ポケットモンスター Agent PLATINUM 作:ミノワ
——『メガバンギラス』。
全身を覆う装甲は厚みを増し、背中から伸びる突起が大きく広がっていた。踏み出すほどに、巻き上がる砂が勢いを増す。
——『メガカイリュー』。
丸みを帯びた体躯はそのままに、頭部には膨大なエネルギーを湛えた巨大な翼が広がっていた。その瞳は、純粋なほど無垢だった。
ポケモンたちに牽制を続けさせながら、三人は一時的に距離を詰め、短く言葉を交わした。
「メガバンギラスとメガカイリューに戦力を振り分けましょう! ルカリオとグレイシアも前に出させます!」
「ああ。バランスを保ちながら、相手の隙を作るぞ」
「でも、引いてるだけじゃダメだ。長引くほど、相手のパワーに無理やりペースを持ってかれちまう。いざという時は、こっちも一気に決めに行くぜ!」
三人は頷き合い、再び戦場へ散った。
メガバンギラスには、ゲッコウガに加え、ルカリオとグレイシア。
メガカイリューには、ライルとルカのエース——ガブリアスとサザンドラの二体が立ちはだかる。
それ以外のポケモンたちは、先ほどまでの戦線を維持する。
「いいねえ! 滾ってくるぜ!」
カラスが声を上げる。ガライは、何も言わず戦局を見ていた。
「ルカリオ!」
「ゲッコウガ、行け!」
ルカリオとゲッコウガが同時に駆ける。
メガバンギラスは動かない。
その巨体の周囲で、砂塵だけが渦を巻いていた。
「グレイシア、『れいとうビーム』!」
後方から氷撃が伸びる。
「『あくのはどう』」
ガライの指示と同時に、メガバンギラスが黒い波動を放った。二つの技が正面から衝突し、冷気と黒煙が弾ける。
その隙に、ルカリオが懐へ飛び込んだ。
「ルカリオ、『インファイト』!」
拳を振り抜こうとした瞬間、太い尾が足元を薙ぐ。ルカリオは攻撃を中断し、後方へ跳んだ。
反対側からゲッコウガが回り込む。
メガバンギラスの振り向きざまの右拳に、雷が集まった。
——『かみなりパンチ』。
ゲッコウガは身を低く沈め、その拳をかわす。
その隙に再び接近するルカリオ。そしてゲッコウガと共に前後から挟み込もうとする。
だが、メガバンギラスはその場で巨体を回転させた。
右拳に『ほのおのパンチ』。
左拳に『かみなりパンチ』。
まるで二体が踏み込む位置へ、初めから拳を置いていたかのようだった。
『ほのおのパンチ』がルカリオを、『かみなりパンチ』がゲッコウガを捉える。
「ルカリオ!」
「ゲッコウガ!」
二体は左右へ弾き飛ばされた。
(やっぱり、『遅い』はずなのに、速い……!)
ライルが息を呑む。
メガバンギラス自体の動きが、突然速くなったわけではない。それでも攻撃は常に、こちらが動いた先へ置かれている。
「『いわなだれ』だ」
ルカリオとゲッコウガの頭上から、無数の岩が降り注ぐ。
「グレイシア、『ふぶき』!」
上に向かって放たれた冷気が、岩を白く凍らせる。二体は落下速度の鈍った岩の隙間を抜け、態勢を立て直した。
グレイシアはそのまま『れいとうビーム』を放ち、それがメガバンギラスの胸部へ直撃する。しかし、メガバンギラスは僅かに後退しただけだった。白く凍った装甲を『ほのおのパンチ』で払い、再び構える。
砂塵の中で、その耐久力も大きく増していた。
一方。
メガカイリューを前に、ガブリアスは鼻息を荒くしていた。
ミナモ海岸で敗れた因縁の相手。
その隣で、サザンドラも低い唸り声を上げている。
「行け、カイリュー!」
メガカイリューが床を蹴った。
ガブリアスが『ドラゴンクロー』で迎え撃つ。爪と拳が衝突し、二体の巨体が押し合った。
そこへサザンドラの『りゅうのはどう』が迫る。だがメガカイリューは、ガブリアスの腕を押し上げながら身を翻し、その背後へ回った。
行き場を失った『りゅうのはどう』が、ガブリアスのすぐ脇を通過する。
「危ねぇっ……!」
メガカイリューは、二体を同時に相手取ろうとはしなかった。
一方を壁として使い、もう一方の攻撃線から身を隠す。さらに『しんそく』で位置を変え、常に片方だけと向き合う状況を作っている。
ガブリアスが追いつけば、サザンドラが遅れる。サザンドラが上空から先回りすれば、今度はガブリアスとの距離が開く。
二体の力は、メガカイリューにも通用している。
だが攻撃が、噛み合わない。
◇ ◇ ◇
