「おいおい!」
「侵入者がいるって聞いたから来てみりゃよォ!」
「チビと、おっさんじゃねぇか!」
甲高い笑い声が研究所へ響き渡る。
暗闇の中から、一体の鎧が姿を現した。
手には巨大な包丁。
陽気な足取りとは裏腹に、その身から放たれる殺気だけは紛れもなく本物だった。
エドが一歩前へ出ようとする。
しかし。
その肩へ、ヨキが静かに手を添えた。
「ここは。」
「私が前へ出ます。」
エドがヨキを見る。
「でも――」
「私は軍人です。」
穏やかな声だった。
だが、その瞳には任務へ向かう軍人の覚悟が宿っている。
「まずは私が相手をします。」
「エド君は後方で待機をお願いします。」
一拍置き、穏やかに笑った。
「困った時は、助けてくださいね。」
エドも小さく笑う。
「……分かった。」
「無理すんなよ。」
「もちろんです。」
ヨキは静かに一歩前へ出た。
鎧はその姿を見て、楽しそうに笑う。
「げっへっへっ!」
「いいねェ!」
「おっさんが相手してくれんのかァ!」
「ええ。」
「何者か分かりませんが。」
「私が相手になりましょう。」
◇
ヨキはライフルを構えた。
照準は鎧の肩。
迷いなく引き金を引く。
パンッ!!
乾いた銃声。
弾丸が鎧へ命中し、火花が散った。
「おっと!」
「いい腕じゃねぇか!」
「でもよォ!」
「それじゃ止まらねぇぜ!!」
床を蹴る。
重い鎧とは思えない速度で、一気に間合いを詰めてきた。
(速い。)
ヨキは即座にライフルを背中へ回し、腰の警棒を引き抜く。
直後。
巨大な包丁が頭上から振り下ろされた。
ガギィィン!!
激しい衝撃。
警棒で受け止めたものの、その衝撃は腕の奥まで突き抜けた。
「ぐっ……!」
身体ごと押し返される。
距離を取り、警棒へ視線を落とす。
金属部分が僅かに歪んでいた。
(重い。)
(まともに受け続ければもたない。)
「げっへっへ!」
「おっさん!」
「いい根性してんじゃねぇか!」
◇
鎧は休むことなく包丁を振るう。
ギィィン!!
二撃目。
ヨキは真正面から受けず、力を逃がすように包丁を受け流した。
ギィィン!!
三撃目と続く。
エドはその戦いを食い入るように見つめていた。
(この人……。)
(ちゃんと戦えてる。)
ヨキは決して力で勝負しない。
受ける。
流す。
相手の力を真正面から受けない。
訓練に裏打ちされた戦い方だった。
「逃げてばっかじゃ勝てねぇぞォ!!」
「ええ。」
「承知しています。」
ガァァン!!
包丁を受け止めた瞬間、警棒はとうとう大きくひしゃげた。
もはや警棒としての役割は果たせない。
ヨキは静かに息を吐く。
(……これは、ここまでですね。)
役目を終えた警棒を手放し、再びライフルを構えた。
「げっへっへ!」
「おっさん!」
「とうとう武器が一つ減っちまったなァ!」
◇
ヨキは何も答えない。
ライフルの照準を静かに合わせる。
そして。
パンッ!!
再び銃声が響いた。
弾丸は鎧の兜を正確に撃ち抜く。
カァァン!!
兜が大きく宙を舞った。
「なっ……!」
エドが思わず息を呑む。
そこにあるはずの頭部。
しかし。
鎧の中は空だった。
鎧は腹を抱えて笑い出す。
「げっへっへっへ!」
「驚いたかァ!」
その瞬間だった。
パンッ!!
