ヨキですが、静かに生きたいだけなんです。   作:千遇万歩

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第六部
第一章 殉職


 

「昨日。」

 

「ヨキ中尉が。」

 

「殉職しました。」

 

 マリア・ロス少尉の言葉が。

 

 部屋の中へ、静かに落ちた。

 

「……は?」

 

 最初に声を漏らしたのは、エドだった。

 

 聞き間違いだと思った。

 

 そうでなければならないと思った。

 

 昨日まで。

 

 ほんの昨日まで。

 

 ヨキは喫茶店のテラスで、何杯目かも分からない紅茶を飲んでいた。

 

『エンヴィーさんは、男性と女性、どちらなのでしょうね?』

 

 そんな、どうでもよい疑問を。

 

 真剣な顔で考えていた。

 

「……何言ってんだよ。」

 

 エドは、乾いた声で言った。

 

「殉職って。」

 

「誰が?」

 

 ロスは答えない。

 

 答えられないのではない。

 

 もう、答えている。

 

 それでもエドは聞いた。

 

「ヨキさんが、何だって?」

 

「兄さん。」

 

 アルが、小さく名を呼ぶ。

 

 その声で。

 

 エドにも分かってしまった。

 

 冗談ではない。

 

 ロスも。

 

 隣に立つブロッシュも。

 

 二人とも、冗談を言っている顔ではなかった。

 

「……昨夜。」

 

 ロスは、絞り出すように続けた。

 

「中央郊外で、襲撃の跡が発見されました。」

 

 エドは何も言わない。

 

 アルも動かなかった。

 

「現場には。」

 

「切断された、両腕と両脚。」

 

 ロスは一度、目を伏せた。

 

「それから。」

 

「大量の血痕が残されていました。」

 

 部屋の空気が、冷たくなる。

 

「指紋と血液型。」

 

「残されていた身体的特徴も含めて、照合が行われました。」

 

 ロスは顔を上げる。

 

「全て。」

 

「ヨキ中尉のものと一致しています。」

 

「……胴体は。」

 

 エドが聞いた。

 

 低い声だった。

 

「胴体は、どこにある。」

 

「発見されていません。」

 

「だったら!」

 

 エドが、一歩前へ出る。

 

「まだ死んだって決まったわけじゃねぇだろ!」

 

「エドワード君。」

 

「現場に残されていた血液の量は。」

 

 ロスの声は震えていた。

 

 それでも。

 

 言葉は、はっきりしていた。

 

「人間が生存できる範囲を、遥かに超えていたそうです。」

 

「軍医の判断では。」

 

「生存の可能性はありません。」

 

「そんなの。」

 

 エドが呟く。

 

「そんなの、分かんねぇだろ。」

 

 誰も答えなかった。

 

 その沈黙が。

 

 エドには、何より腹立たしかった。

 

「現場はどこだ。」

 

「俺が行く。」

 

「エドワード君。」

 

「何か残ってるかもしれねぇ!」

 

「兄さん!」

 

 アルが、エドの肩を掴んだ。

 

「離せ、アル!」

 

「兄さん。」

 

 静かな声だった。

 

 エドの動きが止まる。

 

「僕だって。」

 

 アルは、俯いた。

 

「信じたくないよ。」

 

 鋼の指が。

 

 エドの肩の上で、僅かに震えていた。

 

「昨日まで。」

 

「普通に話してたんだ。」

 

「また会えるって。」

 

「そう思ってた。」

 

「……。」

 

 エドは何も言えなかった。

 

「襲われたのは。」

 

 アルが尋ねる。

 

「いつですか。」

 

「正確な時刻は分かっていません。」

 

 ロスが答える。

 

「ですが。」

 

「昨日の夕方から、夜にかけてだと。」

 

 昨日。

 

 あの喫茶店を出た後。

 

 自分達と別れた後。

 

 ヨキは、一人で歩いていた。

 

 その時に。

 

 誰かに襲われた。

 

「相手は。」

 

 エドが聞いた。

 

「誰だ。」

 

「分かっていません。」

 

 エドは、壁へ拳を叩きつけた。

 

 鈍い音が響く。

 

「……あの馬鹿。」

 

 エドが呟いた。

 

 アルは、ゆっくりとエドの肩から手を離した。

 

「ヨキさん。」

 

 小さく。

 

 その名を呼ぶ。

 

 返事はない。

 

「……今度会ったら。」

 

 エドが言った。

 

「説教するって、決めてたんだぞ。」

 

 声が掠れた。

 

「勝手に。」

 

 エドは、唇を噛んだ。

 

「勝手に死んでんじゃねぇよ。」

 

 その声は。

 

 誰にも届かないほど、小さかった。

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