第一章 遭遇
ダブリス。
アメストリス南部。
カウロイ湖を臨む避暑地。
その一角にある酒場、デビルズネスト。
「裏口。」
「突入準備完了。」
「路地封鎖完了。」
「繰り返す。」
「手の甲にウロボロスの入れ墨を持つ者は捕捉。」
「他は?」
「薙ぎ払え。」
「突入。」
◇
デビルズネスト地階。
薄暗い地下水路に。
重い足音だけが響く。
「グリードさん!」
「上が騒がしいことになって来て……。」
「ああ。」
「ちょいと面倒なことになった。」
「逃げる算段しとけ。」
「それは困る。」
「へぇ……。」
「この国で一番エラい方が、こんな所になんの用で?」
「君。」
「年はいくつだね。」
「は?」
「私は今年で60になる。」
「年をとると体が思うように動かなくなるな。」
「こんな仕事さっさと終わらせて帰りたいのだよ。」
「引退しな。」
「おっさん。」
グリードの右腕が。
漆黒へと染まり始める。
最強の盾。
その力が発現する――
よりも早く。
一閃。
宙を舞ったのは。
グリードの右腕だった。
「おっ……。」
「おいおいおい!なんつーおっさんだ!」
間髪入れず。
軍刀が閃く。
四肢を。
胴を。
喉を。
容赦なく切り裂いていく。
「再生も……。」
「硬化も間に合わん……。」
「……の」
「野郎オオオオオオ!!!」
渾身の拳。
だが。
届いたのは眼帯だけだった。
裂けた布が舞う。
その下から現れた片眼が。
グリードを見据える。
次の瞬間。
軍刀が。
喉を貫いた。
「私はね。」
「君のような最強の盾を持っている訳でも。」
「全てを貫く最強の矛を持っている訳でもない。」
「そんな私が。」
「どうやって。」
「弾丸飛び交う戦場を生き抜き。」
「功績を立て。」
「今の地位にいるか……。」
「わかるかね?」
眼帯の下。
その瞳には。
ウロボロスの紋章が静かに浮かんでいた。
「君に最強の盾があるように。」
「私には最強の眼があるのだよ。」
「さてグリード君。」
「君は何回殺せば死ぬのかな?」
喉を貫かれたまま。
グリードは声にならない。
返せるものは。
鋭い眼光だけだった。
ブラッドレイは。
静かに軍刀を引き抜く。
傷口が塞がる。
肉が再生する。
それでも。
グリードは立ち上がれない。
「鋼の錬金術師の師匠……。」
「新たな人柱の人材になりうるかもしれんと。」
「南部に来たが。」
「思わぬ収穫だな。」
「さて。」
「あと何回かね?」
ブラッドレイは。
軍刀を構え直す。
「ん?」
「て……め……。」
その時だった。
――ズズ……。
地下水道の壁に。
一筋の線が走る。
ブラッドレイの片眼が。
僅かに動いた。
次の瞬間。
轟音。
切り抜かれた壁が。
内側へ崩れ落ちる。
土煙が舞う。
ブラッドレイは一歩退く。
軍刀は下ろさない。
視線だけを。
崩れた壁へ向けた。
煙の向こう。
足音が響く。
コツ。
コツ。
コツ。
迷いのない歩幅。
やがて。
一人の女が姿を現した。
黒い髪。
黒いドレス。
冷ややかな眼差し。
ブラッドレイの口元が。
僅かに動く。
「ほう。」
グリードは舌打ちした。
「チッ……。」
「お前もか。」
ラストは何も答えない。
真っ直ぐ。
ブラッドレイだけを見る。
次の瞬間。
指先が伸びた。
最強の矛。
一直線に。
ブラッドレイの喉を貫く。
しかし。
その一撃は空を切る。
ブラッドレイは半歩だけ身体を開き。
紙一重で躱していた。
ラストは追わない。
そのまま。
グリードの前へ立つ。
「何してるの。」
「早く立ちなさい。」
グリードは目を丸くする。
「……は?」
状況が理解できない。
ブラッドレイが静かに口を開く。
「裏切り者が。」
「私の前に立つか。」
ラストは視線を逸らさない。
「勘違いしないで。」
「あなたの相手は私じゃない。」
一瞬。
沈黙が落ちた。
ブラッドレイ。
グリード。
互いに動かない。
その時。
再び。
足音。
カツ。
カツ。
カツ。
崩れた壁の向こうから。
一人の男が姿を現す。
左右の腰には。
背で交差する四本の軍刀。
歩みを止める。
静かに顔を上げた。
後ろで束ねた白髪。
頬を走る一本の古傷。
穏やかな笑みだけが。
この場に似つかわしくなかった。
男は軍刀にはまだ手を掛けない。
静かに。
一礼する。
「お久しぶりです。」
「大総統閣下。」
顔を上げる。
左右の腰へ手を添えた。
四本のうち。
二本だけを。
音もなく抜き放つ。
鍔が鳴る。
鋼が擦れる音だけが。
静かに地下へ響いた。
ブラッドレイの口元が。
僅かに緩む。
「ひとつ。」
「胸を貸していただけませんか。」
軍刀を静かに構える。
ブラッドレイは。
その姿を見据える。
先程までグリードへ向けていた冷たい眼差しとは違う。
武人が。
武人を見る眼だった。
「君か。」
「よかろう。」
「来たまえ。」
二人は。
互いに軍刀を構える。
動かない。
地下水道に流れる水音だけが。
静かに響く。
その場にいた誰もが。
次の一歩を。
見守っていた。