不老不死の私と彼女~800年も一緒に居た私たちを百合と呼ぶのは些か軽すぎるのかもしれません~ 作:すっごい性癖
「……今さらなんですがね」
「急にどうした?」
ふと。気になったことがあったので私、小夜は近くでテレビゲームに勤しむ異国の少女、エレオノーラことエレナに声をかける。
不老不死なのを良いことに、昼も夜もピコピコ、ピコピコとよく飽きないものだ。私も別にゲームは嫌いじゃないが、それにしたってハマり過ぎな気がするのだが。
まぁ、今はそれはどうでもいいけども。
「吸血鬼にとっての吸血行為って、食事でありながら性行為でもあるんですよね?」
「なんだ、藪から棒に」
ぐい、とゲームの画面から顔を上げてこちらを見上げるエレナ。真っ赤な瞳がこちらを貫く。若干不満そうなのはゲームを中断されたからだろうか。子供じゃないんだから、ちょっとくらいは我慢してほしいのだけれども。
しばし訝し気にこちらを見てくる彼女であったが、私の「質問にさっさと答えなさい」オーラに気が付いたのか、はぁと一度ため息をしてから答え始めた。
「まぁ、そうだな。食事であることは言うまでもないが、吸血行為には双方、特に被吸血側への快感があり、なおかつ眷属、つまりは子を増やすという側面もある」
それは知っている。吸血鬼と呼ばれる種族の中にも、生まれついて吸血鬼である存在と、元は人間であったが血を吸われたことで吸血鬼になった存在とがいるってことは。
というか、若干歪ではあるが、私とエレナとがそれぞれの例であるのだし。エレナはヨーロッパ生まれの純正の吸血鬼だからね。
……今更だけど、なんでヨーロッパ生まれの吸血鬼が八百年前、つまりは鎌倉時代に日本に来てるんですかね。まだコロンブスもアメリカ大陸を発見してない時代でしょうに。
いや、いい。この吸血鬼の行動にイチイチ今更ツッコミを入れていたらそれこそ年を越す。今は本題に戻ろう。
「つまり、快楽を伴いつつの繁殖行為に当たるため、吸血行為は吸血鬼にとっての性交と同義、と?」
「そうなるな」
なるほど。
吸血行為は吸血鬼にとっての性行為、つまりはセックスであると。真に吸血鬼である彼女からしっかり言質がいただけたところで。
こちらの真の話題に移るとしよう。あくまで、吸血行為は性行為と同義である、ってのは前座の話である。
「……それじゃあですがね。八百年前、私たちが会ったあの日って私、貴女に強姦されたってことです?」
「……さて」
「おいこら、吸血鬼。こっち見ろや」
ふい、と私の質問を聞くや否や顔を下に向けゲームを再開しようとするエレナ。だが、そうはいかない。流石に、乙女の尊厳的な意味としてもここをなぁなぁにするのは大問題だ。
ぐい、と彼女の顎のあたりを右手で掴んでこちらに向けさせる。
「ぐっ、おいこら! 主人に向かってなんて態度だ!」
「誰が主人ですか、誰が」
そりゃ、吸血鬼に血を吸われた人間はその吸血鬼の眷属になるとはいえ、それはあくまで一般的な話だ。私はあくまで
「で、どうなんですか。貴女、私をあの日の夜に吸血鬼界での強姦行為をしたんですか?」
「いやぁ、ちょっと昔の話過ぎて記憶が……」
「都合いいときだけボケたふりすんなや」
あぁ、ちょっとイラっとして口調が乱れてしまった。気を付けないと。流石に婦女子にあるまじき言葉遣いでした。失敬、失敬。
「というか、なんだ今更! 八百年越しに聞く質問か、それは!?」
「そりゃあ、気が付いたのが八百年越しなんだから仕方がなくないですか?」
「クソっ、この不老不死め! 時間間隔バグりすぎだ!」
「貴女も不老不死でしょうに」
何を今さら。不老不死だから今日この時まで八百年、一緒に過ごしてきたんですから。
「と言いますか、一応女の端くれとして、強姦されたかもしれないとなったら事の真相を確かめるのは割と当然では? エレナだって自分が同じ立場ならそうするでしょう?」
「……確かに」
なるほど、とこちらの例えでようやく合点が行ったのか頷く彼女。
