好感度が反転したヤンデレ達の記憶が戻ったが、壊れてしまった関係値が元に戻ることはありません 作:かにくい3
「クロエ、一体どうしたんだ?」
「あー……そうだな。隠していても、いずれ知れることか。……話しておいた方がよさそうだ」
クロエが苦々しい顔で、重い口を開く。
「ロア。君を傷つけた彼女たちが、毎日のように押しかけてきているんだ。『一言でいいから謝らせてほしい』『看病させてほしい』『命を賭けて償わせてほしい』とね。庭で血を流しながら土下座を続け、互いを殺し合おうとさえしている。……正直、手におえない」
……もしかして。彼女たちは、正気に戻った……のか?
……いや、待て。まだ信じるな。
これは僕をさらに絶望させるための、残酷で巧妙な罠かもしれない。あるいは――ただ僕が、そう思いたいだけの甘い妄想か。
「追い払おうにも、彼女たちの強さは並の騎士じゃ相手にならない。手出しができないんだ」
「……そう、なんだ」
「君に会わせるわけにはいかない。ロア、顔を見るのも辛いだろう?」
「……まあ、うん。そうだね。正直……すごく、怖いよ」
仮に彼女たちが元に戻っていたとしても、僕の心がそれを受け入れられるわけじゃない。
殺されかけた過去を、「はい、謝ってくれたから許します」と笑って流せる人間がどこにいる?
「だろう? だから気にしなくていい。僕がもう一度説得して、追い返してくる。少し部屋を空けるよ」
クロエがそう言って、ドアノブに手をかける。
……許せるはずがない。怖い。会えば足が竦み、泣き叫んでしまうかもしれない。
それでも――
「待って、クロエ」
「?」
「……彼女たちと、話し合いをしたい」
あんな目に遭わされる前の、優しかった彼女たちとの思い出が、胸の奥で捨てきれずにくすぶっているから。それに、これ以上クロエに泥をかぶせるわけにはいかない。
「本当に、大丈夫かい?」
「だい、じょうぶ」
「……ロアがそう決めたなら、これ以上は止めない。……ただ、私も同席させてもらうよ」
クロエの瞳には、隠しきれない懸念と焦燥が滲んでいた。
「本当にありがとう、クロエ。いつも迷惑ばかりかけて、ごめん……」
「よせよ。親友の危機に首を突っ込まない奴がどこにいる。当然だろ」
そう言って、彼は痛ましそうに微笑んだ。
こんな僕を庇ってくれる親友がいる。それだけが、今の僕の救いだった。
「じゃあ、連れてくる。……だが、少しでも無理だと思ったらすぐ言うんだよ? 嫌がる君に無理強いさせるつもりはない。その時は叩き出す」
「うん」
クロエは最後まで心配そうに振り返りながら、静かに部屋を出て行った。まるで情けない弟の世話をする、出来のいい兄のようだ。
自分の不甲斐なさと罪悪感で、胸が押し潰されそうになる。
呼吸を整えろ。今は、あの恐怖と向き合う覚覚悟を決めなければ。
心なんて、整うはずもない。
冷や汗が背中を伝う。加速する鼓動、恐怖、混乱、拒絶。ぐちゃぐちゃな感情を無理やり押さえつけ、ベッドの柵を強く握りしめた。
数十分後。コンコン、と控えめなノック音が響く。
『ロア、入ってもいいかい?』
クロエの声に、掠れた声で返事をする。
ギィ、と重い音を立ててドアが開かれ――彼女たちが、姿を現した。
息が、止まった。
そこにいたのは、僕の知る綺麗な彼女たちではなかった。
艶やかだった頬はこけて青白く、輝いていた髪はボロボロに荒れ果てている。その目は落ち窪み、まるで生者と死者の境目を彷徨う幽鬼のようだった。
彼女たちの目が、僕をとらえる。
次の瞬間、ボロボロと大粒の涙を溢れさせ、悲鳴のような喘ぎ声を漏らしながら、吸い寄せられるように僕へと歩み寄ってきた。
「ヒッ……!?」
身体が、勝手に跳ねた。
頭では「話し合わなきゃ」と分かっているのに、傷つけられた記憶が激しい拒絶反応を起こす。
息が詰まり、全身の毛穴が開く。体の奥底から激痛のような恐怖が吹き出し、僕は半狂乱でベッドの隅へと身を縮め、布団をかぶるようにして震えた。
僕のその惨めな反応を見た瞬間、彼女たちの顔が絶望に歪む。
顔をくしゃくしゃに歪め、声を押し殺して涙を流し、血の滲む手で自分の顔を覆った。
だが、彼女たちがわずかに動くだけで、僕の皮膚は粟立ち、骨の髄から悲鳴が上がる。
体が痛むのも忘れ、ガチガチと歯を鳴らして震え続けることしかできなかった。
惨めで、異常で、息もできないほどの沈黙。
僕たちが本当の意味で「言葉」を交わすまでに、地獄のような数十分の時間が必要だった。