ポケットモンスター Agent PLATINUM 作:ミノワ
ギラティナのいる世界から、ルカと共闘することで何とか抜け出したライル。その影響なのか、現実世界にも一定の被害が出てしまいます。
今回はそんな彼を二人のリーダーがどのようにマネジメントするのかというお話です。
時空の裂け目を通り、現実のカンナギタウンの地面へと転がり出たライルとルカ。
白銀の神獣パオジアンは、鋭い牙を剥き出しにしたままルカの方を向き、低く唸りながら威嚇の姿勢をとる。
ルカは冷静な手つきでハイパーボールを突きつけ、問答無用の赤い光で、その中へと戻す。
激しい戦いの余韻、膝をつき、肩で息をする二人。伝説の神と正面から対峙した影響は、想像以上の精神的な負荷となって、二人の心身を蝕んだ。
乱れる呼吸を必死に抑えながら、ライルはなんとか声を絞り出す。
「ハァ……ハァ……おい。こおりタイプは……いないんじゃ、なかったのかよ」
ルカもまた、「ハァ……ハァ……」と言いながら、大きく息を吐き出し、深く呼吸を整える。
「フゥーー。……こいつはまだ、言うことを聞かない。出すつもりがなかっただけだ」
「そうかよ……。それにしても、なんとか脱出できて良かった」
「フン、あたしに感謝するんだな」
「は? そのセリフ、全くそのまま返すぜ」
「なんだとてめえコラ」
鋭い視線をぶつけ合う。一時共闘という奇跡が起きたとはいえ、二人の間に馴れ合うつもりなど毛頭無かった。
完全に息が整ってきたところで、ライルはようやく、夕闇の向こうから、遠めにサイレンの音が響いていることに気がついた。
我に返り、よくよく周囲を見回してみれば、周囲の地面は無残に抉れ、建物にも傷が入り、窓ガラスは割れ落ちている。
ライルは、その光景に啞然としていた。
「これは……。どうなってるんだ?」
もしかしたら、自分たちのあの世界での立ち回りが原因で、現実に影響を及ぼしてしまったのかもしれない。大きな自責の念が、冷たい毒のようにライルの体を這う。
すると突然、静まり返った前方から足音と共に声がした。
「おーい!大丈夫か!?」
ライルが声の方向へと視線を巡らせると、暗がりの向こうから二人の人影がこちらへ駆けてくるのに気がついた。
先頭を走るのは、先日ライルが街で聞き込み調査をした際に協力してくれた自警団の青年。
そして、そのすぐ後ろを走る人物の姿に、ライルは目を見張った。
「え!? ダイゴさん!?」
そこにいたのは、紛れもない彼の上司——PLATINUMのリーダーの一人、ダイゴだった。
「ライルくん!無事か!?」
「ど、どうしてここへ?」
ダイゴはライルの傍らに駆け寄ると、深刻な眼差しでその体を見回す。
「ケガはないな?」
「それは大丈夫ですけど、一体何が——」
神との不慮の接触、そして街の惨状、現状の整理が出来ていないライルの言葉を、ダイゴは鋭い小声で制した。
「人がいる。少し2人で話そう」
ダイゴは同行していた自警団の青年に不審がられぬよう、上手く言葉をかけて移動を促す。
その手際の良さは一級のエージェントそのものだった。
「あ、ちょっと待ってください。こいつが……」
先ほどまで隣で肩を並べていたはずの少女——ルカの方を見るライル。
しかし、そこに少女の姿はなかった。闇に溶けるように、彼女はすでにその場から姿を消していた。
「なっ……!? いつの間に……」
あまりの神出鬼没さにライルは呆気にとられながらも、ダイゴに肩を促され、周囲の目を避けるように建物の影のほうへと移動した。
「無事で良かった」
「ダイゴさん、何故ここにいるんです?」
「君が任務についていたポイントとカンナギから、見たことのないほどの異常数値が見られた。そして君のデバイスが繋がらなかったから、緊急事態と判断して僕もここへ来た」
「そんな……」
言われてライルは自身のデバイスを確認するが、通信が来ていた履歴は一切残っていない。
おそらく、歪んだ世界の影響で、電波が乱れていたのだろう。
