に飛び込んできたリンの腕を引き寄せ、さらに腹部へブーツの裏を突き立て、巴投げの要領で思い切り押し出した。
リンの身体が後方へ投げ飛ばされた。
ルカは即座に、跳ねるように立ち上がる。
そしてライルの背を追い、地を蹴った。
「ハァッ……ハァッ……!」
ルガルガン、サザンドラ、そして戦場を駆け回っていたパオジアンもそこへ続く。
リンは激昂し立ち上がる。
「待てクソガキ!もう絶対に許さねえ!!」
その隣にカラスも立つ。そしてすぐさま、アマルルガとカイリューをけしかけ、追わせようとする。
しかし、彼らの前に立ちはだかる影があった。
激しい放電を纏うエレキブル。
手首の炎を爆発させるバシャーモ。
そして。
「交代だ。お前らの相手は、俺たちだよ」
「あんたらみたいなのに、可愛い後輩達は追わせないから!」
それは、前衛としての仕事を果たしたあと、中盤で静かに息を整えていたデンジとアスナだった。
事前に想定された戦線の引き継ぎ。
リンは怒り、カラスは訝しむ。
「どけや!!」
「こいつら、どこまで計算ずくだってんだ?」
離脱しながら、ライルが背後に向かって声を張り上げる。
「気をつけて!」
ライルの声に対し、デンジは視線を外さず手を挙げ、アスナは満面の笑顔で力強く拳を突き出してみせた。
ライルとルカが走り出した方向を見て、カラスが怒鳴り散らす。
「隊長!奴ら、奥へ向かうぞ!!」
本陣でシロナたちと切り結んでいたガライの目が見開かれた。
「衛兵! 通らせるな!!」
ガライの苛烈な檄が、無線機越しにアジト中へ響き渡る。
しかし、それに応える声はなかった。
ガライはすぐに察する。
「チッ、新手がいたか。役に立たん奴らめ……」
そして。
「ムクロ、そっちに敵が行く!叩き潰せ!」
最深部へと至る扉が開かれ、戦いの舞台はさらにその広がりを見せていった。
◇ ◇ ◇
アジトの奥へ向かう通路。
先頭を駆けるロードに続くライルとルカ。そして彼らのポケモンたちも、猛スピードで通路を駆け抜けていく。その道すがらでは、兵団員たちが転がっていた。
「ルカ、大丈夫だったか!?」
「当たり前だ!」
ライルの言葉に答えたルカが、周囲を見てロードに尋ねる。
「こいつら、寝てんのか!?」
「ああ、キノガッサの胞子を調合した特製品だ。それより二人とも、端末は壊れていないな?」
ライルとルカが頷く。
巨大装置を止めるための解析端末。
三人がそれぞれ一台ずつ手にしている。
中央広場における、互いの主力と反転ポケモンとの大規模戦闘は、それ自体が目的でありながらも、もう一つ、陽動という効果があった。
狙いは、最少人数で最奥へ向かうため。そして、その状況をロードが整える時間を稼ぐため。
さらに外では、ギラティナが戻らぬよう、レックウザとダイゴたちが足止めをする。
これが、プラチナムの作戦の全容だった。
戦場はいま、三つに別れようとしていた。
そして。
一行の前に重厚な扉が現れる。
ロードが奪ったカードキーが、認証を突破する。
扉を勢いよく開けると、そこは大広間。
待ち受けていたのは、幹部ムクロ。
スーツに身を包んだ三人のスポンサー。
そして『穢れなき白』を纏う、教祖の姿。
「おい! 本当に来たぞ! どうするんだ!」
「我らに何かあれば、ただでは済まんぞ!」
次々に慌てふためくスポンサーたち。
「下がっていろ……奴らの好きにはさせん」
(フン、煩いブタどもめ……)
ムクロは腕を組み、内心で吐き捨てた。
その傍らで、教祖が冷酷に言い放つ。
「君たちは奥の部屋へ逃げていろ」
その一言を合図に、三人は我先にと最奥の部屋へ向かって走り去っていく。
ムクロが隣の教祖を見た。
「おい。アンタもやるのか?」
「当然だ。君らは、本当にあてにならん」
教祖の男の隣には、カラマネロが不気味に佇んでいた。
それを一瞥するロードとライル。
「あれが教祖だな、それなりに使いそうだ。二人とも気をつけろよ」
「ええ。それに、隣の男」
ライルの視線は、ゲンジを追い込んだ実力者、ムクロを捉えていた。
「やっぱり、ただ者じゃない」
「ああ」
ライルが警戒を高める。
すると今度は逆に、ムクロの視線が、ライルの隣の少女を射抜いた。
そして口角を上げる。
「こうやって実際に顔を合わせるのは初めてだな、クイーン」
突然の呼び名に、ロードとライルが視線を巡らせる。そんな中、ルカは不快そうに眉を跳ね上げ、ムクロを睨みつけた。
「……何故それを知ってる?」
「クク。当時、うちのやつにスカウトされたろ? あれは俺の部下だったのさ」
ライルが、ルカに向かって小声で話す。
「前に言ってた話だよな? クイーンってのは?」
ルカは、ムクロを睨んだまま答えた。
「……ああ。地下闘技場ではそう呼ばれてたんだ」
「……そうか」
一瞬だけ、沈黙が落ちた。
そして。
「お前にぴったりだな。なんせさっきの蹴りを見た時には、地下闘技場で戦ってたのは、お前自身だったのかと思ったくらいだからな」
「オイ。こんな時にバカ言うなよ」
澱んだ空気は、それだけで変わった。
二人は、いつも通りだった。
その様子を眺めていたムクロ。
(……揺さぶりにもならんか)
そして小さく鼻を鳴らした。
「まあいいさ。お前達のせいで、俺も今日はストレスが溜まっててな。存分に暴れさせてもらう」
ムクロが腰のボールを解き放つ。
現れたのは巨剣を背負う——『セグレイブ』。
煉獄を吐き出す——『ヘルガー』。
「二人とも来るぞ、準備しろ!」
ロードが鋭く叫んだ。
反転世界の最深部。第二陣の死闘が幕を開けた。