ヨキですが、静かに生きたいだけなんです。   作:千遇万歩

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第四章 激突

 

「おいおい!」

 

「侵入者がいるって聞いたから来てみりゃよォ!」

 

「チビと、おっさんじゃねぇか!」

 

 甲高い笑い声が研究所へ響き渡る。

 

 暗闇の中から、一体の鎧が姿を現した。

 

 手には巨大な包丁。

 

 陽気な足取りとは裏腹に、その身から放たれる殺気だけは紛れもなく本物だった。

 

 エドが一歩前へ出ようとする。

 

 しかし。

 

 その肩へ、ヨキが静かに手を添えた。

 

「ここは。」

 

「私が前へ出ます。」

 

 エドがヨキを見る。

 

「でも――」

 

「私は軍人です。」

 

 穏やかな声だった。

 

 だが、その瞳には任務へ向かう軍人の覚悟が宿っている。

 

「まずは私が相手をします。」

 

「エド君は後方で待機をお願いします。」

 

 一拍置き、穏やかに笑った。

 

「困った時は、助けてくださいね。」

 

 エドも小さく笑う。

 

「……分かった。」

 

「無理すんなよ。」

 

「もちろんです。」

 

 ヨキは静かに一歩前へ出た。

 

 鎧はその姿を見て、楽しそうに笑う。

 

「げっへっへっ!」

 

「いいねェ!」

 

「おっさんが相手してくれんのかァ!」

 

「ええ。」

 

「何者か分かりませんが。」

 

「私が相手になりましょう。」

 

 

 ヨキはライフルを構えた。

 

 照準は鎧の肩。

 

 迷いなく引き金を引く。

 

 パンッ!!

 

 乾いた銃声。

 

 弾丸が鎧へ命中し、火花が散った。

 

「おっと!」

 

「いい腕じゃねぇか!」

 

「でもよォ!」

 

「それじゃ止まらねぇぜ!!」

 

 床を蹴る。

 

 重い鎧とは思えない速度で、一気に間合いを詰めてきた。

 

(速い。)

 

 ヨキは即座にライフルを背中へ回し、腰の警棒を引き抜く。

 

 直後。

 

 巨大な包丁が頭上から振り下ろされた。

 

 ガギィィン!!

 

 激しい衝撃。

 

 警棒で受け止めたものの、その衝撃は腕の奥まで突き抜けた。

 

「ぐっ……!」

 

 身体ごと押し返される。

 

 距離を取り、警棒へ視線を落とす。

 

 金属部分が僅かに歪んでいた。

 

(重い。)

 

(まともに受け続ければもたない。)

 

「げっへっへ!」

 

「おっさん!」

 

「いい根性してんじゃねぇか!」

 

 

 鎧は休むことなく包丁を振るう。

 

 ギィィン!!

 

 二撃目。

 

 ヨキは真正面から受けず、力を逃がすように包丁を受け流した。

 

 ギィィン!!

 

 三撃目と続く。

 

 エドはその戦いを食い入るように見つめていた。

 

(この人……。) 

 

(ちゃんと戦えてる。)

 

 ヨキは決して力で勝負しない。

 

 受ける。

 

 流す。

 

 相手の力を真正面から受けない。

 

 訓練に裏打ちされた戦い方だった。

 

「逃げてばっかじゃ勝てねぇぞォ!!」

 

「ええ。」

 

「承知しています。」

 

 ガァァン!!

 

 包丁を受け止めた瞬間、警棒はとうとう大きくひしゃげた。

 

 もはや警棒としての役割は果たせない。

 

 ヨキは静かに息を吐く。

 

(……これは、ここまでですね。)

 

 役目を終えた警棒を手放し、再びライフルを構えた。

 

「げっへっへ!」

 

「おっさん!」

 

「とうとう武器が一つ減っちまったなァ!」

 

 

 ヨキは何も答えない。

 

 ライフルの照準を静かに合わせる。

 

 そして。

 

 パンッ!!

 

 再び銃声が響いた。

 

 弾丸は鎧の兜を正確に撃ち抜く。

 

 カァァン!!

 

 兜が大きく宙を舞った。

 

「なっ……!」

 

 エドが思わず息を呑む。

 

 そこにあるはずの頭部。

 

 しかし。

 

 鎧の中は空だった。

 

 鎧は腹を抱えて笑い出す。

 

「げっへっへっへ!」

 

「驚いたかァ!」

 

 その瞬間だった。

 

 パンッ!!

