ヨキですが、静かに生きたいだけなんです。   作:千遇万歩

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第二部
第四章 宗教都市リオール


 

 馬車はゆっくりと石畳の道を進んでいた。

 

 窓の外には、大きな尖塔が見える。

 

 その先には、多くの人々が祈りを捧げる広場。

 

 黒い法衣をまとった信徒たち。

 

 笑顔で行き交う人々。

 

「……ここが、リオールか。」

 

 ユースウェルとは正反対の町だった。

 

 あちらには憎しみがあった。

 

 こちらには信仰がある。

 

 少なくとも表面上は、皆が幸せそうに見えた。

 

「ヨキ中尉。」

 

 馬車の向かいに座る副官が口を開く。

 

「本日より、この地区の軍担当として勤務していただきます。」

 

「ああ。」

 

 短く返事をする。

 

 窓の外を見つめながら、小さくため息をついた。

 

(今回は……。)

 

(何もしない。)

 

 心の中で、何度も言い聞かせる。

 

 ユースウェルでは仕方なかった。

 

 あのままでは自分の人生が終わると思ったからだ。

 

 だから町を変えた。

 

 結果として左遷された。

 

(今回は違う。)

 

(俺が何かしなくても、この町は回っている。)

 

(静かに勤務して。)

 

(静かに人生を終える。)

 

 それでいい。

 

 それだけでいい。

 

 

 軍の詰所へ到着すると、数名の部下が整列して出迎えた。

 

「ヨキ中尉、お待ちしておりました!」

 

 一斉に敬礼する。

 

「……よろしく。」

 

 まだ少し慣れない。

 

 自分へ敬礼されることにも。

 

 ヨキという立場にも。

 

 執務室へ案内され、簡単な引き継ぎを受ける。

 

 治安状況。

 

 巡回区域。

 

 軍と町との関係。

 

 その中で、一つだけ耳に残る名前があった。

 

「レト教です。」

 

「この町では非常に大きな影響力を持っています。」

 

「教主コーネロ様は住民から絶大な支持を集めております。」

 

 ヨキの手が止まった。

 

(来た。)

 

 知っている。

 

 全部知っている。

 

 この街の平和は欺瞞の上に成り立っている。

 

 その中心にいるのが、その男だ。

 

「……そうか。」

 

 それ以上は聞かなかった。

 

 

 翌日。

 

 執務室へ一通の手紙が届いた。

 

「レト教よりです。」

 

「教主コーネロ様が、着任のご挨拶をしたいとのことです。」

 

「……断れない?」

 

 副官は困ったように笑う。

 

「断ることもできます。」

 

「ですが、この町では教団の影響力が非常に強く……。」

 

「表向きだけでも、ご挨拶された方が無難かと。」

 

 ヨキは机へ突っ伏した。

 

「嫌だなぁ……。」

 

 思わず本音が漏れる。

 

「中尉?」

 

「あ、いや。」

 

 誤魔化すように咳払いをした。

 

(行きたくない。)

 

(絶対ろくなことにならない。)

 

(知ってる。)

 

(全部知ってる。)

 

 だからこそ、会いたくなかった。

 

 知っている以上、見てしまう。

 

 見てしまえば、考えてしまう。

 

(考えれば、きっと……。)

 

(駄目だ。)

 

(今回は本当に何もしない。)

 

 ヨキは静かに顔を上げた。

 

「分かった。」

 

「礼儀として、一度だけ伺おう。」

 

「ただし、それだけだ。」

 

「余計なことはしない。」

 

 誰に言い聞かせるでもなく、自分自身へ言い聞かせるように呟いた。

 

 

 翌日。

 

 教会へ向かう馬車の中。

 

 ヨキは窓の外を眺めていた。

 

 祈る人々。

 

 笑顔。

 

 市場の賑わい。

 

 子どもたちの笑い声。

 

「平和ですね。」

 

 同行する副官が言う。

 

「……そうだね。」

 

 ヨキは小さく頷いた。

 

 その平和が欺瞞の上に成り立っていることを、自分だけが知っている。

 

 胸の奥が少しだけ苦しくなった。

 

(駄目だ。)

 

(今日は挨拶だけ。)

 

(何もしない。)

 

(帰る。)

 

 何度も心の中で繰り返す。

 

 その決意とは裏腹に、馬車はゆっくりと教会の前で止まった。

 

「中尉、到着しました。」

 

 副官が扉を開ける。

 

 ヨキは一度だけ深呼吸をした。

 

「よし。」

 

「今日は、本当に何もしない。」

 

 そう自分へ言い聞かせながら、ゆっくりと馬車を降りた。

 

 この時のヨキは、まだ知らない。

 

 この教会で出会う一人の少女が、その決意をいとも簡単に打ち砕くことになるとは――。

 

 

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