まぁ実際にエレナが私の立場なら、問い詰める前に普通に相手を殺すだろうけれども、と私はそう予測するが。真相とか、動機とか、確かめるのも面倒くさがって『まぁ、とりあえず殺しておくか』みたいに。そこら辺、倫理観はモロに吸血鬼ですし。
一方私は彼女と違ってビルを押し倒すような膂力も、身体を変形させる特殊能力も何も無いからそんな野蛮な行為はそもそも不可能だけれども。いかんせん、不完全な吸血鬼だから吸血鬼にできることの殆どが出来ない身だし。真の吸血鬼との共通点何て、それこそ不老不死ぐらいじゃなかろうか。
一応、私だって長く生きている身だから幾らかの隠し種は持ってはいるけれども、使うことはまぁないし。
「で、納得していただけたところでなんですがね。実際のとこ、どうなんですか?」
もう抵抗も無いので彼女の顎を掴んでいた右手を離す。それにしても、ほんとうに冷たかった。まるで氷に触れているかのようだった。流石は吸血鬼、まるで死人のような体温。
エレナは暫しの間、口を開くのを躊躇するような素振りを見せるも、観念したかのかぼそぼそと喋り始める。目線は、どこか気まずそうに遠くへ背けて。
「……顔が、好みだったから。ちょっと、吸おうかなぁ、って」
「うわぁ……」
「いやでも、仕方ないだろう!? あの時の私は長期の船旅で空腹が限界レベルだったんだぞ!?」
「開き直らないでください」
確かエレナは当時の中国だったかからの交易船に隠れて乗り込んで日本に来たんだったか。なんでヨーロッパ出身のエレナが中国に居るのかも意味不明だが、まぁそれはエレナだからでいい。吸血鬼の一族でも変わり者として扱われていたらしいですし。
当時の船旅は今ほど快適でもなければ速くもないので船の中でずっと隠れていたせいで空腹だった、という理屈はわかる。わかりますが……。
「それで襲っていいとでも?」
当時、夜中に海の辺りをなんとなくブラブラと彷徨っていた私は波打ち際に打ちあがっている彼女を見付けた。なんでも、交易船が港に着くタイミングで降りたら不正乗船がバレると思った彼女は、到着の少し前に海に身を投げたという。
不老不死の吸血鬼だからって無茶が過ぎる。下手したら一生、海の底で死にながら生き続けるようなことにもなり得たというのに。運良く、波が彼女の身体を運んで打ち上げてくれたからよかったものの。
「あの日、打ち上げられた貴女を見付けて、『あぁ、水死体かな?』なんて油断して近づいたら、普通に起き上がって来るわ、押し倒されるわ、血を吸われるわとなった私の気持ち、わかります?」
「……『あぁ、水死体かな?』で近づくなよ」
「はい?」
「……なんでもないです」
よし。
「あれ、私の中だとこれまでは山の中で遭難した人がようやく見つけた食料に我慢できず飛び掛かった、って解釈だったんですけどね。吸血に性行為の意味を含ませると、貴女はあの時、遭難した人が偶然出会った村娘に襲い掛かった、となるわけですよ」
別に、この会話の顛末で私と彼女との関係が今更変わる、なんてことはない。結局のところ、八百年前の出会いの話でしかなく、私たちはそれ以上に濃い時間を過ごしてきたのだし。
ただやっぱり最初にも言ったが、乙女心的にちょっと見逃せないって話だったのだ。
で、実際に聞いてみたら『お腹は確かに空いていたが、それはそれとして顔が好みだから襲った』と。
なるほど、なるほど。つまりは、食欲と性欲の両方で私は襲われて血を吸われることになったと。その結果、この八百年一緒に過ごすことになった、と。
なぁるほど……。
「エレナ」
「……なんだ」
「当分、ゲームはお預けです」
「なんでだ!?」
なんでも何も、八百年前に私に乙女の尊厳を食欲と性欲とで踏みにじったからですが、何か? 別に、私たちの関係が変わらないからと言って、お仕置きしないとは言っていないし。
私は彼女の手からひょい、とゲームのコントローラーをとり上げると適当に懐にしまい込むのであった。