高い天井付近では、ラティオスとラティアスがプテラ、オンバーンと激しく交差していた。
牙と爪を振るう二体に対し、青と赤の竜は互いの死角を補いながら旋回し、その速度を抑え込んでいる。
地上では、パオジアンとルガルガンがスイクン、ドドゲザンと対峙していた。
パオジアンは速度を生かし、四方からスイクンへ斬りかかる。だがスイクンは流れるような足運びで攻撃を受け流し、ドドゲザンがその隙を埋める。
どの戦線も、簡単には崩れない。
ライルは、再びメガバンギラスへ視線を戻した。
ルカリオとゲッコウガが左右へ分かれる。
それより先に、メガバンギラスの身体が僅かに向きを変えた。
(まただ)
後から反応しているのではない。
こちらが動くより前に、攻撃が始まっている。
(反射でも、単純な速度でもない。だったら——)
ライルはメガバンギラスではなく、その後方に立つ男——ガライを見た。
戦場全体を見ながら、僅かに指と口を動かしている。メガバンギラスは、それを一瞥しているだけだ。
(こいつ……おれたちが次に何をするのか、先に読んでるのか?)
「もう一度だ! ルカリオ!」
二体が同時に踏み込む。
ルカリオが正面。
ゲッコウガが背後。
そしてグレイシアが、二体の攻撃に重ねるべく冷気を集め始める。
その瞬間、ガライが口を開いた。
「バンギラス。そっちが『先』だ」
メガバンギラスが、片足を床へ踏み込んだ。
攻撃の狙いはルカリオでも、ゲッコウガでもない。
離れた場所にいたグレイシアの足元が隆起する。
「しまった!」
——『ストーンエッジ』。
鋭い岩が床を突き破った。
「キュイッ……!」
グレイシアの身体が跳ね上げられ、床へ落下する。
「グレイシア!」
ライルはすぐさま駆け寄った。
グレイシアは身体を起こそうとするが、四肢に力が入らず、戦闘不能。
「休んでてくれ」
ライルはグレイシアをボールへ戻す。
援護に回る者を先に潰された。
メガバンギラスの反応が速かったのではない。ガライが、次に戦況を動かす者を先に選んでいたのだ。そしてバンギラスはその意図を、寸分違わず理解していた。
その頃。
メガカイリューを相手取る二体にも、綻びが生じていた。
ガブリアスとサザンドラ。
ともに実力を認め合ってはいる。
しかし二体はライルとルカのエース。
それぞれの自負が、どちらが先にメガカイリューを止めるかということを、譲らせなかったのだ。
ライルとルカのこれまでの戦闘の中で、この二体だけは、確実に連携を取ったことはなかった。
メガカイリューは二体の重なった動きを見切り、攻撃の間を抜けていく。
振り抜かれた拳がガブリアスの頬を捉え、続く尾がサザンドラを後方へ押し戻した。
痺れを切らしたガブリアスとサザンドラは、互いを睨み、威嚇を始めた。
主人達は、それを許さなかった。
「おいガブ!!何やってんだ、ちゃんとサザンドラと協力しろ!!」
「サザンドラ! お前もだ! くだらねえ意地で足引っ張るなら承知しねえぞ!」
大好きな主人に叱られた二体は、一瞬だけ動きを止め、互いを見る。
「ガァア……!」
「……グルル」
そして。
二体は再び、メガカイリューへ向き直った。
ガブリアスが先に飛び込む。
『しんそく』で抜けようとしたカイリューを、無理矢理に抑え込んだ。
メガカイリューはそれを無理矢理振り払う。ガブリアスはその剛腕を紙一重でかわし、すれ違いざまに『ドラゴンクロー』を見舞う。
すると、メガカイリューがもう一方の腕でガブリアスを狙う。
——ガシッ、ガシッ!
その腕に、サザンドラの左右の頭が噛みつき、止める。
「今だ、ガブリアス!」
動きを止められたメガカイリューの胴体へ、ガブリアスの爪が突き刺さる。
「サザンドラ!やっちまえ!」
続けてサザンドラが中央の口を開いた。
至近距離からの——『りゅうのはどう』。
爆発したエネルギーに、メガカイリューが初めて大きく後退する。
不満そうに唸りながらも、二体は互いの位置を確認していた。
攻撃を重ねるたび、その連携は噛み合っていく。
——その姿は、出会った頃には衝突を繰り返しながら、今では互いの不足を補い合うライルとルカにも似ていた。
「初めっからそうしろ! バカ!」
「よし、一気に畳みかけるぞ!」
ガブリアスとサザンドラが、同時に踏み込んだ。
その瞬間。
——ウゥゥゥゥゥン!!
