コレン奮闘記 ―― 秘密多き魔法使いの少年   作:mogatoku

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05 5 寮監と伯母 ―― 意外な関係

 

※用語解説

○教授

 ホグワーツでは授業を受け持つ教師はみんな教授のようだ。話が進むと例外も出てくるみたいだが…

 

○寮監

 各寮を監督する教授。担任の先生的のような存在。

 

――

 

「コレンティン・ジロードはいるか?」

 

 監督生の名前はガブリエル・トルーマン。上級生だ。

 新入生にひととおり寮を案内して終えると、最後にそう尋ねてきた。

 

「僕はここです」

「ああ、寮監がお呼びだ。教授室に行くといい」

「わかりました」

 

(なんだろう?)

 

 さっそく行き方を教えてもらい、教授室に向かう。

 ノックをして中に入ると、ポモーナ・スプラウト教授がすぐに立ち上がった。

 ハッフルパフ寮の寮監は中年の魔女だ。

 

「では102教室で話しましょう」

 

 教授室で話すのかと思ったら、準備室のような部屋に入った。

 長机と椅子があり、園芸用品が乱雑に置かれていた。

 促されて椅子に座る。

 

 教授が丸っこい体を椅子にドカッとのせると、椅子がぎぃと軋んだ。

 教授はそんな苦痛の声を気にすることなく話し始めた。

 

「ミスタ・ジョージ・ジロードはハッフルパフ寮生だったけど、あなたのお父さんはレイブンクローだったわね」

 

 教授の頭はせわしなく動いて落ち着きがなく、灰色の髪がふわふわと弾んでいる。

 映画と印象は似ているけど、やっぱり顔が違うなあ。特に目が。

 

「でもお父さんにはいろいろと世話になってるわ。だからなるべく希望どおりにしました」

 

 紫色の瞳が意味ありげな視線を向けてくる。

 

(へ?)

 

「希望どおりですか?」

 

 希望なんか出したっけ?

 

「ミスタ・ダニエル・ジロードからの手紙では、あなたは魔術具の実験をするから他の生徒の迷惑にならないように1人部屋をという話でしたけど――」

 

(そういうことか…!)

 

 1人部屋を希望していたなんて初耳だったよ。

 父さんが気を利かせてくれたみたいだ。

 

「――さすがに1人部屋は無理ですが、他の生徒の迷惑のことも考えて広い2人部屋を用意しておきました」

 

 おお! 

 

 ――それは助かる!

 

「ありがとうございます!」

 

 活動しやすくなる。

 

「ただし部屋で危険な実験はしないこと。同室の生徒にはよく配慮すること。いいですね」

 

 教授がなんだかそわそわしているように見える。

 

(なんだろう?)

 

「わかりました」

 

 僕が返事をすると、寮監は両手を机にのせて小さく身を乗り出した。

 

「それで? マンドレイクの球根はいつ頃手に入りそうなの?」

「へ?」

 

 マンドレイクの球根? 

 

「聞いてないのかい? マンドレイクの球根を注文してるんだけど」

 

 僕はまったく聞いていない。

 それはそうだ。そんな仕事の話を子供にするはずない。

 と言いたいけど…

 

「父に手紙に書きましょうか。マンドレイクが足りないのですか?」

「ちょっとヘマしたせいで温室が一つ止まっちゃってたのよ。このままでは授業が…」

 

 まったく予期していない言葉だった。

 映画ではマンドレイクが授業に出てくるのは来年だ。

 つまり今年の二年生の授業が危ないのか。

 

「え? じゃあ、マンドレイクは凍死したんですか!?」

「しーっ! 声が大きい! まだ気温が高いから全部じゃないわよ! ただ数が足りないだけ。だから早く欲しいんだけど」

 

 声を落としてひそひそとそんな風に非難がましく言われても、僕にどうしろと?

 

(手紙に書けってことか…‥)

 

「手に入ったら、いつものように薬問屋から届けてくれるのかしら?」

 

 心配そうな顔で尋ねてくる。

 このままでは授業に響くみたいだ。

 

「それも父に尋ねておきます」

「そう。それと……」

 

 教授が人差し指を唇に付けた。

 

「この件は秘密だからね」

 

 うわっ! この人、失態を隠蔽するつもりだ!

