ポケットモンスター Agent PLATINUM 作:ミノワ
三体同時のメガシンカ。
一体でさえ戦況を覆す力が、同時に三つ、ライルたちの前へ並んでいる。
それをさせたのは、ただ一人の男。
彼から放たれるプレッシャーは、かつてミナモ海岸で、カラスが最後に放ったものと同質だった。
ムクロはライルたちを順に見る。
「うちの兵士を無力化した奴、カラスとタメを張れる奴、そして『クイーン』。俺はお前らを舐めちゃいない、だからこそ本気を出してる。分かるだろ?」
そして右手を挙げた。
「行け」
その冷徹な号令を合図に、メガシンカを果たした三体が、一斉に歩を進める。ドサイドン、ダークライは後方から機を伺っている。
ロードの前には再び、ドラパルトとゲッコウガ。
ライルはラムパルドをボールに戻す。休ませていたガブリアスを繰り出し、ゴウカザル、グレイシアと共に並べた。
ルカもワルビアルを戻す。パオジアンと、その脇にはタイプ:ヌルとルガルガンが鋭い爪を立てて構えている。
ロード、ライル、ルカが構え、僅かに視線を合わせた。
(固まらずに散るぞ、いいな?)
ロードの目配せに、ライルとルカが頷く。
(はい!)
(一人一体だな!)
その判断は間違ってはいなかった。
あくまで、即座の判断としては。
だがムクロは笑い、冷酷に指先を躍らせた。
散開し、少し距離の取った三人。
その狙いとは裏腹に、メガセグレイブとメガハッサムが同時に向かったのは——ライルのもとだった。
二体は一気に走り出す。
「なに!?」
「クソッ!!」
ロードとルカの動揺など、待たない。
メガセグレイブが背の大剣を振り下ろす。
「ガブリアス!」
「ガアァッ!」
ガブリアスの両爪が、落下する巨剣を受け止めた。冷気がガブリアスの鱗を薄く凍らせ、衝撃に両脚が床へ沈んだ。
間髪を容れず、メガハッサムが突進。
巨大な鋏がライルの脇腹を狙う。
「くっ……!」
「ウキィッ!!」
その進路へゴウカザルが割り込み、炎を纏った拳を鋏へ叩きつけた。メガハッサムは僅かに怯むが、ゴウカザルの拳もまた、弾き飛ばされる。
だが、メガハッサムは止まらない。
「グレイシア!」
「キュイ!」
グレイシアが床を凍らせる。メガハッサムの踏み込んだ右脚が滑り、鋏の軌道が逸れる。
ライルはその隙に、後方へ退く。
しかし、初撃を凌いだだけ。
二体は未だ、ライルだけを見据えている。
ライルの背筋に冷たいものが走った。
「ライルくん、今カバーを——!」
ロードの意識がライルへ向いた。
その瞬間、眼前へ暗闇が迫る。
——『ダークホール』。
ロードは間一髪、身を屈ませ避ける。
ムクロの口が歪む。
「させるなよ、ダークライ。ハハ……お前の悪夢は何かな?」
ロード本人と、ゲッコウガ、ドラパルトを狙った執拗な催眠攻撃。ロード自身は回避のみを強いられ、ゲッコウガとドラパルトには、メガヘルガーの炎も飛ぶ。
「相棒ッ……!」
今度はルカが、ライルを救うべく指示を飛ばそうとする。
しかし。
「お前も忘れちゃいないぜ? ドサイドン!」
——『ロックブラスト』。
「おわっ!!」
初弾はかわす。しかし、ドサイドンは構わず、次々と岩塊を撃ち続ける。
その時、ルカの足が僅かにもつれた。
開戦以降、リンとの格闘や、悪夢による攻撃を経た体には、確実に疲労が溜まっていた。
「チッ」
飛び続ける岩塊。
しかし、ルガルガンとタイプ:ヌル。
岩の爪と鎧の兜が、迫り来る岩を破壊した。
そして、パオジアン。
攻勢に出ようと、冷気を溜めた。
その時、ルカが叫んだ。
「待て、下がれ!!」
パオジアンは声に反応し、すぐさま後方へ。
コンマ数秒後、彼が居た場所を獄炎が包む。眼前のメガヘルガーの口元から、黒煙が上がっていた。
ダークライ、ドサイドンの遠距離砲。
そしてその合間を縫う、メガヘルガーの炎。
ロードとルカは、その場から動けなかった。
僅か一人によって、戦場が支配されていた。
傭兵は、口角を上げる。
(正義の味方ってやつは、得てして情に厚すぎるのさ。それがお前たちの弱点だ)
ムクロの戦術は冷徹なまでに合理的だった。
味方を危機に陥らせ、注意を引く。
足止めをし、近づかせない。
そして一人ずつ、始末していく。
——せいぜい命を繋いでみせろ。
彼にとってその言葉は、傲慢や挑発ではなく、ただの自負だった。
しかし、その直後。
ムクロの目に映ったものが、彼の思考を止めた。
「……あ?」
始末するはずの少年が——未だ、陥落していない。
(どうなってやがる……?)
