ヨキですが、静かに生きたいだけなんです。   作:千遇万歩

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第三章 「 」

 

 白い。

 

 どこまでも。

 

 果てなく。

 

 白い世界だった。

 

 空も。

 

 地も。

 

 境界さえ分からない。

 

 ただ一つ。

 

 黒い扉だけが、そこにあった。

 

 その前に、一人。

 

 全身が白い人影。

 

 顔はない。

 

 その影が、こちらを見た。

 

 そして。

 

 軽く手を挙げる。

 

「よう。」

 

 あまりにも気安い一言だった。

 

 ヨキは思わず小さく笑みを浮かべる。

 

「お会いできて光栄です。」

 

 その言葉に。

 

 白い人影は肩を揺らした。

 

「そんなこと言われたの。」

 

「初めてだ。」

 

「そうなのですか。」

 

「大体。」

 

「泣くか。」

 

「叫ぶか。」

 

「オレ殴ろうとするか。」

 

「その三択だからな。」

 

「それは。」

 

「ご苦労なさっていますね。」

 

「だろ?」

 

 二人の間に、小さな笑いが生まれる。

 

 やがて。

 

 白い人影は腕を組んだ。

 

「ま。」

 

「改めて。」

 

「オレは。」

 

「お前達が"世界"と呼ぶ存在。」

 

「あるいは"宇宙"。」

 

「あるいは"神"。」

 

「あるいは"真理──」

 

「ええ。」

 

 ヨキが静かに頷く。

 

「その辺りの自己紹介は。」

 

「存じております。」

 

 沈黙。

 

 そして。

 

「……おい。」

 

「最後まで言わせろ。」

 

「申し訳ありません。」

 

「いや。」

 

「別にいいけどよ。」

 

 頭を掻きながら。

 

 真理は苦笑した。

 

「やっぱり。」

 

「ご存知だったのですね。」

 

「何が。」

 

「私が。」

 

「この世界の人間ではないことです。」

 

 真理は当然のように頷く。

 

「そりゃな。」

 

「隠せるようなもんじゃねぇ。」

 

 ヨキは少しだけ目を伏せた。

 

「やはり。」

 

「そうでしたか。」

 

「大変だったな。」

 

 その一言だけだった。

 

 慰めでも。

 

 同情でもない。

 

 ただ事実として告げられた言葉。

 

 ヨキはゆっくり息を吐く。

 

「ええ。」

 

「なかなか。」

 

「刺激的な人生でした。」

 

 真理は吹き出した。

 

「刺激的、ねぇ。」

 

「来た奴ぁ何人も見てきたけど。」

 

「そんな感想は初めてだ。」

 

 少し笑ってから。

 

 真理はヨキを見た。

 

「でもさ。」

 

「未来知ってたんだろ。」

 

「だったら。」

 

「逃げりゃ良かったじゃねぇか。」

 

 ヨキは苦笑する。

 

「そのつもりだったのです。」

 

「最初は。」

 

「でも。」

 

「気付いたら。」

 

「こうなっておりました。」

 

 数秒。

 

 静寂。

 

 そして。

 

「ぶっ……!」

 

 真理が腹を抱えて笑い始めた。

 

「ははは!」

 

「だよなぁ!」

 

「知ってた!」

 

「絶対そうなると思った!」

 

 笑いながら。

 

 何度も頷く。

 

 ヨキもつられて笑う。

 

「否定できません。」

 

「お前。」

 

「放っとけねぇもんな。」

 

 その一言に。

 

 ヨキは少し考える。

 

 そして。

 

「……そうなのでしょうね。」

 

 真理は満足そうに頷いた。

 

「で。」

 

「これから。」

 

「どうしたい。」

 

 ヨキの表情が静かに引き締まる。

 

「私が知る未来を。」

 

「変えたい。」

 

 真理は首を横に振った。

 

「そうじゃねぇ。」

 

 ヨキが顔を上げる。

 

 真理は笑う。

 

「お前。」

 

「もう。」

 

「変えてる。」

 

「だから。」

 

「ここにいる。」

 

 ヨキは目を見開いた。

 

「ニーナ。」

 

「ヒューズ。」

 

「その他諸々。」

 

「全部。」

 

「お前が動いた結果だ。」

 

「未来は。」

 

「変えるもんじゃねぇ。」

 

「変わるもんだ。」

 

 少し間を置いて。

 

 真理はヨキを指差す。

 

「だから。」

 

「今さら。」

 

「未来を変えたい。」

 

「なんて言うな。」

 

「もう。」

 

「十分変えてる。」

 

 ヨキは言葉を失った。

 

 自分では。

 

 まだ何も成し遂げていない。

 

 そう思っていた。

 

 けれど。

 

 世界は。

 

 もう違う答えを知っていた。

 

 静かな沈黙が流れる。

 

 やがてヨキは、小さく笑った。

 

