ポケットモンスター Agent PLATINUM 作:ミノワ
空間の裂け目を抜けたムクロが目にしたのは、死闘の光景だった。
『敵』の疲労の色は濃く、誰もが肩で息をしている。だがこちらも余裕ではない。
広場には幹部リンと、兵団員の五人。
レジギガスらに加え、メガアブソル、ヒードランもいる。物量では、反転ポケモンを有する天狼隊が、未だ優位を保っている。
それでも、反転ポケモンたちは次々に解放され、その『ストック』は確実に減らされている。
外の戦いも、恐らく拮抗しているだろう。
同じく少数精鋭の両組織だが、彼ら——プラチナムからは、尋常ではない意志の強さが感じられた。
ムクロは傭兵としての緊張の糸を限界まで引き締め、前線へと復帰する。
何せ、今から自分が刃を交えるのは、この地方の絶対的な頂点なのだから。
その姿に気づいたリンが声を上げる。
「ムクロ!おっそい!!」
「時間はそう経ってないだろ?」
「体感の話をしてんだよ!もし私がやられたら、てめえら三人とも呪ってやるからな!」
現れた傭兵に、エージェントたちは息を呑んだ。
「奴が、ゲンジを破ったという兵か……」
「それにあいつは、ライルくんたちが相手にしてた奴じゃないの!?」
テッセン、スズナの声を聞き逃さず、ムクロが不敵な笑みを浮かべる。
「早々に仕留めたんでな。こっちに出てきたよ」
小さなどよめきが広がる。
ライルたちが、討ち取られた可能性。
その懸念がエージェントたちの頭をよぎる。
——そう、ほんの少し、それだけでいい。
絆を大事そうにする奴らほど、そこを攻めれば脆いものだ。
しかし、その弱気を一刀両断する、凛とした声が響き渡った。
「ハッタリね。もしそうなら、あなた一人だけで戻ってくる理由がない」
その毅然とした言葉に、エージェントたちの間に安堵と闘志の空気が戻る。ムクロはシロナの言葉を聞いて、笑みを浮かべた。
——やはり、こいつらは面白い。
「さすがだな、チャンピオン。だが、この先も奴らが無事でいられる保証はないぜ」
あの場に居るのは、ガライとカラスだ。
やはりそれも、傲慢や挑発ではなかった。
隣のリンが叫ぶ。
「おいムクロ!さっさと手を動かせ!」
「分かってる、急かすな」
ムクロはボールからセグレイブ、ヘルガー、ハッサムを繰り出した。
そして。
「セグレイブ!!」
指輪が再び光を放ち、今度はセグレイブのみがメガシンカを遂げた。
背中の巨剣が、プラチナムの防衛線に真っ向から襲いかかり、ヘルガーとハッサムも続く。
ヒードランが吐き出す獄炎、メガアブソルが放つ斬撃。
暴れ狂うレジギガスたちは、エンテイ、ライコウ、そしてシロナとアデクがなんとか押さえ込んでいる。
それでも、天狼隊の波状攻撃の前に、プラチナムは追い込まれていく。
「シロナさん、このままじゃまずいです……!」
「一度、広場から退いて通路で体勢を立て直しますか!?」
アスナとデンジが声を上げる。
バシャーモ、エレキブルと共に、猛攻を凌いでいる。
「まだよ!」
シロナが叫ぶ。
「退けば、また奥に戦力が向かってしまう。今はまだ、耐える時間。持ちこたえれば、必ずまた私たちの流れが来る!」
やはりシロナは迷わなかった。
その隣ではガブリアスが爪を振るい、ミロカロスが水流を放つ。
「前は、私と先生で絶対に抑える!反転ポケモンたちを、一匹でも多く解放して!」
堂々たるシロナを見て、リンが言い放つ。
「……チッ。この組織の女は本当、気に食わない奴しか居ないわね!」
