ポケットモンスター Agent PLATINUM   作:ミノワ

68 / 69
第六十八話【理想郷】

 

 アジト奥の大広間。

 

 『ダークホール』によって悪夢へと閉じ込められたルカ。カラマネロは夢の操作を続けている。

 

 パオジアンがルカの体を揺らし続けるも、いまだ意識は戻らない。ワルビアルはゴルーグの突進を阻むが、徐々に押し込まれつつあった。

 ライルとロードの二人も、ムクロ側の猛攻により、その場を動くことができていない。

 

 一方、ムクロは、先ほどの教祖の言葉を思い出し、僅かに眉を動かした。

 

(アローラ……俺たちが雇われる前の話か?)

 

 そして、ルカを一瞥する。

 

(闘技場時代から考えても、それなりに荒れた過去を持ってると踏んで眠らせたが、どうやら想定外の因縁があったようだな)

 

「てめえ、ルカに何してんだ!!」

 

 ライルが叫ぶ。

 教祖は、眠るルカを見下ろしたまま答えた。

 

「私か? その小娘に『救い』を与えているんだ。失った母と妹と過ごす、幸福な夢を見させてやっている」

 

「何だと、この野郎……!」

 

 ライルは激昂していた。

 だが教祖は、至って不思議そうに尋ねた。

 

「何故、怒る?」

「……は?」

「『喪失』を拒否できるんだ」

 

 教祖は続ける。

 

「カラマネロの操る夢の中でなら、幸せを取り戻せる。愛する者ともう一度、再会できるのだ。それに、催眠の中では時間の感覚すら自在に引き延ばせる。永遠に等しい時間を与えられるのだよ」

 

 その穏やかな顔は、身を包む『穢れなき白』と相まって、かえって不気味に映った。

 

「……何を言ってるんだ? ……お前」

 

 ライルは言いようのない嫌悪感を覚えた。

 それをこの男に抱くのは二度目であった。

 一度目は、『潜入』の時だった。

 

「まさか、それが『理想郷』だっていうのか?」

 

 教祖は僅かに目を開く。

 

「そうか、貴様らはイッシュに居たのだったな。私の話を覚えてくれているようだ」

 

 そして、両腕を大きく広げた。

 

「『まずは』だ。反転世界に、このアジトのような生存圏を作る。そこへ私に共感した信者たちを呼び、カラマネロの催眠術の中で、喪失の無い夢を見させ続けるのだ」

 

 ライルの目の前では、ロードの指示を受けたゲッコウガがセグレイブの攻撃を抑えていた。ゴウカザルとグレイシアは、主人の指示がなくとも、その動きに合わせている。

 

 巨剣の一撃で床が砕け、破片がライルの頬を掠めた。

 

 彼は気にも留めなかった。

 許せなかったからだ。

 

 やはりこの男は、人の思いを利用していた。叶わぬものを叶うと嘯き、文字通り、甘い夢を見させようとしているのだ。

 

 だがそれを見透かしたかのように、教祖は言う。

 

「嘘ではない!」

 

 その目はもはや狂信的だった。

 

「これは第一段階だ。反転世界へ流れ来るエネルギーの可能性は無限だ!いずれは、ただ夢を見せるだけではなくなる!」

 

 教祖の声が、次第に熱を帯びていく。

 

「いつか必ず、『本当の蘇生』すらも可能になる。この私の『研究』によってな!!」

 

「……研……究?」

 

 ハッサムの鋏に、グレイシアが冷気をぶつける。少し離れた位置のヘルガーから炎が迫るも、ゴウカザルが軌道を逸らす。

 

 攻防の隙間から、ライルは教祖を見据える。

 

「伝説級を含むポケモンの取り込みなど、私にとっては研究資金調達の手段にすぎない! 不死身の軍隊に、反転エネルギーの技術。それさえあれば、いくらでも金は集まる!」

 

 研究、高い技術力、アローラ。

 それらの言葉が、ライルの中で繋がる。

 脳裏に浮かぶのは、一つの名前。

 

「——シノノメ?」

 

「……!!」

 

 教祖の表情が強張った。

 それは、僅かな変化だった。

 だがライルもロードも、見逃さない。

 

「ライルくん、やつがか?」

「……」

 

 二人は、目の前の男を凝視する。

 

 以前、本部会議室で見た記録写真。

 短い白髪、やや恰幅のいい体。

 そして、肉感のある顔。

 

 目の前の男は、白髪を長く伸ばし、その身体も痩せ細っている。

 しかし、よくよく見れば顔の所々に面影があったし、この変化も、十年という歳月を考えれば十分にあり得るものだった。

 

 ——ならば、やはりこの男が?

