ヨキですが、静かに生きたいだけなんです。   作:千遇万歩

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第九部
第一章 遭遇


 

 ダブリス。

 

 アメストリス南部。

 

 カウロイ湖を臨む避暑地。

 

 その一角にある酒場、デビルズネスト。

 

「裏口。」

 

「突入準備完了。」

 

「路地封鎖完了。」

 

「繰り返す。」

 

「手の甲にウロボロスの入れ墨を持つ者は捕捉。」

 

「他は?」

 

「薙ぎ払え。」

 

「突入。」

 

◇

 

 デビルズネスト地階。

 

 薄暗い地下水路に。

 

 重い足音だけが響く。

 

「グリードさん!」

 

「上が騒がしいことになって来て……。」

 

「ああ。」

 

「ちょいと面倒なことになった。」

 

「逃げる算段しとけ。」

 

「それは困る。」

 

「へぇ……。」

 

「この国で一番エラい方が、こんな所になんの用で?」

 

「君。」

 

「年はいくつだね。」

 

「は?」

 

「私は今年で60になる。」

 

「年をとると体が思うように動かなくなるな。」

 

「こんな仕事さっさと終わらせて帰りたいのだよ。」

 

「引退しな。」

 

「おっさん。」

 

 グリードの右腕が。

 

 漆黒へと染まり始める。

 

 最強の盾。

 

 その力が発現する――

 

 よりも早く。

 

 一閃。

 

 宙を舞ったのは。

 

 グリードの右腕だった。

 

「おっ……。」

 

「おいおいおい!なんつーおっさんだ!」

 

 間髪入れず。

 

 軍刀が閃く。

 

 四肢を。

 

 胴を。

 

 喉を。

 

 容赦なく切り裂いていく。

 

「再生も……。」

 

「硬化も間に合わん……。」

 

「……の」

 

「野郎オオオオオオ!!!」

 

 渾身の拳。

 

 だが。

 

 届いたのは眼帯だけだった。

 

 裂けた布が舞う。

 

 その下から現れた片眼が。

 

 グリードを見据える。

 

 次の瞬間。

 

 軍刀が。

 

 喉を貫いた。

 

「私はね。」

 

「君のような最強の盾を持っている訳でも。」

 

「全てを貫く最強の矛を持っている訳でもない。」

 

「そんな私が。」

 

「どうやって。」

 

「弾丸飛び交う戦場を生き抜き。」

 

「功績を立て。」

 

「今の地位にいるか……。」

 

「わかるかね?」

 

 眼帯の下。

 

 その瞳には。

 

 ウロボロスの紋章が静かに浮かんでいた。

 

「君に最強の盾があるように。」

 

「私には最強の眼があるのだよ。」

 

「さてグリード君。」

 

「君は何回殺せば死ぬのかな?」

 

 喉を貫かれたまま。

 

 グリードは声にならない。

 

 返せるものは。

 

 鋭い眼光だけだった。

 

 ブラッドレイは。

 

 静かに軍刀を引き抜く。

 

 傷口が塞がる。

 

 肉が再生する。

 

 それでも。

 

 グリードは立ち上がれない。

 

「鋼の錬金術師の師匠……。」

 

「新たな人柱の人材になりうるかもしれんと。」

 

「南部に来たが。」

 

「思わぬ収穫だな。」

 

「さて。」

 

「あと何回かね?」

 

 ブラッドレイは。

 

 軍刀を構え直す。

 

「ん?」

 

「て……め……。」

 

 その時だった。

 

 ――ズズ……。

 

 地下水道の壁に。

 

 一筋の線が走る。

 

 ブラッドレイの片眼が。

 

 僅かに動いた。

 

 次の瞬間。

 

 轟音。

 

 切り抜かれた壁が。

 

 内側へ崩れ落ちる。

 

 土煙が舞う。

 

 ブラッドレイは一歩退く。

 

 軍刀は下ろさない。

 

 視線だけを。

 

 崩れた壁へ向けた。

 

 煙の向こう。

 

 足音が響く。

 

 コツ。

 

 コツ。

 

 コツ。

 

 迷いのない歩幅。

 

 やがて。

 

 一人の女が姿を現した。

 

 黒い髪。

 

 黒いドレス。

 

 冷ややかな眼差し。

 

 ブラッドレイの口元が。

 

 僅かに動く。

 

「ほう。」

 

 グリードは舌打ちした。

 

「チッ……。」

 

「お前もか。」

 

 ラストは何も答えない。

 

 真っ直ぐ。

 

 ブラッドレイだけを見る。

 

 次の瞬間。

 

 指先が伸びた。

 

 最強の矛。

 

 一直線に。

 

 ブラッドレイの喉を貫く。

 

 しかし。

 

 その一撃は空を切る。

 

 ブラッドレイは半歩だけ身体を開き。

 

 紙一重で躱していた。

 

 ラストは追わない。

 

 そのまま。

 

 グリードの前へ立つ。

 

「何してるの。」

 

「早く立ちなさい。」

 

 グリードは目を丸くする。

 

「……は?」

 

 状況が理解できない。

 

 ブラッドレイが静かに口を開く。

 

「裏切り者が。」

 

「私の前に立つか。」

 

 ラストは視線を逸らさない。

 

「勘違いしないで。」

 

「あなたの相手は私じゃない。」

 

 一瞬。

 

 沈黙が落ちた。

 

 ブラッドレイ。

 

 グリード。

 

 互いに動かない。

 

 その時。

 

 再び。

 

 足音。

 

 カツ。

 

 カツ。

 

 カツ。

 

 崩れた壁の向こうから。

 

 一人の男が姿を現す。

 

 左右の腰には。

 

 背で交差する四本の軍刀。

 

 歩みを止める。

 

 静かに顔を上げた。

 

 後ろで束ねた白髪。

 

 頬を走る一本の古傷。

 

 穏やかな笑みだけが。

 

 この場に似つかわしくなかった。

 

 男は軍刀にはまだ手を掛けない。

 

 静かに。

 

 一礼する。

 

「お久しぶりです。」

 

「大総統閣下。」

 

 顔を上げる。

 

 左右の腰へ手を添えた。

 

 四本のうち。

 

 二本だけを。

 

 音もなく抜き放つ。

 

 鍔が鳴る。

 

 鋼が擦れる音だけが。

 

 静かに地下へ響いた。

 

 ブラッドレイの口元が。

 

 僅かに緩む。

 

「ひとつ。」

 

「胸を貸していただけませんか。」

 

 軍刀を静かに構える。

 

 ブラッドレイは。

 

 その姿を見据える。

 

 先程までグリードへ向けていた冷たい眼差しとは違う。

 

 武人が。

 

 武人を見る眼だった。

 

「君か。」

 

「よかろう。」

 

「来たまえ。」

 

 二人は。

 

 互いに軍刀を構える。

 

 動かない。

 

 地下水道に流れる水音だけが。

 

 静かに響く。

 

 その場にいた誰もが。

 

 次の一歩を。

 

 見守っていた。

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