ヨキですが、静かに生きたいだけなんです。   作:千遇万歩

36 / 50
第三章 旅路

 

 研究所を離れて。

 

 数日。

 

 私達は。

 

 人目を避けるように。

 

 小さな町の宿へ身を寄せていた。

 

◇

 

 買い物を終え。

 

 部屋の扉を開く。

 

「……ヨキは?」

 

 部屋には。

 

 兄と弟の鎧だけがいた。

 

「風呂だ。」

 

 兄が短く答える。

 

「先程まで私達と手合せしていた。」

 

「身体慣らしの一環でな。」

 

 私は荷物を机へ置く。

 

「そう。」

 

「仕上がりは?」

 

「全く問題ない。」

 

「信じられぬほど。」

 

「順応が早い。」

 

「旦那は分かるんだよ。」

 

「俺達の動きも。」

 

「自分の身体も。」

 

「全部。」

 

 弟が嬉しそうに喋る。

 

 その時。

 

 浴室の扉が開いた。

 

「おかえりなさい。」

 

 湯気の向こうから。

 

 ヨキが姿を現す。

 

 顔を走る大きな傷跡。

 

 タオルで拭き上げた伸びた白髪。

 

 顎には。

 

 白い髭。

 

 うなじには。

 

 雫がまだ残っている。

 

 見ているだけで。

 

 胸が締め付けられる。

 

 私の視線に気付いたのか。

 

 髪を束ねながら。

 

 ヨキは少し笑う。

 

「変装ですよ。」

 

「この方が。」

 

「別人に見えますから。」

 

(私は。)

 

(こっちの方が……。)

 

(……。)

 

(何を考えているの。)

 

 私は何とか視線を逸らす。

 

 ヨキは。

 

 机の上の荷物を見る。

 

「今日は。」

 

「随分と多いですね。」

 

 私は短く答えた。

 

「……二人分よ。」

 

 弟が吹き出す。

 

「姉さん。」

 

「まだ旦那がどれくらい食うか。」

 

「分かってねぇんだな。」

 

「うるさい。」

 

 ヨキは苦笑した。

 

「余ったら。」

 

「明日に回せますから。」

 

 兄も頷く。

 

「備えあれば。」

 

「憂いなし。」

 

「だな。」

 

◇

 

 机には。

 

 二人分の食事。

 

 私とヨキだけが食事を取る。

 

 ホムンクルスの私には。

 

 不要な行い。

 

 だが。

 

 自然とそうなっていった。

 

 兄と弟の鎧も机を囲っている。

 

 静かな時間が流れる。

 

 不思議と。

 

 悪い気はしなかった。

 

◇

 

 食事を終える。

 

 私は湯呑みを置いた。

 

「これから。」

 

「どうするの。」

 

 ヨキも湯呑みを置く。

 

「少し。」

 

「出掛けます。」

 

「電話です。」

 

「軍の知人へ連絡します。」

 

「生きていることだけは。」

 

「伝えておきたいので。」

 

 私は首を傾げる。

 

「一般回線から軍には繋がらないわ。」

 

「ええ。」

 

「少し細工があります。」

 

「問題ありません。」

 

 弟が笑う。

 

「旦那、相変わらずだなぁ。」

 

 兄も頷く。

 

「然り。」

 

◇

 

 町外れの公衆電話。

 

 ヨキだけが電話ボックスへ入っていく。

 

 電話ボックスから。

 

 アンクル。

 

 シュガー。

 

 オリバー。

 

 ……。

 

 何かの合言葉が微かに聞こえる。

 

 私は。

 

 無意識にその背中を眺めていた。

 

「姉さん。」

 

 弟が笑う。

 

「見すぎですぜ。」

 

「……何を。」

 

 私は振り返る。

 

「旦那のこと。」

 

「気になってるんでしょ。」

 

「やめよ。」

 

「野暮というものだ。」

 

 兄が呆れたように言う。

 

「あんた達。」

 

「切り刻まれたいの。」

 

 二人は声を上げて笑った。

 

(私って。)

 

(そんなに顔に出てる?)

 

 やがて。

 

 電話ボックスの扉が開く。

 

「お待たせしました。」

 

「何か。」

 

「分かったの。」

 

「ええ。」

 

「エドワード君達は。」

 

「ダブリスへ向かっています。」

 

 私は黙って聞く。

 

「そして。」

 

「大総統閣下も。」

 

「向かっているそうです。」

 

 思わず声を上げる。

 

「ブラッドレイが?」

 

「ええ。」

 

「恐らく。」

 

「一悶着あります。」

 

 少し間を置いて。

 

 ヨキは続ける。

 

「あなたの兄弟も。」

 

「そこにいます。」

 

「……。」

 

「グリードのことね。」

 

「どうして。」

 

「そんなこと分かるの。」

 

 ヨキは穏やかに笑う。

 

「分かるからです。」

 

 弟が吹き出した。

 

「旦那。」

 

「またそれだ!」

 

 兄も頷く。

 

「然り。」

 

 私は小さく息を吐く。

 

「……ほんと変な人。」

 

 ヨキは首を傾げた。

 

「よく言われます。」

 

 少しだけ。

 

 笑ってしまった。

 

「行くのね。」

 

「はい。」

 

「あなたの兄弟を。」

 

「失う訳にはいきません。」

 

 私は黙る。

 

 頭に浮かぶのは。

 

 ブラッドレイ。

 

「相手は。」

 

「ブラッドレイよ。」

 

 ヨキは静かに笑った。

 

「心配しないでください。」

 

「胸を借りるだけですよ。」

 

 私は何も言えない。

 

 ヨキは。

 

 私の顔をじっと見る。

 

「そんな顔をすると。」

 

「美人が台無しですよ。」

 

 弟が笑う。

 

「姉さん。」

 

「また顔に出てる!」  

 

「あんた達。」

 

「本当に。」

 

「切り刻むわよ。」

 

 二人は笑う。

 

(私って。)

 

(そんなに。)

 

(顔に出てる?)

 

◇

 

 東方司令部。

 

 マスタングは。

 

 静かに受話器を置いた。

 

「大佐?」

 

 リザが尋ねる。

 

 マスタングは。

 

 小さく笑う。

 

「幽霊から。」

 

「連絡が来た。」

 

「盤面を。」

 

「掻き回すつもりらしい。」

 

 リザは何も言わない。

 

「来いとは。」

 

「一言も言わなかった。」

 

「情報共有の。」

 

「つもりなのだろう。」

 

 少し沈黙が流れる。

 

「だが。」

 

「ヒューズからも。」

 

「連絡があった。」

 

「ブラッドレイ閣下が。」

 

「ダブリスへ向かったらしい。」

 

 帽子を手に取る。

 

「行くぞ。」

 

「確認しない訳にはいかん。」

 

「了解しました。」

 

 二人は。

 

 静かに部屋を後にした。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。