ポケットモンスター Agent PLATINUM   作:ミノワ

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第七十話【集中】

 

 三体同時のメガシンカ。

 一体でさえ戦況を覆す力が、同時に三つ、ライルたちの前へ並んでいる。

 

 それをさせたのは、ただ一人の男。

 

 彼から放たれるプレッシャーは、かつてミナモ海岸で、カラスが最後に放ったものと同質だった。

 

 ムクロはライルたちを順に見る。

 

「うちの兵士を無力化した奴、カラスとタメを張れる奴、そして『クイーン』。俺はお前らを舐めちゃいない、だからこそ本気を出してる。分かるだろ?」

 

 そして右手を挙げた。

 

「行け」

 

 その冷徹な号令を合図に、メガシンカを果たした三体が、一斉に歩を進める。ドサイドン、ダークライは後方から機を伺っている。

 

 ロードの前には再び、ドラパルトとゲッコウガ。

 

 ライルはラムパルドをボールに戻す。休ませていたガブリアスを繰り出し、ゴウカザル、グレイシアと共に並べた。

 

 ルカもワルビアルを戻す。パオジアンと、その脇にはタイプ:ヌルとルガルガンが鋭い爪を立てて構えている。

 

 ロード、ライル、ルカが構え、僅かに視線を合わせた。

 

(固まらずに散るぞ、いいな?)

 

 ロードの目配せに、ライルとルカが頷く。

 

(はい!)

(一人一体だな!)

 

 その判断は間違ってはいなかった。

 あくまで、即座の判断としては。

 だがムクロは笑い、冷酷に指先を躍らせた。

 

 散開し、少し距離の取った三人。

 

 その狙いとは裏腹に、メガセグレイブとメガハッサムが同時に向かったのは——ライルのもとだった。

 

 二体は一気に走り出す。

 

「なに!?」

「クソッ!!」

 

 ロードとルカの動揺など、待たない。

 

 メガセグレイブが背の大剣を振り下ろす。

 

「ガブリアス!」

「ガアァッ!」

 

 ガブリアスの両爪が、落下する巨剣を受け止めた。冷気がガブリアスの鱗を薄く凍らせ、衝撃に両脚が床へ沈んだ。

 

 間髪を容れず、メガハッサムが突進。

 巨大な鋏がライルの脇腹を狙う。

 

「くっ……!」

「ウキィッ!!」

 

 その進路へゴウカザルが割り込み、炎を纏った拳を鋏へ叩きつけた。メガハッサムは僅かに怯むが、ゴウカザルの拳もまた、弾き飛ばされる。

 

 だが、メガハッサムは止まらない。

 

「グレイシア!」

「キュイ!」

 

 グレイシアが床を凍らせる。メガハッサムの踏み込んだ右脚が滑り、鋏の軌道が逸れる。

 

 ライルはその隙に、後方へ退く。

 しかし、初撃を凌いだだけ。

 二体は未だ、ライルだけを見据えている。

 ライルの背筋に冷たいものが走った。

 

「ライルくん、今カバーを——!」

 

 ロードの意識がライルへ向いた。

 その瞬間、眼前へ暗闇が迫る。

 

 ——『ダークホール』。

 

 ロードは間一髪、身を屈ませ避ける。

 ムクロの口が歪む。

 

「させるなよ、ダークライ。ハハ……お前の悪夢は何かな?」

 

 ロード本人と、ゲッコウガ、ドラパルトを狙った執拗な催眠攻撃。ロード自身は回避のみを強いられ、ゲッコウガとドラパルトには、メガヘルガーの炎も飛ぶ。

 

「相棒ッ……!」

 

 今度はルカが、ライルを救うべく指示を飛ばそうとする。

 

 しかし。

 

「お前も忘れちゃいないぜ? ドサイドン!」

 

 ——『ロックブラスト』。

 

「おわっ!!」

 

 初弾はかわす。しかし、ドサイドンは構わず、次々と岩塊を撃ち続ける。

 

 その時、ルカの足が僅かにもつれた。

 開戦以降、リンとの格闘や、悪夢による攻撃を経た体には、確実に疲労が溜まっていた。

 

「チッ」

 

 飛び続ける岩塊。

 しかし、ルガルガンとタイプ:ヌル。

 岩の爪と鎧の兜が、迫り来る岩を破壊した。

 

 そして、パオジアン。

 攻勢に出ようと、冷気を溜めた。

 その時、ルカが叫んだ。

 

「待て、下がれ!!」

 

