中央司令部の廊下を、ヨキは静かに歩いていた。
ヒューズから教えられた部屋は、この先だ。
軍施設らしく、廊下には規則正しく扉が並んでいる。
やがて、一つの部屋の前へ辿り着く。
そこには二人の軍人が立っていた。
一人は、落ち着いた雰囲気を纏う女性士官。
もう一人は、どこか実直そうな青年だった。
「失礼します。」
「ヒューズ中佐より、こちらに鋼の錬金術師がおられるとお聞きしました。」
ヨキが声を掛けると、女性士官が姿勢を正した。
「ヨキ中尉ですね。」
「はい。」
「初めまして。」
「マリア・ロス少尉です。」
「こちらはブロッシュ軍曹。」
「よろしくお願いいたします。」
ブロッシュも慌てて敬礼する。
「よろしくお願いします!」
ロスは穏やかに微笑んだ。
「お噂は、かねがね伺っています。」
「ユースウェル炭鉱のお話や、リオールでのご活躍。」
「スカー事件でのご対応も。」
「中央では、栄転された方だと聞いております。」
ヨキは少しだけ苦笑した。
「ありがとうございます。」
「そう言っていただけると嬉しいです。」
(……栄転、か。)
(以前の私を知っている身としては。)
(何とも不思議な響きだ。)
ロスが扉へ手を掛ける。
「ヒューズ中佐から伺っています。」
「どうぞ。」
「ありがとうございます。」
ヨキは軽く一礼し、部屋の中へ入った。
◇
室内には、二人の少年だけがいた。
机いっぱいに積まれた資料。
開かれた本。
何枚もの紙。
部屋には紙の匂いが漂っている。
ヨキへ気付いたエドワードが顔を上げた。
「ヨキさん!」
「お久しぶりですね。」
アルフォンスも立ち上がる。
「お久しぶりです。」
「お二人とも元気そうで安心しました。」
三人は自然と笑みを浮かべた。
ほんの数日。
それでも、どこか懐かしい再会だった。
◇
「資料はどうでしたか?」
ヨキが尋ねる。
エドワードの表情が一変した。
「……あんたの言う通りだった。」
机の上へ、一冊の本を置く。
「賢者の石。」
「材料は……。」
言葉が止まる。
アルフォンスが静かに続けた。
「生きた人間でした。」
部屋が静まり返る。
ヨキは静かに目を閉じる。
「……そうですか。」
短く答える。
それだけだった。
◇
エドワードが深く息を吐く。
「資料は最初、図書館で読んでた。」
「でも。」
「ある日の夜。」
「図書館が全焼した。」
ヨキは静かにエドを見る。
「……。」
「最初は偶然かと思った。」
「でも。」
「燃えたって聞いた瞬間。」
「あんたの言葉を思い出した。」
『証拠は。』
『待ってはくれない。』
『人の手で消えることもある。』
『事故で失われることもある。』
エドは拳を握る。
「……ゾッとした。」
「本当に。」
「あんたの言う通りだった。」
ヨキは小さく頷いた。
「資料は。」
「守れたんだね。」
「ああ。」
「借り出してた分だけは。」
「無事だった。」
ヨキは静かに安堵する。
「それなら良かった。」
◇
「軍には?」
ヨキが静かに尋ねる。
エドとアルは同時に首を横へ振った。
「誰にも話してねぇ。」
「ヨキさんに言われた通りです。」
「良かった。」
ヨキは穏やかに微笑む。
「私も。」
「誰にも話すつもりはない。」
二人がヨキを見る。
「この件を知るには。」
「この軍には。」
「良い人が多すぎる。」
「ヒューズ中佐も。」
「アームストロング少佐も。」
「ロス少尉も。」
「ブロッシュ軍曹も。」
「誰も巻き込みたくない。」
一呼吸置く。
「その代わり。」
「私が命を懸ける。」
部屋に沈黙が落ちた。
エドも。
アルも。
返す言葉が見つからなかった。
◇
やがて。
エドワードが机へ一枚の地図を広げた。
「今。」
「俺たちが一番怪しいと思ってる場所だ。」
指差した先。
「第五研究所。」
ヨキは地図へ目を落とした。
「以前。」
「第五研究所と呼ばれていた建物ですね。」
「今は廃屋。」
「崩壊の危険があるから立入禁止だった筈です。」
エドが続ける。
「中央の研究所は、国家資格を取ってから全部見た。」
「でも。」
「まともに研究してる所ばっかりだった。」
「ここだけ違う。」
「隣には刑務所がある。」
「死刑囚の遺体は。」
「遺族へ返されない。」
「……だから。」
「ここしかねぇ。」
ヨキは静かに頷いた。
「流石ですね。」
「私も。」
「その結論に賛成です。」
エドが少し照れくさそうに鼻を擦る。
「当然だ。」
ヨキは小さく笑った。
「では。」
「少しだけ。」
「思考実験をしてみましょう。」
二人が顔を上げる。
「もし。」
「私が賢者の石を研究する責任者なら。」
「材料を。」
「できるだけ人目につかず集めたい。」
「そう考えます。」
ヨキは地図の刑務所を指差した。
「その場合。」
「刑務所は。」
「極めて合理的です。」
「運搬する距離も短い。」
「目撃者も少ない。」
「研究施設という名目もある。」
「つまり。」
「エドワード君の推理は。」
「十分、筋が通っています。」
◇
「だったら。」
エドが立ち上がる。
「今日行く。」
「兄さん。」
アルも頷く。
ヨキは二人を見つめ、静かに口を開いた。
「少し待ってください。」
二人が足を止める。
「最後に。」
「もう一つだけ。」
「思考実験をしましょう。」
部屋の空気が引き締まる。
「もし。」
「君たちが。」
「第五研究所を守る側の人間だとしたら。」
「鼠が入り込むことを想定して。」
「どう守りますか?」
エドとアルは顔を見合わせる。
ヨキは静かに地図へ視線を落とした。
「私なら――。」
その言葉を境に。
部屋は再び静寂へ包まれた。