呪縛から解き放たれたシルヴァディへ、オンバーンの攻撃が迫る。
「ヌル、危ない! よけろ!!」
ルカが叫ぶ。
しかし、シルヴァディはこれまでの鈍重な動きが嘘だったかのように、華麗な身のこなしでオンバーンの牙を回避してみせた。
「は? 何だその身軽さ……!」
「マスクが取れて重さが無くなったんだ、これがきっとヌル本来のスピードなんだ!」
ルカの驚愕の声に、ライルが返した。
それでもオンバーンは、身を翻し、再びシルヴァディに迫る。
しかし、シルヴァディはこれまでとは違った。
先ほどの回避の勢いを、そのまま攻撃の推進力へと変換し、真っ向から『マルチアタック』を叩き込んだ。
——ドガァァァン!!!
オンバーンは壁に強く叩きつけられ、そのまま地面へ落下した。直前までラティオスたちと戦い続けていたその体を沈めるには、十分すぎる一撃だった。
「……マジか……?」
カラスは目を見開く。シルヴァディは雄叫びを上げ、獰猛な瞳でカラスを真っ向から見定めた。
「……おもしれえな、ついさっきまで出来損ないだったやつがよ。だが、お前らの絶望は何も変わっちゃいねえ、そうだろうが!!」
カラスが吠えた。
カイリュー、プテラも再び構える。
刹那。
ここまで戦況を見極めながら、反撃の機を窺っていたロードの鋭い叫びが轟く。
「今だ!」
ドラパルトとゲッコウガが、カラスたちの視界を遮るように激しく襲いかかる。
「ここは俺が受け持つ! 二人とも奥へ行け!!」
「ロードさん!!」
先ほどの『爆発』によって、ロードのデバイスと解析端末は壊れていた。装置を停止させる手段を失った以上、自分がカラスを引き受け、二人を先へ進ませる。それがロードの選んだ策だった。
その覚悟に反応したのは、ライルとルカの二人だけではなかった。
僅か後方に居たラティオスとラティアス。二体が、ライルとルカの周囲を旋回し始めたかと思うと、突如として——二人のバングルが、まばゆい光を放ち始めた。
ラティオスはライルの隣へ。
ラティアスはルカの隣へ。
そして二体から言葉のイメージが流れ込む。
——私たちを信じて!
——その目で、しっかり見ておけよ。
「「……ああ、わかった!!」」
二人は促されるまま、その体に触れる。
すると、温かいエネルギーの奔流が、二体の竜を包み込み、球体のように形を変えた。
——バキィィィン!!
その光が弾けた瞬間。二体の竜は美しくも鋭利な、紫色の姿へと変わっていた。
「これは……!? メガシンカ……なのか!?」
『メガラティオス』と『メガラティアス』。
二体はずっと見ていた。仲間に寄り添い、互いの不足を補い合いながら、強大な敵へ立ち向かい続ける、二人の姿を。
その信頼に応えるように、二人のキーストーンとラティオスたちは共鳴した。
いま、ここで、初めてライルとルカによるメガシンカが果たされた。
二体はそのまま、ガブリアスとサザンドラのもとへ滑り込み、その体から、癒しの波導を放った。
波導を受けたガブリアスとサザンドラは、やがて、よろめきながらも起き上がった。
「……なに!?」
カラスは驚嘆の声をあげた。
だが二体の傷は深く、息も整っていない。最後に戦うための、僅かな力だけが戻った。
それでも主人と共に進むため、ガブリアスとサザンドラは咆哮を上げる。
ライルとルカは、ロードが開いた突破口を逃さず、教祖とガライが進んだ大広間の左後方——最奥の部屋へ猛然と走り出す。
ガブリアス、サザンドラたちも後に続き、カラスたちがその進軍を追わないよう、ゲッコウガとドラパルトが援護する。
ライルとルカは振り返り、叫ぶ。
「ロードさん!『先』に行きます!」
「そいつをぶっ倒したらすぐにこいよ!!」
ロードは手を上げた。
また、ラティオスとラティアスは短く頷き合う。
ラティオスはライルたちを追い、ラティアスはその場に残り、ロードの脇へと降り立つ。
同時にロードは、『オオスバメ』とメタモンを繰り出した。
「中央広場に向かってくれ。シロナさんたちに、こっちはまだ戦っていると伝えるんだ」