 パオジアンは声に反応し、すぐさま後方へ。

 コンマ数秒後、彼が居た場所を獄炎が包む。眼前のメガヘルガーの口元から、黒煙が上がっていた。

 

 ダークライ、ドサイドンの遠距離砲。

 そしてその合間を縫う、メガヘルガーの炎。

 ロードとルカは、その場から動けなかった。

 

 僅か一人によって、戦場が支配されていた。

 傭兵は、口角を上げる。

 

(正義の味方ってやつは、得てして情に厚すぎるのさ。それがお前たちの弱点だ)

 

 ムクロの戦術は冷徹なまでに合理的だった。

 味方を危機に陥らせ、注意を引く。

 足止めをし、近づかせない。

 そして一人ずつ、始末していく。

 

 ——せいぜい命を繋いでみせろ。

 

 彼にとってその言葉は、傲慢や挑発ではなく、ただの自負だった。

 

 しかし、その直後。

 ムクロの目に映ったものが、彼の思考を止めた。

 

「……あ?」

 

 始末するはずの少年が——未だ、陥落していない。

 

(どうなってやがる……?)

 

 初撃や次撃なら、わかる。

 だが何故、まだ崩れていない?

 

 セグレイブの巨剣とハッサムの両鋏。

 

 急襲に翻弄されかけたライルは今、ガブリアス、ゴウカザル、グレイシアの三体の連携によって、連撃を正面から凌ぎ切っていた。

 

 メガセグレイブの巨剣がライルを目がけて振り下ろされると、まずはグレイシアが刃の側面へ向け『れいとうビーム』を放ち、角度を狂わせる。すかさず、ガブリアスが『ドラゴンクロー』でその大剣を弾く。あるいは押し留める。

 そして、ガラ空きになったメガセグレイブの胴体へ、ゴウカザルが『インファイト』を叩き込む。

 

 ハッサムの鋏が襲いかかれば、今度はゴウカザルの火炎でいなし、ガブリアスがカウンターの一撃を見舞う。

 

 ムクロは訝しんだ。

 

(どうした、お前ら。何故、同時に襲わない?)

 

 そして数秒、ライルの動きを見て理解した。

 

 ——このガキ。

 

(セグレイブとハッサムが、一体ずつ攻撃を仕向けるように動いている!)

 

 セグレイブの挙動を見て、僅かに前へ。

 それは、セグレイブの巨体とハッサムの攻撃線が重なる位置。

 そこで巨剣の振りを誘い、手持ちに指示をする。

 声は最小限、指や、視線も使って。

 

 ライルは掴んでいた。

 戦場全体を見ることをやめ、眼前の敵だけを見据えた時に、最大限に発揮できる——『選択と集中』を。

 

 カラスとの戦いが、彼を進化させていた。

 ムクロの頰が、僅かに引き攣る。

 

(チッ。カラスの野郎が執着するわけだ……!)

 

 ドサイドンの猛攻に耐えながら、その戦いぶりを見ていたルカが、不敵に笑みを浮かべた。

 

「ハハ、さすが……。やっぱりすげえよ、お前は……!」

 

        ◇ ◇ ◇

 

 これまで戦場を支配してきたムクロの戦術に、わずかな揺らぎが生じ始めた。

 

 それでも、二体のメガシンカポケモンによる攻勢は依然として凄まじく、時間をかけるほどに押し込まれることは、何よりもライル自身が理解していた。

 だが同時に、傭兵が初めて見せた僅かな隙を、ライルは逃さなかった。

 

 そしてロードとルカへ、視線で意図を伝える。

 

(今のうちに……!)

 

 二人は、即座に反応した。

 

「ドラパルト、ゲッコウガ、いけ!」

 

 ドラパルトがダークライへ、ゲッコウガがメガヘルガーへと向かう。そして『ダークホール』と『かえんほうしゃ』を抑え込んだ。

 

 ルカはドサイドンの『ロックブラスト』を掻い潜り、炎の止んだ戦場にパオジアンを駆けさせた。

 

「『つららおとし』だ!!」

 

 ルカの怒号に応えるように、空中で形成された氷塊が、ドサイドンに直撃する。

 

 だが、ドサイドンはまだ倒れなかった。

 両腕に開いた穴をルカへ向ける。

 それまでの連射とは違う、残された力のすべてが、一点へ集まり始めた。

 

 次の瞬間——『がんせきほう』が放たれた。

 

「まだ動けんのかよッ……」

 

 それは真っ直ぐにルカの方へ。

 足が、僅かに出遅れる。

 

「ルカッ!」

 

 ライルの声が飛んだ。

 意識が向かってしまったのだ。

 しかし、ルカの前には鎧の戦士が立った。

 

「待て、ヌル!!」

 

 ルカが叫んだ、そのすぐ後。

 

 ——ガアァァン!

