白い。
どこまでも。
果てなく。
白い世界だった。
空も。
地も。
境界さえ分からない。
ただ一つ。
黒い扉だけが、そこにあった。
その前に、一人。
全身が白い人影。
顔はない。
その影が、こちらを見た。
そして。
軽く手を挙げる。
「よう。」
あまりにも気安い一言だった。
ヨキは思わず小さく笑みを浮かべる。
「お会いできて光栄です。」
その言葉に。
白い人影は肩を揺らした。
「そんなこと言われたの。」
「初めてだ。」
「そうなのですか。」
「大体。」
「泣くか。」
「叫ぶか。」
「オレ殴ろうとするか。」
「その三択だからな。」
「それは。」
「ご苦労なさっていますね。」
「だろ?」
二人の間に、小さな笑いが生まれる。
やがて。
白い人影は腕を組んだ。
「ま。」
「改めて。」
「オレは。」
「お前達が"世界"と呼ぶ存在。」
「あるいは"宇宙"。」
「あるいは"神"。」
「あるいは"真理──」
「ええ。」
ヨキが静かに頷く。
「その辺りの自己紹介は。」
「存じております。」
沈黙。
そして。
「……おい。」
「最後まで言わせろ。」
「申し訳ありません。」
「いや。」
「別にいいけどよ。」
頭を掻きながら。
真理は苦笑した。
「やっぱり。」
「ご存知だったのですね。」
「何が。」
「私が。」
「この世界の人間ではないことです。」
真理は当然のように頷く。
「そりゃな。」
「隠せるようなもんじゃねぇ。」
ヨキは少しだけ目を伏せた。
「やはり。」
「そうでしたか。」
「大変だったな。」
その一言だけだった。
慰めでも。
同情でもない。
ただ事実として告げられた言葉。
ヨキはゆっくり息を吐く。
「ええ。」
「なかなか。」
「刺激的な人生でした。」
真理は吹き出した。
「刺激的、ねぇ。」
「来た奴ぁ何人も見てきたけど。」
「そんな感想は初めてだ。」
少し笑ってから。
真理はヨキを見た。
「でもさ。」
「未来知ってたんだろ。」
「だったら。」
「逃げりゃ良かったじゃねぇか。」
ヨキは苦笑する。
「そのつもりだったのです。」
「最初は。」
「でも。」
「気付いたら。」
「こうなっておりました。」
数秒。
静寂。
そして。
「ぶっ……!」
真理が腹を抱えて笑い始めた。
「ははは!」
「だよなぁ!」
「知ってた!」
「絶対そうなると思った!」
笑いながら。
何度も頷く。
ヨキもつられて笑う。
「否定できません。」
「お前。」
「放っとけねぇもんな。」
その一言に。
ヨキは少し考える。
そして。
「……そうなのでしょうね。」
真理は満足そうに頷いた。
「で。」
「これから。」
「どうしたい。」
ヨキの表情が静かに引き締まる。
「私が知る未来を。」
「変えたい。」
真理は首を横に振った。
「そうじゃねぇ。」
ヨキが顔を上げる。
真理は笑う。
「お前。」
「もう。」
「変えてる。」
「だから。」
「ここにいる。」
ヨキは目を見開いた。
「ニーナ。」
「ヒューズ。」
「その他諸々。」
「全部。」
「お前が動いた結果だ。」
「未来は。」
「変えるもんじゃねぇ。」
「変わるもんだ。」
少し間を置いて。
真理はヨキを指差す。
「だから。」
「今さら。」
「未来を変えたい。」
「なんて言うな。」
「もう。」
「十分変えてる。」
ヨキは言葉を失った。
自分では。
まだ何も成し遂げていない。
そう思っていた。
けれど。
世界は。
もう違う答えを知っていた。
静かな沈黙が流れる。
やがてヨキは、小さく笑った。
「……そうでしたか。」