二体は頷いた。
オオスバメはメタモンを乗せ、大広間を後にする。そしてロードは、カラスに向き直り、不敵に言い放つ。
「……さあ、絶望すんのはどっちだ?」
◇ ◇ ◇
表の世界、テンガン山頂。
ギラティナとレックウザは、激しい戦いを続けていた。
だがギラティナは、時間を追うごとに力を増していた。一方で、あまりにも急激な力の流入に、振り回されているように見える。
それでもレックウザへの猛攻は止めない。
レックウザは、メガシンカを果たすための隙を見いだせずにいた。
そして、その眼下。
「とどめだ!」
ダイゴの声に応え、メタグロスとボスゴドラが鋼の腕を振り抜く。兵団員の最後の手持ちが地面へ倒れ、その主も膝をついた。
「これで、全員だな……!」
カゲツが息を整えながら告げ、兵団員を拘束していく。その隣の戦場では、ナギとフウロが、反転ポケモンたちの進行を食い止めている。
「エアームド、もう一度!」
「スワンナ! 押し返して!!」
しかし、彼女たちのポケモンは疲労により、動きも技の威力も落ちていた。対する反転ポケモンたちは、ギラティナ同様に力を増している。
ダイゴは、戦場全体の様子を眺めていた。
空ではレックウザが押されつつあり、ギラティナはパワーアップを続けている。フウロとナギの防衛戦はギリギリだ。
そして——反転世界の内部。
突入した仲間たちは、全員無事なのか。
(いま、どう判断するべきだ?)
逡巡はほんの一瞬だった。
だがその間に、戦況が動く。
——ドカァン!
「エアームド!」
「スワンナ!」
激しい音と共に、ナギとフウロの防衛戦が突破された。黒い力を纏った一団が、エアームドたちを弾き飛ばした。
守りを失ったナギとフウロへ、反転ポケモンたちが一斉に迫る。
「ナギ! フウロ!!」
ダイゴはメタグロスを二人のもとへ向かわせようとした。
しかし。
(まずい、間に合わない……!!)
その時。
上空から、無数の流星が降り注いだ。
——ヒュン……ヒュンヒュンヒュン。
ダイゴが気づく。
そして、それがどこから放たれたものかを確認した瞬間——判断を下した。
「メタグロス、『サイコキネシス』だ!」
「メタ!!」
念力が反転ポケモンたちを包み、一箇所に押し留める。そして、その塊へ、流星が降り注いだ。反転ポケモンたちはそのダメージに耐えかね、次々と空間の裂け目を開き、押し戻されていく。
ダイゴはそれを見て、叫ぶ。
「カゲツ、ナギ、フウロ!上だ!」
三人は顔を上げ、そして、見た。
群青の影と共に、猛烈な勢いで舞い降りてくる、その男を。
「『彼』と一緒に、あの裂け目から反転世界へ飛び込め!!」
「「「了解!!!」」」
全員が即座に動き、反転ポケモンたちが『戻るための穴』へ飛び込む。先頭を切ったその男と目を合わせたダイゴは、頷き合った。
全員が飛び込んだ後、穴は閉じた。
ダイゴはそれを確認し、メタグロス、ボスゴドラに加え、次々と手持ちを繰り出す。
——『アーマルド』、『ユレイドル』。
そして懐から、キーストーンの嵌ったバングルを取り出した。彼の視線の先にいたのは、ギラティナだった。
「さて、みんな。準備はいいかい?」
◇ ◇ ◇
反転世界内、中央広場。
シロナの檄によって前を向いたエージェントたちだったが、その防衛線は、今度こそ限界に近づいていた。
エンテイとライコウは、レジスチル、レジアイス、レジロックの三体を追い詰めていた。だが、その王であるレジギガスは、いまだ健在だった。幾度も巨神の攻撃を受けたエンテイとライコウは、すでに激しく消耗していた。
無数にいた反転ポケモンは、残りはわずか。
だが、一体ごとの力が増したことで、エージェントたちの手持ちは次々と追い込まれていく。
その中でシロナとアデクは、限界を超えてなお、前線を支え続けている。
そこへ、ムクロのメガセグレイブが突撃した。
「ガブリアス!」
シロナのガブリアスが爪を振るい、メガセグレイブの巨剣を受け止める。衝撃に床が軋む。