 

 そしてライルの思考はそこで終わらなかった。

 

 先ほどの、アローラへの反応。

 『数奇』『立ちはだかる』という言葉。

 何より、『喪失』そのものを拒絶する異常な執着。

 そしてゼンノによれば、シノノメはあの災害以降、姿を消している。

 

「……シノノメ。お前も、犠牲者ってことか?」

 

 教祖の目が見開かれる。

 ライルは、その反応を注視していた。

 

「失ったんだな——」

「——失ってなどいない!!」

 

 教祖は声を荒らげた。

 シノノメの名を否定もしない。

 

「私の邪魔をしてどうなる? 死者の蘇生など、人類の夢そのものではないのか!? 小僧、貴様にも心当たりはないのか!?」

 

 ライルはすぐに答えなかった。

 その問いを否定するつもりはなかった。

 しかし、眼前の男がしてきたことを肯定するつもりも、さらさらない。

 

「だったら真っ当な方法で、その資金とやらを集めれば良かったんじゃないのか」

 

 ライルは拳を握る。

 

「なぜ人を騙し、ポケモンを利用して、街を襲う必要があった!?」

 

 シノノメは、呆れたように首を振った。

 

「……ガライからは頭の切れる集団と聞いていた。そして先ほどまで私もそう思っていたが、どうやら買い被りのようだな」

 

 そして、さも当たり前かのように告げる。

 

「もともと『喪失』を知らぬとしたら、その者がどうして『理想郷』を求めると言うのだ?」

 

 ライルは一瞬、この男が何を言ったのか分からなかった。

 

「ならば、先に失わせればいい。いずれは私の技術によって戻るのだから。今回は貴様らに阻まれたが、次はそうはさせぬ」

 

 今度こそ、ライルの額に青筋が走った。

 

「……この、異常者がっ……!!」

 

「フン。貴様如きには分からんよ」

 

 シノノメは、心底哀れむように息を吐いた。

 

「ライルくん、気持ちはわかる。だが落ち着け」

 

 ロードはライルの肩を掴んだが、もう片方の手は、白くなるほど握りしめられていた。

 

「今することを見失うな!何とか突破口を開くんだ!」

「……はい!」

 

 ムクロは憐れむような目で教祖を眺めていたが、ロードたちの動きを見て、すぐさま腰のボールへと手を伸ばした。

 

「おい、待てよ。俺がお前たちを自由にすると思うのか?」

 

 現れたのは、超重量級の——『ドサイドン』。

 両手に開いた穴を、ライルたちへ向ける。

 

「ドサイドン、近づく必要はない。ヘルガーの火炎と交互に、ひたすら『ロックブラスト』を撃ち続けろ」

 

 ムクロの戦闘指揮は、冷酷なほど合理的だった。機関銃のような岩塊と燃え盛る獄炎が、次々とライルたちを襲う。

 

 ライルもすぐさまボールを開く。

 

「ラムパルド!」

 

 現れたラムパルドが頭部を突き出し、飛来する岩塊を真正面から粉砕する。

 

 ——轟音。

 

 一発目が砕け散る。

 二発目、そして、三発目。

 

 ラムパルドは岩塊を破壊するものの、苛烈な弾幕を前に、その場から動くことができない。ゴウカザルも、ヘルガーの火炎の相殺に手一杯だった。

 

 ライルは歯を食いしばる。

 

 かつてカラスとの戦闘で知った、一つの限界。戦場を見渡せたとしても、そのすべてに手を伸ばせるわけではない。無理に動こうとすれば、立ちどころに均衡は崩れ、それを利用されることもわかっていた。

 

「クソッ……!」

 

 それでも、彼女から意識は逸らさなかった。

 

「ルカ、戻ってこい!そんなのに負けるなんて、お前じゃねえよ!!」

 

 ライルの叫びが、歪む異空間に木霊した。

 

        ◇ ◇ ◇

 

 ルカの夢の中——。

 

 妹の小さな手に引かれるまま、ルカは懐かしい家へと進む。

 

 道中、一匹のポケモンが足元へ寄ってきた。

 

「なんだよ、ルガ——」

 

 そう言いかけたルカの足元に居たのは、『イワンコ』だった。

 

「ワン?」

「……久しぶりだな、イワンコ。お前も行くか?」

「ワン!」

 

 そして、家の中へ。

 