 しかも生徒にもそれを要求してる!

 

「わ、わかっています」

 

 でも僕は頷くしかない。

 教授の失態を話して回っても生徒達がゴシップを楽しむだけだし、父さんの商会が嫌われたらせっかくのホグワーツとのつながりが消えるだけだし。

 

「勘違いしないでほしいんだけど、これは皆の不安や誤解を招かないためにだからね」

「も、もちろんです」

 

 別に非難なんかしてません。

 当商会をご利用いただきありがとうございます、スプラウト教授。

 

 と答えられるほど冷静だったら良かったけど、僕はちょっと動揺していた。

 

 父さんが一人部屋の希望を出していたことにも。

 寮監が失態をごまかそうとしていることにも。

 それに父さんが絡んで、僕が巻き込まれたことにも。

 

(……)

 

「話は以上よ」

 

 すぐに手紙を書かないと!

 

「それから、ベクトル教授も話があるそうです。7A教室にいきなさい」

 

 7A教室? まだ初日だからわからない。

 

「行き方がわからないんですが」

「職員室の近くなので途中まで一緒に行きましょう」

 

 二人で来た道を戻ると、途中にあった。

 教授と別れてドアの前に立った。ノックすると「入りなさい」と声がした。

 

 中は小さな教室だった。見たところ生徒用の椅子が六つしかない。教壇ではなく事務机のような教卓があり、セプティマ・ベクトル教授が座っていた。

 その後ろの黒板には数式と表が書いてある。

 

「お久しぶりね」

 

 教授が口を開いた。

 

「お久しぶりです」

 

 僕は少し緊張する。

 

「いつ以来かしら。ハンナからあなたについて手紙をもらったわ。でもここではあなたは義理の甥ではありませんよ。ただの生徒です。いいですね」

 

 2年前に家族で会って以来だ。

 そう、この人は僕の義理の伯母さんなんだ。

 

「分かっています」

「もっともこの授業は選択科目だからしばらくは関係ないんだけどね。それで妹は…ハンナは元気にしていたのかしら」

「はい。テオの行動に振り回されながら、充実した母親ライフを送っています」

 

 テオに振り回されるのは大変だと思う。

 

「ずいぶんと元気な男の子だそうね」

「はい、正義のヒーローになるのが好きで、僕はよく悪役をやらされています」

 

 それで「I am your Father !」(わしはおまえの父だ)と言ってやると「Noooooo」(ちがーう)と叫ぶんだ。

 これが映画の真似なのか、「違う、その悪役じゃない!」って意味なのかはその時々で違うんだよ。

 

「それは楽しそうね。ところであなたはハンナのこと、どう思う?」

「どう思うとは?」

「どんな人だと思っている?」

 

 僕は考える。

 

「ハンナ母さんは…健全な人だと思います」

 

 すると伯母さん…いや、ベクトル教授はフンと鼻で笑った。

 

「健全な魔女が友達の夫の後妻に収まるのかしらね。あの子はいつだってそう。うまいこと取り入って欲しいものを手に入れるのよ」

 

 おっと。

 どうやら伯母さんは妹の結婚が気に入らないみたいだ。

 

「おや? 気付いていなかったのかしら?」

 

 挑発するように話す。

 あの、僕は1年生男子なんですけど。

 

「僕が二歳になる少し前からお化粧が濃くなって、香水の匂いが強くなったなと思いました」

 

 ハンナはあの時から父さんの気を引こうとしていたんだと思う。

 

「おや、気付いていたのかい? なるほど。ハンナが怖がるわけだね」

 

 ん? 怖がる?

 どういうこと?

 

「母さんがボクを怖がる? そんなはず……」

 

 ハンナ母さんの態度に怯えを感じたことはないけど?

 第一、僕は子どもだよ?

 

「あなたは妹をいつも言い負かしているそうね」

「そ、そんなことしてません!」

「ハンナが書いていたよ。言うことを聞く子に育てようとしたけど、逆に言うことを聞かせられている、と」

「ま、全く心当たりがありません! 別に何もしてません!」

 

(ど、どういうこと?)

