ポケットモンスター Agent PLATINUM 作:ミノワ
輪廻教および天狼隊のアジトは、テンガン山を裏返したような巨大岩塊の内部上層に築かれていた。
そのほぼ真裏の現実世界。
テンガン山頂でのギラティナとレックウザの戦いは激しさを増し、完全な空中戦へと移行していた。
『そらのはしら』同様。
飛行性能では天空の王者、レックウザに分がある。だがギラティナは『シャドーダイブ』を駆使し、その速度差を埋めていた。
エネルギーの衝突。
肉弾戦の一つ一つが大気を振るわせる。
空間の裂け目すら発生し、現れては消える。
その直下。
ナギとフウロは裂け目から溢れ出る反転ポケモンたちを相手に、耐久戦を続けていた。
「キリがないわね……!」
「レックウザとギラティナの戦いも、すごく拮抗してる!」
『ぼうふう』を軸とした戦いは、この場において確かに『ハマって』いた。
だがそれでも、数の多さには敵わない。
こちらの世界では『解放』ができない。彼らにできることは、レックウザへ向かわせず、反転世界へ押し返すことだけだった。
そんな中、裂け目の開く位置が先ほどまでと変わった。それはフウロとナギのすぐ後ろへ。
そこに反転のドンカラスが強襲。
「きゃっ——!」
しかし間一髪。
異変を感じ取ったチルタリスが、持ち場を離れ、『ブレイブバード』を見舞う。
「チルタリス!ありがとう!」
「チル!」
しかし、その代わりに、スワンナのみとなった『ぼうふう』から、反転ポケモンたちが溢れ出す。
「しまった!」
そこへ、ダイゴの指示が飛ぶ。
「メタグロス!『サイコキネシス』だ!」
溢れ出た反転ポケモンたちは再び、暴風の中へと押し戻された。
カゲツはその間、四人の兵団員を受け持つ。そしてダイゴは迅速に、デバイスの無線通信で交信を行った。
「状況はどうだ!?」
無線の向こうから、激しい火花の音と共に、シロナの声が返ってくる。
『二人がロードくんと合流した!そこまでは予定通り!』
「了解!引き続き、中のことは頼む!」
ダイゴはエージェントたちに声をかける。
「中は上手くいっている!僕たちもこのまま戦線を維持するよ!」
「「「了解!」」」
現実世界の防衛線もまた、一歩も退かぬ覚悟で固められていた。
◇ ◇ ◇
アジト最奥。
その一つ手前の部屋。
ロード、ライル、ルカの前にムクロと教祖が並び立つ。
ムクロは、セグレイブとヘルガー。教祖はカラマネロに加え、石像の巨人——『ゴルーグ』を呼び出す。
ロードの前には、ゲッコウガとドラパルト。
ライルは連戦のガブリアスとルカリオを、一度ボールへ戻す。
「二人とも、少し休んでてくれ」
代わって、ゴウカザルとグレイシア。
ルカもルガルガンとサザンドラを一度戻す。パオジアンはそのままに、新たにワルビアルを繰り出した。
一瞬の間を置き、ムクロが呟く。
「フン。少し手数を足すか」
そして新たなボールから『ハッサム』が飛び出し、鋼鉄の鋏を構える。
さらに、右手の指輪が光を放つ。
闇が一点へ集まり、裂け目が開く。
現れたのは漆黒のポケモン——『ダークライ』。
同色で目立たないが、その体には鎖の模様が刻まれていた。
「ダークライ……!」
ライルの表情が強張る。
「未確認の伝説級か。やはり隠していたな」
ロードが目を細めた。
「カラマネロもいる。何を仕掛けてくるか分からないぞ、気をつけろ!」
「……相談は終わりか?」
ムクロが口角を上げる。
「なら、行くぞ」
まず動いたのはダークライとドラパルト。互いに死角へ潜り込み、爪と尻尾を交差させる。二体の戦いは、影を奪い合う攻防だった。
次に、セグレイブが床を蹴った。
迎えたのはゴウカザルとゲッコウガ。
背中の巨剣が、風切り音を立てて振り下ろされる。ゴウカザルとゲッコウガは難なく回避し、その隙を狙う。
だが、初めの大振りは罠だった。
それに気づいたのは、ロード。
「ゲッコウガ、止まれ!」
崩れた体勢から流れるように、巨剣が横から薙ぎ払われる。ゲッコウガが水の刃で受け流そうとするが、衝撃を殺し切れず、身体ごと後方へ弾かれた。
追撃に動いたセグレイブへ、ゴウカザルが横から『インファイト』を叩き込もうとする。
その間へハッサムが割り込む。
——『バレットパンチ』。
鋼鉄の鋏が、ゴウカザルの拳と激突する。
そして、互いに距離を取る。
「ウキィッ!」
ライルは即座に指示を出す。
「ゴウカザル、『かえんほうしゃ』!」
炎は真っ直ぐにハッサムへ。
だが、ムクロもそれに反応。
「ヘルガー!!」
もう一つの炎が放たれ、ぶつかり合う。
——ゴォォォオオオオ!