戦いは中盤戦。
互いの陣営が総力を挙げ、信念と意地をぶつけていた。
◇ ◇ ◇
大広間の戦い。
二人の傭兵がライルたちに立ちはだかる。
総大将ガライ。
バンギラス、スイクンに加え『ドドゲザン』を繰り出す。ジャラランガ、ガチゴラスを中央広場に残してなお、圧巻の布陣。
幹部カラス。
カイリュー、オンバーンに加え、プテラを繰り出す。カイリューを軸に、空中戦特化の二体を置く。死角のない包囲網。
そして、反転のダークライ。
巨大装置のある最奥へ向かうためには、この強固な壁を突破しなければならない。
中央広場が『耐え忍ぶ戦い』であるならば、この大広間は『打ち破る戦い』だった。
対するプラチナムの三人。
ロード。
ドラパルトとゲッコウガを引き続き前線へ。
ライル。
ガブリアスとグレイシアはそのままに。ゴウカザルを一度戻し、最も信頼するルカリオを、再び解き放つ。
そしてルカ。
パオジアン、ルガルガンに加え、エースのサザンドラを再び戦場へ。彼女が最も得意とする攻撃的な陣形。
ルカは、ヌルの方を向いた。
「ヌル。お前は相棒のボールに戻ってろ」
ヌルは、首を僅かに横に振る。
しかし、ルカはそれを許さない。
「ダメだ、少し休んでろ!」
それでも、そのすぐ後に表情を和らげた。
「心配すんな。力が必要な時は、また呼ぶさ」
「……グル」
それを聞いたヌルはライルのもとへ走る。
ライルもヌルを撫で、ボールへ戻す。
カラスはそれを見て、ニヤリと笑った。
「場は整ったみたいだが、それだけで足りるのか?」
七対八。
頭数ではライルたちが有利だったが、二人の傭兵は落ち着いていた。
だが、そのすぐ後。
大広間の入り口から二つの影が飛び込み、風切り音がライルとルカに近づいた。
それは、シロナが送った援軍。
青と赤の竜。
「ラティオス!」
「ラティアス!」
二体は、ライルとルカの声に反応して短く鳴き、左右に分かれた。
ルカが振り返り、笑みを浮かべて言い放つ。
「わりいな。これが戦場なんだろ?」
それでも、傭兵たちの表情は変わらない。
「オレや隊長には関係ねえよ。滾るだけさ」
五人は構え、互いを睨み据えた。
すぐには動かない。
肌を刺すような緊張が、広間を包む。
だが、それも長くは続かなかった。
火蓋を切ったのは——。
「カイリュー!!」
「サザンドラ!!」
——『りゅうのはどう』。
カラスとルカの声を合図に放たれた青い奔流は、ぶつかり合い、爆ぜる。
それがそのまま——狼煙となった。
「ドラパルト!」
ロードが叫んだ。ドラパルトが煙に紛れ、ダークライのもとへ急襲。
影を縫う者同士の戦い。この場で最も厄介な技を持つダークライだけは、ドラパルトが相手をしなければならない。
だが煙に紛れたのは一体だけではない。
プテラとオンバーン。
獰猛な爪と牙を剥き出しにして襲い来る。
「ラティオス!ラティアス!」
ライルが叫び、青と赤の竜がジェットさながらに飛び出す。
プテラとオンバーンへ猛襲し、火花が散る。
「ハハァ!因縁、再来だな!!」
猛るカラスに、ルカが牙を剥く。
「撃ちまくれ!サザンドラ!!」
サザンドラの三つの口元から、『りゅうのはどう』が放たれた。
エネルギーは真っ直ぐ敵へ。
しかし。
「スイクン、出ろ」
低いガライの声に、スイクンが一歩前へ。
そして——『れいとうビーム』。
凝縮された氷撃が青いエネルギーを貫いた。
そして、サザンドラへ向かう。
「ルカリオ、『はどうだん』!」
——ズドン!
