「本当に行かれるのですか!?」
プラチナム本部は、ギラティナとレックウザの戦いに巻き込まれないよう、テンガン山頂から離れた上空に佇んでいた。その通路内に、事務方の声が響く。
「当然。一人だけ、休むわけにはいかないよ」
「先ほど戻られたばかりです。それに、その体では……」
「支障ないよ。私の弟子たちも戦っているんだ」
「しかし……」
そのやりとりを聞きながら近づいてきたゼンノが、巾着のようなものに入った何かを差し出した。
「これを。反転世界にいる小僧と小娘に渡してくれ」
「ゼンノさん!何を——」
「こやつの目を見ろ。制止できそうか?」
事務方はまだ心配そうなそぶりを見せたが、ゼンノの言う通り、男の目は揺るがなかった。
男はゼンノから手渡された袋を受け取り、そして尋ねる。
「これは?」
「決戦開始にこそ間に合わんかったが、研究を続け、ようやく数枚が出来た。これが奴らの力になる」
「わかった。任せておけ」
男は頷くと、そのままハッチへと向かった。
ゼンノも事務方も、その姿を見送った。
◇ ◇ ◇
大広間。
ヌルの正体を教えてやるといったカラスは、淡々と話し始めた。
「これはオレが、研究員から密かに聞いた話だがな……」
ライルとルカは、カラスを睨み据えた。
まだ足は震えている。
——あいつが話している間、少しでも態勢を整えるんだ。
ライルのその意図を知ってか知らずか、カラスは僅かに口角を上げ、話を続けた。
「ある地方にゃ……異世界ってのか? ……そんなとこから時折やってくる、とんでもねえ化け物どもがいるのを知ってるか?」
ライルは心当たりを探した。
ヌルの正体、ゼンノの言葉。
そういえば、彼が何か言及しかけていた。
そして。
「……ウルトラビーストのことか?」
「知ってんのか、話が早えな」
カラスは構わずに話し続ける。
「その地方じゃ、そんな奴らが時たま現れては都合よく暴れてたらしい。そして、その化け物どもを必死に研究してたグループが二つあったそうだ。そしてある時、その両方に顔の利いた研究者が、それぞれのデータを持ち出した」
研究データを持ち出した?
シノノメのこと指しているのか?
それに——。
(複数? ゼンノさんが身を寄せてたっていう研究所以外にも、何か施設があったのか?)
「そしてそいつはある時、『ギラティナ』と出会った。ギラティナは、それよりも以前から鎖の軍隊を集めていた。こいつもその一体だった」
カラスの背後で影が蠢き、その中から、先ほどまで身を隠していたダークライが姿を現した。
「そいつは、ギラティナに取り入るために研究を始め、その能力を模倣した鎖を作り出した。そして、自らもそれを使い、軍隊を増やし、さらには献上し始めた。エネルギーもその一環さ。ギラティナはそれが気に入ったのか、そいつが反転世界に居座ることを認めた」
(なんだって……?)
カラスの話が本当なら、ギラティナが教団に利するように動いていたのではない。
——逆だった。教団こそが、ギラティナに協力していたのだ。
「ギラティナは特に伝説級の戦力を好んだ。まあ、そんな奴らは当然、ギラティナでも苦戦する。オレらに依頼するなら兎も角、一介の研究者なら尚更だろうな。それでもその研究者は『取り込む』戦力になら、心当たりがあった」
カラスはルカを見て笑う。
「お前らは、その目で見ただろ?」
ライルとルカはカラスの質問の意味がわかった。間違いなく、ミナモシティでの戦闘のことだ。
——だから奴らは、『アクジキング』を反転にした。
「化け物どもを捕らえるためにゃ、当然研究者にも相応の戦力が必要だった。それが、そいつだ」
カラスがヌルを指差した。
そして、ライルは先ほどのカラスの発言を思い出す。
「少しは話が見えてきたか?」
「……まさか……」
「そうだ。その『タイプ:ヌル』ってのは元々、研究者が出入りしていた施設の連中が、化け物どもに対抗するために生み出した——『人造兵器』なのさ」
「……」
ライルとルカは、言葉を失っていた。
カラスは言葉を止めなかった。
「あらゆる属性を使用できる万能の生物。だがそいつは、期待はずれもいいとこだった。属性を使いこなすどころか、力を制御できずに暴走した挙句、その醜いマスクを頭に嵌められた。『ヌル』ってのは、ゼロ、何もないって意味だそうだ。その名前の通り、そいつは出来なかったのさ——何もな」
カラスの告げる真実が、冷たい大広間に響き渡る。
「研究者はそいつを盗み、化け物どもと戦わせようと考えた。だが結局、失敗した。そして何の役にも立たないまま、檻に入れて監禁してたってわけさ。そのマスク野郎にとっちゃ、散々な人生だろ?」