ライルの視線がムクロを捉える。
カラスほどの苛烈さはない。
だが、さらに隙がない——。
その反対側。
ゴルーグが巨腕を振り上げる。
中央のライルは、それも捉えていた。
「グレイシア、止めろ!」
グレイシアが『れいとうビーム』を放つ。
右の巨腕が凍りつく。
続いて、ルカが叫ぶ。
「『かみくだ』け!」
ワルビアルは逆の左腕へと飛びつき、全体重をかけてゴルーグを引き倒そうとする。
ゴルーグは痛みながらも、それを無理やりに振り払う。ワルビアルが床を転がる。
「ワルビアル!」
ゴルーグの巨体がさらに踏み込もうとした瞬間。パオジアンの『こおりのキバ』が、足元を切り裂いた。
ゴルーグの体勢が崩れる。
すかさずワルビアルが起き上がり、今度は、その脚へ食らいつく。
瞬間、カラマネロが後方から怪しい光を放とうとした。
「余計な真似すんじゃねえ!」
ルカの声にパオジアンが反応。
鋭い眼光がカラマネロを刺す。
カラマネロは怯み、その動きが止まる。
「おい!何をしている!」
教祖の判断が、一歩遅い。
「てめえだけレベルが合ってねえんだよ!」
「黙れ、小娘!」
ムクロが舌打ちした。
(素人のお守りまでさせられるとは、つくづく割に合わん仕事だ!)
そして。
「やれ、セグレイブ! ヘルガー、手伝ってやれ!」
ヘルガーが吼えた。
次の瞬間、その全身から炎が噴き上がる。
——『ふんえん』。
炎が、前方一帯を呑み込んだ。
ゴウカザルの炎とゲッコウガの水流が、味方へ広がる熱波を押し返す。
ハッサムはムクロの指示を待たない。
即座に『まもる』を展開し、炎を遮断する。
一方、セグレイブは避けなかった。
迫る炎を受け止める。
巨剣が熱を取り込み、急激に冷気へと変換させていく。
——特性『ねつこうかん』。
セグレイブが、巨剣を床へ叩きつける。
瞬間、亀裂が走った。
凍りついた床が一斉に砕け、膨大な『ゆきなだれ』となって押し寄せる。
「全員、後ろへ!」
ライルの声に反応し、すぐ横に居たロード、そしてゴウカザルとゲッコウガが後方に下がる。
「ルカは!?」
「問題ねえ!!」
「よし、グレイシア!」
「キュイ!」
グレイシアがライルの前へ滑り込む。
冷気を操り、押し寄せる氷雪を次々と固めていく。
だが、勢いの全ては止め切れない。
形成された氷壁が軋み、亀裂が走る。
「持ち堪えろ!」
グレイシアがさらに冷気を注ぐ。
そして氷壁を湾曲させ、ライルとロード、ゴウカザル、ゲッコウガを覆う、かまくらのような防壁へ変えた。
その外では、パオジアンがルカの前へ立つ。氷雪の中を駆け、ルカとワルビアルへ迫る氷塊を次々と切り裂いていく。
「こんなもん、あたしのパオジアンに通じるかよ!」
白く染まった広間。
視界は完全に奪われていた。
その瞬間を、ムクロは待っていた。
「ダークライ。悪夢を見せてやれ」
上空でドラパルトと切り結んでいたダークライが、黒い霧へと姿を変えた。
ドラパルトの攻撃が空を切る。
ダークライは影の中にいた。
次の瞬間には、地面から体を出す。
そして両手に黒い球を集め、弾き出す。
「ルカ!横だ!」
ライルの声より早く球体がルカへ向かう。
そして、その全身を覆った。
——『ダークホール』。
「……あ、が……っ!?」
戦場の音が遠ざかる。
パオジアンが振り返った時には、ルカの膝はすでに崩れていた。
「ルカ!!」