三発目の銃声。
鎧の包丁が弾き飛ばされる。
「ウェ!?」
思わず鎧の視線が包丁を追った。
その一瞬。
ヨキは迷うことなく踏み込んだ。
ライフルの銃床を鎧の胸部へ叩きつける。
鈍い衝撃音が響く。
鎧の体勢が崩れた。
その隙を逃さず、ヨキは身体ごとぶつかる。
二人の身体が床へ倒れ込んだ。
ヨキはそのまま鎧へ馬乗りになり、両腕を押さえ込む。
「この野郎!」
「放しやがれ!」
ヨキは息を切らしながらも、押さえ込む力を緩めない。
「あなたの敗因は……。」
「怯えるだろうと決めつけていた慢心です……。」
「読めていましたよ、全て……。」
そして振り返ることなく、息を切らしながら叫んだ。
「エドワード君!!」
「分解です!!」
「ああ!!」
エドも既に駆けていた。
錬成の光が、ヨキを包み込んだまま光る――。
次の瞬間。
ガシャァァァン!!
鎧の四肢が一斉に分解された。
両腕。
両脚。
次々と床へ崩れ落ち、金属音が研究所中へ響き渡る。
「ウェェェ!?」
突然四肢を失った鎧が、情けない声を上げた。
「野郎ォ!」
「手足が落っこちちまったじゃねェか!」
ヨキはゆっくりと立ち上がり、乱れた呼吸を整えながら呟く。
「……これだけ分解すれば。」
「もう動けませんね。」
「ああ。」
エドも頷く。
「ヨキさん。」
「大丈夫か?」
「ええ。」
ヨキは肩で息をしながら、小さく笑った。
「少し息が上がりましたが。」
「問題ありません。」
エドは安堵したように息を吐く。
「まったく。」
「無茶しやがって。」
「でも。」
「助かった。」
「いえいえ、こちらこそ。」
ヨキは穏やかに頭を下げた。
そして、床へ転がる鎧を見つめる。
「……一つ、気になることがあります。」
「ん?」
エドが振り返る。
「これは、どういう仕組みで動いているのでしょう。」
「……。」
エドが鎧の内側を調べ始めた。
そして、乾いた赤黒い紋様を確認する。
「……これだ。」
小さく呟く。
「血印。」
「血印?」
ヨキが覗き込む。
「血で錬成陣が描かれてる。」
「これが魂を鎧へ定着させてるんだ。」
「だから肉体が無くても動ける。」
「アルと同じだ。」
「なるほど……。」
ヨキは静かに頷いた。
「いつもの思考実験でも分からなかったのか?」
エドが尋ねる。
「流石に情報が少なすぎます。」
「それに興味本位で聞ける話でもないでしょう。」
「……それはそうか。」
エドは黙る。
ヨキは咳払いをしてから、話題を変える。
「つまり。」
「まだ会話は可能ということですね。」
「ああ。」
「そういうことになる。」
ヨキは少しだけ考え込む。
「でしたら。」
「このまま置いて帰るには惜しいですね。」
エドが首を傾げた。
「惜しい?」
「はい。」
「話ができるのであれば。」
「この方は貴重な情報提供者になり得ます。」
「多くの情報を得られるかもしれません。」
エドは腕を組み、少し考える。
「……確かに。」
「その手があったか。」
ヨキは再び鎧の内側を見る。
「エドワード君。」
「この血印だけを残すことはできますか。」
「できるぜ。」
「でしたら。」
「そこだけ持ち帰りましょう。」
「分かった。」
錬成。
光が走り、血印が刻まれた部分だけが周囲の鎧から切り離される。
「お、おい!」
「何しやがる!」
「返せコノヤロォ!」
鎧が喚き散らす。
ヨキは苦笑しながら、その鎧の一部を持ち上げた。
「申し訳ありません。」
「少しだけ、お借りします。」
「借りるじゃねェ!」
「返せェ!」
◇
そのやり取りが終わった瞬間だった。
研究所の奥で、靴音が一つ響いた。
男の声が静かに響いた。
「……勘のいい鼠は嫌いだよ」
エドとヨキが弾かれたように振り返る。
「誰だ!!」
暗闇の奥。
二人の人影が、ゆっくりと姿を現す。
一人は、黒髪の女。
そして、その隣には。
見覚えのある男が立っていた。
その姿を見た瞬間、エドの瞳が大きく見開かれる。
「……ショウ・タッカー。」
信じられないものを見るような声だけが、静まり返った研究所に響いた。