 リビングにはテーブルとイス、それにソファがあるだけの簡素な佇まい。しかしそこは、間違いなく彼女が育った、アローラの家だった。

 

 イスに腰を下ろすルカ。

 イワンコは部屋の隅で丸くなっていた。

 

 キッチンでは、母親がパチパチと音を立てながら手際よく料理を仕上げている。

 

 ルカはそれを眺めていたが、何故だか泣きそうになってしまったので、母にふと声をかける。

 

「母さん、手伝おうか?」

 

「良いわよ。いつも手伝ってくれてるんだから、たまにはゆっくりしなさい。疲れてるのよ、あんた」

 

「そうなのかな」

 

 ルカは少しだけ笑う。

 すると母は振り返った。

 

「何か飲む?」

「……なら、コーヒーが良いかな」

「……コーヒー?」

 

 何も気にせず答えたつもりだった。

 だが母は、怪訝そうに片眉を上げた。

 

「あんた、いつの間にそんなもの飲むようになったのよ」

 

 ルカの胸に、小さな疑問がちくりと刺さる。

 

「あれ? 確かに……いつからだ?」

 

 そんなルカの思考を遮るように、声がかかる。

 

「ねえねえ、お姉ちゃん!聞いてよ!」

 

 妹のルイだった。

 ソファの上で無邪気に跳ね回っている。

 

「スクールでさ、いつもちょっかいかけてくる男の子が居るの!どうしたらいい?ちょっとうざいの!」

 

「ハッ!そりゃあルイ、そいつはお前のことが好きなのさ。悪戯をするやつは、その相手の気を引きたいからって相場が決まってんだ」

 

 そしてニヤリと笑い、ルイを見た。

 

「今度、遊びにでも誘ってやれよ」

 

 ルイは顔をしかめた。

 

「え〜、何それ!いやだよそんなの、気持ち悪いじゃん!それに、いつものお姉ちゃんなら『ボコボコにしてやれ!』って言いそうなのに」

 

 するとキッチンの母から二人に声がかかる。

 

「スクールで喧嘩はダメだからね」

 

 ルカとルイは目を見合わせ、舌を出す。

 ルイは再び話し始める。

 

「悪戯するくせに、気を引きたいってどういうこと? お姉ちゃんもされたことあるの?」

 

「……あたしか? そりゃあもちろん……」

 

 そう言いかけて、言葉に詰まった。

 来た時と同じく、感覚が妙に遠い。

 記憶の断片が、泡沫のように浮き上がる。

 

 それは、自分に不敵な軽口を返してくる少年だった。ルカはいつも、彼の隣に並んでいた。

 

 しかし。

 

 それが誰なのか、肝心なことが思い出せない。

 

「……何だ? 何か、大切なことを忘れてる気がするぞ……」

 

 母と妹との、幸福な時間。

 なのに、どこか噛み合わない。

 

 違和感が、ルカの中で小さな、けれど確かな波紋となって広がり始めていた。

 

        ◇ ◇ ◇

 

 日暮れ。

 三人は食卓を囲んでいた。

 母が作った料理と、隣に座るルイの笑顔。

 十年ぶりに訪れた、家族の時間。

 

 ただ——嬉しかった。

 

 しかし、二人と再開してからの奇妙な感覚は、ここでも胸にまとわりついて離れなかった。

 

 気になることもあった。ここしばらくの間、こんな風に共に過ごす誰かがいたはずだ。

 

 くだらない話をし、喧嘩もして、笑う。

 そんな記憶の欠片だけが残っている。

 それを思い出そうとしながらも、ルカは目の前にある幸福を享受しようとした。

 

 だがその時間も、長くは続かなかった。

 

「あ、そうだ!」

 

 ルイが食事の手を止め、思い出したように顔を上げる。

 

「お姉ちゃんさっき、ずっとルイたちを探してたって言ったよね? 何のこと?」

 

「……ああ」

 

 ルカも箸を止め、ルイを見た。

 

「お前を探してたんだよ。色んな地方を巡ってさ……。母さんにも、もう一度会いたいって、ずっと思ってた」

 

 ルイと母が答える。

 

「旅行ってこと!? ずるいよ、ルイも行きたいって言ってたじゃん!」

 

「あんた、そんなことしてたの?」

 

 母も不思議そうにルカを見る。

 

「確かに、自分はいつか世界中を見て回るんだって、いつも言ってたけれど」

 

「そうだよ。それが、あたしの夢だったんだもん」

 

 その時。

 ルカの中で、何かが僅かに動き始めた。

 