「嬢ちゃん!」
ライルが氷壁から飛び出そうとする。
その前へ、セグレイブの巨剣が叩きつけられた。
ロードとゲッコウガも動こうとするが、ハッサムとヘルガーが迫り、進路を塞いだ。
倒れたルカへ、カラマネロの視線が向く。
教祖は、下卑た笑いを響かせた。
「クハハ!これはいい。カラマネロ、覗いてやれ!」
カラマネロの触手が、妖しく明滅した。
ルカは冷たい床に倒れたまま、動かない。
パオジアンがルカの身体を揺さぶる。
だが、その瞳は開かなかった。
ゴルーグは再び前進を始めている。ワルビアルが全身で押し留めるものの、カラマネロまでは止められない。
「どれ……」
カラマネロの光が、ルカの意識へ入り込む。
教祖は目を閉じ、同時にその触手に触れた。
すると、断片的な景色が脳裏へ流れ始めた。
それは——あの日だった。
「む……これはまさか、アローラか?」
吹き荒れる突風。大きな影達。
幼い少女の叫び。
教祖の口元が、ゆっくりと歪んでいく。
「なんと、なんと……! これはまた数奇な」
「なんだ……?」
その言葉に、ライルが反応した。
「傑作だ。この私の前に立ちはだかるのが、よりによってアローラから来た小娘とはな」
カラマネロの光が、さらに強くなる。
「なるほど。母を亡くし、妹は……」
教祖は目を開いた。
「……こう見えても私は、人を『救う』職業をしているのでな」
そして眠るルカを見下ろす。
「見せてやろう。貴様が、最も望んでいるものを」
ルカの意識は、さらに奥へと沈んでいった。
◇ ◇ ◇
「……っ!」
ルカは、目を開けた。
どうやら倒れていたらしい。
すぐに半身を起こす。
「……ここは、どこだ?」
肌を撫でる、生温かい風。
穏やかな町並みが、目の前に広がっている。
「……あたし、マズっちまったよな? 相棒は、無事なのか?」
そこで、言葉が止まる。
(……相棒?)
その言葉が、妙に遠い気がした。
何故か実感が伴わない。
空の色が僅かに歪んでいる。
何かがおかしい。
そう感じながらも、道を歩き始めた。
やがて、一軒の小さな家が見えてくる。
所々で塗装の剥げた壁。
窓から漂う、夕飯の匂い。
「……ここは、まさか——」
ルカの身体が震える。
その背後から、懐かしい声が聞こえた。
「ルカ?」
「お姉ちゃん!」
「……!!」
忘れようがなかった。
振り返るよりも早く、涙が溢れ出した。
——そんなはずがない。
何かが、変だ。
それは分かっている。
それでも、振り返らずにはいられなかった。
そこには、居た。
あの日に失う前と、変わらぬ姿で。
ルカは、震える声を絞り出す。
「……母さん、ルイ……!」
ルカは駆け出した。
そして、抱きつく。
「ちょっと!」
後ろに倒れそうになる三人。
母が支え、ゆっくり腰を落とす。
「どうしたのよ、珍しい」
ルカは、二人の身体を壊れそうなほど強く、抱き締める。
「痛いよ、お姉ちゃん!」
言葉に、ならない。
「ぐっ……うぅっ……」
「……どうしたの? なんで泣いてるの?」
妹は心配そうに聞いた。
「……ずっと……ずっと探してたんだ」
まだ、顔は上げられなかった。
「ルイ、お前を。それに、母さんも……!」
母と妹は顔を見合わせ、少し眉を上げた。
そして。
「変なお姉ちゃん。ルイたち、ずっとここにいるよ?」
妹が優しく笑う。
ルカが顔を上げると、小さな手が涙を拭った。