ヨキですが、静かに生きたいだけなんです。   作:千遇万歩

32 / 32
第二章 父

 

 ……冷たい。

 

 最初に感じたのは。

 

 石の冷たさだった。

 

 ゆっくりと瞼を開く。

 

 視界は霞み。

 

 焦点が定まるまで、少し時間がかかった。

 

 高い天井。

 

 見覚えのない巨大な地下空間。

 

 石造りの柱。

 

 床一面へ描かれた巨大な錬成陣。

 

 鼻をつく薬品の臭いと。

 

 鉄錆にも似た、生臭さ。

 

「……。」

 

 ヨキは。

 

 身体を起こそうとして。

 

 動きを止めた。

 

 違う。

 

 起き上がれないのではない。

 

 起き上がるためのものが。

 

 そこになかった。

 

 肩から先。

 

 腰から下。

 

 視線を落とせば。

 

 白い布に包まれた身体だけが残っていた。

 

「そうでしたか。」

 

 静かな声だった。

 

「全部、持っていかれましたか。」

 

 驚きは。

 

 なかった。

 

 夕暮れ。

 

 ブラッドレイ。

 

 四度閃いた白刃。

 

 そして。

 

 最後の言葉。

 

「君には。」

 

「まだ、役目がある。」

 

 その続きを。

 

 今、自分は見ている。

 

 視線を巡らせる。

 

 巨大な培養槽。

 

 脈打つ赤い結晶。

 

 人だったもの。

 

 そうとしか思えない残骸。

 

「これはまた……。」

 

 小さく息を吐く。

 

「随分と趣味の悪い研究室ですね。」

 

 返事はない。

 

 だが。

 

 気配だけはあった。

 

 柱の陰。

 

 壁際。

 

 少し高い足場。

 

 いくつもの視線。

 

 そのどれもが。

 

 自分を見ている。

 

 敵意ではない。

 

 殺気でもない。

 

 ただ。

 

 見ていた。

 

 誰一人。

 

 口を開こうとはしない。

 

 ヨキもまた。

 

 何も言わなかった。

 

 視線だけを巡らせる。

 

 その時だった。

 

「目覚めたか。」

 

 静かな声が響いた。

 

 地下空間全体へ。

 

 よく通る声だった。

 

 ヨキは。

 

 ゆっくりと顔を上げる。

 

 部屋の奥。

 

 一人の男が立っていた。

 

 金色の長髪。

 

 白い衣。

 

 荘厳な顔付き。

 

 熱のない眼差し。

 

 まるで。

 

 古い学者のような風貌。

 

 だが。

 

 その存在だけが。

 

 この地下空間の空気を支配していた。

 

「……。」

 

 ヨキは。

 

 その姿を見つめる。

 

 知っている。

 

 知りすぎるほどに。

 

 ホムンクルス達が。

 

 "お父様"と呼ぶ存在。

 

「生命活動は維持されている。」

 

「意識も明瞭。」

 

「予測より回復が早い。」

 

 診察結果を確認するような。

 

 抑揚のない声だった。

 

 ヨキは。

 

 苦笑する。

 

「それは。」

 

「安心してよろしいのでしょうか。」

 

「安心?」

 

 男は。

 

 一瞬だけ沈黙した。

 

「その必要はない。」

 

「必要だったから、生かした。」

 

 ヨキは。

 

 その言葉を聞いて。

 

 静かに頷く。

 

「なるほど。」

 

「治療ではなく。」

 

「管理、ですか。」

 

 男は答えない。

 

 肯定も。

 

 否定もしない。

 

 ただ。

 

 ヨキを見ていた。

 

 いや。

 

 見ているのは。

 

 ヨキではない。

 

 その結果。

 

 その現象。

 

 そのものだった。

 

 しばらくの沈黙。

 

 ヨキは。

 

 再び周囲へ視線を向ける。

 

 柱の陰。

 

 壁際。

 

 誰も動かない。

 

 誰も話さない。

 

「彼らが気になるか。」

 

 初めて。

 

 男の方から問い掛けた。

 

 ヨキは。

 

 少し考え。

 

 静かに答える。

 

「ええ。」

 

「皆さん。」

 

「随分と静かなものですから。」

 

「我が子だ。」

 

 男は。

 

 それだけ言った。

 

 ヨキは。

 

 一度だけ。

 

 周囲を見回す。

 

 誰も反応しない。

 

 誰一人。

 

 言葉を返さない。

 

「そうですか。」

 

 小さく頷き。

 

 穏やかな口調のまま。

 

 続ける。

 

「でしたら。」

 

「少々。」

 

「窮屈そうなご家族ですね。」

 

 誰も。

 

 答えなかった。

 

 沈黙だけが。

 

 地下空間を満たしていた。

 

 やがて。

 

 男が静かに口を開く。

 

「窮屈ではない。」

 

「彼らは。」

 

「不要なものから解放されるために在る。」

 

 ヨキは。

 

 静かに耳を傾ける。

 

「怒り。」

 

「嫉妬。」

 

「怠惰。」

 

「強欲。」

 

「暴食。」

 

「色欲。」

 

「傲慢。」

 

「完全な存在には。」

 

「不要なものだ。」

 

「だから。」

 

「切り離した。」

 

 抑揚のない声。

 

 善悪を語る口調ではない。

 

 必要か。

 

 不要か。

 

 それだけだった。

 

 ヨキは。

 

 静かに頷く。

 

「なるほど。」

 

「お考えは分かりました。」

 