「それに、この状況は? 外の世界はどうなっていたんです?」
あまりの出来事に、脳の処理が追いつかないライル。
「ああ、突如として地面が割れたり、建物がひとりでに傷ついたりしたようだ」
ダイゴは険しい顔を崩さなかったが、その奥には部下を気遣う温度があった。
「地元警察なども集まってきている。状況の説明と後の処理は僕がやっておく。後日また話を聞かれるかもしれないが……。とりあえず、今日は本部に戻ろう」
そう言われたライルは、泥のように重い体を引きずりながら、事務方が待機させていた業務用の黒い車両へと乗り込み、異変の余韻が残るカンナギタウンを後にした。
◇ ◇ ◇
本部へ帰った後のことは、疲弊のせいであまり覚えていない。
ただ、若手エージェント用に用意された自室へと辿り着いたライルは、そのボロボロの身体を責任感だけで動かし、報告書をなんとかまとめあげ、アーカイブに投稿した。
次に気がついたときにはベッドの上で、窓の外には既に、朝の光が差し込んでいた。
熱いシャワーを浴びて、重い体に無理やり意識を呼び戻す。
廊下で事務方に声をかけられ、告げられるままリーダー室へと向かう。道中、結局警察からの聴取は免除されたらしいことを聞いた。組織の上役やダイゴが、裏で手を回してくれたのだ。
しかし、カンナギタウン自体は厳重な警戒網が引かれ、調査のため一時的な立入禁止区域となってしまったようだ。
リーダー室の前まで辿り着いたライルは、ノックをし、いつもより重く感じる扉を開ける。
しかしそこにいたのはダイゴではなく、このプラチナムのシンオウ本部でもう一人のリーダーを務めている、美しく長い金髪をなびかせた女性。
「シロナさん!!」
「久しぶりライルくん。災難だったね。私も報告書、読んだわ」
シロナと会うのは、彼女にこの組織へとリクルートされた、あのパーティの時以来である。
ダイゴと彼女がこの本部で並び立つ姿すら、未だに見たことがない。重苦しい沈黙に耐えかね、ライルは恐る恐る口を開いた。
「……おれ、今から怒られます?」
「さあ、どうかしらね」
シロナは緊張する彼をほぐすように、少しだけ悪戯っぽく微笑んだ。
しばらくすると、静かにダイゴが入室してくる。
「やあ、お疲れ様。体は大丈夫かい?」
「はい、何とか。その……色々とご迷惑をおかけしました」
「君は任務をしただけだ。気にしなくていい」
ダイゴの迷いのない気遣いに、ライルはありがたさと同時に、どこか子供扱いされているようなむず痒しさを覚える。
「さて、報告書も読んだが、もう少し君の口から詳しく聞きたくてね。すまないが、追って説明してもらえるか?」
◇ ◇ ◇
二人のリーダーを前に、ライルはカンナギでの出来事を詳細に説明した。山中でのエネルギー体の異常反応。周囲の色が褪せ、カンナギまで逃げたところで、何か別の世界に囚われたことに気づき、ギラティナと対敵。そして命からがら逃げおおせたこと。
そして——かつてテンガン山で自身を襲撃したあの少女と共闘したこと。
「ルガルガンを連れた少女……何故そこにいた?」
ダイゴが鋭く片目を細める。
「わかりません。昨夜も、気づいた時にはもう居なかったですし」
「それに謎の世界……。なにやら不穏だな」
シロナは考え込んでいたが、口を開く。
「昔、古文書で読んだことがある。この現実の世界と鏡合わせのようでいて、全く違う概念の世界。ギラティナの住む、『反転世界』と呼ばれる場所」
「反転世界、ですか……」
「うん。でもその世界の詳しいことも、君とその少女が囚われた理由もわからない。とりあえず今は、君が無事で良かったわ」
シロナは、一人の人間として心からの安堵の言葉をライルにかけた。ライルはその純粋な優しさに心が少しだけ緩む。
そしてダイゴの方へ視線を戻す。
「それで……ダイゴさん、今回の件はどう判断されるんですか?」
ライルの問いに、ダイゴは少し険しい顔をした。
「そこはまだ測りかねる。組織上層部の方では意見が割れているようだ」
