静かな地下水路。
響いていた剣戟は。
もう聞こえない。
ブラッドレイはヨキを見つめた。
「よき剣戟であった。」
ヨキは静かに頭を下げる。
「お褒めに預かり、光栄です。」
ブラッドレイは軍刀を納める。
鍔が鞘へ収まる音だけが。
静かに響いた。
「君は実に面白い。」
そう言い残し。
ブラッドレイは背を向ける。
「褒美をやろう。」
「私はここを離れる。」
「その間に。」
「策を練りたまえ。」
ヨキは顔を上げた。
「……よろしいのですか。」
「構わん。」
ブラッドレイが歩き始める。
「蟻が。」
「王の首を取ろうとするのを。」
「気にする王はいない。」
地下水路の奥へ。
ゆっくりと歩いていく。
その背中は。
少しも揺るがない。
「私を飽きさせるな。」
足音だけが。
少しずつ遠ざかる。
「君には期待している。」
ヨキは。
深く一礼した。
「かしこまりました。」
「大総統閣下には。」
「偉大な闘争を差し上げましょう。」
ブラッドレイは振り返らない。
左手だけを。
ひらりと上げる。
そのまま。
暗い地下水路の奥へ。
姿を消した。
ヨキは。
その先を見つめていた。
肩で息をし。
額には。
大粒の汗。
それでも。
傷はない。
生きている。
私の胸が。
ざわつく。
「……おい。」
「おい。」
「おい!」
私は振り返った。
グリードだった。
「さっきから呼んでんのに。」
「何、惚気てんだ。」
「惚気てなんかない!」
「む。」
聞き慣れた声だった。
「終わったようだったな。」
切り抜かれた壁の奥から兄弟が現れる。
「皆、無事か。」
ヨキが振り返る。
「ええ。」
「何とか。」
「どうだった。」
「奴は。」
ヨキは少しだけ笑う。
「強いです。」
「とても。」
「分かっていても。」
「器が大きすぎますね。」
「それほどまでか。」
汗を拭いながらヨキが応える。
「そちらの状況はどうですか。」
「少佐も来ていたようですが。」
「ああ。」
「屈強な男だった。」
「だが。」
「知性もある。」
「立ち会いの最中。」
「予定通り。」
「ヨキ殿の名を出せば。」
「すぐ察してくれた。」
「程よく戦ってくれてな。」
「お陰で。」
「時間を稼ぐことができた。」
「負傷者も少ない。」
「それは。」
「よかった。」
「少佐は、聡明な方ですから。」
ヨキから。
自然と笑みが零れた。
私は尋ねる。
「これから。」
「どうするの。」
「大総統閣下から。」
「時間をいただけました。」
「エドワード君達の所へ行きましょう。」
「おいおい。」
「俺には挨拶なしか。」
グリードが肩をすくめる。
「何なんだ。」
「お前ら。」
ヨキは軽く頭を下げた。
「失礼しました。」
「ですが。」
「そちらもお急ぎでしょう。」
「仲間が。」
「心配しているはずです。」
「……まぁ。」
「そりゃそうだ。」
ヨキは。
「ふふ。」
と小さく笑った。
「では。」
私達は。
夜の町。
静かに歩いた。
◇
カーティス精肉店前。
ドンドン。
ドアを叩く音が響く。
返事はない。
ドンドン。
もう一度。
返事はない。
しばらく続けると。
「あーだから!」
「もう店は閉めてるって!」
勢いよく扉が開く。
現れたのは。
エドワード・エルリックだった。
「夜分遅くに申し訳ございません。」
「お久しぶりです。」
「エドワード君。」
「……お。」
「おまえ!」
「ヨキさんか!」
「え。」
「何か背、高くね?」
「兄さん?」
店の奥から。
エドワードを呼ぶ声がする。
「すみません。」
「店はもう──」
「お久しぶりです。」
「アルフォンス君。」
「えっ!」
「ヨキさん!」
その後ろから。
兄弟が姿を見せる。
「久しぶりだな。」
「鎧の少年。」
アルフォンスの手が震える。
「あなたは……!」
「僕はあの後……。」
「案ずるな。」
「私達が勝手にやったことだ。」
「気にしなくていい。」
「そうそう。」
「手ぇ出したのは俺だけな。」
弟が笑う。
「え?」
「別の人の声……?」
アルフォンスは状況を理解できていない。
「そういえば。」
「彼女も来ていますよ。」
ヨキが私を見る。
エドワードが私を見る。
「……!」
「ホムンクルス!」
「何で!」
「お前が!」
エドワードが目を見開く。
私は。
何を言えばいいのか。
分からなかった。
「驚いたな。」
通りの奥から。
男の声がした。
「ここにいたのか。」
二人の軍人が歩いてくる。
ロイ・マスタング大佐。
リザ・ホークアイ中尉だった。
「大佐。」
エドワードが驚く。
「何でここに。」
マスタングは肩をすくめた。
「君達ではない。」
「私は、ある幽霊を追っていてね。」
その視線は。
ヨキへ向く。
「まさか本当に会えるとは思わなかった。」
ヨキは静かに一礼した。
「大佐。」
「ご無沙汰しております。」
続けて。
「リザ中尉も。」
「ご無沙汰しております。」
ホークアイは小さく微笑む。
「ご無事で何よりです。」
マスタングも口元を緩めた。
「息災そうで何よりだ。」
「ありがとうございます。」
「随分、雰囲気が変わったようだが。」
「色々ありましたから。」
ヨキが微笑む。
その時だった。
ブロロロ……。
一台の車が。
店の前へ止まる。
全員が振り向く。
運転席の扉が開いた。
「おう。」
「俺だけ仲間外れってのは。」
「いただけねぇな。」
グリードだった。
後ろの荷台から。
数人の部下が木箱を運び下ろす。
「おい。」
「早く持ってこい。」
箱が並べられる。
木蓋が開く。
中には。
酒瓶がぎっしり詰まっていた。
「酒場をやってたからな。」
「飲めそうな奴を適当に見繕ってきた。」
「辛気臭く話し合うなんざ。」
「俺の性に合わねぇ。」
ヨキが微笑む。
「大盤振る舞いですね。」
「何しろ。」
「半世紀ぶりに姉貴に会えたんだ。」
「聞きてぇ事は山ほどある。」
「ちょっと。」
「やめて。」
思わず口を挟く。
「兄者。」
「何で姉さん怒ってんだ。」
「兄弟なんだろ。」
兄が頷く。
「女の年齢に関わることを。」
「言うなということだ。」
「あんた達は。」
「余計なこと言わない。」
思わず睨む。
弟は肩をすくめて笑う。
「あんた達は。」
「店の前で。」
「何やってんだい。」
低く。
よく通る女性の声だった。
店の奥から。
一人の女性が歩いてくる。
イズミ・カーティス。
エルリック兄弟の師匠。
そして。
人体錬成を行った人間。
ヨキは静かに頭を下げた。
「夜分遅くに申し訳ございません。」
「私はヨキと申します。」
「大変失礼ではございますが。」
「人体錬成を行った。」
「あなたにも関わる。」
「大事なお話があります。」
イズミの表情が。
わずかに変わる。
「どうか。」
「中へ入れていただけないでしょうか。」
静かな声だった。
「これだけの人間が。」
「一堂に会することは。」
「もう二度とないでしょうから。」
イズミは。
一人一人の顔を見回した。
そして。
「……入りな。」