ポケットモンスター Agent PLATINUM 作:ミノワ
シノノメの語る『理想郷』。
悪夢の中で見たそれを、ルカは自ら振り切った。
傷つき、泣いた。
それでも、いまの彼女の瞳には光が宿っていた。
それは、自分の居場所と、仲間を守るために戦うという、確かな意志だった。
教祖——シノノメは、再び立ち上がった少女を前に目を見開いていた。
(小癪なっ……!)
そして、叫ぶ。
「ゴルーグ! そんな小娘一匹、叩き潰せ!!」
ゴルーグが、地響きを鳴らして進む。
そして、その巨腕を振りかぶった。
すると、ルカの左右からルガルガンとタイプ:ヌルが飛び出す。
——ガシィン!!
ルガルガンは『ストーンエッジ』で巨腕を弾き、タイプ:ヌルは『アイアンヘッド』でゴルーグの突進を受け止めた。
「こやつ、また……!」
(タイプ:ヌル……! なぜ奴らの言うことを聞く……!?)
ルカは教祖を一瞥した。
「分からねえやつだな」
そして。
「見せてやれ、パオジアン!」
復活した主人の声に、パオジアンは雄叫びを上げた。それと同時に、空中に氷塊を作り上げる。
——『つららおとし』が炸裂。
次の瞬間、ゴルーグの巨体は大きく傾き、砕けた氷と共に床へ崩れ落ちた。
「ゴルーグッ……!」
「言ったろ? 教祖サマ。てめえだけレベルが合ってねえんだよ。従うそいつらが可哀想だぜ」
「クソ、クソッ……!こうなれば——」
教祖の男は後ずさり、カラマネロと戦闘不能のゴルーグをボールへ戻す。そして、先ほどスーツの男たちが逃げ込んだ最奥の部屋へ、駆け込もうとする。
「おい、待て!慌てるな!!」
ムクロが叫ぶ。
「やかましい!」
シノノメも怒鳴り返した。
「ガライだ!ガライをここへ呼べ!!」
「……あ? なんだと?」
「お前など、もう頼りにならん! 簡単にここまで侵入を許す、貴様ら全員そうだ!」
ムクロは教祖を睨んだ。
(チッ。もともと迎え撃てと指示したのは、どこの誰だってんだ)
シノノメはなりふり構わなかった。
「ガライを呼び、この馬鹿どもを叩き潰させろ! 分かったな!!」
「……分かったよ」
シノノメはそのまま、最奥の部屋へと走っていった。
「てめえ待てコラ!!」
ルカが追おうとした瞬間。
「通させるな!!」
ムクロの声に、まずセグレイブが反応。
巨剣を振り回し、道を塞ぐ。
そしてヘルガー、ハッサムもその隣に並び立った。
「くっ……!」
ムクロは顔をしかめながら、無線機を取り出し、すぐに通信を繋ぐ。
「隊長。こっちへ来て、俺と交代してもらえますか? 『クライアント様』が完全に動転しちまってる」
◇ ◇ ◇
中央広場。
シロナたちと激戦を繰り広げていたガライのもとへ、ムクロからの報告が入った。
それは、雇い主からの要望。ガライは慌てず、前方の戦況を確認しながら、ムクロに尋ねる。
「何人いる?」
『ここへ来たのは三人です』
「足止めはできるか?」
『その程度なら問題ない。だが奴らのうち一人でも奥へ抜ければ厄介です』
「ならカラスも連れて行く。少し待っていろ」
『ええ。お願いします』
ガライは通信を切り、声を張り上げた。
「カラス! リン! こっちへ来い!」
二人はそれぞれの相手から一度引き、ガライのもとへ戻った。
「ちょっと!もう少しであの女に組みつけるところだったのに!」
「どうしたってんです?」
総大将は簡潔に告げた。
「ムクロと交代する。カラス、俺と来い」
「いいんスか?」
「ああ、奴らとの戦闘経験を活かせ」
「……了解」
カラスは獰猛に笑う。
そしてガライはリンを見た。
「リン。お前はムクロが来るまで、ここで持ち堪えろ」
「はあ!? 冗談でしょ!」
リンはエージェントたちを指す。
彼らは反転ポケモン、兵団員たちとしのぎを削っていた。
「あんな面倒な奴ら、さすがに幹部一人じゃやってられないわよ!」
「落ち着け。そう時間はかからん」
猛るリンに向け、ガライは淡々と告げた。
「ガチゴラスとジャラランガを置いていく。『あいつ』も呼べ。それと、メガシンカを解禁しろ。いいな?」
「もう! 分かったわよ!!」
そう言うとリンは、戦場へと向き直る。
深く息を吸い、ゆっくりと吐き出した。
ルカとアスナへの怒りを押し込み、冷静さを取り戻す。
リンが右手の指輪を前へ突き出すと、裂け目が開き、巨体が這い出した。
それは反転の鎖に縛られた——ヒードラン。
その身体から放たれる熱が、周囲の温度を否応なしに上げていく。
まだ終わらない。
「アブソル!!」
反応したアブソルがリンの元へ戻る。
すると今度は、複数の小さな裂け目が開く。
そこから黒い煙が溢れ出し、アブソルを包んでいく。
リンの狙いを察したデンジとアスナが、攻勢へ出ようとする。だがそこへ、バンギラスの『はかいこうせん』が割り込んだ。
そして、アブソルを覆っていた霧から、眩い閃光が爆発した。
現れたのは——『メガアブソル』。
白い体毛が大きく伸び、背中には純白の翼を思わせる毛が広がった。頭部の角は鋭く、さらに巨大となり、凶兆を告げる姿へと変わった。
メガアブソルと、反転のヒードラン。
二体が前線へ並ぶと、ガチゴラスとジャラランガもその両脇を固めた。
「これが、メガシンカ……!」
デンジが目を見開く。
「なんて力なの……!」
アスナも、急激に増したプレッシャーを前に、表情を強張らせた。
中央戦線が再び拮抗したことを確認し、ガライが右手の指輪を掲げる。
指輪の光が空間を歪め、ガライとカラスの前に裂け目が開いた。
カラスが笑いながらリンに言う。
「カカッ。死ぬなよ、リン」
「黙ってとっとと行け!!」
ガライとカラスが暗闇に踏み込む。続いてバンギラス、カイリュー、オンバーン、僅かに遅れてスイクンが裂け目へと向かう。
すぐさまシロナが叫んだ。
「追って!」
ガブリアスとソウブレイズが即座に反応。
続いて、エンテイとライコウも前線を駆ける。
しかし、その進路へレジギガスと三眷属が立ちはだかった。
構わず裂け目に足を踏み入れたスイクンを、ライコウが呼ぶ。
——兄弟!!