今度は青い弾丸が、氷撃の中心を捉えた。
氷は弾け、空気中へ散らばった。
短く、激しい最初の応酬。
五人の視線が交差し、ポケモンたちが唸りを上げる。
戦いは、さらに熱を帯びていく。
◇ ◇ ◇
距離のある戦闘から、至近距離の肉弾戦へ。
「暴れようぜ、カイリュー!」
「バオォォッ!!」
カイリューが床を蹴った。
強靭な腕を振り、襲い来る。
「ガブリアス、迎え撃て!」
「ガァアッ!!」
ガブリアスも正面から飛び込む。
二体が激突し、衝撃が大広間を駆け抜けた。
一撃目は互角。
ガブリアスが『ドラゴンクロー』を振るう。カイリューは、ガブリアスの爪の根元を押さえ、尾を薙ぎ払った。
ガブリアスは片腕を折りたたみ、受け止める。床を削りながら押し戻されるも、すぐに踏み込み、肩からカイリューへぶつかった。
爪、拳、尾。
間近で繰り出される攻撃が、次々と交差する。
「カカッ! いいねえ!」
カラスが声を上げた。
ガライも、ぶつかり合う二体を一瞥する。
「お前も出るか、バンギラス」
「グルル……」
バンギラスが重い足音を鳴らし、前へ。
「ゲッコウガ、バンギラスへ向かえ!」
「パオジアン、ルガルガン!お前らはスイクンだ!」
ロードとルカの指示に、三体が一斉に走り出した。
ゲッコウガは『みずしゅりけん』を放ちながら駆ける。水の刃がバンギラスへ突き刺さるも、その歩みは止まらない。
バンギラスが巨体を回転させ、太い尾を横薙ぎに振るった。ゲッコウガは床を蹴り、その一撃を飛び越える。
しかし。
その先には、『既に』右拳が置かれていた。
「『かみなりパンチ』だ」
雷撃が空中のゲッコウガへ迫る。
「ゲッコウガ!身を捻ってかわせ!」
「コォッ!」
ゲッコウガは身を翻し、バンギラスの右肩付近へ着地。そのまま、片手を岩の装甲へ向け、『ハイドロポンプ』を放とうとした。
しかし、バンギラスの方が速かった。
首を捻り、『かみなりのキバ』でゲッコウガの腕へ食らいついた。
「ゲコォッ!!」
「ゲッコウガ!」
ロードの声が響いた。
(後から動いた筈だろう! なぜゲッコウガより速い!?)
バンギラスはそのまま、左の『かみなりパンチ』を構えた。
そこへ再び、青い弾丸が飛来する。
——『はどうだん』。
弱点を突く一撃が、バンギラスの首元へ。
その直前、左拳の軌道が変わった。
弾丸と雷撃がぶつかり、爆ぜる。
その隙に、ゲッコウガは牙から離脱する。
ライルは目を見開いていた。
(あのタイミングで、止めるのか……?)
——反応? 速度?
その思考の合間、バンギラスは悠然と構えなおす。
その反対側。
パオジアンが、スイクンとの距離を一気に詰める。
——『せいなるつるぎ』。
パオジアンがスイクンの横腹へ斬りかかる。
だが、その横合いから別の影が飛び込んだ。
「ドドゲザン、『かわらわり』」
ドドゲザンの腕が、振り下ろされる。
「させるな! ルガルガン!」
ルガルガンが二体の間へ滑り込み、ドドゲザンの腕を突き上げた。
『かわらわり』の軌道は逸れ、パオジアンはそのままスイクンへ。
だがその時には、スイクンの口元に水流が溜められていた。
——『ハイドロポンプ』。
押し戻されるパオジアン。
そしてスイクンの視線がルガルガンへ移る。
そのまま、水流を薙ごうとした。
その時。
グレイシアの『れいとうビーム』が届く。
スイクンの水流と冷気が衝突する。
水流は白く凍りつき、氷塊へと変わっていく。
ルカはその隙を、無駄にしない。
「ルガルガン、『ストーンエッジ』!」
せり出した岩がスイクンに直撃し、その体が浮く。
追撃に動くルガルガン。
だが再び、ドドゲザン。
——『ふいうち』。
ルガルガンは辛うじて腕で受けるも、後方へ飛ばされた。
まさに、一進一退の攻防。
さらに。
頭上では、ラティオスとラティアスが旋回する。プテラとオンバーンも速度を競うように飛び回っていた。カラスは、青と赤の竜を相手取り、なおカイリューにも指示を飛ばす。
「そこだ!右を入れろ!」
——ドカッ!
