ポケットモンスター Agent PLATINUM   作:ミノワ

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第六十七話【ダークホール】

 

 輪廻教および天狼隊のアジトは、テンガン山を裏返したような巨大岩塊の内部上層に築かれていた。

 

 そのほぼ真裏の現実世界。

 

 テンガン山頂でのギラティナとレックウザの戦いは激しさを増し、完全な空中戦へと移行していた。

 

 『そらのはしら』同様。

 

 飛行性能では天空の王者、レックウザに分がある。だがギラティナは『シャドーダイブ』を駆使し、その速度差を埋めていた。

 

 エネルギーの衝突。

 肉弾戦の一つ一つが大気を振るわせる。

 空間の裂け目すら発生し、現れては消える。

 

 その直下。

 

 ナギとフウロは裂け目から溢れ出る反転ポケモンたちを相手に、耐久戦を続けていた。

 

「キリがないわね……!」

「レックウザとギラティナの戦いも、すごく拮抗してる!」

 

 『ぼうふう』を軸とした戦いは、この場において確かに『ハマって』いた。

 だがそれでも、数の多さには敵わない。

 

 こちらの世界では『解放』ができない。彼らにできることは、レックウザへ向かわせず、反転世界へ押し返すことだけだった。

 

 そんな中、裂け目の開く位置が先ほどまでと変わった。それはフウロとナギのすぐ後ろへ。

 

 そこに反転のドンカラスが強襲。

 

「きゃっ——!」

 

 しかし間一髪。

 

 異変を感じ取ったチルタリスが、持ち場を離れ、『ブレイブバード』を見舞う。

 

「チルタリス!ありがとう!」

「チル!」

 

 しかし、その代わりに、スワンナのみとなった『ぼうふう』から、反転ポケモンたちが溢れ出す。

 

「しまった!」

 

 そこへ、ダイゴの指示が飛ぶ。

 

「メタグロス!『サイコキネシス』だ!」

 

 溢れ出た反転ポケモンたちは再び、暴風の中へと押し戻された。

 

 カゲツはその間、四人の兵団員を受け持つ。そしてダイゴは迅速に、デバイスの無線通信で交信を行った。

 

「状況はどうだ!?」

 

 無線の向こうから、激しい火花の音と共に、シロナの声が返ってくる。

 

『二人がロードくんと合流した!そこまでは予定通り!』

 

「了解!引き続き、中のことは頼む!」

 

 ダイゴはエージェントたちに声をかける。

 

「中は上手くいっている!僕たちもこのまま戦線を維持するよ!」

 

「「「了解!」」」

 

 現実世界の防衛線もまた、一歩も退かぬ覚悟で固められていた。

 

        ◇ ◇ ◇

 

 アジト最奥。

 その一つ手前の部屋。

 

 ロード、ライル、ルカの前にムクロと教祖が並び立つ。

 

 ムクロは、セグレイブとヘルガー。教祖はカラマネロに加え、石像の巨人——『ゴルーグ』を呼び出す。

 

 ロードの前には、ゲッコウガとドラパルト。

 

 ライルは連戦のガブリアスとルカリオを、一度ボールへ戻す。

 

「二人とも、少し休んでてくれ」

 

 代わって、ゴウカザルとグレイシア。

 

 ルカもルガルガンとサザンドラを一度戻す。パオジアンはそのままに、新たにワルビアルを繰り出した。

 

 一瞬の間を置き、ムクロが呟く。

 

「フン。少し手数を足すか」

 

 そして新たなボールから『ハッサム』が飛び出し、鋼鉄の鋏を構える。

 

 さらに、右手の指輪が光を放つ。

 闇が一点へ集まり、裂け目が開く。

 現れたのは漆黒のポケモン——『ダークライ』。

 

 同色で目立たないが、その体には鎖の模様が刻まれていた。

 

「ダークライ……!」

 

 ライルの表情が強張る。

 

「未確認の伝説級か。やはり隠していたな」

 

 ロードが目を細めた。

 

「カラマネロもいる。何を仕掛けてくるか分からないぞ、気をつけろ!」

 

「……相談は終わりか?」

 

 ムクロが口角を上げる。

 

「なら、行くぞ」

 

 まず動いたのはダークライとドラパルト。互いに死角へ潜り込み、爪と尻尾を交差させる。二体の戦いは、影を奪い合う攻防だった。

 

 次に、セグレイブが床を蹴った。

 迎えたのはゴウカザルとゲッコウガ。

 

 背中の巨剣が、風切り音を立てて振り下ろされる。ゴウカザルとゲッコウガは難なく回避し、その隙を狙う。

 

 だが、初めの大振りは罠だった。

 それに気づいたのは、ロード。

 