 

 三発目の銃声。

 

 鎧の包丁が弾き飛ばされる。

 

「ウェ!?」

 

 思わず鎧の視線が包丁を追った。

 

 その一瞬。

 

 ヨキは迷うことなく踏み込んだ。

 

 ライフルの銃床を鎧の胸部へ叩きつける。

 

 鈍い衝撃音が響く。

 

 鎧の体勢が崩れた。

 

 その隙を逃さず、ヨキは身体ごとぶつかる。

 

 二人の身体が床へ倒れ込んだ。

 

 ヨキはそのまま鎧へ馬乗りになり、両腕を押さえ込む。

 

「この野郎!」

 

「放しやがれ!」

 

 ヨキは息を切らしながらも、押さえ込む力を緩めない。

 

「あなたの敗因は……。」

 

「怯えるだろうと決めつけていた慢心です……。」

 

「読めていましたよ、全て……。」

 

 そして振り返ることなく、息を切らしながら叫んだ。

 

「エドワード君!!」

 

「分解です!!」

 

「ああ!!」

 

 エドも既に駆けていた。

 

 錬成の光が、ヨキを包み込んだまま光る――。

 

 次の瞬間。

 

 ガシャァァァン!!

 

 鎧の四肢が一斉に分解された。

 

 両腕。

 

 両脚。

 

 次々と床へ崩れ落ち、金属音が研究所中へ響き渡る。

 

「ウェェェ!?」

 

 突然四肢を失った鎧が、情けない声を上げた。

 

「野郎ォ!」

 

「手足が落っこちちまったじゃねェか!」

 

 ヨキはゆっくりと立ち上がり、乱れた呼吸を整えながら呟く。

 

「……これだけ分解すれば。」

 

「もう動けませんね。」

 

「ああ。」

 

 エドも頷く。

 

「ヨキさん。」

 

「大丈夫か?」

 

「ええ。」

 

 ヨキは肩で息をしながら、小さく笑った。

 

「少し息が上がりましたが。」

 

「問題ありません。」

 

 エドは安堵したように息を吐く。

 

「まったく。」

 

「無茶しやがって。」

 

「でも。」

 

「助かった。」

 

「いえいえ、こちらこそ。」

 

 ヨキは穏やかに頭を下げた。

 

 そして、床へ転がる鎧を見つめる。

 

「……一つ、気になることがあります。」

 

「ん?」

 

 エドが振り返る。

 

「これは、どういう仕組みで動いているのでしょう。」

 

「……。」

 

 エドが鎧の内側を調べ始めた。

 

 そして、乾いた赤黒い紋様を確認する。

 

「……これだ。」

 

 小さく呟く。

 

「血印。」

 

「血印?」

 

 ヨキが覗き込む。

 

「血で錬成陣が描かれてる。」

 

「これが魂を鎧へ定着させてるんだ。」

 

「だから肉体が無くても動ける。」

 

「アルと同じだ。」

 

「なるほど……。」

 

 ヨキは静かに頷いた。

 

「いつもの思考実験でも分からなかったのか?」

 

 エドが尋ねる。

 

「流石に情報が少なすぎます。」

 

「それに興味本位で聞ける話でもないでしょう。」

 

「……それはそうか。」

 

 エドは黙る。

 

 ヨキは咳払いをしてから、話題を変える。

 

「つまり。」

 

「まだ会話は可能ということですね。」

 

「ああ。」

 

「そういうことになる。」

 

 ヨキは少しだけ考え込む。

 

「でしたら。」

 

「このまま置いて帰るには惜しいですね。」

 

 エドが首を傾げた。

 

「惜しい?」

 

「はい。」

 

「話ができるのであれば。」

 

「この方は貴重な情報提供者になり得ます。」

 

「多くの情報を得られるかもしれません。」

 

 エドは腕を組み、少し考える。

 

「……確かに。」

 

「その手があったか。」

 

 ヨキは再び鎧の内側を見る。

 

「エドワード君。」

 

「この血印だけを残すことはできますか。」

 

「できるぜ。」

 

「でしたら。」

 

「そこだけ持ち帰りましょう。」

 

「分かった。」

 

 錬成。

 

 光が走り、血印が刻まれた部分だけが周囲の鎧から切り離される。

 

「お、おい!」

 

「何しやがる!」

 

「返せコノヤロォ!」

 

 鎧が喚き散らす。

 

 ヨキは苦笑しながら、その鎧の一部を持ち上げた。

 

「申し訳ありません。」

 

「少しだけ、お借りします。」 

 

「借りるじゃねェ!」

 

「返せェ!」 

 

 

 そのやり取りが終わった瞬間だった。

 

 研究所の奥で、靴音が一つ響いた。

 

 男の声が静かに響いた。

 

「……勘のいい鼠は嫌いだよ」 

 

 エドとヨキが弾かれたように振り返る。

 

「誰だ!!」

 

 暗闇の奥。

 

 二人の人影が、ゆっくりと姿を現す。

 

 一人は、黒髪の女。

 

 そして、その隣には。

 

 見覚えのある男が立っていた。  

 

 その姿を見た瞬間、エドの瞳が大きく見開かれる。

 

「……ショウ・タッカー。」 

 

 信じられないものを見るような声だけが、静まり返った研究所に響いた。

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