「だから、色んなところを回って……頼りになるポケモンたちが仲間になってくれて……強い奴らとも、たくさん戦って……」

 

 イワンコは相変わらず部屋の隅に居たが、その言葉を聞き、顔を上げた。

 

 ルカは忘れていた道のりを、少しずつ取り戻す。

 

 雪に覆われた山、荒れた土地。

 見知らぬ街、行き交う人々。

 高く聳える塔、火山と海。

 そして付いてきてくれるポケモンたち。

 

「それで——あいつと出会ったんだ」

「あいつって?」

 

 ルイが身を乗り出す。

 

「背が高くて、ツラが良くて……とにかく、バトルが強え」

「あら、良い男ね」

 

 母が面白そうに笑った。

 ルイは不思議そうにしていた。

 

「……いや、でもクソ真面目で、超がつくほど仕事人間なんだ」

 

 ルカの言葉は、止まらなかった。

 

「放っておいたら、誰かのためにずっと何か考えてる。いじり甲斐があるんだけど、最近は生意気に言い返してきやがってさ……」

 

 そこまで口にして。

 

「……分かったぞ」

 

 目の前の風景が、色褪せていく。

 母もルイも、失う前と何ら変わらない。

 自分だけが違うのだ。

 

 コーヒーを好むようになった。

 いくつもの地方を巡った。

 多くの仲間と出会った。

 

 ルカは、ゆっくりと顔を上げる。

 

「忘れてたのは、今のあたしの記憶だ……。母さんたちの記憶は……昔のあたしのままで止まってる……」

 

「……ルカ?」

 

 母が心配そうに名前を呼ぶ。

 だが、ルカの思考は止まらなかった。

 

 思い出した。

 自分は戦いに来た、皆と共に。

 あいつの隣で。

 

「さっき『もちろん』って言いかけてたのって、もしかして、その人のこと!?」

 

 ルイはまだ、楽しそうに話を続けている。

 

「お姉ちゃんに悪戯ばっかりしてくるの!?」

「……いや、ちげーよ」

 

 ルカは小さく首を振った。

 

「悪戯すんのは、いつも、あたしからだ」

 

 ルカの口元から、自嘲気味な、それでいて愛おしそうな笑みが漏れた。

 

「……そっか」

 

 自分が軽口を叩いた後に見せる、あいつの呆れた顔。怒りながらも、最後には付き合ってくれる姿。いつも自分のことを気にかけてくれる、不器用な優しさ。

 

 すべてが、次々と蘇ってくる。

 

「ハハ……やっと分かったよ。あたしの方が、そうだったんだな」

 

「……大切な人なのね」

 

 母が穏やかに尋ねる。

 

「……うん」

 

 ルカは、もう否定しなかった。

 

「お姉ちゃん、どうしたの……?」

 

 不安そうにルカを覗き込むルイを見て、胸が締めつけられた。

 自分は思い出した——それが、何を意味するのか、分かったから。

 

 目の前にあるもの。

 それは、決して失いたくなかったもの。

 また会いたいと願ってきたもの。

 

 たとえ、本物と見紛うほど温かくても。

 ここに残れば、今の自分が手にしたものを、すべて捨てることになる。

 

 イワンコが立ち上がり、ルカに向けて吠えた。

 

「……ああ、そうだな」

 

 進まなければ。

 今、死なせたくない人たちがいる。

 自分を信じてくれる仲間がいる。

 何より、隣で戦うと言ってくれた奴がいる。

 

 遠くから声が聞こえる。

 何度も、何度も、自分の名を呼んでいる。

 

「……ルイ、聞いてくれ」

 

 ルカは立ち上がり、ルイの前で片膝をつく。

 

「姉ちゃんはもう……行かなきゃならない」

 

「えっ……?」

 

「……姉ちゃんを信じて、必死に呼んでる奴らの声が聞こえるんだ」

 

「なんで!?」

 

 ルイも立ち上がり、ルカの腕を掴む。

 

「どこに行っちゃうの!? やだよ! 寂しいよ、お姉ちゃん!!」

 

 大粒の涙を流し、ルイが叫ぶ。

 ルカの胸は張り裂けそうになった。

 

 終わらせなければならない、自分の手で。

 

 決意が、揺らぎそうになる。

 しかし。

 母が立ち上がり、ルカの肩へ手を置いた。

 

「ルカ」

 

 振り向いた娘へ、穏やかに微笑む。

 

「いいのよ。私たちのことは気にしないで、行きなさい」

 

「母さん……」

 

「あんたの人生を、生きればいいのよ」

 

