ポケモン LEGENDS プラチナム   作:ミノワ

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第七十八話【限界】

 

 最奥の部屋、その手前の大広間。

 ロードとカラス、二人のプロによる戦いが、最終局面を迎えていた。

 

 ドラパルト対メガカイリュー。

 ゲッコウガ対プテラ。

 メガラティアス対ダークライ。

 そしてロードの傍らには、フォレトスが控えている。

 

 いずれも一歩も譲らぬ、死力を尽くした激突。反転エネルギーを注ぎ込まれたメガカイリューは、これまでの激闘の疲労を感じさせないほどの、猛烈な攻撃を繰り出していた。

 巨大な体躯と凄まじい膂力。

 その回転力を乗せた一撃一撃は、まともに受ければ、それだけで勝負を決めかねない威力を秘めていた。

 

 当たれば、それで勝負が決まる。

 しかし——。

 

(——当たらねえじゃねえか、この野郎……!)

 

 カラスは内心で激しく毒づいた。

 ドラパルトの素早さは、もはや「当たれば倒せる」といった領域にはなかった。

 現れては消え、消えては現れる。

 カイリューの爪が振り抜かれる直前には、その射程から姿を消し、次の瞬間には背後へ回り込み、細身の尾を叩きつけて離脱する。

 

 メガカイリューの剛腕は、何度も空を切る。

 

「……ここまでのスピードとはな。確かに、侮ってたわ」

 

 カラスが苦々しく吐き捨てる。

 だが、ロードも決め手を欠いていた。

 ドラパルトの攻撃は、メガカイリューを捉えていたが、倒せない。元来の頑強な肉体に加え、強引に引き上げられた耐久力。

 カラスの言う通り、細かな攻撃をいくら重ねても、その戦意を削り切るには至らなかった。

 

(まだ速度が足りないか……!)

 

 互いに、あと一手が届かない。

 

 

 一方。

 その隣では、ゲッコウガとプテラが激しく交錯していた。ゲッコウガはバンギラスとの戦闘により、既に満身創痍。対するプテラも、ラティアスたちとの連戦によって傷つき、残された体力は僅かだった。

 それでもプテラは翼を広げ、カラスへ向かって雄叫びを上げた。

 

「どうした?」

 

 プテラの視線は、カラスの指輪へ向けられている。

 カラスは一瞬だけ目を見開いた。

 やがて、その意図を理解し、獰猛に笑う。

 

「ああ、試してみるか……!」

 

 プテラが力強く吠えた。

 

「いくぞ!!限界超えてみろ!!」

 

 カラスが指輪へ力を込める。

 指輪が激しく明滅し、赤黒い光が放出される。

 その時、異変が起きた。

 カラスの指に、刺すような痛みが走る。

 

「あぁ……?」

 

 エネルギーの反動なのか、指の肉が裂けていた。その手に、血が滴っていく。

 

(さすがに『爆発』のあとの『同時』は無茶だってか……?)

 

 それでも、カラスは力を緩めない。

 開いた空間から黒い煙が流れ込み、プテラの全身を包み込んだ。

 その肉体は発光をはじめ、大きく膨れ上がり、岩のような突起が全身から隆起していく。

 顎はより凶悪に、翼はさらに鋭く変貌した。

 

 ——メガプテラ。

 

「土壇場で強くなるのが、お前らだけだと思うな!?」

 

「チィッ……!」

 

 ロードが表情を歪める。

 カラスの叫びと共に、メガプテラが飛び出した。先ほどまでとは、速度が変わった。

 

 

 ——速い!

 

(直線なら、下手すりゃドラパルトより速えぞ!)

 

 ゲッコウガは辛うじて初撃を避けた。

 しかし、メガプテラはそれまでの疲労を無視したかのように広間を飛び回る。そして、ゲッコウガへ向けて、再び急降下を始めた。

 

「プテラ、『ダブルウイング』だ!」

 

 その速度が、また一段と上がる。

 おそらく、次はかわせない。

 ゲッコウガは覚悟を決め、ロードと視線を合わせ、頷く。

 

 そして。

 プテラの二翼が、ゲッコウガに叩き込まれた。

 

「ゲコッ……!」

 

 衝撃に身体が飛ばされる。

 しかし、その受け際に、大きく息を吸う。もう大技を繰り出せるほどの力は残っていない。

 そして、息と共に冷気を吐きだす。

 

 ——『こごえるかぜ』。

 

 放たれた冷気が、メガプテラの両翼を包み込んだ。完全に動きを止めることはできない。メガプテラは強引に羽ばたき、再び空中へと舞い上がる。

 だが、その翼には確かな鈍りが生じていた。

 ゲッコウガはそれを見届けると、力尽きたように床へ倒れ込んだ。

 

(よくやったぞ、ゲッコウガ!!)