 

 『アイアンヘッド』が岩塊を受け止め、鈍い轟音が大広間を揺らす。

 巨大な岩塊に押し込まれ、両脚が床を削りながらも踏み留まる。

 

「グ……ルルルッ……!」

 

 ルカは、それを無駄にはしなかった。

 

「ルガルガン!パオジアン!今だ!」

 

 ルガルガンとパオジアンが飛び出す。

 そして『かみくだく』と『せいなるつるぎ』。

 二つの牙が、ドサイドンへ突き刺さる。

 

「グオォ……!」

 

 ドサイドンはついに限界を迎え、地響きを立ててその場に倒れ込んだ。

 そしてほぼ同時に、ヌルが止めていた『がんせきほう』も砕け散った。

 

 足のふらつくヌルに、ルカが駆け寄り、体を支える。

 

「お前バカ!無茶すんじゃねえよ!」

 

 だが言葉とは対照的に、ヌルを撫でるその手は穏やかだった。そしてヌルの闘志もまだ、消えていなかった。

 

 完全無欠を誇ったムクロの陣営。

 時間にすれば十分にも満たない、無限にも思えた激闘。

 

 だが三人は、ようやくその一角を捥ぎ取った。

 

        ◇ ◇ ◇

 

 ドサイドンを撃破した勢いのまま、三人が追撃を加えようとした、その瞬間。

 

 ムクロの背後の空間が裂けた。

 現れたのはガライとカラス。

 そしてバンギラス、スイクン、カイリュー、オンバーン。

 

「ムクロ、待たせたな」

「三体同時シンカたぁ、相変わらずやってくれるねえ、ムクロちゃん。って——」

 

 カラスの視線が、地に伏せた巨体を捉える。

 

「やられてんじゃねえか、ドサイドン!」

 

 ムクロはガライを見た。

 

「すみません、隊長。足止めで終わるつもりはなかったんですが」

 

 不本意そうに顔を歪めるムクロ。

 ガライは表情を変えなかった。

 

「いいさ、よく持ち堪えた。すぐ中央広場へ行け。リンが待っている」

「了解」

 

 短く応じると、ムクロは手早く、手持ち全てをボールに納め、開いたままの裂け目へと姿を消した。それを見届けたガライとカラスの視線が、ライルたちへ移る。

 

 ライルとルカは、肩で息をしていた。

 その様子を見たカラスが口を開く。

 

「悪いねえ、休憩もなくてよ。だが、それが戦場ってもんだろ?」

 

「ケッ!」

 

 ルカは不敵に顎を上げた。

 

「てめえの気遣いなんざ、いらねえよ!」

 

 カラスは笑った。

 

「そうかい。なら遠慮なくやらせてもらうぜ」

 

 そしてガライに話しかける。

 

「隊長。あの銀髪のガキは、オレがやっていいんでしょ?」

「最初だけだ。あとの指示には従えよ」

「もちろんスよ」

 

 二人の傭兵が放つ、肌を刺すような殺気。

 

 先ほどまで、ムクロから同等のプレッシャーを浴びていたにもかかわらず、ライルたちは怯まない。闘争心を失わぬまま、鋭い眼光を跳ね返す。

 

 特に、ライルとルカの二人。

 

 息こそ上がっているものの、数ヶ月前であれば、彼らと同じ場に立つだけで、気力が削がれるほどの実力差があったはずだった。

 

 これまでにくぐり抜けてきた修羅場と戦いが、彼らの精神を硬く鍛え上げていた。

 ライルは、カラスの視線に対し怪訝そうな表情すら見せ、ルカは相変わらずの軽口をライルに浴びせる。

 

「またご指名だぜ、相棒。お前、ついに男にまでモテ出したな。まあ、あのクソ女じゃないだけマシだけどよ!」

 

「いや、どっちも嫌だろ。あいつら、執念深いから苦手なんだ……」

 

「はい、二人とも集中な」

 

 ロードが口を挟んだ。

 

「ここでの『突破』に勝負がかかってるんだ。敵のどちらかを確実に引きずり倒してバランスを崩さない限り、この先にはいけないからな」

 

「もちろんです」

「わかってるよ、ハナから勝つ気満々だ!」

 

 ライルは表情を引き締め、ルカは再び笑った。

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