ポケットモンスター Agent PLATINUM 作:ミノワ
一時的な共闘を決めたライルとルカは再び、広場の中央へと躍り出た。しかし、その場にギラティナの巨躯はない。
「いない……消えたのか?」
ライルの問いに、ルカが即座に答える。
「いや、いる。何となく気配を感じる」
ルカが発した言葉の通り、再び空間が割れて裂け目が走り、その漆黒の穴から、影に住む神が這い出してきた。
ギラティナは、目障りな虫ケラどもを今度こそ蹴散らすとばかりに、その喉を震わせて獰猛な唸り声をあげる。
「グルルルル……」
大気を震わせるほどの圧力に、二人の額を冷や汗が伝い落ちていく。
「ギリギリまで引きつけるんだ、いいな?」
「うっせえ、何度も同じことを言うな」
刹那、二人は同時に弾かれたように走り出し、左右へと広がった。ライルの前にはガブリアスとグレイシア、ルカの隣にはサザンドラとルガルガン。
ギラティナはその赤き瞳を動かし、まず先ほどまで仕留め損ねていた標的——ルカへと狙いを定めた。足のない蛇のような巨体が、空中を滑るようにして彼女を追う。
「ルガルガン!『がんせきふうじ』で足止めだ!」
ルガルガンが両手を、力一杯、地面に叩きつける。ギラティナの進路を塞ぐように複数の岩塊が隆起し、巨龍の体を挟み込んだ。
しかし、ギラティナはその巨体を悠然と翻しただけで、迫る岩塊を容易く砕き割った。
そのまま、触手のような翼を広げたギラティナの口が大きく開かれる。その深淵の奥から、蒼紫色のエネルギー波が放たれた。
すかさずサザンドラが『りゅうのはどう』を放ち、正面から相殺を試みる。
しかし、圧倒的な出力の前に、火炎は徐々に押し戻されていく。
「グレイシア!れいとうビーム」
ライルの鋭い指示を受け、グレイシアが一筋の氷撃を繰り出した。鋭い冷気が、ギラティナの放つエネルギーを真横から正確に打ち抜き、その勢いを凍てつかせ、殺す。
「今だガブリアス!『ドラゴンダイブ』!」
一瞬の隙を見逃さず、ガブリアスが突撃する。
ドン!と衝撃音が響き、明確な弱点を突かれたギラティナが初めて鈍い声を上げる。
怒りに燃える赤き瞳が、ライルたちへと振り向いた。しかし間髪をいれず、今度は反対側からサザンドラが『あくのはどう』を繰り出す。
それもまた、ゴーストの属性を持つ神に対して、抜群の効果を発揮した。
連続する手痛い打撃に、ギラティナの怒りが頂点へと達し、先ほどまでとは比較にならないほどに、プレッシャーが跳ね上がった。
「チッ!どんだけデタラメな殺気だよ……!」
「まだだ!もっと怒らせるんだ!」
ギラティナは再び影の底へと溶けるように姿を消す。
「潜ったぞ!」
視線を走らせて周囲を注視するライルと、本能の感覚を研ぎ澄ますルカ。
次の瞬間、ルカの前の空間にぽっかりと漆黒の穴が開く。ルカは紙一重でその場を転がり、襲い来る死神の尖角をかわす。
ライルが脳内で叫ぶ。
(やっぱりシャドーダイブの前は、先に空間が裂ける……!)
ルカは野生的とも言えるほどの勘によって、ライルは技の特性を看破する観察眼によって。
交互に、執拗に繰り返されるギラティナの闇からの奇襲を、何とか回避し続けていた。
そしてそれだけではない。
「銀髪!上だ!」
「そっちにまた潜るぞ!」
片方が敵の意識を引きつけ、もう片方がその一撃をいなす。
あれほど激しく言い合っていたはずの二人は、短くも簡潔な指示を出し合い、連携とは言えぬまでも、意思疎通を測るまでに至っていた。
何よりライルは、ルカとの共闘で、ギラティナと初めて対敵した際から感じていた恐れが、少しずつ薄れていくのを自覚していた。
一方で、自分よりも下位なはずの存在に、上手く立ち回られていることによほど腹を立てたのか、ギラティナはまたその身体の中心へと、不気味に蠢く黒いオーラを集め始めた。
——しかし、これを待っていた。
ライルとルカは、一斉に同じ方向へと駆け出す。
瞬間、天に向かって咆哮したギラティナの体から、『あくのはどう』が全方位へと弾け飛んだ。二人は寸前でその直撃の軌道から外れる。
悍ましいエネルギーは、あまりの威力ゆえに、先ほどと同じく外の世界へと繋がる空間の裂け目を生み出していた。
そして、ライルの狙いはそこだけでは終わらない。
「ガブリアス!」「サザンドラ!」
同時に放たれた二体の『りゅうのはどう』が、重なり合い、空間に生じたその裂け目へと正確に直撃した。
凄まじい衝撃が、次元の傷口をさらに強引に押し広げていく。
「よし!ここから出られるぞ!」
眼前に開かれた、現実のカンナギタウンへと続く光。出口まであと数メートルと迫った二人を逃がすまいと、ギラティナの巨躯が再び影へと潜り、執念深く追う。
ルカが振り返り、嘲笑混じりに声を張り上げた。
「バーカ!!何回やったって通用しねえよ!!」
しかし、神が与える絶望は二人の想像を超えた。
次に二人の周囲に開いた闇の穴は、一つではなかった。十数個もの暗黒の口が、二人を取り囲むように同時に開いたのだ。
ライルは戦慄する。
「何だと……!?」
これでは、どこから本尊が飛び出してくるのかを見破ることは不可能。
次の瞬間、ギラティナの口を覆う禍々しい金色の尖角が、まるで二人を貫かんとする速度で死角から迫る。
完全なる、絶望の状況。
「クソッ、仕方ねえ……!」
ルカは腰のホルダーへと素早く手を伸ばし、ハイパーボールを取り出す。
そこから現れたのは、白銀の毛並みを湛えた、長く鋭い氷の牙を持つ四足の獣。その牙は古の時代に折れた刀剣そのものの形をしている。その周囲は空気そのものが凍るほどの冷気を放っていた。
「災厄」の名を冠する神獣——「パオジアン」
「ガルルルルァァァァア!!!」
しかしパオジアンは、主人であるはずのルカへと威嚇するような様子を見せ、こちらに牙を向ける。
「チッ……!」
「お、おい!こいつ……」
瞬間。ギラティナがこちらを向けとばかりに咆哮。神の放つ殺気に反応するかのように、白銀の獣も振り向き、激しい咆哮を上げる。
パオジアンは折れた刀剣の牙を剥き出しにすると、ギラティナを覆うほどの、氷塊『つららおとし』を繰り出した。
轟音を立てて降り注いだ氷が、迫り来るギラティナの進撃を止める。その瞬間を見逃さなかったライルが叫ぶ。
「走れ!!」
二人は時空の裂け目へと決死の跳躍。光の向こう側へと飛び込み、命からがら現実の世界へと逃げ出すことができた。
最後に後ろを振り返るライル。その視界には、裂け目が閉じるその瞬間まで、怨みがましくこちらを睨め付け、不気味にぎらつく血のように赤い瞳が、映り込んでいた。