——ウゥゥゥゥゥン!!
大広間に警報が鳴り響いた。
◇ ◇ ◇
鳴り響くサイレン。
壁に設置された赤いランプが一斉に点滅し、足元から低い振動が伝わってくる。
「なんだ!?」
ライルたちの動きが止まる。
ガライとカラスも、戦場の奥へ視線を向けた。
「……奴らめ、また勝手なことを」
「クソが。せっかく面白くなってきたところだってのによ」
カラスは明らかに不満そうだった。
鳴り続ける警報の中、ガライはライルたちへ向き直る。
その表情からは、先ほどまでの愉悦が消えていた。
「悪いが、悠長に遊んでいる暇はなくなった」
その言葉に、ライルたちは言いようのない不安を覚えた。
ガライとカラスは即座に手持ちを動かした。
スイクンとドドゲザン、プテラとオンバーンが、それぞれのボールへ戻される。
ダークライもドラパルトの前から姿を消し、床へ広がる影の中へ沈んでいった。
「何か来るぞ!」
ロードの声が飛ぶ。
その直後。
メガバンギラスとメガカイリューの身体から、赤黒いエネルギーが溢れ始めた。
膨れ上がる力に二体の身体が軋み、周囲の空間が波打つ。
「なんだ、この力……!」
「おい、やべえぞ!」
「二人とも、こっちへ! 手持ちを集めろ!」
「全員!戻ってこい!」
その声に、ポケモンたちが交戦を切り上げ、次々と三人のもとへ戻ってくる。
ロードは『フォレトス』を繰り出した。
「フォレトス、『まもる』だ!」
フォレトスを中心に、光の防壁が広がる。
ポケモンたちも、ライルら三人同様にその背後に隠れる。
ラティオスとラティアスもライルたちのいる後方まで下がり、エネルギーの障壁を身に纏った。
だが、ガブリアスとサザンドラだけは、メガカイリューのすぐ近くにいた。二体は果敢にも、メガカイリューへ攻撃を仕掛けようとしていた。
「待てガブリアス!戻れ!」
「サザンドラ!」
ライルとルカは、それぞれボールを二体へ向けた。赤い光が二体を包みかける。
しかし、間に合わなかった。
次の瞬間。
——轟!!
メガバンギラスとメガカイリューに蓄積されたエネルギーが、一斉に解き放たれた。
赤黒い衝撃波が大広間を走る。
フォレトスの『まもる』が激しく揺れ、ラティオスとラティアスの障壁にも亀裂が広がった。
ライルたちは腕で顔を覆い、必死にその場へ踏み留まる。だが、防壁は最後まで衝撃を抑えきれなかった。
光が砕ける。
残った余波が、ポケモンたちと三人を押し流し、壁際へと叩きつけた。
「がはっ……!」
ライルは床を転がり、辛うじて顔を上げた。
周囲には、砂埃と煙が立ち込めている。
防壁の内側にいたポケモンたちも、すぐには起き上がれない。
そして、その先。
「ガブリアス……?」
「サザンドラ……!」
爆発の中心に近かった二体は、互いに左右の壁まで飛ばされ、煙を上げながら倒れていた。
——どちらも動かない。
ガブリアスとサザンドラは、揃って戦闘不能に陥っていた。
放出を終えたバンギラスとカイリューも膝をつく。二体を包んでいたメガシンカの光が消え、元の姿へ戻っていった。
ガライとカラスは、それぞれをボールへ戻す。
「クソッ……何が起きたってんだ……」
ルカが床へ手をつきながら、倒れたサザンドラを見た。均衡していた戦いは、たった一度の『爆発』によって崩された。
ガライはライルたちを見下ろし、隣のカラスへ告げる。
「奥に様子を見に行く。カラス、ここの後始末を任せるぞ」
「……了解、隊長」
カラスは首を鳴らし、プテラとオンバーンを再び繰り出した。
「これじゃ、もう痛ぶっても何の味もしねえ。サクッと終わらせますよ」
ガライは、最奥の部屋へと向かっていく。
ライルたちは立ち上がれないまま、近づいてくるカラスを睨んだ。
ロードの傍らには、衝撃で砕けたデバイスと解析端末が転がっていた。