研究所を離れて。
数日。
私達は。
人目を避けるように。
小さな町の宿へ身を寄せていた。
◇
買い物を終え。
部屋の扉を開く。
「……ヨキは?」
部屋には。
兄と弟の鎧だけがいた。
「風呂だ。」
兄が短く答える。
「先程まで私達と手合せしていた。」
「身体慣らしの一環でな。」
私は荷物を机へ置く。
「そう。」
「仕上がりは?」
「全く問題ない。」
「信じられぬほど。」
「順応が早い。」
「旦那は分かるんだよ。」
「俺達の動きも。」
「自分の身体も。」
「全部。」
弟が嬉しそうに喋る。
その時。
浴室の扉が開いた。
「おかえりなさい。」
湯気の向こうから。
ヨキが姿を現す。
顔を走る大きな傷跡。
タオルで拭き上げた伸びた白髪。
顎には。
白い髭。
うなじには。
雫がまだ残っている。
見ているだけで。
胸が締め付けられる。
私の視線に気付いたのか。
髪を束ねながら。
ヨキは少し笑う。
「変装ですよ。」
「この方が。」
「別人に見えますから。」
(私は。)
(こっちの方が……。)
(……。)
(何を考えているの。)
私は何とか視線を逸らす。
ヨキは。
机の上の荷物を見る。
「今日は。」
「随分と多いですね。」
私は短く答えた。
「……二人分よ。」
弟が吹き出す。
「姉さん。」
「まだ旦那がどれくらい食うか。」
「分かってねぇんだな。」
「うるさい。」
ヨキは苦笑した。
「余ったら。」
「明日に回せますから。」
兄も頷く。
「備えあれば。」
「憂いなし。」
「だな。」
◇
机には。
二人分の食事。
私とヨキだけが食事を取る。
ホムンクルスの私には。
不要な行い。
だが。
自然とそうなっていった。
兄と弟の鎧も机を囲っている。
静かな時間が流れる。
不思議と。
悪い気はしなかった。
◇
食事を終える。
私は湯呑みを置いた。
「これから。」
「どうするの。」
ヨキも湯呑みを置く。
「少し。」
「出掛けます。」
「電話です。」
「軍の知人へ連絡します。」
「生きていることだけは。」
「伝えておきたいので。」
私は首を傾げる。
「一般回線から軍には繋がらないわ。」
「ええ。」
「少し細工があります。」
「問題ありません。」
弟が笑う。
「旦那、相変わらずだなぁ。」
兄も頷く。
「然り。」
◇
町外れの公衆電話。
ヨキだけが電話ボックスへ入っていく。
電話ボックスから。
アンクル。
シュガー。
オリバー。
……。
何かの合言葉が微かに聞こえる。
私は。
無意識にその背中を眺めていた。
「姉さん。」
弟が笑う。
「見すぎですぜ。」
「……何を。」
私は振り返る。
「旦那のこと。」
「気になってるんでしょ。」
「やめよ。」
「野暮というものだ。」
兄が呆れたように言う。
「あんた達。」
「切り刻まれたいの。」
二人は声を上げて笑った。
(私って。)
(そんなに顔に出てる?)
やがて。
電話ボックスの扉が開く。
「お待たせしました。」
「何か。」
「分かったの。」
「ええ。」
「エドワード君達は。」
「ダブリスへ向かっています。」
私は黙って聞く。
「そして。」
「大総統閣下も。」
「向かっているそうです。」
思わず声を上げる。
「ブラッドレイが?」
「ええ。」
「恐らく。」
「一悶着あります。」
少し間を置いて。
ヨキは続ける。
「あなたの兄弟も。」
「そこにいます。」
「……。」
「グリードのことね。」
「どうして。」
「そんなこと分かるの。」
ヨキは穏やかに笑う。
「分かるからです。」
弟が吹き出した。
「旦那。」
「またそれだ!」
兄も頷く。
「然り。」
私は小さく息を吐く。
「……ほんと変な人。」
ヨキは首を傾げた。
「よく言われます。」
少しだけ。
笑ってしまった。
「行くのね。」
「はい。」
「あなたの兄弟を。」
「失う訳にはいきません。」
私は黙る。
頭に浮かぶのは。
ブラッドレイ。
「相手は。」
「ブラッドレイよ。」
ヨキは静かに笑った。
「心配しないでください。」
「胸を借りるだけですよ。」
私は何も言えない。
ヨキは。
私の顔をじっと見る。
「そんな顔をすると。」
「美人が台無しですよ。」
弟が笑う。
「姉さん。」
「また顔に出てる!」
「あんた達。」
「本当に。」
「切り刻むわよ。」
二人は笑う。
(私って。)
(そんなに。)
(顔に出てる?)
◇
東方司令部。
マスタングは。
静かに受話器を置いた。
「大佐?」
リザが尋ねる。
マスタングは。
小さく笑う。
「幽霊から。」
「連絡が来た。」
「盤面を。」
「掻き回すつもりらしい。」
リザは何も言わない。
「来いとは。」
「一言も言わなかった。」
「情報共有の。」
「つもりなのだろう。」
少し沈黙が流れる。
「だが。」
「ヒューズからも。」
「連絡があった。」
「ブラッドレイ閣下が。」
「ダブリスへ向かったらしい。」
帽子を手に取る。
「行くぞ。」
「確認しない訳にはいかん。」
「了解しました。」
二人は。
静かに部屋を後にした。