命の尊厳をもてあそぶような真相。
ヌルは、その言葉の意味を理解しているのかいないのか、錆びついた制御マスクの奥から、カラスの姿をただ真っ直ぐに見つめ続けるだけだった。
言いようのない怒りが、ライルに沸き上がった。
「……こいつの命を、一体何だと思ってるんだ……?」
「おい、待てよ。そいつにそんな仕打ちをしたのはオレたちじゃねえ。その研究者だぜ? 更に言やぁ、そいつを生み出した施設の奴らだ。戦うことすら満足にさせてやれねぇ、無能どもさ」
カラスは淡々と告げた。
そしてライルの激情とは裏腹に、ルカは何も言葉を発しなかった。
いつもなら真っ先に怒りをぶつけるはずの彼女が見せた、あまりにも対照的な沈黙。
ルカは、カラスを見据えて立ち続けるヌルの隣に、重い足取りのまま進む。
そしてその冷たい装甲に、そっと手を触れた。
「……だからお前は、戦ってたんだな」
ヌルはルカの方を見つめ返した。
「……無力な自分が、嫌だったんだろ。お前の気持ちは、本当によく分かるよ」
ルカはもう片方の拳を、きつく握りしめた。
そこには、かつて彼女自身が苦渋を舐めてきた、過去に対する思いが込められていた。
「だから腹の中じゃずっと、怒りが渦巻いてる。でもそれは、周りに対してなんかじゃない、自分自身にだよ。何もかも関係なくぶっ飛ばしちまうくらいの、強さがない自分にだ……そうだよな?」
その声を聴いて、ヌルは鎧の奥に隠された瞳を大きく見開いた。自分と同じ「傷」を持つ人間の言葉が、その心に深く突き刺さったように見えた。
「……だから戦うんだ、強くなるんだ……! くだらないことで傷つかないように、二度と大切なものを失わないように……。あたしたちもそうだ、ずっと、そうしてきた」
ルカのその目が、僅かに伏せた。
「だけどな、ヌル。そんなあたしでも、今は、隣も背中も預け合える、仲間や相棒ができたんだ!だから——」
そこへ、もがきながらも、立ち上がったルガルガンとパオジアンが、ルカの横へ並び立った。
「お前もきっとそうなれる!いや、そうしてやる!!!」
ルカの瞳に、プラチナのように輝く、燃え盛る炎が灯った。バングルのキーストーンもまた、虹色の光を放つ。
ヌルは、その二つの光を見た。
「お前をバカにしたやつら全員、あたしらが一緒にぶっ飛ばしてやる!だから、あたしらと——自分の力を信じろ!!」
ルカは魂の底から咆哮した。
ヌルはそれを、真正面から受け止めた。
刹那。
ヌルの体が、強烈な輝きを放った。
天狼隊が指輪から放つ、赤黒いそれとは違う、白く眩いばかりの進化の光。
その温かな濁流が、ヌルの全身を包む。
次の瞬間。
——パキン。
——パリリリリン!!!
ヌルの頭部を縛り付け、力を抑圧し続けていた重厚な制御マスクに、無数の亀裂が走った。そしてそれは、ガラスが砕け散るような美しい音を立てて、ヌルの足元に崩れ落ちた。
光が消えた時。
そこに立っていたのは、制御から解き放たれたタイプ:ヌルの真の姿——『シルヴァディ』だった。
それは、白銀に輝く美しい毛並みを持つ、気高き戦獣。
頭部には羽根のような頭冠が立ち並び、洗練された面構えが、その威厳を際立たせている。
たてがみから覗く前脚は鋭い爪を有し、後脚は鱗に覆われ、尾の先は鰭のような形状を成している。
その『奇妙な美しさ』を前にし、カラスはその顔を歪ませた。
「ああ? 一体なんだそりゃ??」
「ヌル!」
ライルはルカと同じく、痛む体を押して、シルヴァディの元へ駆け寄る。
「これが、お前の本当の姿なのか?」
「言ったろ?」
ルカは笑った。
「こいつはやっぱり、ウルトラビーストなんかじゃない」
「ああ……そうだな! おれたちとまだ、一緒に戦ってくれるのか?」
主たちの呼びかけに、シルヴァディは勇猛果敢な咆哮を返した。
その声は「ゼロ(無)」から「フル(全て)」へと至った、反撃の合図。
「おいおい……まだ見せてくれるのか!?」
カラスの驚きが、歓喜へと変わる。
プテラ、オンバーンに加え、再びカイリューを繰り出した。
現れたカイリューは荒い息を繰り返していたが、それでも、その瞳から戦意は消えていない。
「いけ、オンバーン!!」
カラスが鋭く指先を突き出す。
オンバーンが床を蹴り、シルヴァディの首元を目がけて急襲を仕掛けた。
「ヌル!!」
ルカの声を背に、シルヴァディは四肢で床を踏み締める。
迫り来る牙を前にしても退かず、真っ向から迎え撃った。