第一章 目覚めの前に
ベッドで横たわる男の側から。
私は離れることができなかった。
眠っているだけ。
何も話さない。
何も動かない。
それなのに。
気付けば私は。
今日もこの部屋へ来ていた。
名はヨキ。
不思議な人。
人体錬成のあと。
扉を開いて。
彼は帰ってきた。
錬金術師でもないのに。
その日から。
彼は人柱として扱われるようになった。
お父様が望み。
お父様が認めた。
身体は。
錬金術に耐えられるものへと。
作り替えられた。
以前より高くなった背丈。
鍛えられた身体。
白く変わった髪。
少しずつ伸び始めた髭も。
同じように白い。
以前の面影は。
顔を走る傷くらいしかない。
もはや別人のような姿。
お父様は。
彼が帰ってきた日。
満足そうに笑っていた。
きっと。
計画が進むことを。
喜んでいたのだろう。
私は人間を知っている。
正しくは。
知っていると思っていた。
人間は。
弱い。
力の前では。
誰もが頭を垂れる。
命を惜しみ。
恐怖に震え。
従う。
それが人間だった。
私も同じ。
お父様に従う。
それ以外の生き方など。
在りはしない。
そう思っていた。
だけど。
この人は違った。
この人は言った。
『あなた達を、救いたいと思っています。』
その言葉は。
今も覚えている。
そして。
続けた。
『誰かに命じられたものではない。』
『自分で選んだ、自由な生き方ができるようになっている。』
『そうあってほしいと思っています。』
意味が分からなかった。
私達は。
お父様が創った。
ホムンクルス。
命じられた通りに生きる。
それが当然。
自由など。
在りはしない。
それなのに。
あの人は。
私達にも。
未来があるように話していた。
理解できなかった。
どうして。
そこまで言えるのか。
どうして。
そう信じられるのか。
考えても。
答えは見つからない。
それでも。
私は考え続けていた。
今までなら。
理解できないものは。
理解できないままでよかった。
それで困ることなど。
一度もなかった。
だけど。
この人だけは違う。
分からない。
それなのに。
考えることを。
やめられなかった。
知りたいと思ってしまった。
私は静かに立ち上がる。
部屋を出ようとした。
その時だった。
私の手に。
温もりが触れた。
驚いて振り返る。
眠ったままの彼の手が。
私の手に重なっていた。
私は動けなかった。
気付けば。
その手を。
握り返していた。
その瞬間。
彼の指先が。
微かに動く。
息を呑む。
目を覚ました。
そう思った。
けれど。
彼は眠ったままだった。
静かな寝息だけが。
部屋に響いている。
私は。
その場から離れることができなかった。
私には。
私が何をしたいのか。
分からない。