 

 母さんを操るようなことはしてない。しようと思ったこともない。

 強いて言えば三歳の時にハウスエルフたちに普通の英語を使わせることに、ハンナを利用したことがあるだけだ。

 それだって、ただ駄々をこねただけだ。

 子供ならだれでもやることだし。

 そんな凄いことじゃない。

 

「夫はわたしの言うことに最初は賛成してくれるけど、コレンに反対されるとコレンに従う。コレンに説教されると夫もわたしも逆らえない」

 

 説教なんかしたことないけど? いったい何の話? 

 母さんの中ではどんなストーリーになってる?

 

「自分が産んだテオでさえあなたの言いなり、って書いてあったわ」

「テオが言いなりなら、いつも喧嘩したりしませんよ」

「この家の本当の主人はコレンだそうよ」

 

 がーん!

 これは衝撃の話だ!

 ハンナ母さんがそんな風に思ってたなんて!

 ベッドに突っ伏したい気分だよ。

 

「そんなことはありえません!」

「ふうん。夫はうまく操れると思ったけど、息子たちの方がやっかいだったということね」

「妻が夫を操るというのは、よくあることなのかもしれませんけど…」

 

 少し考えてみる。

 僕は普通の家庭だと思ってたよ。

 父さんは働き者で、母さんは優しくて、弟は元気だ。

 でも母さんは何かしたいことがあった?

 

「ハンナは…家族を作り直したがっていた…」

 

 伯母さんがボソリと、とんでもないことを言った。

 

「家族を作り直す?」

 

 それってかなり危ない考えじゃないか!

 

「でも無理だった。わたしも含めてね」

「そうだったんだ…」

 

 うーん。

 

 確かにハンナ母さんは最初、僕を女の子のように育てようとしていた気がする。

 いや女装趣味にしようとか男の娘にしようとかそういう意味じゃないよ。

 ただ女の子のようにお家でおとなしく、おしゃべりして過ごすように仕向けようとしていた気がする。

 多分自分が子どもの頃そうだったんじゃないかと思ってたんだけど…

 

 もちろん僕はそんな風に過ごしたわけではなかった。テオに至ってはもっとわんぱくだ。

 母さんの理想は粉々に打ち砕かれたことだろう。

 単に男兄弟が居なかっただけかもしれないけど。

 

「教授はハンナ母さんに反発していたのですか?」

 

 伯母さんは何かに気付いたようにハッとした表情をした。

 明らかに雰囲気が変わった。

 

(え? そんな凄いこと訊いたつもりはないんだけど?)

 

 ボクを見る目は何かに怯えているようだ。

 たぶん過去の何かを思い出してるんじゃないかな。

 その証拠にしばらくして絞り出すようにこう呟いた。

 

「わたしが反発したのはハンナにじゃないわ…」

 

 その言葉は声と言うより息だった。

 

(うわ…なんか重そう…)

 

「…あの子はあなたに追い出されるんじゃないかと恐れている」

 

 がーん!

 何だって!

 

「じゃあその前に僕を追い出したりは…」

「あの子はそんなことはしないよ」

 

 ほっ。

 

(良かった…)

 

「どうせあなたはホグワーツに来るんだからね。それで、追い出すつもりはないのかい?」

「まさか! そんなことはしませんよ!」

 

 僕は精一杯否定した。

 けどすぐに不安になる。

 

「もちろん浮気したりとかしてれば話は別ですけど…」

 

 まさかしてないよね?

 ちょっと自信が無くなってきたよ。

 

「な……!」

 

 あれ? 

 伯母さんが驚いてる。

 なんだか恐ろしいモノでも見たような顔をしている。

 口がパクパクと動いて、目の開き方が凄いことになってるよ。

 

 しまった。不適切発言だった!

 メロドラマを見過ぎたかも!

