東方司令部。
午後の執務室には、紙をめくる音と、ペン先が走る音が静かに響いていた。
ロイ・マスタング大佐は、軍葬へ参列するため、既に中央へ向かっている。
残された面々には、今日も仕事があった。
誰かが亡くなったからといって。
積み上がった書類が、ひとりでに消えてくれるわけではない。
「……これ。」
ファルマンが、一枚の報告書を手に取った。
「ヨキ中尉が、以前作成された資料ですね。」
その言葉に。
部屋の中の手が、僅かに止まる。
「随分と丁寧だな。」
ブレダが、横から紙面を覗き込む。
「必要な情報が、綺麗にまとめられてる。」
「そこまでやる必要あるのかってくらい、細かいな。」
「それが、ヨキ中尉でしたから。」
ファルマンは、静かに答えた。
「資料を渡す際にも。」
「毎回、仕事を増やして申し訳ないと仰っていました。」
「自分の仕事なのにな。」
ブレダが、少しだけ笑う。
「気を遣いすぎなんだよ、あの人は。」
「でも。」
フュリーが、机から顔を上げる。
「そういうところに、助けられた人も多かったと思います。」
「誰かが忙しそうにしていると。」
「すぐに気づいて、声を掛けてくれましたから。」
「そうですね。」
リザが頷いた。
「人の様子を、よく見ている方でした。」
「自分のことには鈍いのに。」
ブレダの言葉に。
僅かな笑い声が、部屋へ広がった。
大きな笑いではない。
それでも。
先ほどまでの重い沈黙を、少しだけ和らげるには十分だった。
「確かに。」
ハボックも、机へ肘をつきながら笑った。
「こっちの顔色が悪いと、すぐ気づくくせに。」
「自分が疲れてても、全然休もうとしない。」
「よく見ていましたね。」
リザが、ハボックへ視線を向ける。
「まあ。」
ハボックは、照れを隠すように頭を掻いた。
「世話になってましたから。」
そう言って。
胸元から煙草を取り出す。
リザの目が、すぐに細くなった。
「また煙草ですか。」
「勘弁してくださいよ、中尉。」
「まだ何も言っていません。」
「その顔で分かりますって。」
ハボックは椅子から立ち上がる。
「ちょっと行ってきます。」
「戻ってきたら、書類を三つ追加します。」
「余計に煙草が増えますよ。」
「では、五つにしましょうか。」
「三つでお願いします。」
普段と変わらないやり取りに。
ブレダが鼻を鳴らし。
フュリーが小さく笑った。
ハボックは軽く手を上げ、そのまま執務室を出ていった。
扉が閉じる。
足音が遠ざかってから。
部屋の空気が、再び静かになった。
「……ハボック少尉。」
フュリーが、遠慮がちに口を開く。
「かなり、堪えているみたいですね。」
「ああ。」
ブレダが、閉じられた扉を見る。
「ヨキ中尉とは、よく一緒に外回りへ行ってたからな。」
「いつも通りに振る舞っているつもりなのでしょう。」
ファルマンが言う。
「ですが。」
「少し、無理をしているように見えます。」
「今は、一人にしておきましょう。」
リザは、静かに答えた。
それから。
大佐の空いた席へ視線を向ける。
「大佐には。」
「ヨキ中尉を、きちんと追悼してきていただきましょう。」
「そうだな。」
ブレダが頷く。
「戻ってきたら、どんな軍葬だったか聞かせてもらわないとな。」
◇
喫煙室には、誰もいなかった。
ハボックは窓際に立ち。
煙草へ火をつけた。
一度。
深く吸い込む。
吐き出した煙が。
ゆっくりと、白い天井へ昇っていった。
「……。」
静かだった。
執務室では。
皆の前では。
いつも通りに振る舞えた。
少なくとも。
そのつもりだった。
けれど。
一人になると。
どうしても、考えてしまう。
「なんで。」
ハボックは。
誰もいない喫煙室で、静かに呟いた。
「逝っちまったのかな。」