「……そうでしたか。」

 

 その笑みを見て。

 

 真理も静かに笑った。

 

「そうだ。」

 

 真理は腕を組み直した。

 

「……さて。」

 

「楽しい雑談も。」

 

「終わりだ。」

 

 ヨキも静かに頷く。

 

「そうですね。」

 

 真理は黒い扉を親指で示した。

 

「通行料。」

 

「払ってもらう。」

 

 ヨキは少し考えた。

 

 そして苦笑する。

 

「申し訳ありません。」

 

「現在。」

 

「四肢がありませんので。」

 

「支払える物が。」

 

「あるでしょうか。」

 

 真理は吹き出した。

 

「知ってる。」

 

「別に。」

 

「腕も脚も要らねぇ。」

 

 ヨキは首を傾げる。

 

「では。」

 

「何を。」

 

 真理はヨキを真っ直ぐ見た。

 

「お前。」

 

「錬金術師じゃねぇ。」

 

「だから。」

 

「錬金術師と同じ通行料じゃねぇ。」

 

 ヨキは少し考え込む。

 

「私の知識。」

 

「でしょうか。」

 

 真理は即座に首を振った。

 

「違う。」

 

「それ。」

 

「お前の世界のもんだ。」

 

「こっちじゃ。」

 

「払えねぇ。」

 

 ヨキは目を丸くする。

 

「つまり。」

 

「持ち帰れる、と。」

 

「そういうこと。」

 

 真理は軽く頷いた。

 

「安心しろ。」

 

「勝手に。」

 

「取り上げたりしねぇ。」

 

 少しだけ間が空く。

 

 真理の声色が変わった。

 

「持ってくのは。」

 

「そっちだ。」

 

 ヨキは自分を見る。

 

「……私ですか。」

 

「違う。」

 

 真理はヨキの胸を指差した。

 

「その身体。」

 

「昔の。」

 

「お前じゃない記憶。」

 

 ヨキは静かに目を閉じる。

 

 炭鉱。

 

 金。

 

 賄賂。

 

 見栄。

 

 強欲。

 

 今では夢のように遠い景色。

 

「そうですか。」

 

 それだけだった。

 

 惜しむ様子も。

 

 驚く様子もない。

 

 真理は少しだけ笑う。

 

「いいのか。」

 

 ヨキは穏やかに頷いた。

 

「ええ。」

 

「あれは。」

 

「私ではありません。」

 

「ですが。」

 

「今の私が。」

 

「ここに至るまでの。」

 

「大切な一部でした。」

 

「感謝して。」

 

「見送ります。」

 

 真理は少しだけ目を細めた。

 

「……。」

 

「そうか。」

 

 白い世界に静かな時間が流れる。

 

 やがて。

 

 ヨキは小さく頭を下げた。

 

「もし。」

 

「最後に。」

 

「一点だけ。」

 

 真理は顔をしかめた。

 

「嫌な予感しかしねぇ。」

 

 ヨキは少し困ったように笑う。

 

「人体錬成では。」

 

「死者は蘇らない。」

 

「この認識で。」

 

「正しいのでしょうか。」

 

「それと。」

 

「アルフォンス君は。」

 

「魂を代価に、エドワード君の腕を戻し。」

 

「エドワード君は。」

 

「扉を代価に、アルフォンス君を取り戻す。」

 

「そして二人は。」

 

「精神が混線しているので。」

 

「アルフォンス君の扉を通じて。」

 

「帰還できる。」

 

「その理解で。」

 

「合っていますか。」

 

 真理は黙って聞いていた。

 

 そして。

 

 深くため息をつく。

 

「……お前。」

 

「ホントに。」

 

「ここが、好きなんだな。」

 

 ヨキは少し照れくさそうに笑う。

 

「ええ。」

 

「大好きです。」

 

 真理は肩をすくめた。

 

「全部。」

 

「当たりだ。」

 

「サービス終了。」

 

 二人は笑う。

 

 その瞬間。

 

 黒い扉がゆっくりと開き始めた。

 

 ヨキの身体が引かれていく。

 

「時間だ。」

 

 ヨキは最後に深く一礼した。

 

「ありがとうございました。」

 

 真理は軽く手を振る。

 

「そうそう。」

 

「錬金術。」

 

「期待すんなよ。」

 

「サービス外だ。」

 

 ヨキは苦笑する。

 

「残念です。」

 

 真理は笑った。

 

「別のもんだ。」

 

 一瞬だけ。

 

 二人の視線が交わる。

 

「良い旅を。」

 

 扉が閉まる。

 

 白い世界に静寂が戻った。

 

 真理は黒い扉を見つめる。

 

 しばらくして。

 

 ふっと笑った。

 

「……珍しい奴だったな。」

 

 誰もいない白い世界に。

 

 その独り言だけが、小さく響いた。

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