その笑みを見て。
真理も静かに笑った。
「そうだ。」
真理は腕を組み直した。
「……さて。」
「楽しい雑談も。」
「終わりだ。」
ヨキも静かに頷く。
「そうですね。」
真理は黒い扉を親指で示した。
「通行料。」
「払ってもらう。」
ヨキは少し考えた。
そして苦笑する。
「申し訳ありません。」
「現在。」
「四肢がありませんので。」
「支払える物が。」
「あるでしょうか。」
真理は吹き出した。
「知ってる。」
「別に。」
「腕も脚も要らねぇ。」
ヨキは首を傾げる。
「では。」
「何を。」
真理はヨキを真っ直ぐ見た。
「お前。」
「錬金術師じゃねぇ。」
「だから。」
「錬金術師と同じ通行料じゃねぇ。」
ヨキは少し考え込む。
「私の知識。」
「でしょうか。」
真理は即座に首を振った。
「違う。」
「それ。」
「お前の世界のもんだ。」
「こっちじゃ。」
「払えねぇ。」
ヨキは目を丸くする。
「つまり。」
「持ち帰れる、と。」
「そういうこと。」
真理は軽く頷いた。
「安心しろ。」
「勝手に。」
「取り上げたりしねぇ。」
少しだけ間が空く。
真理の声色が変わった。
「持ってくのは。」
「そっちだ。」
ヨキは自分を見る。
「……私ですか。」
「違う。」
真理はヨキの胸を指差した。
「その身体。」
「昔の。」
「お前じゃない記憶。」
ヨキは静かに目を閉じる。
炭鉱。
金。
賄賂。
見栄。
強欲。
今では夢のように遠い景色。
「そうですか。」
それだけだった。
惜しむ様子も。
驚く様子もない。
真理は少しだけ笑う。
「いいのか。」
ヨキは穏やかに頷いた。
「ええ。」
「あれは。」
「私ではありません。」
「ですが。」
「今の私が。」
「ここに至るまでの。」
「大切な一部でした。」
「感謝して。」
「見送ります。」
真理は少しだけ目を細めた。
「……。」
「そうか。」
白い世界に静かな時間が流れる。
やがて。
ヨキは小さく頭を下げた。
「もし。」
「最後に。」
「一点だけ。」
真理は顔をしかめた。
「嫌な予感しかしねぇ。」
ヨキは少し困ったように笑う。
「人体錬成では。」
「死者は蘇らない。」
「この認識で。」
「正しいのでしょうか。」
「それと。」
「アルフォンス君は。」
「魂を代価に、エドワード君の腕を戻し。」
「エドワード君は。」
「扉を代価に、アルフォンス君を取り戻す。」
「そして二人は。」
「精神が混線しているので。」
「アルフォンス君の扉を通じて。」
「帰還できる。」
「その理解で。」
「合っていますか。」
真理は黙って聞いていた。
そして。
深くため息をつく。
「……お前。」
「ホントに。」
「ここが、好きなんだな。」
ヨキは少し照れくさそうに笑う。
「ええ。」
「大好きです。」
真理は肩をすくめた。
「全部。」
「当たりだ。」
「サービス終了。」
二人は笑う。
その瞬間。
黒い扉がゆっくりと開き始めた。
ヨキの身体が引かれていく。
「時間だ。」
ヨキは最後に深く一礼した。
「ありがとうございました。」
真理は軽く手を振る。
「そうそう。」
「錬金術。」
「期待すんなよ。」
「サービス外だ。」
ヨキは苦笑する。
「残念です。」
真理は笑った。
「別のもんだ。」
一瞬だけ。
二人の視線が交わる。
「良い旅を。」
扉が閉まる。
白い世界に静寂が戻った。
真理は黒い扉を見つめる。
しばらくして。
ふっと笑った。
「……珍しい奴だったな。」
誰もいない白い世界に。
その独り言だけが、小さく響いた。