その横を、リンのメガアブソルが放った斬撃が走る。アデクのシュバルゴが身を滑り込ませ、角で軌道を逸らした。
「チッ、しぶといわね!」
リンが吐き捨てる。
ガブリアスとシュバルゴはすぐに構え直したが、ほんの僅かに足並みが乱れた。
その隙を、天狼隊は見逃さない。
反転の鎖に囚われたヒードランが前へ出る。その口元へ熱が集まり、赤い光がシロナとアデクへ向けられた。
「くっ……!」
灼熱の光が放たれようとした、その瞬間。
中央広場の天井付近に、裂け目が開く。
そこから、流星が降り注いだ。
シロナは天井を見た。
——それは『りゅうせいぐん』だった。
周囲の者たちが驚く中、シロナだけは目を見開かなかった。待っていた合図を確かめるように、僅かに息を吐く。
流星はヒードランの攻撃を打ち消し、兵団員や反転ポケモンたちの周囲へ次々と着弾した。爆風と煙が広がり、両陣営の間に距離が生まれた。
やがて煙の向こうから、群青の体躯と真紅の翼が姿を現す。
ホウエンの竜——ボーマンダ。
その背には、傷を負いながらも真っ直ぐ前を見据える、一人の男が乗っていた。
「ゲンジさん!」
エージェントたちから声が上がる。
ゲンジはボーマンダから降りると、シロナへ視線を向けた。
「遅くなった、シロナ」
「いいえ、十分です」
二人は短く頷き合った。
「おい、ゲンジ!」
アデクが怒鳴る。
「お前、入院しとっただろうが!」
「世界の危機に、どうして私一人だけが寝ていられますか!」
「このバカ真面目が!」
ゲンジは、アデクの怒声に笑顔だけを返した。続いて裂け目から、三人の影が中央広場へ降り立つ。
——カゲツ、ナギ、フウロ。
「みんな!私たちも来たよ!」
負傷したエージェントたちの表情が、僅かに明るくなる。
「ダイゴさんはどうした!? 一人で残ったのか?」
「ダイゴさんの指示だ! あの人なら、問題ない!」
マキシの問いに、カゲツが答える。
度重なる救援。
兵団員たちの間に、動揺が走る。
だが、ムクロとリンは退かなかった。
「なに? 少し増えたくらいで、もう勝ったつもり?」
「ああ、気に食わんな」
二人のもとへ、セグレイブ、ヘルガー、ハッサム、アブソルが戻る。メガシンカの四体が並び立ち、改めてプラチナムの面々へ構えた。
アデクが苦い顔を見せた。
「どうじゃ、ゲンジ。病み上がりには堪えるだろう?」
「ええ、本当に。歳は取りたくないものです」
ゲンジはボーマンダの首筋へ触れ、シロナへ尋ねた。
「シロナ、指示をくれるか?」
「ありがとうございます。ゲンジさんは、あの女の傭兵をお願いします」
シロナは続けて、アデクへ視線を向けた。
「先生は、エンテイ、ライコウと共に、レジギガスを」
「わかった。現場の指揮もワシに任せておけ」
「助かります」
シロナは、ムクロを見据えた。
「——あの男は、私がやります」
その言葉に、ゲンジとアデクが答えた。
「ああ、任せたぞ」
「うむ。思う存分、暴れてやれ!」
ムクロはシロナへ不敵な笑みを返した。
「チャンピオン直々か。悪くない」
それぞれが持ち場へ動こうとしたとき、ゲンジが声を上げた。
「誰か、スピードに自信のある者はいないか! ライルくんたちへ届けてほしい物がある!」
一瞬、広場が静まり返る。
奥へ進んだライル、ルカ、ロードが、今も無事でいる保証はない。
それでも、デンジがすぐに前へ出た。
「それなら、俺のサンダースに任せてください」
繰り出されたサンダースが、ゲンジのもとへ駆け寄る。ゲンジはゼンノから託された包みを、その背中へ括りつけた。
そのとき、奥へ続く通路から羽音が近づいてきた。
一匹のオオスバメが、メタモンを背に乗せて広場へ飛び込んでくる。
「オオスバメ……?」
「そのメタモンは……ロードくんの手持ちね」
シロナの言葉に、周囲の視線が集まる。
メタモンはオオスバメの背から床へ降りると、すぐに姿を変えた。
「モン!」
最初に現れたのはドラパルト。続いて、ライルのガブリアス。そしてルカのサザンドラ。
三体の姿を順に取ったメタモンは、戦う動きを見せたあと、奥へ続く通路を示した。
