ポケットモンスター Agent PLATINUM 作:ミノワ
——少女は呟く。
「……妙だな」
訪れたのはつい先日のことだ。この街は静かながらも人々が行き交い、そこには確かに生活があったはずである。
だが今は、建物以外に何もない。音も、匂いも、風も。時すら止まっているのではないかという錯覚に陥る。
カンナギの街の外れ、美しい黒髪の内側に、輝く金色の髪を携えたルカは、その異様さを訝しんでいた。
街中へと進むも、何者の気配もない。
(こんなことがあり得るのか……?)
異常なまでの静寂。必然と彼女の警戒が高まる。そして次に彼女の目に飛び込んできたものは、滑空するウォーグルの背に乗った少年の姿であった。
「あれは、あの時の銀髪野郎じゃねえか……」
◇ ◇ ◇
黒というだけでは到底足りないほどの漆黒。ライルは目の前に突如として現れた「穴」に、釘付けになっていた。
そこから覗いていたのは巨大な赤。それはぐるぐると忙しなく動きまわったかと思えば、ライルを捉えたかのように突然止まる。
その悍ましいものが、何か得体の知れない生物の眼であると分かるまで、そう時間はかからなかった。
それは這い出てきた。金色の装甲のような突起と、触手にも見える六本の黒き翼。蛇というには巨大すぎる体をくねらせ、その全身を顕現させる。
この世の理から外れた第三の神。過去にデータベースで見たその神話の存在の名を、ライルは口にする。
「ギラティナ……!」
ギラティナは無機質な視線をこちらに向けていたが、突如として大地が震えるほどの咆哮をあげた。
「ギシャァァァァァァア!!!」
轟々と音を立ててこちらへ向かってくる死神。生半可な精神力では、その場で立つことすら憚られる圧力。
「クソッ!!」
ライルとルカリオはなんとか身を翻し、辛うじてその突進を避ける。そして立ち上がった時には、既に2つのモンスターボールを構えていた。
繰り出したのは、ガブリアスとグレイシア。間髪をいれずに『ドラゴンクロー』、『れいとうビーム』を叩き込もうとするニ体。
伝説の龍の弱点を突く攻撃であったが、当たらなければ意味はない。ギラティナは滑り込むように影の中へと姿を消し、辺りを静寂が包む。
「どこに消えた!?」
完全に気配が消え、周囲を見渡すライルとポケモンたち。そして次の瞬間、ギラティナは音もなく再び現れ、「シャドーダイブ」の猛威を見せる。
なんとか避けるライル達であったが、影から影へと移動するギラティナに翻弄され、徐々にその距離を詰められていく。
そしてついにかわしきれないかと思った瞬間。蒼紫のエネルギー波が背後から放たれ、ギラティナに直撃し、爆ぜた。ギラティナはたまらず少し後退する。
(今のは……!?)
振り返った先に居たのは、先日テンガン山でライルを襲った少女、ルカだった。傍にはサザンドラとルガルガンが低く唸っている。
「ハッ!!このバケモンが異変の主か!? よくもこのあたしを『閉じ込めて』くれたな」
ルカの視線がライルへと移る。
「おい銀髪野郎!邪魔だ!あたしがそいつをぶち抜くから退いてろ!」
突如の罵声についカッとなるライル。
「はぁ!? 誰が邪魔だと!? お前こそ急にしゃしゃり出てくんじゃねえよっ!!」
神を前にして、二人の視線がぶつかる。ギラティナは短く唸ると、再度体をくねらせ突撃してくる。
奇しくも二人の声が重なった。
「ガブリアス!!」「サザンドラ!!」
「「りゅうのはどう!!」」
双方向から放たれた竜撃は直線を描き、ギラティナへと叩き込まれる。さすがにその巨体も少し退かざるを得ない。ギラティナは煩わしそうに頭を左右に振り回す。
そしてこちらに向けて顔を上げ、ライルとルカをギロリと睨め付け、殺気を放つ。
「……ッ!!!」
神にしてみれば、小煩い虫ケラ2匹を払う程度の邪気だったが、それでも二人を一瞬怯ませるには充分すぎるほどのものだった。
——しかし
「クソッ!いくぞ、サザンドラ!!」
サザンドラの背に乗り猛然とギラティナへ襲い掛かろうとするルカ。
「おい待て!!無茶だ止まれ!!」
「あたしに指示すんじゃねえ!!」
サザンドラの3つの口から三度、りゅうのはどうが吐き出される。しかしギラティナはするりと影の中へ入り込む。
再び静寂。ルカは苛立ちながらも、慌てた様子はなく、感覚を研ぎ澄まし始めた。
そしてその彼女の僅か上空、突如ぽっかりと漆黒の穴が開くのを、ライルが捉える。
「おい!!上だ——」
ライルがそう叫ぶよりも少し早く、ルカはその場から離れ、ギラティナのシャドーダイブをかわす。