 ルカの目から、再び涙が溢れ出した。

 

「母さん、ありがとう……」

 

 そして妹の腕を、優しくほどく。

 

「ルイ、本当にごめんな……!」

 

「お姉ちゃん……!」

 

「二人とも、本当にごめん! あたしのせいだ。全部、あたしのせいなんだ!」

 

 過去の自責も、後悔も、すべてを吐き出すように、ルカは言った。

 

「でも、あたしは行かなきゃならない」

 

 涙を流し、それでも真っ直ぐに二人を見る。

 

「二人とも、ずっと……ずっと、愛してるから」

 

 ルカは涙を拭い、二人へ背を向けた。

 後ろを見れば、その場から動けなくなる。

 だからもう、振り返らない。

 そして駆け出し、家の扉を勢いよく開けた。

 

 彼女の隣に居たのはイワンコではなく、ルガルガンだった。

 

 扉の先には、見慣れた町並みではなく、眩いほどの白い光が広がっていた。

 

 ルカは迷わず、その光の中へ飛び込んだ。

 

        ◇ ◇ ◇

 

「ルカ!! 戻ってこい!!」

 

 叫び続けるライルの声に呼応するように、沈黙していたルカの身体が、ぴくりと震えた。

 

「が……あ、あぁ……!!」

 

 ルカの指が、床を掻いた。

 

「バカな!」

 

 その異変を見たシノノメが、目を見開く。

 

「ダークライの悪夢に、カラマネロの洗脳だぞ。そう易々と解けるはずがない……ましてや、こんな小娘なんぞに!!」

 

 狼狽するシノノメに向かって、ライルが笑みを浮かべて吼えた。

 

「おい、てめえ……!」

 

 ラムパルドが、新たな岩塊を頭突きで粉砕する。

 

「うちの相棒をなめんなよ……。そいつの心は、何があっても絶対にへし折れない」

 

 ライルは、起き上がろうとするルカを真っ直ぐに見据えた。

 

「そうだろ、ルカ!!」

「嬢ちゃん! 帰ってこい!!」

 

 ロードも叫ぶ。

 

 ルカは朦朧とする意識を、強引に覚醒させる。

 鉛のように重い身体。割れるように痛む頭。

 それでも両腕を床へ突き立てた。

 

「大したガキだ……」

 

 ムクロの目が、僅かに見開かれる。

 だが驚愕は一瞬だった。

 すぐに傭兵としての冷徹な判断へ戻る。

 

「ハッサム! 容赦するな、止めを刺せ!」

 

 ハッサムがすぐに反応し、戦場を駆け抜けた。

 

 その瞬間。猛攻が緩んだ隙を見逃さず、ライルが腕を突き出す。

 

「頼む!」

 

 鋼鉄の鋏が、無防備なルカへ振り下ろされた。

 その刹那。

 

 ——ガキィィィン!!

 

 激しい金属音が響き渡り、ハッサムの二つの鋏は弾かれた。

 

 その前に居たのは、ライルが放ったタイプ:ヌル。

 そして主の危機に自ら飛び出した、ルガルガンだった。

 

 二体が、ルカを守るようにハッサムの前へ並び立つ。

 

「……ああ〜、クソッ」

 

 その背後から、掠れた声が聞こえた。

 

「ルカ!!」

 

「何だとっ……!!」

 

 ライルの顔に、安堵の色が浮かぶ。

 シノノメは信じられないものを見るように後退した。

 

 ルカは首を左右に鳴らしながら、ゆっくりと立ち上がった。

 

 そして。

 

「……マジで最悪な寝起きだわ」

 

 その瞳には、凄まじい闘志の炎が滾っていた。

 

「……よお、クソ教祖サマよぉ。随分な夢、見せてくれんじゃねえか」

 

 ルカは、シノノメへ冷たい視線を向ける。

 そしてタイプ:ヌルとルガルガンの横に立つ。

 

「まあ、久々に家族に会えたのは良かったぜ。言いたかったことも、全部ちゃんと言えたしな」

 

 シノノメの顔から、先ほどまでの笑みは消えていた。

 

「そこだけはてめえに感謝してやるよ。だけどな——」

 

「貴様……!」

 

 ルカは大地を踏み締めた。

 シノノメを真っ直ぐに睨み据え、獰猛な笑みが浮かべる。

 

「ちょっと調子に乗りすぎだよ……てめえ、覚悟しろよ?」

 

 目を覚ましたのは、いつものルカ。

 

 何度絶望へ沈められても、必ず自分の足で這い上がる少女だった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。