スズナが、その意図に気づく。
「もしかして……この奥で、ライルくんたちはまだ戦ってるの?」
「モンモン!!」
メタモンは大きく跳ね、何度も頷いた。
その反応を見て、広場にいた者たちの表情が変わった。
「三人は、まだ無事なんだ!」
「なら、私たちも負けていられないわね!」
デンジはサンダースの背中に括られた包みを、もう一度確かめる。
「頼んだぞ。必ず届けてくれ」
サンダースは床を蹴り、奥へ続く通路を駆け出した。
その姿を見送ったシロナが、右腕を掲げる。
「全員、ここが正念場よ」
エージェントたちが、それぞれの相棒と共に前を向く。
「必ず勝つ!!」
「「「応!!」」」
鬨の声が、中央広場に響き渡った。
◇ ◇ ◇
最奥の間へ向かう途中。
「ルカ、教祖の正体は、多分シノノメだ」
「……やっぱりか」
ライルとルカは走りながら、言葉を交わしていた。
「やっぱりって、分かってたのか!?」
「ああ。夢の中に囚われてたとき、何となく周囲の音が聞こえてた。いまお前から聞いて、すんなり腹落ちする感じがした」
「本当かよ、すげーな」
「……あいつも、あの日のアローラに居たってことだよな。……誰を失ったのかは知らねーが」
「……どんな事情があろうと、おれはあいつを許すつもりはないからな」
「当然だろ? あたしもだよ!」
◇ ◇ ◇
アジト最深部、中枢装置の間。
部屋の中央には、円筒状の巨大な装置が鎮座していた。赤黒い光が脈打ち、そこから伸びる導管を通じて、蓄積されていたエネルギーが送り出されている。各所の計器は限界値を示し、警告音が絶え間なく鳴り続けていた。
ガライが部屋へと足を踏み入れたとき、スポンサーの三人はすでに、床に倒れ伏していた。
その側にはカラマネロと、激しく肩で息をする教祖の男が立っていた。
「……ハァ……ハァ……いちいち小煩い奴らめ……! 黙っておれば良いものを……」
ガライは歩み寄り、教祖もそれに気づく。
「おお、ガライ、きたか! 雑魚共は叩き潰したのだろうな?」
「……奴らは虫の息だ。それよりも——」
ガライが、教祖が手にしている端末を一瞥した。それはかつて、教祖がガライに話していた、装置に蓄積したエネルギーを強制放出させるための端末だった。
「なぜこのタイミングで始めた? せっかく溜めたエネルギーを、全て使い切る気か?」
ガライは表情一つ変えず、静かな怒りを孕んだ声で教祖を問い詰めた。
「貴様の部下が役に立たんからよ! あれよあれよと言う間に攻め込まれおって! こんな段階でやられるくらいなら、エネルギーも戦力も、いくら減らそうと構わん! 奴らを確実に叩き潰す……! そしてやり直しだ!」
「……そうか」
ガライはより一層冷たい視線を、教祖へと向けた。
「な、なんだ? 文句があるのか? 私を殺そうとでも言うのか!?」
「……傭兵を舐めるな。貰った金の分は働く」
ガライの冷徹な言葉に、教祖は安堵したように胸を撫で下ろした。
しかし、その瞬間。
——轟!!!
背後の扉が、凄まじい衝撃と共に派手に吹き飛んだ。
激しい煙が立ち込める、その瓦礫の向こう。
そこに立っていたのは、すらりとした長身の銀髪の少年と、流れるような黒髪の内側に、金色の髪を覗かせた少女。
そして、そのポケモンたち。
教祖が喚き叫んだ。
「どういうことだ!なぜ奴らが追ってくる!貴様、何をしていた!!」
「チッ……カラスのやつめ……」
扉の破片を無造作に踏み越えながら、ルカが獰猛な笑みを浮かべて言い放つ。
「よぉー、傭兵野郎にクソ教祖サマ! あたしらから逃げ切れると思うなよ?」
「ああ、こいつの言う通り、おれたちは死ぬほどしつこいぜ」
ライルもまた、ガライを真っ直ぐに見据えた。
二人の不屈の闘志を受け、ガライは指輪を輝かせ、手持ちたちを前線に並べる。
「ああ、良いだろう。もう二度と追って来れんように、今度こそ叩き潰してやる。正真正銘、これが最後だ!!来い!!」
反転世界の最深部。
最後の戦いが始まった。