 

 しかし、メガプテラは、すぐさま進路を変えた。

 狙うのはロード。

 鋭い牙を剥き出しにし、一直線に襲いかかる。

 

「ラティアス、頼む!」

 

 メガラティアスが進路を変え、横から滑り込む。だが、メガプテラは速すぎた。このままでは僅かに間に合わない。

 その時、メガプテラの羽ばたきが明確に鈍った。『こごえるかぜ』が、翼の動きを抑えたのだ。

 メガラティアスはそのまま、側面へ突進する。激しい衝撃に、メガプテラの身体が大きく押しのけられる。

 

 その結果。

 メガラティアスと戦っていたダークライの手が空いた。それを待っていたカラスが叫ぶ。

 

「今だ!!」

 

 ダークライが両腕を広げる。

 漆黒の球体がロードへ向かって放たれる。

 しかしロードは、迫る闇を見据えたまま、避けようとしなかった。

 

 その視線は、隣に控えるフォレトスへと向けられている。指先が僅かに動いた。

 フォレトスの殻が小さく開く。

 ロードは、両手をその内部へ素早く差し込み、何かを握り込んだ。右手は握ったまま、左手は素早く口元へ運ばれる。

 

 

 

 そして。

 ダークライの『ダークホール』が、ロードの全身を呑み込んだ。

 

「ぐっ……!」

 

 ロードの視界が暗転する。

 全身から力が抜け、膝から床へ崩れ落ちる。

 完全に眠ったロードを見て、カラスが口角を上げる。

 

「ダークライ!やれ!」

 

 ダークライが両手を前に突き出す。

 ——『あくのはどう』。

 

 放たれたオーラが真っ直ぐにロードへ。

 フォレトスが前に出て、『まもる』で弾き返す。

 

「そいつはいい!先に長髪を仕留めろ!」

 

 その声に反応したダークライが、床すれすれを滑るように飛び出す。

 フォレトスを掻い潜り、鋭い腕を振り上げ、眠るロードのもとへ迫った。

 

 

 しかし、その手が届く寸前。

 ——ロードが動いた。

 

「……!?」

 

 カラスが目を見開く。

 ロードは身体を横へ転がし、ダークライの一撃を回避した。振り下ろされた腕が床を抉る。

 

「フォレトス!そのままいけ!!」

 

 勢いよく飛び出したダークライの背後へ、フォレトスが『こうそくスピン』で向かう。

 ぶつかった衝撃のまま、ダークライを壁へと押しやり、ロードから引き離した。

 

 カラスがロードを睨む。

 

「『フリ』か!? だが確かに当たったはずだ!!」

 

 ロードはまだ朦朧とする頭を振りながら、片膝をついた。

 

「ああ、食らってる。でも俺は眠りが浅いんだ」

 

 闇へ呑み込まれる直前。

 ロードが口に含んだのは——『ねむけざまし』。

 それは『自身が用いる睡眠薬』に備えて作った特製の解眠剤。

 それでも『ダークホール』は強力。

 すぐに目覚められるかは未知だった。

 だからこそ、もう一つ。

 

 ロードがゆっくりと右手を開く。その掌には、フォレトスが生み出した鋭い『まきびし』が握られていた。刃が食い込み、手は血に染まっている。

 

 薬効と、痛覚。

 ロードはその両方によって、意識を無理やり覚醒させた。

 

「フォレトス!」

 

 ロードが叫んだ次の瞬間。

 フォレトスの体が輝き、激しい光が弾けた。

 

 

 

 そして、爆発。

 

 ——ドガァァァン!!!

 

 爆風が床を走り、ロードの身体も大きく弾き飛ばされる。

 

 ダークライは爆発を至近距離で受け、戦闘不能となっていた。その体を縛っていた鎖に亀裂が入り、砕け散る。そして背後に空間が開き、ダークライの身体が、ゆっくりと押し戻されていく。

 

 ——ダークライは『反転』から解放された。

 

「よくやった」

 

 ロードは、戦闘不能となったフォレトスを戻す。カラスがそれを一瞥する。

 

「……『じばく』ね。驚かねえよ、あのガキの師ならな」

 

 

 

 一方。

 メガプテラは、メガラティアスへ標的を変え、猛攻を仕掛けていた。

 だが、ゲッコウガが最後に放った『こごえるかぜ』は、疲労と負荷のかかった体を、蝕んでいた。

 その瞬間を、メガラティアスは見逃さなかった。

 メガプテラの突進を身を翻して回避し、真正面から『ミストボール』を放つ。

 

 ——ドガァン!!