「ゲッコウガ、止まれ!」

 

 崩れた体勢から流れるように、巨剣が横から薙ぎ払われる。ゲッコウガが水の刃で受け流そうとするが、衝撃を殺し切れず、身体ごと後方へ弾かれた。

 

 追撃に動いたセグレイブへ、ゴウカザルが横から『インファイト』を叩き込もうとする。

 

 その間へハッサムが割り込む。

 

 ——『バレットパンチ』。

 

 鋼鉄の鋏が、ゴウカザルの拳と激突する。

 そして、互いに距離を取る。

 

「ウキィッ!」

 

 ライルは即座に指示を出す。

 

「ゴウカザル、『かえんほうしゃ』!」

 

 炎は真っ直ぐにハッサムへ。

 だが、ムクロもそれに反応。

 

「ヘルガー!!」

 

 もう一つの炎が放たれ、ぶつかり合う。

 

 ——ゴォォォオオオオ!

 

 ライルの視線がムクロを捉える。

 

 カラスほどの苛烈さはない。

 だが、さらに隙がない——。

 

 その反対側。

 ゴルーグが巨腕を振り上げる。

 中央のライルは、それも捉えていた。

 

「グレイシア、止めろ!」

 

 グレイシアが『れいとうビーム』を放つ。

 右の巨腕が凍りつく。

 

 続いて、ルカが叫ぶ。

 

「『かみくだ』け!」

 

 ワルビアルは逆の左腕へと飛びつき、全体重をかけてゴルーグを引き倒そうとする。

 

 ゴルーグは痛みながらも、それを無理やりに振り払う。ワルビアルが床を転がる。

 

「ワルビアル!」

 

 ゴルーグの巨体がさらに踏み込もうとした瞬間。パオジアンの『こおりのキバ』が、足元を切り裂いた。

 

 ゴルーグの体勢が崩れる。

 

 すかさずワルビアルが起き上がり、今度は、その脚へ食らいつく。

 

 瞬間、カラマネロが後方から怪しい光を放とうとした。

 

「余計な真似すんじゃねえ!」

 

 ルカの声にパオジアンが反応。

 鋭い眼光がカラマネロを刺す。

 カラマネロは怯み、その動きが止まる。

 

「おい!何をしている!」

 

 教祖の判断が、一歩遅い。

 

「てめえだけレベルが合ってねえんだよ!」

「黙れ、小娘!」

 

 ムクロが舌打ちした。

 

(素人のお守りまでさせられるとは、つくづく割に合わん仕事だ!)

 

 そして。

 

「やれ、セグレイブ! ヘルガー、手伝ってやれ!」

 

 ヘルガーが吼えた。

 次の瞬間、その全身から炎が噴き上がる。

 

 ——『ふんえん』。

 

 炎が、前方一帯を呑み込んだ。

 

 ゴウカザルの炎とゲッコウガの水流が、味方へ広がる熱波を押し返す。

 

 ハッサムはムクロの指示を待たない。

 即座に『まもる』を展開し、炎を遮断する。

 

 一方、セグレイブは避けなかった。

 迫る炎を受け止める。

 巨剣が熱を取り込み、急激に冷気へと変換させていく。

 

 ——特性『ねつこうかん』。

 

 セグレイブが、巨剣を床へ叩きつける。

 瞬間、亀裂が走った。

 

 凍りついた床が一斉に砕け、膨大な『ゆきなだれ』となって押し寄せる。

 

「全員、後ろへ!」

 

 ライルの声に反応し、すぐ横に居たロード、そしてゴウカザルとゲッコウガが後方に下がる。

 

「ルカは!?」

「問題ねえ!!」

 

「よし、グレイシア!」

「キュイ!」

 

 グレイシアがライルの前へ滑り込む。

 冷気を操り、押し寄せる氷雪を次々と固めていく。

 だが、勢いの全ては止め切れない。

 形成された氷壁が軋み、亀裂が走る。

 

「持ち堪えろ!」

 

 グレイシアがさらに冷気を注ぐ。

 

 そして氷壁を湾曲させ、ライルとロード、ゴウカザル、ゲッコウガを覆う、かまくらのような防壁へ変えた。

 

 その外では、パオジアンがルカの前へ立つ。氷雪の中を駆け、ルカとワルビアルへ迫る氷塊を次々と切り裂いていく。

 

「こんなもん、あたしのパオジアンに通じるかよ!」

 

 白く染まった広間。

 視界は完全に奪われていた。

 その瞬間を、ムクロは待っていた。

 

「ダークライ。悪夢を見せてやれ」

 

 上空でドラパルトと切り結んでいたダークライが、黒い霧へと姿を変えた。

 

