ヨキですが、静かに生きたいだけなんです。   作:千遇万歩

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第二章 再会

 

 中央司令部の廊下を、ヨキは静かに歩いていた。

 

 ヒューズから教えられた部屋は、この先だ。

 

 軍施設らしく、廊下には規則正しく扉が並んでいる。

 

 やがて、一つの部屋の前へ辿り着く。

 

 そこには二人の軍人が立っていた。

 

 一人は、落ち着いた雰囲気を纏う女性士官。

 

 もう一人は、どこか実直そうな青年だった。

 

「失礼します。」

 

「ヒューズ中佐より、こちらに鋼の錬金術師がおられるとお聞きしました。」

 

 ヨキが声を掛けると、女性士官が姿勢を正した。

 

「ヨキ中尉ですね。」

 

「はい。」

 

「初めまして。」

 

「マリア・ロス少尉です。」

 

「こちらはブロッシュ軍曹。」

 

「よろしくお願いいたします。」

 

 ブロッシュも慌てて敬礼する。

 

「よろしくお願いします!」

 

 ロスは穏やかに微笑んだ。

 

「お噂は、かねがね伺っています。」

 

「ユースウェル炭鉱のお話や、リオールでのご活躍。」

 

「スカー事件でのご対応も。」

 

「中央では、栄転された方だと聞いております。」

 

 ヨキは少しだけ苦笑した。

 

「ありがとうございます。」

 

「そう言っていただけると嬉しいです。」

 

(……栄転、か。)

 

(以前の私を知っている身としては。)

 

(何とも不思議な響きだ。)

 

 ロスが扉へ手を掛ける。

 

「ヒューズ中佐から伺っています。」

 

「どうぞ。」

 

「ありがとうございます。」

 

 ヨキは軽く一礼し、部屋の中へ入った。

 

 

 室内には、二人の少年だけがいた。

 

 机いっぱいに積まれた資料。

 

 開かれた本。

 

 何枚もの紙。

 

 部屋には紙の匂いが漂っている。

 

 ヨキへ気付いたエドワードが顔を上げた。

 

「ヨキさん!」

 

「お久しぶりですね。」

 

 アルフォンスも立ち上がる。

 

「お久しぶりです。」

 

「お二人とも元気そうで安心しました。」

 

 三人は自然と笑みを浮かべた。

 

 ほんの数日。

 

 それでも、どこか懐かしい再会だった。

 

 

「資料はどうでしたか?」

 

 ヨキが尋ねる。

 

 エドワードの表情が一変した。

 

「……あんたの言う通りだった。」

 

 机の上へ、一冊の本を置く。

 

「賢者の石。」

 

「材料は……。」

 

 言葉が止まる。

 

 アルフォンスが静かに続けた。

 

「生きた人間でした。」

 

 部屋が静まり返る。

 

 ヨキは静かに目を閉じる。

 

「……そうですか。」

 

 短く答える。

 

 それだけだった。

 

 

 エドワードが深く息を吐く。

 

「資料は最初、図書館で読んでた。」

 

「でも。」

 

「ある日の夜。」

 

「図書館が全焼した。」

 

 ヨキは静かにエドを見る。

 

「……。」

 

「最初は偶然かと思った。」

 

「でも。」

 

「燃えたって聞いた瞬間。」

 

「あんたの言葉を思い出した。」

 

『証拠は。』

 

『待ってはくれない。』

 

『人の手で消えることもある。』

 

『事故で失われることもある。』

 

 エドは拳を握る。

 

「……ゾッとした。」

 

「本当に。」

 

「あんたの言う通りだった。」

 

 ヨキは小さく頷いた。

 

「資料は。」

 

「守れたんだね。」

 

「ああ。」

 

「借り出してた分だけは。」

 

「無事だった。」

 

 ヨキは静かに安堵する。

 

「それなら良かった。」

 

 

「軍には?」

 

 ヨキが静かに尋ねる。

 

 エドとアルは同時に首を横へ振った。

 

「誰にも話してねぇ。」

 

「ヨキさんに言われた通りです。」

 

「良かった。」

 

 ヨキは穏やかに微笑む。

 

「私も。」

 

「誰にも話すつもりはない。」

 

 二人がヨキを見る。

 

「この件を知るには。」

 

「この軍には。」

 

「良い人が多すぎる。」

 

「ヒューズ中佐も。」

 

「アームストロング少佐も。」

 

「ロス少尉も。」

 

「ブロッシュ軍曹も。」

 

「誰も巻き込みたくない。」

 

 一呼吸置く。

 

「その代わり。」

 

「私が命を懸ける。」

 

 部屋に沈黙が落ちた。

 

 エドも。

 

 アルも。

 

 返す言葉が見つからなかった。

 

 

 やがて。

 

 エドワードが机へ一枚の地図を広げた。

 

「今。」

 

「俺たちが一番怪しいと思ってる場所だ。」

 

 指差した先。

 

「第五研究所。」

 

 ヨキは地図へ目を落とした。

 

「以前。」

 

「第五研究所と呼ばれていた建物ですね。」

 

「今は廃屋。」

 

「崩壊の危険があるから立入禁止だった筈です。」

 

 エドが続ける。

 

「中央の研究所は、国家資格を取ってから全部見た。」

 

「でも。」

 

「まともに研究してる所ばっかりだった。」

 

「ここだけ違う。」

 

「隣には刑務所がある。」

 

「死刑囚の遺体は。」

 

「遺族へ返されない。」

 

「……だから。」

 

「ここしかねぇ。」

 

 ヨキは静かに頷いた。

 

「流石ですね。」

 

「私も。」

 

「その結論に賛成です。」

 

 エドが少し照れくさそうに鼻を擦る。

 

「当然だ。」

 

 ヨキは小さく笑った。

 

「では。」

 

「少しだけ。」

 

「思考実験をしてみましょう。」

 

 二人が顔を上げる。

 

「もし。」

 

「私が賢者の石を研究する責任者なら。」

 

「材料を。」

 

「できるだけ人目につかず集めたい。」

 

「そう考えます。」

 

 ヨキは地図の刑務所を指差した。

 

「その場合。」

 

「刑務所は。」

 

「極めて合理的です。」

 

「運搬する距離も短い。」

 

「目撃者も少ない。」

 

「研究施設という名目もある。」

 

「つまり。」

 

「エドワード君の推理は。」

 

「十分、筋が通っています。」

 

 

「だったら。」

 

 エドが立ち上がる。

 

「今日行く。」

 

「兄さん。」

 

 アルも頷く。

 

 ヨキは二人を見つめ、静かに口を開いた。

 

「少し待ってください。」

 

 二人が足を止める。

 

「最後に。」

 

「もう一つだけ。」

 

「思考実験をしましょう。」

 

 部屋の空気が引き締まる。

 

「もし。」

 

「君たちが。」

 

「第五研究所を守る側の人間だとしたら。」

 

「鼠が入り込むことを想定して。」

 

「どう守りますか?」

 

 エドとアルは顔を見合わせる。

 

 ヨキは静かに地図へ視線を落とした。

 

「私なら――。」

 

 その言葉を境に。

 

 部屋は再び静寂へ包まれた。

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