初撃や次撃なら、わかる。
だが何故、まだ崩れていない?
セグレイブの巨剣とハッサムの両鋏。
急襲に翻弄されかけたライルは今、ガブリアス、ゴウカザル、グレイシアの三体の連携によって、連撃を正面から凌ぎ切っていた。
メガセグレイブの巨剣がライルを目がけて振り下ろされると、まずはグレイシアが刃の側面へ向け『れいとうビーム』を放ち、角度を狂わせる。すかさず、ガブリアスが『ドラゴンクロー』でその大剣を弾く。あるいは押し留める。
そして、ガラ空きになったメガセグレイブの胴体へ、ゴウカザルが『インファイト』を叩き込む。
ハッサムの鋏が襲いかかれば、今度はゴウカザルの火炎でいなし、ガブリアスがカウンターの一撃を見舞う。
ムクロは訝しんだ。
(どうした、お前ら。何故、同時に襲わない?)
そして数秒、ライルの動きを見て理解した。
——このガキ。
(セグレイブとハッサムが、一体ずつ攻撃を仕向けるように動いている!)
セグレイブの挙動を見て、僅かに前へ。
それは、セグレイブの巨体とハッサムの攻撃線が重なる位置。
そこで巨剣の振りを誘い、手持ちに指示をする。
声は最小限、指や、視線も使って。
ライルは掴んでいた。
戦場全体を見ることをやめ、眼前の敵だけを見据えた時に、最大限に発揮できる——『選択と集中』を。
カラスとの戦いが、彼を進化させていた。
ムクロの頰が、僅かに引き攣る。
(チッ。カラスの野郎が執着するわけだ……!)
ドサイドンの猛攻に耐えながら、その戦いぶりを見ていたルカが、不敵に笑みを浮かべた。
「ハハ、さすが……。やっぱりすげえよ、お前は……!」
◇ ◇ ◇
これまで戦場を支配してきたムクロの戦術に、わずかな揺らぎが生じ始めた。
それでも、二体のメガシンカポケモンによる攻勢は依然として凄まじく、時間をかけるほどに押し込まれることは、何よりもライル自身が理解していた。
だが同時に、傭兵が初めて見せた僅かな隙を、ライルは逃さなかった。
そしてロードとルカへ、視線で意図を伝える。
(今のうちに……!)
二人は、即座に反応した。
「ドラパルト、ゲッコウガ、いけ!」
ドラパルトがダークライへ、ゲッコウガがメガヘルガーへと向かう。そして『ダークホール』と『かえんほうしゃ』を抑え込んだ。
ルカはドサイドンの『ロックブラスト』を掻い潜り、炎の止んだ戦場にパオジアンを駆けさせた。
「『つららおとし』だ!!」
ルカの怒号に応えるように、空中で形成された氷塊が、ドサイドンに直撃する。
だが、ドサイドンはまだ倒れなかった。
両腕に開いた穴をルカへ向ける。
それまでの連射とは違う、残された力のすべてが、一点へ集まり始めた。
次の瞬間——『がんせきほう』が放たれた。
「まだ動けんのかよッ……」
それは真っ直ぐにルカの方へ。
足が、僅かに出遅れる。
「ルカッ!」
ライルの声が飛んだ。
意識が向かってしまったのだ。
しかし、ルカの前には鎧の戦士が立った。
「待て、ヌル!!」
ルカが叫んだ、そのすぐ後。
——ガアァァン!