 

 光の球が、メガプテラの胸元へ直撃した。

 プテラの巨体が壁へ叩きつけられる。

 過剰なエネルギーによって維持されていたメガシンカが解け、そのまま床へ崩れ落ちた。

 ロードは荒い息を繰り返しながら、戦場を見渡す。

 

 ゲッコウガ。

 フォレトス。

 プテラ。

 ダークライ。

 次々に決着がついていく。

 

 残るのは、ドラパルト対メガカイリュー。

 

 ロードは、カラスが腰のボールへ手を伸ばすのを見た。ミナモシティの戦闘記録にあったリザードン。奴には、それが残っているはずだ。

 

(それでも、先にカイリューだ……!)

 

 ロードは、メガラティアスへ呼びかけた。

 

「ラティアス! こっちへ下がれ!」

 

 メガラティアスがロードのもとへ戻る。

 それを見て、カラスの手が止まった。

 

(何故下げる……? 数的有利だぞ?)

 

 カラスが視線を向けた大広間の中央には、ドラパルトとメガカイリュー『だけが』残された。

 

「……」

 

 少しの後、カラスはボールから手を離した。

 そして、満身創痍のカイリューを見上げる。

 

 カイリューはまだ、倒れていない。

 あまりに強化された膂力に、自身も振り回されているほどだったが、最後までドラパルトを睨み続けている。

 

 カラスは静かに笑った。

 

「最後は、お前に任せる」

 

 その直後。

 カラスの背筋を、言い知れぬ感覚が走った。

 

(……なんだ、この寒気は?)

 

 ドラパルトは、極限まで姿勢を低くしていた。

 ロードは血に染まった右手を握り、最後の指示を放つ。

 

「ドラパルト!最速で行け!!」

 

 その言葉を合図に、ドラパルトは飛び出す。

 そして、さらに速度を上げた。

 カラスは、眼前の光景に驚嘆の声を上げた。

 

 

「……冗談だろ?」

 

 

 速い。

 いや、速すぎる。

 空を駆け、影に潜み、一瞬で消える。

 

 

 メガカイリューが爪を振るう。

 だが、既にそこには何もいない。

 背後。側面。頭上。

 あらゆる方向から攻撃が叩き込まれる。

 

 

 そしてついに、その姿が完全に消えた。

 誰の目にも、その姿は映らない。

 周囲にはビュウビュウと、空間を切り裂く風切り音だけが鳴り響いている。

 それはまるで、死神が鎌を振るう音。

 

 

 これは、ロードとドラパルトの最終手段。

 ドラパルト自身も制御しきれない領域。

 だからこそ、ロードはラティアスを下がらせた。

 当然、ドラパルトへの負担は大きい。

 両者にとって、これが最後の勝負。

 

 

 やがて。

 鳴り響いていた風切り音すら止んだ。

 カイリューとカラスは周囲を見渡すが、ドラパルトを捉えられない。

 

 

 

 

 そして。

 

「——『ゴーストダイブ』だ」

 

 その冷徹な声が響いた刹那。

 メガカイリューの足元に影が広がり、漆黒のエネルギーを纏ったドラパルトが出現した。

 

「カイリュー! 下だ!!」

 

 カラスが長年の戦闘勘のみで位置を叫ぶ。

 メガカイリューはドラパルトの姿を捉えられていなかったが、主人の声にのみ反応し、剛腕を振り下ろす。

 

 互いの攻撃が交錯する。

 

 掻い潜ったのは、ドラパルト。

 メガカイリューの一撃を紙一重でかわし、渾身の一撃を、その顎へと叩き込んだ。

 

 ——ガァァン!!!

 

 凄まじい衝撃波が走った。

 メガカイリューの顎は見事に打ち抜かれた。

 巨体が大きく仰け反り、地響きを立てながらその場に崩れ落ちる。限界を迎えていたメガシンカもまた、ついに解かれた。

 

 ——完全な戦闘不能。

 

 その直後、ドラパルトも床へ降りる。

 力をほとんど使い果たし、息を整えることだけで精一杯だったが、それでも戦闘姿勢は崩さない。

 

「…………」

 

 カラスは呆然と立ち尽くしていた。

 そして再び、腰のボールへと手を伸ばす。

 

「……!!」

 

 ロードは身構えた。

 

 しかし、カラスの手は、それ以上動かなかった。

 そして倒れたカイリューと、プテラに視線を送る。

 次に、傷だらけで浮かぶドラパルト、その背後にいるメガラティアスを見た。

 

 最後に、自分の足元へ視線を落とす。

 裂けた指から流れた血が、床を濡らしていた。

 その向こうでは、ロードの手からも同じように血が滴っている。

 

 やがて、カラスはボールから手を離した。

 その表情は、不思議なほど清々しかった。

 

「……まあ、いいさ。満足したよ」

 

 ロードは答えなかった。

 睡眠覚醒の反動と爆発によるダメージで、立っていることさえ難しい。それでもカラスから視線を逸らさず、その場に立ち続けた。

 

 ロード対カラス。

 裏の世界で生きてきた二人の勝負。

 

 その決着は——プラチナムのエージェント、ロードの勝利により幕を閉じた。

 

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