 ドラパルトの攻撃が空を切る。

 ダークライは影の中にいた。

 

 次の瞬間には、地面から体を出す。

 そして両手に黒い球を集め、弾き出す。

 

「ルカ!横だ!」

 

 ライルの声より早く球体がルカへ向かう。

 そして、その全身を覆った。

 

 ——『ダークホール』。

 

「……あ、が……っ!?」

 

 戦場の音が遠ざかる。

 

 パオジアンが振り返った時には、ルカの膝はすでに崩れていた。 

 

「ルカ!!」

「嬢ちゃん!」

 

 ライルが氷壁から飛び出そうとする。

 その前へ、セグレイブの巨剣が叩きつけられた。

 

 ロードとゲッコウガも動こうとするが、ハッサムとヘルガーが迫り、進路を塞いだ。

 

 倒れたルカへ、カラマネロの視線が向く。

 教祖は、下卑た笑いを響かせた。

 

「クハハ!これはいい。カラマネロ、覗いてやれ!」

 

 カラマネロの触手が、妖しく明滅した。

 ルカは冷たい床に倒れたまま、動かない。

 パオジアンがルカの身体を揺さぶる。

 だが、その瞳は開かなかった。

 

 ゴルーグは再び前進を始めている。ワルビアルが全身で押し留めるものの、カラマネロまでは止められない。

 

「どれ……」

 

 カラマネロの光が、ルカの意識へ入り込む。

 教祖は目を閉じ、同時にその触手に触れた。

 すると、断片的な景色が脳裏へ流れ始めた。

 

 それは——あの日だった。

 

「む……これはまさか、アローラか?」

 

 吹き荒れる突風。大きな影達。

 幼い少女の叫び。

 教祖の口元が、ゆっくりと歪んでいく。

 

「なんと、なんと……! これはまた数奇な」

 

「なんだ……?」

 

 その言葉に、ライルが反応した。

 

「傑作だ。この私の前に立ちはだかるのが、よりによってアローラから来た小娘とはな」

 

 カラマネロの光が、さらに強くなる。

 

「なるほど。母を亡くし、妹は……」

 

 教祖は目を開いた。

 

「……こう見えても私は、人を『救う』職業をしているのでな」

 

 そして眠るルカを見下ろす。

 

「見せてやろう。貴様が、最も望んでいるものを」

 

 ルカの意識は、さらに奥へと沈んでいった。

 

        ◇ ◇ ◇

 

「……っ!」

 

 ルカは、目を開けた。

 どうやら倒れていたらしい。

 すぐに半身を起こす。

 

「……ここは、どこだ?」

 

 肌を撫でる、生温かい風。

 穏やかな町並みが、目の前に広がっている。

 

「……あたし、マズっちまったよな? 相棒は、無事なのか?」

 

 そこで、言葉が止まる。

 

(……相棒?)

 

 その言葉が、妙に遠い気がした。

 何故か実感が伴わない。

 

 空の色が僅かに歪んでいる。

 何かがおかしい。

 そう感じながらも、道を歩き始めた。

 やがて、一軒の小さな家が見えてくる。

 

 所々で塗装の剥げた壁。

 窓から漂う、夕飯の匂い。

 

「……ここは、まさか——」

 

 ルカの身体が震える。

 その背後から、懐かしい声が聞こえた。

 

「ルカ?」

「お姉ちゃん!」

 

「……!!」

 

 忘れようがなかった。

 振り返るよりも早く、涙が溢れ出した。

 

 ——そんなはずがない。

 

 何かが、変だ。

 それは分かっている。

 それでも、振り返らずにはいられなかった。

 

 そこには、居た。

 あの日に失う前と、変わらぬ姿で。

 ルカは、震える声を絞り出す。

 

「……母さん、ルイ……!」

 

 ルカは駆け出した。

 そして、抱きつく。

 

「ちょっと!」

 

 後ろに倒れそうになる三人。

 母が支え、ゆっくり腰を落とす。

 

「どうしたのよ、珍しい」

 

 ルカは、二人の身体を壊れそうなほど強く、抱き締める。

 

「痛いよ、お姉ちゃん!」

 

 言葉に、ならない。

 

「ぐっ……うぅっ……」

「……どうしたの? なんで泣いてるの?」

 

 妹は心配そうに聞いた。

 

「……ずっと……ずっと探してたんだ」

 

 まだ、顔は上げられなかった。

 

「ルイ、お前を。それに、母さんも……!」

 

 母と妹は顔を見合わせ、少し眉を上げた。

 

 そして。

 

「変なお姉ちゃん。ルイたち、ずっとここにいるよ?」

 

 妹が優しく笑う。

 ルカが顔を上げると、小さな手が涙を拭った。

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