ヨキですが、静かに生きたいだけなんです。   作:千遇万歩

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第四章 繋ぐ

 

 中央司令部。

 

 夜も深まり。

 

 多くの人間が帰った後の執務室に、書類をめくる音が響いていた。

 

 机に向かっているのは、マース・ヒューズ中佐ただ一人。

 

 その手には。

 

 一枚の報告書があった。

 

◇

 

 ヨキ中尉。

 

 殉職。

 

 中央郊外で襲撃を受け。

 

 現場からは、両腕と両脚。

 

 そして、大量の血液が発見された。

 

 指紋と血液型。

 

 身体的特徴。

 

 その全てが、本人のものと一致。

 

 胴体は発見されていない。

 

 しかし。

 

 残された血液の量から、生存は不可能と判断された。

 

 驚かなかったわけではない。

 

 だが。

 

 報告を受けた時。

 

 声を荒らげることも。

 

 取り乱すこともなかった。

 

 ただ。

 

 何度も書類へ目を通した。

 

 見落としがないか。

 

 確認して。

 

 確認して。

 

 それでも。

 

 書かれている内容は変わらなかった。

 

 ヨキ中尉は、死んだ。

 

 中尉のことは、ロイから聞いていた。

 

 最初に聞いた時は。

 

 正直なところ。

 

 頼りなさそうに見える男だと聞いていた。

 

 だが。

 

 話が進むにつれ。

 

 ロイの言葉は、少しずつ変わっていった。

 

 人をよく見ている。

 

 妙に勘が鋭い。

 

 自分にできることを探して、いつも厄介事へ首を突っ込む。

 

 そして。

 

 誰かを見捨てるという選択を、なかなかできない。

 

 実際に中央で会った中尉は。

 

 聞いていた通りの男だった。

 

 腰が低く。

 

 どこか申し訳なさそうに話し。

 

 こちらが気を遣うほど、丁寧に頭を下げる。

 

 けれど。

 

 目だけは、よく周囲を見ていた。

 

 何気ない会話をしながら。

 

 誰が何を考えているのか。

 

 どこまで話してよいのか。

 

 慎重に見極めている。

 

 少なくとも。

 

 何も考えていない男ではなかった。

 

 そして。

 

 一番驚かされたのは。

 

 娘の誕生日だった。

 

 突然の訪問だったが。

 

 中尉は。

 

 慣れない様子で祝いの言葉を述べ。

 

 娘へ贈り物を渡した。

 

 それから。

 

 帰り際に。

 

 一つの箱を差し出した。

 

 中に入っていたのは。

 

 上等な葉巻だった。

 

『賄賂のようなものですよ。』

 

 中尉は。

 

 少し困ったように笑っていた。

 

 俺は煙草を吸わない。

 

 そのことを。

 

 中尉が知らないはずはなかった。

 

 だから。

 

 その時点で。

 

 ただの贈り物ではないと分かった。

 

 そして。

 

 続いた言葉で。

 

 意図は確信へ変わった。

 

『お一人で、お楽しみください。』

 

 人前で開けるな。

 

 誰にも見られず。

 

 一人で、中身を確認しろ。

 

 そういう意味だ。

 

 誕生日を終え。

 

 娘が眠り。

 

 妻も寝室へ向かった後。

 

 俺は一人。

 

 書斎の扉を閉めた。

 

 鍵を掛け。

 

 窓を確認し。

 

 そこで初めて、箱を開けた。

 

 並べられた葉巻。

 

 その下に。

 

 手紙が隠されていた。

 

 中尉からの手紙だった。

 

 内容は。

 

 簡単に言えば。

 

 軍が危険だというものだった。

 

 そして。

 

 決して。

 

 安易に上へ報告してはならないこと。

 

 一人で目立った行動を取ってはならないこと。

 

 調べていると悟られてはならないこと。

 

 中尉は。

 

 そこまで書いた上で。

 

 何故、この手紙を俺へ託したのかも記していた。

 

 いずれ。

 

 俺ならば、自力で真実へ辿り着く。

 

 だが。

 

 辿り着いたと知られれば。

 

 消される可能性がある。

 

 あの時。

 

 中尉の言葉を。

 

 冗談とも。

 

 妄想とも思わなかった。

 

 ここまで回りくどい手段を使い。

 

 家族の祝いの場まで利用して。

 

 根拠のない話を伝える男ではない。

 

 だから。

 

 手紙の内容は。

 

 一度読んだだけで、頭に叩き込んだ。

 

 そして。

 

 手紙を処分すること。

 

 その最後の指示にも従った。

 

 跡が残らないように。

 

 確実に。

 

 手紙は、もうない。

 

 火をつけ。

 

 灰になるまで見届けた。

 

 その灰も。

 

 誰にも見つからないように処分した。

 

 それから。

 

 通常業務の範囲を超えないように。

 

 不自然に見えないように。

 

 少しずつ。

 

 資料を眺め。

 

 記録を確認し。

 

 断片を集めていた。

 

 幾つかの違和感は。

 

 既に見つかっている。

 

 中尉の言葉が。

 

 ただの予想ではないことも。

 

 薄々、分かっていった。

 

 だが。

 

 本当に。

 

 申し訳ないんだが。

 

 中尉が死んだことで。

 

 その警告は。

 

 さらに現実味を増してしまった。

 

 軍の内側に潜む何かを警告した男が。

 

 身元を確認できる四肢と大量の血だけを残し。

 

 胴体ごと消えた。

 

 偶然だと。

 

 そう切り捨てるには。

 

 出来すぎている。

 

 人一人の死を。

 

 推理の材料にしている。

 

 そう思うと。

 

 胸の奥に、苦いものが残った。

 

 それでも。

 

 目を背けるわけにはいかない。

 

 中尉は。

 

 こうなる可能性まで考えていた。

 

 自分が消された後も。

 

 情報が途切れないように。

 

 俺へ託した。

 

 ならば。

 

 自分も。

 

 ここで止めてはならない。

 

 繋げなきゃならない。

 

 信頼できる相手へ。

 

 直接。

 

 記録を残さず。

 

 慎重に。

 

 事実を繋ぐ。

 

 明日。

 

 中尉の軍葬が執り行われる。

 

 そして。

 

 東方司令部から。

 

 ロイが中央へ来る。

 

 中尉を見送るために。

 

 まったく。

 

 とんでもねぇ土産を渡すことになりそうだ。

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