ダイゴは感情を交えず、淡々と冷徹な事実を続ける。
「君たちがギラティナを食い止めたようにも見える。一方で、そもそもその反転世界とやらに迷い込んでいなければ、物的被害は出なかったという懐疑的な意見もある。あちらでの戦闘が、街に影響を与えたのは間違いないだろうからね」
「やっぱり、そうですよね……」
突きつけられた正論に、ライルは小さく俯いた。自分の未熟さが街を傷つけたのだという実感が、胸を重く締め付ける。すかさず、隣のシロナが庇うように口を開いた。
「彼は巻き込まれたのよ。身を守るために行動をしただけ。それにギラティナとの戦闘記録は、有益な情報にもなる」
「もちろんそれは承知の上さ。だが結果は是々非々で判断される。今の段階では、結論を出すことはできない」
ダイゴの組織を重んじる姿勢に、ライルは頭で納得していた。拳を固く握りしめ、自分の無力さを認めるように、声を絞り出す。
「まだまだ実力が足らなかったと思います。あの状況で、そこまで考えて行動することが、今のおれにはできませんでした」
深々と頭を垂れる17歳の少年の姿を、ダイゴとシロナは、それぞれの表情で見つめていた。
「ライルくん。今日と明日は休みを取ってくれ。この件はこちらでも色々調べておく。しっかりと体を休めるように」
「え? 休み……ですか。……わかりました」
自分の失敗を取り返そうと、密かに決意を固めていたライルに突然の指示。ライルはうなだれるようにして、静かにリーダー室を後にした。
◇ ◇ ◇
張り詰めていた緊張が解け、どっと押し寄せる疲労感を感じながら、職員とエージェント用の食堂で、冷たい飲み物を喉に流し込む。
(……干されるのかな)
一人で一息つきながらそんなことを考えていると、凛とした足音を鳴らしながらシロナがやってきて、テーブルを挟んだ目の前のイスに腰掛けた。
「お疲れ様。大丈夫?」
「お疲れ様です。体は全然。それより、カンナギってシロナさんの出身ですよね? あんなことになってしまって、すみません……」
明らかに元気のないライルに、シロナは優しく声をかける。
「不可抗力だったし、人的被害が出たわけじゃないわ。あまり責任を感じすぎないように」
「でも懐疑的な意見もあるって、ダイゴさんも言ってましたし……」
これまで依頼を順調にこなしてきた彼にとっては、エージェントになってから初めて迎える小さな挫折。意気消沈している彼に、シロナはそっと真実を話す。
「まあダイゴくんは、それにかなり反論してたけどね」
「えっ、そうなんですか?」
「そうよ」
シロナはクスリと、優しく微笑む。
「見てる人はちゃんと君を見てるよ。だから大丈夫」
「……そっか」
「それに君に休めと言ったのは、純粋に体を休めてもらいたいからよ」
ダイゴが裏でも戦ってくれていたこと、そしてその指示の意味を知り、ライルの顔にようやく僅かな笑顔が戻る。
「それで? 2日間どうするの?」
「そう……ですね。久々にマサゴにでも帰ろうかな。ダイゴさんからも、実家にはちゃんと顔を出すようにって、いつも言われてるし」
「自分が帰らないからね、あの人」
「ハハ、ですよね」
二人は声を合わせて、小さく笑い合った。
「地元に帰るなら、ヒカリちゃんにも会うんじゃない?」
「いや、どうでしょうか」
「そうなの? 仲良いのに。まあもし会えたら、よろしく伝えておいて。じゃあゆっくり休んでね」
そう言うとシロナは立ち上がり、優雅な足取りで去っていった。
(そっか、ダイゴさんはちゃんと庇ってくれたんだ……。それにシロナさんも優しいよな。直属のリーダーだったら、厳しかったりするのかな?)
ライルは残された冷たいグラスを見つめながら、そんなことを考え、そして故郷であるマサゴタウンへと意識を向ける。
神との死闘、組織としての重圧、そしてあの謎の少女ルカ。シロナの労い通り、ライルは一旦すべての重荷を下ろし、この二日間の休暇に身を委ねることに決めた。