中央司令部。
夜も深まり。
多くの人間が帰った後の執務室に、書類をめくる音が響いていた。
机に向かっているのは、マース・ヒューズ中佐ただ一人。
その手には。
一枚の報告書があった。
◇
ヨキ中尉。
殉職。
中央郊外で襲撃を受け。
現場からは、両腕と両脚。
そして、大量の血液が発見された。
指紋と血液型。
身体的特徴。
その全てが、本人のものと一致。
胴体は発見されていない。
しかし。
残された血液の量から、生存は不可能と判断された。
驚かなかったわけではない。
だが。
報告を受けた時。
声を荒らげることも。
取り乱すこともなかった。
ただ。
何度も書類へ目を通した。
見落としがないか。
確認して。
確認して。
それでも。
書かれている内容は変わらなかった。
ヨキ中尉は、死んだ。
中尉のことは、ロイから聞いていた。
最初に聞いた時は。
正直なところ。
頼りなさそうに見える男だと聞いていた。
だが。
話が進むにつれ。
ロイの言葉は、少しずつ変わっていった。
人をよく見ている。
妙に勘が鋭い。
自分にできることを探して、いつも厄介事へ首を突っ込む。
そして。
誰かを見捨てるという選択を、なかなかできない。
実際に中央で会った中尉は。
聞いていた通りの男だった。
腰が低く。
どこか申し訳なさそうに話し。
こちらが気を遣うほど、丁寧に頭を下げる。
けれど。
目だけは、よく周囲を見ていた。
何気ない会話をしながら。
誰が何を考えているのか。
どこまで話してよいのか。
慎重に見極めている。
少なくとも。
何も考えていない男ではなかった。
そして。
一番驚かされたのは。
娘の誕生日だった。
突然の訪問だったが。
中尉は。
慣れない様子で祝いの言葉を述べ。
娘へ贈り物を渡した。
それから。
帰り際に。
一つの箱を差し出した。
中に入っていたのは。
上等な葉巻だった。
『賄賂のようなものですよ。』
中尉は。
少し困ったように笑っていた。
俺は煙草を吸わない。
そのことを。
中尉が知らないはずはなかった。
だから。
その時点で。
ただの贈り物ではないと分かった。
そして。
続いた言葉で。
意図は確信へ変わった。
『お一人で、お楽しみください。』
人前で開けるな。
誰にも見られず。
一人で、中身を確認しろ。
そういう意味だ。
誕生日を終え。
娘が眠り。
妻も寝室へ向かった後。
俺は一人。
書斎の扉を閉めた。
鍵を掛け。
窓を確認し。
そこで初めて、箱を開けた。
並べられた葉巻。
その下に。
手紙が隠されていた。
中尉からの手紙だった。
内容は。
簡単に言えば。
軍が危険だというものだった。
そして。
決して。
安易に上へ報告してはならないこと。
一人で目立った行動を取ってはならないこと。
調べていると悟られてはならないこと。
中尉は。
そこまで書いた上で。
何故、この手紙を俺へ託したのかも記していた。
いずれ。
俺ならば、自力で真実へ辿り着く。
だが。
辿り着いたと知られれば。
消される可能性がある。
あの時。
中尉の言葉を。
冗談とも。
妄想とも思わなかった。
ここまで回りくどい手段を使い。
家族の祝いの場まで利用して。
根拠のない話を伝える男ではない。
だから。
手紙の内容は。
一度読んだだけで、頭に叩き込んだ。
そして。
手紙を処分すること。
その最後の指示にも従った。
跡が残らないように。
確実に。
手紙は、もうない。
火をつけ。
灰になるまで見届けた。
その灰も。
誰にも見つからないように処分した。
それから。
通常業務の範囲を超えないように。
不自然に見えないように。
少しずつ。
資料を眺め。
記録を確認し。
断片を集めていた。
幾つかの違和感は。
既に見つかっている。
中尉の言葉が。
ただの予想ではないことも。
薄々、分かっていった。
だが。
本当に。
申し訳ないんだが。
中尉が死んだことで。
その警告は。
さらに現実味を増してしまった。
軍の内側に潜む何かを警告した男が。
身元を確認できる四肢と大量の血だけを残し。
胴体ごと消えた。
偶然だと。
そう切り捨てるには。
出来すぎている。
人一人の死を。
推理の材料にしている。
そう思うと。
胸の奥に、苦いものが残った。
それでも。
目を背けるわけにはいかない。
中尉は。
こうなる可能性まで考えていた。
自分が消された後も。
情報が途切れないように。
俺へ託した。
ならば。
自分も。
ここで止めてはならない。
繋げなきゃならない。
信頼できる相手へ。
直接。
記録を残さず。
慎重に。
事実を繋ぐ。
明日。
中尉の軍葬が執り行われる。
そして。
東方司令部から。
ロイが中央へ来る。
中尉を見送るために。
まったく。
とんでもねぇ土産を渡すことになりそうだ。