その呼びかけに、スイクンの動きが僅かに止まった。ライコウは続ける。
——目を覚ませ!!
スイクンは、視線だけをライコウへ向けた。
——ならば、私達を打ち破り、証明してみせてくれ。
スイクンはそう答えると、暗闇の中へ姿を消し、そして裂け目は閉じた。
「どうする、シロナ!?」
アデクがシロナを見る。
ガライとカラスが揃って最奥へ向かう。
それは、想定外の戦力移動だった。
シロナは戦場を見渡し、僅かな思考の後に声を放った。
「ラティオス!ラティアス!」
その声に、青と赤の竜が反応した。
「奥へ向かって!ライルくんたちを助けてあげて!」
二体は短く鳴き、リンたちの頭上を抜ける。
ガライとカラスを追い、最奥へ向かって加速した。
「私たちは、目の前の敵に集中する」
悪化する戦況の中でも、シロナの声に迷いはなかった。
◇ ◇ ◇
その少し前の大広間。
ライルたちの前には、ムクロが立ちはだかっていた。
ルカがムクロを睨む。
「おい。お前一人で、あたしら三人を相手にできると思ってんのかよ?」
「どうだろうな」
ムクロは僅かに肩をすくめた。
その姿に、動揺や焦燥は見られない。
「勝つのは難しいかもしれんが——」
そして、右手を持ち上げた。
「時間を稼ぐくらいなら、造作もない」
指輪が赤黒い光を放つ。
空間の裂け目から、黒い霧が次々と溢れ出す。
「メガシンカだ……!」
ライルの言葉に、ロードとルカが構える。
その間も、ドサイドンは『ロックブラスト』を続け、ライルたちの接近を許さない。
「ああ。そういえば、お前らはカラスのメガカイリューに手を焼いていたな」
ムクロが指輪を見て話す。
「簡単に見えるかもしれんが、案外、センスが必要なんだ。エネルギーを流し込む要領だけじゃなく、出力の調整も、維持も難しい」
黒い霧は、ムクロの手持ち三体、セグレイブ、ヘルガー、ハッサムを包んでいた。
「目眩しか?」
「どいつが強化されるか分からない……注意しましょう」
ロードとライルの言葉に、ムクロが口角を上げた。
「どいつが……ね」
そして、低く笑う。
「ガキ。さっきのお前の言葉を借りるなら——『なめんなよ』だ」
瞬間、周囲に閃光が広がった。
その光は、セグレイブ、ヘルガー、ハッサム、その全員を包んでいた。
「……冗談だろ?」
ロードが、呟いた。
ライルとルカは、言葉を失っていた。
光が弾け、三体の姿が現れる。
——『メガセグレイブ』。
全身から冷気を放ち、背中の氷剣は著しく肥大化。それは、厚い処刑刃を思わせる形状へ変わっている。
——『メガヘルガー』
骨を思わせる装甲がさらに発達。全身から鋭い突起を伸ばしていた。その口元では、黒みを帯びた炎が揺らめいている。
——『メガハッサム』
鋼鉄の身体は厚みを増し、両の鋏は一回り以上巨大になっていた。刃のような縁が、鈍い光を放っている。
三体の横へ立つムクロが、ライルたちを一瞥した。
そして、その視線はルカで止まる。
「さっきまでの勢いはどうした? クイーン」
ルカは、ムクロを睨み返す。
そしてライルに声をかける。
「まずいぜ、相棒……。幹部の奴ら全員、『コレ』できんじゃねえのか」
「……」
ライルは答えられなかった。
ミナモで、カラスがメガシンカを使った。
それは、カイリューのみにだった。
(クソッ、何で考えつかなかった!?)
ライルの焦る様子に、ムクロはまた口角を上げた。
(複数同時に使えるのは俺だけだ。まあ、隊長やカラスのような『爆発』は使えんがな)
そして、冷徹な視線を三人へ向ける。
「さあ、隊長が来るまで、せいぜい命を繋いでみせろ」
最深部目前。
ライルたちの前に、これまでで最も高い壁が立ちはだかった。