ヨキですが、静かに生きたいだけなんです。   作:千遇万歩

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第三章 煙草の煙

 

 東方司令部。

 

 午後の執務室には、紙をめくる音と、ペン先が走る音が静かに響いていた。

 

 ロイ・マスタング大佐は、軍葬へ参列するため、既に中央へ向かっている。

 

 残された面々には、今日も仕事があった。

 

 誰かが亡くなったからといって。

 

 積み上がった書類が、ひとりでに消えてくれるわけではない。

 

「……これ。」

 

 ファルマンが、一枚の報告書を手に取った。

 

「ヨキ中尉が、以前作成された資料ですね。」

 

 その言葉に。

 

 部屋の中の手が、僅かに止まる。

 

「随分と丁寧だな。」

 

 ブレダが、横から紙面を覗き込む。

 

「必要な情報が、綺麗にまとめられてる。」

 

「そこまでやる必要あるのかってくらい、細かいな。」

 

「それが、ヨキ中尉でしたから。」

 

 ファルマンは、静かに答えた。

 

「資料を渡す際にも。」

 

「毎回、仕事を増やして申し訳ないと仰っていました。」

 

「自分の仕事なのにな。」

 

 ブレダが、少しだけ笑う。

 

「気を遣いすぎなんだよ、あの人は。」

 

「でも。」

 

 フュリーが、机から顔を上げる。

 

「そういうところに、助けられた人も多かったと思います。」

 

「誰かが忙しそうにしていると。」

 

「すぐに気づいて、声を掛けてくれましたから。」

 

「そうですね。」

 

 リザが頷いた。

 

「人の様子を、よく見ている方でした。」

 

「自分のことには鈍いのに。」

 

 ブレダの言葉に。

 

 僅かな笑い声が、部屋へ広がった。

 

 大きな笑いではない。

 

 それでも。

 

 先ほどまでの重い沈黙を、少しだけ和らげるには十分だった。

 

「確かに。」

 

 ハボックも、机へ肘をつきながら笑った。

 

「こっちの顔色が悪いと、すぐ気づくくせに。」

 

「自分が疲れてても、全然休もうとしない。」

 

「よく見ていましたね。」

 

 リザが、ハボックへ視線を向ける。

 

「まあ。」

 

 ハボックは、照れを隠すように頭を掻いた。

 

「世話になってましたから。」

 

 そう言って。

 

 胸元から煙草を取り出す。

 

 リザの目が、すぐに細くなった。

 

「また煙草ですか。」

 

「勘弁してくださいよ、中尉。」

 

「まだ何も言っていません。」

 

「その顔で分かりますって。」

 

 ハボックは椅子から立ち上がる。

 

「ちょっと行ってきます。」

 

「戻ってきたら、書類を三つ追加します。」

 

「余計に煙草が増えますよ。」

 

「では、五つにしましょうか。」

 

「三つでお願いします。」

 

 普段と変わらないやり取りに。

 

 ブレダが鼻を鳴らし。

 

 フュリーが小さく笑った。

 

 ハボックは軽く手を上げ、そのまま執務室を出ていった。

 

 扉が閉じる。

 

 足音が遠ざかってから。

 

 部屋の空気が、再び静かになった。

 

「……ハボック少尉。」

 

 フュリーが、遠慮がちに口を開く。

 

「かなり、堪えているみたいですね。」

 

「ああ。」

 

 ブレダが、閉じられた扉を見る。

 

「ヨキ中尉とは、よく一緒に外回りへ行ってたからな。」

 

「いつも通りに振る舞っているつもりなのでしょう。」

 

 ファルマンが言う。

 

「ですが。」

 

「少し、無理をしているように見えます。」

 

「今は、一人にしておきましょう。」 

 

 リザは、静かに答えた。

 

 それから。

 

 大佐の空いた席へ視線を向ける。

 

「大佐には。」

 

「ヨキ中尉を、きちんと追悼してきていただきましょう。」

 

「そうだな。」

 

 ブレダが頷く。

 

「戻ってきたら、どんな軍葬だったか聞かせてもらわないとな。」

 

◇

 

 喫煙室には、誰もいなかった。

 

 ハボックは窓際に立ち。

 

 煙草へ火をつけた。

 

 一度。

 

 深く吸い込む。

 

 吐き出した煙が。

 

 ゆっくりと、白い天井へ昇っていった。

 

「……。」

 

 静かだった。

 

 執務室では。

 

 皆の前では。

 

 いつも通りに振る舞えた。

 

 少なくとも。

 

 そのつもりだった。

 

 けれど。

 

 一人になると。

 

 どうしても、考えてしまう。

 

「なんで。」

 

 ハボックは。

 

 誰もいない喫煙室で、静かに呟いた。

 

「逝っちまったのかな。」

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