 

 数秒の沈黙の後、我に返ったように話し始めた。

 

「妹がウソをついていると言いたいのかい?」

「そんなことは言ってません。仮定の話をしただけです」

 

 また押し黙る。

 なんだか不安な顔をしてるから、僕も不安になってきたよ。

 

「あなたには家庭教師が二人いたそうね」

「はい」

「その二人がほめていたそうね。コレンはとても優秀だと」

 

 マグルの教科を学ぶことは“前世の自分の記憶”を英語に置き換えて“僕の記憶”にする作業だった。だから理解という点ではすでに終わっているようなものだったので、どんどんと進んだよ。

 

「優秀なのは家庭教師の二人ですよ」

「数占いの勉強はしたのかしら?」

 

 ほとんど教わっていない教科もある。

 家庭教師のリーマスが得意としていないものは、教わってないんだ。

 

「数占いの予習はしていませんが、そこのxy式のグラフならすぐに描けます」

 

 僕は黒板に書いてある式を手で示す。

 

「グラフだって?」

 

 式の右隣には横に長い二行の表があり、上にxの解が、下にその場合のyの解が書かれていた。

 

「はい。そこの表には自然数の解が書かれていますが、負の数も小数点も含めれば線グラフになります」

「マグルの数学を学んだんだね」

 

 表情から不安が消えて、興味が表れてきた。

 

「はい。数学だけじゃありませんけど」

「数占いは素晴らしい学問だよ! 何と言っても人の都合なんか気にせずに結果を示してくるからね。理想の家庭なんかにも容赦しない」

 

 それが伯母が数占いの教授になった理由だろうか。

 

「そうですか」

「選択してくれる日が楽しみね、ミスタ・ジロード」

 

 口元にかすかに浮かぶ皮肉な笑みは、なんとなく映画で見たスネイプ教授に似ていると思った。

 これは選択して欲しいのかな? して欲しくないのかな?

 

(どっちだろう?)

 

「ありがとうございます、ベクトル教授」

 

 どっちだかわからなかったので、僕は選択するとは言わなかった。

 伯母さんも特に反応しなかった。

 

“あの子の言うとおりだわ”

 

 教室を出て行くとき、後ろでそんな呟きが聞こえたような気がした。

 いや、声は聞こえてはいないから、きっと気のせいだろう。

 

 義理の伯母への訪問は、心温まるどころか、心が冷えるやりとりになってしまった。

 

(まさかハンナ母さんがそんなことを伯母さんへの手紙に書いていたなんて…)

 

 これはあれかな?

 女子と戦国武将がよくやるという“噂話攻撃”かな?

 

(僕はハンナ母さんとも争わなくちゃいけないのかなあ…)

 

 寮に戻ると監督生が声を掛けてきた。

 

「ジロード! 君たち二人の部屋は今まで物置になっていた部屋だが、決して君たちをのけ者にするわけじゃないぞ。人数の関係でベッドが足りなかったからだ」

「お気遣いありがとうございます。とくに不満はありません」

 

 父の要望にスプラウト教授が配慮してくれたんだ。

 わざわざ用意してもらったのに文句なんかあるわけがない。

 

「もう一人はそうじゃないようだがな」

「なんで僕たちだけのけ者なんですか!」

 

 リックの不満そうな抗議の声が聞こえた。

 どうやらリックを巻き込んでしまったみたいだ。

 

「ベッドを置くスペースが足りないからだ。これでも皆で片付けて用意したんだぞ」

 

 上級生が言い返すように説明している。

 

「魔法で広げれば良いじゃないですか」

「そんなことはしない。これは寮監の方針だ。文句は寮監に言ってくれ」

「そんな…!」

 

 リックはスプラウト教授に直接抗議するつもりはないようだ。

 僕はリックに声を掛けて、そのまま監督生に案内してもらい部屋に入った。

 

「結構広いね! これならいろんなモノを置けそうだよ!」

 

 がらんとした部屋にベッドと机が置いてあった。

 

「人数が多い方が絶対楽しいのに…」

 

 リックが残念そうだ。

 これもより良い未来のためだと話したくなるけど、我慢しないとね。

 

「そうだね。でも僕は気に入ってるよ」

 

 確かに人数が多い方が社会性を養える。

 

(でも僕の計画にはこっちの方が都合が良いんだ)

 

 深夜に活動する時に、眠らせるのが一人だけで済むからだよ。

 

 僕は鞄から教科書や羽ペン、インク壺などをだして机に並べ、満足の笑みを浮かべながら、これからの計画について頭を巡らせ始める。

 

 ――よし、まずは必要の部屋を見つけよう!

 

 でもその前に父さんに手紙書かなくちゃ。

 書くことがたくさんあるんだ。

 二人部屋のことも、マンドレイクのことも、ルームメイトのことも……!

 

 





次回の投稿は明日の予定です。
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