カイリューの拳が、ガブリアスの頬を捉えた。
「ガァッ……!」
続けて、太い尾がガブリアスの胴体へ迫る。
ガブリアスは腕を上げるが、受け止めるには一瞬遅い。
「サザンドラ!」
ルカの声が飛ぶ。
三つの口から放たれた『りゅうのはどう』が、カイリューの横腹を狙った。カイリューは攻撃を中断し、翼を広げて上空へ逃れる。ガブリアスはすぐさま体勢を立て直した。
ライルとルカは、一瞬だけ視線を交わす。
そしてまた、突撃。
パオジアンの牙と、ドドゲザンの大刃が火花を散らす。ルガルガンが加勢し、ドドゲザンを押し戻す。
そこへスイクンが割って入る。
戦況は、簡単には傾かない。
バンギラスが砂塵を巻き上げ、ゲッコウガに襲いかかる。影の中では、ドラパルトとダークライが交差し合う。ガブリアスとカイリューが激突し、爪と拳がぶつかるたび、足元の床へ亀裂が走った。
アジト最奥の決戦。
一つでも戦線が崩れれば、そこから一気に呑み込まれる。それはプラチナム側だけでなく、傭兵たちも同じであった。互いの戦術が引き出されていく激闘。攻め込み、守り、崩れそうな穴をすぐに塞ぐ。
敵味方に分かれた五人の戦いは、ある種、美しいバランスさえ保っていた。
ロードは、ゲッコウガとドラパルトを動かしながら、戦場を見ていた。
(……恐ろしい二人だ)
その視線の先にいたのは、ガライとカラスではなく、若き二人——ライルと、ルカだった。
二人とも、突入開始から戦い続けている。
自身も、手持ちも、疲労はあるだろう。
だが動きは鈍らず、敵の攻撃へ対応するたび、次の指示が速く、鋭くなる。
ライルが作った隙を、ルカが攻撃へ変える。
ルカが強引に押し開き、ライルが戦線として維持する。二人は互いの狙いを理解し、戦いの形を変え続けていた。
そうしているうちに、奇妙な感覚が二人を包み始めた。
(なんだ、これ? 次から次へと指示が出る……)
(すげえ、体と脳みそ止まんねえ。気持ちわりぃ〜)
ライルが一段先へ進めば、ルカがそこへ追いつく。
ルカがさらに前へ出れば、今度はライルが引き上げられる。
ロードは、僅かに息を呑んだ。
(……突入してからですら、彼らは戦うたびに変わっていく。眼前の敵から学び、何より、互いの強さを食らい合って……今もなお成長しているんだ……!)
それに気づいたのは、ロードだけではなかった。
「最高だなァ、お前ら……!」
カラスが牙を見せて笑う。
「もっともっと見せてくれ!!」
その時、カラスがふと横を見た。
普段と変わらぬ表情で指示を続けるガライ。
だが、その口元が、僅かに吊り上がっているように見えた。
「珍しいじゃないスか、隊長!あんたがそんなに楽しそうに戦うなんてな!」
「……何の話だ? 無駄口を叩かず集中しろ」
「いいや、無駄なんかじゃありませんよ!」
カラスはガブリアスと打ち合うカイリューを見ながら、声を上げる。
「オレもリンもムクロも、隊長だってそうだ! オレたちは、戦いの中でしか生きられねえ!!」
「フン。お前と一緒にするな」
ガライはそう言いながら、ライルたちを見据えた。
「だが確かに、久しく忘れていたよ。この感覚はな」
ガライの目が鋭く細められる。
「貴様らなら……こっちにもついてこられるか?」
「ハハァ、隊長。あんたに乗りますよ」
二人の傭兵が、同時に右手を突き出した。
指輪から溢れ出した赤黒い光が裂け目を開き、黒い霧がバンギラスとカイリューを包み込む。
周囲の空気が震え、二つの巨体の輪郭が、光の中で変わっていく。
閃光が爆ぜた後、二体は姿を現した。
——『メガバンギラス』。
——『メガカイリュー』。
そして、一歩前へ出る。
その圧力だけで、先ほどまで拮抗していた戦場が揺らぎ始めた。
「来たな……!」
ロードが二人へ声を飛ばす。
「お二人さん、まだやれるか!?」
ライルとルカは、間髪を容れず答えた。
「はい!」
「あたりまえだ!!」
ライルとルカは、互いの存在によって、ここまで引き上げられてきた。
ならば、この先も同じ。
二人は並んで、前を向く。
タイトルは、ある楽曲から拝借しました。
頂点へ連れて行ってくれ。