『アイアンヘッド』が岩塊を受け止め、鈍い轟音が大広間を揺らす。
巨大な岩塊に押し込まれ、両脚が床を削りながらも踏み留まる。
「グ……ルルルッ……!」
ルカは、それを無駄にはしなかった。
「ルガルガン!パオジアン!今だ!」
ルガルガンとパオジアンが飛び出す。
そして『かみくだく』と『せいなるつるぎ』。
二つの牙が、ドサイドンへ突き刺さる。
「グオォ……!」
ドサイドンはついに限界を迎え、地響きを立ててその場に倒れ込んだ。
そしてほぼ同時に、ヌルが止めていた『がんせきほう』も砕け散った。
足のふらつくヌルに、ルカが駆け寄り、体を支える。
「お前バカ!無茶すんじゃねえよ!」
だが言葉とは対照的に、ヌルを撫でるその手は穏やかだった。そしてヌルの闘志もまだ、消えていなかった。
完全無欠を誇ったムクロの陣営。
時間にすれば十分にも満たない、無限にも思えた激闘。
だが三人は、ようやくその一角を捥ぎ取った。
◇ ◇ ◇
ドサイドンを撃破した勢いのまま、三人が追撃を加えようとした、その瞬間。
ムクロの背後の空間が裂けた。
現れたのはガライとカラス。
そしてバンギラス、スイクン、カイリュー、オンバーン。
「ムクロ、待たせたな」
「三体同時シンカたぁ、相変わらずやってくれるねえ、ムクロちゃん。って——」
カラスの視線が、地に伏せた巨体を捉える。
「やられてんじゃねえか、ドサイドン!」
ムクロはガライを見た。
「すみません、隊長。足止めで終わるつもりはなかったんですが」
不本意そうに顔を歪めるムクロ。
ガライは表情を変えなかった。
「いいさ、よく持ち堪えた。すぐ中央広場へ行け。リンが待っている」
「了解」
短く応じると、ムクロは手早く、手持ち全てをボールに納め、開いたままの裂け目へと姿を消した。それを見届けたガライとカラスの視線が、ライルたちへ移る。
ライルとルカは、肩で息をしていた。
その様子を見たカラスが口を開く。
「悪いねえ、休憩もなくてよ。だが、それが戦場ってもんだろ?」
「ケッ!」
ルカは不敵に顎を上げた。
「てめえの気遣いなんざ、いらねえよ!」
カラスは笑った。
「そうかい。なら遠慮なくやらせてもらうぜ」
そしてガライに話しかける。
「隊長。あの銀髪のガキは、オレがやっていいんでしょ?」
「最初だけだ。あとの指示には従えよ」
「もちろんスよ」
二人の傭兵が放つ、肌を刺すような殺気。
先ほどまで、ムクロから同等のプレッシャーを浴びていたにもかかわらず、ライルたちは怯まない。闘争心を失わぬまま、鋭い眼光を跳ね返す。
特に、ライルとルカの二人。
息こそ上がっているものの、数ヶ月前であれば、彼らと同じ場に立つだけで、気力が削がれるほどの実力差があったはずだった。
これまでにくぐり抜けてきた修羅場と戦いが、彼らの精神を硬く鍛え上げていた。
ライルは、カラスの視線に対し怪訝そうな表情すら見せ、ルカは相変わらずの軽口をライルに浴びせる。
「またご指名だぜ、相棒。お前、ついに男にまでモテ出したな。まあ、あのクソ女じゃないだけマシだけどよ!」
「いや、どっちも嫌だろ。あいつら、執念深いから苦手なんだ……」
「はい、二人とも集中な」
ロードが口を挟んだ。
「ここでの『突破』に勝負がかかってるんだ。敵のどちらかを確実に引きずり倒してバランスを崩さない限り、この先にはいけないからな」
「もちろんです」
「わかってるよ、ハナから勝つ気満々だ!」
ライルは表情を引き締め、ルカは再び笑った。