「……。」

 

「ですが。」

 

「私には。」

 

「やはり。」

 

「父親というより。」

 

「職人に見えます。」

 

「皆さんを。」

 

「ご自身の完成形へ。」

 

「近付けようとなさっているように。」

 

 沈黙。

 

 地下空間は。

 

 静まり返ったままだった。

 

 男は。

 

 ヨキを見つめる。

 

「興味深い。」

 

 その一言だけが返る。

 

 ヨキは。

 

 僅かに首を傾げた。

 

「私の考え方が、ですか。」

 

「違う。」

 

 即座だった。

 

「貴様のことだ。」

 

「……。」

 

 男はヨキを見ていた。

 

「四肢を失い。」

 

「死を目前にし。」

 

「なお。」

 

「思考が変質しない。」

 

「価値観も。」

 

「精神も。」

 

「揺らがない。」

 

「極めて稀有だ。」

 

「……。」

 

「興味深い。」

 

 ヨキは。

 

 少しだけ目を伏せる。

 

「そうでしょうか。」

 

「私には。」

 

「わかりません。」

 

 男は。

 

 その言葉にも反応を示さない。

 

「通常。」

 

「人柱となる者は。」

 

「優れた錬金術師だ。」

 

「知識。」

 

「技術。」

 

「探究心。」

 

「それらが。」

 

「扉へ至る条件となる。」

 

 男は。

 

 一歩だけ歩く。

 

「だが。」

 

「例外は。」

 

「否定しない。」

 

 ヨキは。

 

 男を見つめる。

 

「技術ではなく。」

 

「知識でもなく。」

 

「精神。」

 

「思考。」

 

「その在り方そのものが。」

 

「扉へ到達する可能性。」

 

「確認する価値がある。」

 

 一瞬だけ。

 

 地下空間が静まり返る。

 

「人柱とは。」

 

「選ばれる名ではない。」

 

「真理へ到達した者へ。」

 

「結果として与えられる呼称だ。」

 

 ヨキは。

 

 静かに息を吐いた。

 

「なるほど。」

 

「私は。」

 

「その実験台という訳ですか。」

 

「そうだ。」

 

 迷いのない返答だった。

 

「確認する。」

 

「貴様が。」

 

「人柱となり得るかを。」

 

 男が。

 

 ゆっくりと手を掲げる。

 

 巨大な錬成陣が。

 

 淡く光を放ち始めた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
点
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

読者層が似ている作品 総合 二次 オリ

日向ヒカゲ忍法帖(作者:鍋川太一)(原作:NARUTO)

 NARUTOの世界に転生した、男の物語。木の葉の名門に生まれた彼の運命やいかに?▼ 作者の独自解釈がてんこ盛りです。主人公はいろんな事に疑問を抱いている。苦手な方は戻って下さいな。▼ NARUTOを読んでいないと分かりづらいと思います▼ 続かないかも知れないし続くかもしれない。


総合評価:2688/評価:7.91/連載:48話/更新日時:2026年09月27日(日) 19:00 小説情報

~転生したら奈良シカマルの双子の兄でした~(作者:ZAZAI)(原作:NARUTO)

奈良シカマルの双子の兄・カゲマルとして転生した主人公。アカデミーで仲間との絆を育みながら、未来を変えるため忍として歩み始める。


総合評価:1711/評価:7.12/連載:32話/更新日時:2026年09月20日(日) 22:51 小説情報

畜生道に堕ちたと思ったら五条悟の飼い猫になった件 (作者:鳳飛鳥)(原作:呪術廻戦)

癌で人生を終えた男が、若い頃の過ちが原因で畜生道へと堕ちる▼しかし生前に積んだ徳のお陰でただの畜生道では無く、特別な畜生道へと至る事となった▼その上、生まれ変わったのは生前好きだった漫画の一つ呪術廻戦の世界だった▼好きな作品ではあったが死亡フラグ満載のヤベー世界で畜生道に堕ちた自分がどうやれば生き抜けるのか?▼そんな感じの物語


総合評価:2186/評価:7.22/連載:53話/更新日時:2026年09月27日(日) 19:51 小説情報

反転術式で行く薬屋世界ハピエン計画(作者:蜂鳥)(原作:薬屋のひとりごと)

気づけば、古代中国・茘国に生まれていたオリ主。▼金なし・親なし・職もなし。▼だけどこの身に呪術あり。▼「決して呪力で何ものも傷つけることができない」▼そんな天与呪縛を与えられた代わりに、▼ありとあらゆるものを癒やしなおす特級の反転術式をその身に宿す。▼羅漢×鳳仙ガチ推し勢のオリ主がいく、鬱展開ぶち転がし物語。▼「とりあえず羅漢と鳳仙の結婚式見るまでは死ねんッ…


総合評価:1725/評価:7.47/連載:9話/更新日時:2026年07月27日(月) 23:56 小説情報

忍の世界とか割と詰みである(作者:こうすけ増田劇場版)(原作:NARUTO)

面白いからを理由に転生させられる極々普通の転生者の話。▼それはそうとこの世界線、アニナルっぽいので割と手厳しいと言うかNARUTOの世界ってチートを貰ってようが普通に厳しくね?な話▼ヒロイン?最終回発情期とかあるし息子世代の話もあるし、まぁ、500話以上あるアニナルを見てどうすんか考えるっぺ。


総合評価:6839/評価:7.02/連載:69話/更新日時:2026年09月27日(日) 15:50 小説情報


小説検索で他の候補を表示>>