「なっ!?」
ルカの口角が少し上がる。
「そこか!!」
サザンドラが口を空け、エネルギーを放つ。しかしそれも、影へと潜り込むギラティナには当たらない。そして沈黙と襲撃。それでも、その全てのシャドーダイブを、ルカは危ういながらに避け続けていた。
(一体なんなんだ、あの女……)
しかし、ギラティナは痺れを切らしたのか、苛立ったように唸り声を上げる。そしてその巨体に黒いオーラのようなものを纏い始め、エネルギーが集まっていく。
次の瞬間、放たれたのは『あくのはどう』。しかしその威力は非伝説ポケモンのそれを遥かに凌駕する全方位への攻撃。
サザンドラがそれを受ける形となり、効果は半減されているが、その威力にルカは振り落とされる。そしてギラティナはまた影へと潜った。
「あくのはどう」を上手く回避したライルとそのポケモンたちだったが、あることに気がつく。ギラティナの少し後方で、空間が裂けている。
それも先ほどまでギラティナが出入りしていたような、あの漆黒の穴ではない。
その先にはカンナギの街並みが現れており、外へと続く道であることは明らかだった。しかしその穴は徐々に縮まり、塞がってしまう。
ライルは思考を回転させ、ある一つの仮説にたどり着く。
(あれを使えば……)
しかしルカはお構いなく、ギラティナを睨みつける。
「チッ!埒があかねえ!だったら次は——」
「おいちょっと待て、一旦止まれ!」
なおも果敢に挑みかかろうとするルカを制するライル。
「頼むゴウカザル!あいつを無理やりにでも引き剥がしてくれ!」
「はあ!? おい何すんだ放せコラ!!」
ライルは新たにゴウカザルを繰り出すと、ルカの体を強引に抱えさせ、建物が密集する狭い路地へと入り込んだ。
◇ ◇ ◇
路地へと逃げ込んだライル達。抱えられたままのルカはしきりに暴れていた。
「おい降ろせ!!」
ゴウカザルが彼女を放そうとしたところを乱暴に飛び降りる。
「暴れるなこのバカ!」
「うるせえ!邪魔すんなっつったろ!ビビってんなら他所へ行けよ!」
「黙れ。ビビってねえし、お前みたいなのはただの向こう見ずって言うんだよ」
全くそりの合わない二人。ルカはフンと言って、腕組みしながらそっぽを向く。ライルはその態度にため息をつく。
「っていうかそもそも、なんでお前がここにいるんだよ?」
ライルの問いに、ルカはぶっきらぼうに答える。
「あたしが知るかよ。なんか気色わりぃ感じがすると思ったら閉じ込められてるし、てめえと、この元凶っぽいバケモンが闘ってたから、ムカついてボコッてやろうと思っただけだ」
(こいつ……)
ライルはあきれていた。この目の前の少女は、あの圧倒的なオーラを放つ神に対し、ムカついたからボコろうと思ったなどと、臆面もなく言い放つのである。
しかし、あの外へと続く空間の先は、確かに元の世界だった。ルカの言う「閉じ込められている」という感覚はおそらく正しい。それに彼女があのタイミングで来なければ危うかったのも事実。
それでも、絶対に礼など言ってやるものかと、ライルは心に誓う。
「それより銀髪野郎。なんでこんな狭いとこ連れてきやがった」
「さっき一瞬だけ空間が開いた。あそこを通れば、外に出られるかもしれない。協力しろよ」
ルカは明らかに嫌そうな顔をする。
「なんであたしが? 関係ねえだろ」
「そんなこと言ってお前、一人でここを脱出できんのかよ? おれは別にいいぜ。お前がたった一人、あいつと一緒に閉じ込められたまんまでもな」
ルカは黙ったまま、何も反応しない。
「何も言わないなら、YESと取るからな。でもその前に一つ教えろ」
「あ? なんだよ」
ルカが不愉快そうにこちらを向く。
「お前、ギラティナが姿を消したとき、先回りしたように攻撃をかわしてたろ? あれ、どうやったんだ」
ルカは淡々と答える。
「どうもこうもねえ。ただの勘だ」
「はあ? そんなもんだけでかわせるわけ――」
論理的なライルには全く理解できない発言だったが、ルカのあまりに平然とした態度に、言葉を飲みこんだ。
「……まあいいや。あともう一つ。お前、氷タイプの手持ちはいるか? 技だけ使えるやつでもいい。なるべく弱点を突きたい」
「……いや、いないな」
ルカは一瞬、何かを押し殺すように考えこんだあと、静かにそう答えた。
「わかった。今から話すからちゃんと聞けよ」
「いいからとっとと話せ」
到底、噛み合うようには見えない二人。
果たして、このギラティナの世界から無事に抜け出すことはできるのか。