ヨキですが、静かに生きたいだけなんです。   作:千遇万歩

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第三章 集合

 

 静かな地下水路。

 

 響いていた剣戟は。

 

 もう聞こえない。

 

 ブラッドレイはヨキを見つめた。

 

「よき剣戟であった。」

 

 ヨキは静かに頭を下げる。

 

「お褒めに預かり、光栄です。」

 

 ブラッドレイは軍刀を納める。

 

 鍔が鞘へ収まる音だけが。

 

 静かに響いた。

 

「君は実に面白い。」

 

 そう言い残し。

 

 ブラッドレイは背を向ける。

 

「褒美をやろう。」

 

「私はここを離れる。」

 

「その間に。」

 

「策を練りたまえ。」

 

 ヨキは顔を上げた。

 

「……よろしいのですか。」

 

「構わん。」

 

 ブラッドレイが歩き始める。

 

「蟻が。」

 

「王の首を取ろうとするのを。」

 

「気にする王はいない。」

 

 地下水路の奥へ。

 

 ゆっくりと歩いていく。

 

 その背中は。

 

 少しも揺るがない。

 

「私を飽きさせるな。」

 

 足音だけが。

 

 少しずつ遠ざかる。

 

「君には期待している。」

 

 ヨキは。

 

 深く一礼した。

 

「かしこまりました。」

 

「大総統閣下には。」

 

「偉大な闘争を差し上げましょう。」

 

 ブラッドレイは振り返らない。

 

 左手だけを。

 

 ひらりと上げる。

 

 そのまま。

 

 暗い地下水路の奥へ。

 

 姿を消した。

 

 ヨキは。

 

 その先を見つめていた。

 

 肩で息をし。

 

 額には。

 

 大粒の汗。

 

 それでも。

 

 傷はない。

 

 生きている。

 

 私の胸が。

 

 ざわつく。

 

「……おい。」

 

「おい。」

 

「おい!」

 

 私は振り返った。

 

 グリードだった。

 

「さっきから呼んでんのに。」

 

「何、惚気てんだ。」

 

「惚気てなんかない!」

 

「む。」

 

 聞き慣れた声だった。

 

「終わったようだったな。」

 

 切り抜かれた壁の奥から兄弟が現れる。

 

「皆、無事か。」

 

 ヨキが振り返る。

 

「ええ。」

 

「何とか。」

 

「どうだった。」

 

「奴は。」

 

 ヨキは少しだけ笑う。

 

「強いです。」

 

「とても。」

 

「分かっていても。」

 

「器が大きすぎますね。」

 

「それほどまでか。」

 

 汗を拭いながらヨキが応える。

 

「そちらの状況はどうですか。」

 

「少佐も来ていたようですが。」

 

「ああ。」

 

「屈強な男だった。」

 

「だが。」

 

「知性もある。」

 

「立ち会いの最中。」

 

「予定通り。」

 

「ヨキ殿の名を出せば。」

 

「すぐ察してくれた。」

 

「程よく戦ってくれてな。」

 

「お陰で。」

 

「時間を稼ぐことができた。」

 

「負傷者も少ない。」

 

「それは。」

 

「よかった。」

 

「少佐は、聡明な方ですから。」

 

 ヨキから。

 

 自然と笑みが零れた。

 

 私は尋ねる。

 

「これから。」

 

「どうするの。」

 

「大総統閣下から。」

 

「時間をいただけました。」

 

「エドワード君達の所へ行きましょう。」

 

「おいおい。」

 

「俺には挨拶なしか。」

 

 グリードが肩をすくめる。

 

「何なんだ。」

 

「お前ら。」

 

 ヨキは軽く頭を下げた。

 

「失礼しました。」

 

「ですが。」

 

「そちらもお急ぎでしょう。」

 

「仲間が。」

 

「心配しているはずです。」

 

「……まぁ。」

 

「そりゃそうだ。」

 

 ヨキは。

 

「ふふ。」

 

 と小さく笑った。

 

「では。」

 

 私達は。

 

 夜の町。

 

 静かに歩いた。

 

◇

 

 カーティス精肉店前。

 

 ドンドン。

 

 ドアを叩く音が響く。

 

 返事はない。

 

 ドンドン。

 

 もう一度。

 

 返事はない。

 

 しばらく続けると。

 

「あーだから!」

 

「もう店は閉めてるって!」

 

 勢いよく扉が開く。

 

 現れたのは。

 

 エドワード・エルリックだった。

 

「夜分遅くに申し訳ございません。」

 

「お久しぶりです。」

 

「エドワード君。」

 

「……お。」

 

「おまえ!」

 

「ヨキさんか!」

 

「え。」

 

「何か背、高くね?」

 

「兄さん?」

 

 店の奥から。

 

 エドワードを呼ぶ声がする。

 

「すみません。」

 

「店はもう──」

 

「お久しぶりです。」

 

「アルフォンス君。」

 

「えっ!」

 

「ヨキさん!」

 

 その後ろから。

 

 兄弟が姿を見せる。

 

「久しぶりだな。」

 

「鎧の少年。」

 

 アルフォンスの手が震える。

 

「あなたは……!」

 

「僕はあの後……。」

 

「案ずるな。」

 

「私達が勝手にやったことだ。」

 

「気にしなくていい。」

 

「そうそう。」

 

「手ぇ出したのは俺だけな。」

 

 弟が笑う。

 

「え?」

 

「別の人の声……?」

 

 アルフォンスは状況を理解できていない。

 

「そういえば。」

 

「彼女も来ていますよ。」

 

 ヨキが私を見る。

 

 エドワードが私を見る。

 

「……!」

 

「ホムンクルス!」

 

「何で!」

 

「お前が!」

 

 エドワードが目を見開く。

 

 私は。

 

 何を言えばいいのか。

 

 分からなかった。

 

「驚いたな。」

 

 通りの奥から。

 

 男の声がした。

 

「ここにいたのか。」

 

 二人の軍人が歩いてくる。

 

 ロイ・マスタング大佐。

 

 リザ・ホークアイ中尉だった。

 

「大佐。」

 

 エドワードが驚く。

 

「何でここに。」

 

 マスタングは肩をすくめた。

 

「君達ではない。」

 

「私は、ある幽霊を追っていてね。」

 

 その視線は。

 

 ヨキへ向く。

 

「まさか本当に会えるとは思わなかった。」

 

 ヨキは静かに一礼した。

 

「大佐。」

 

「ご無沙汰しております。」

 

 続けて。

 

「リザ中尉も。」

 

「ご無沙汰しております。」

 

 ホークアイは小さく微笑む。

 

「ご無事で何よりです。」

 

 マスタングも口元を緩めた。

 

「息災そうで何よりだ。」

 

「ありがとうございます。」

 

「随分、雰囲気が変わったようだが。」

 

「色々ありましたから。」

 

 ヨキが微笑む。

 

 その時だった。

 

 ブロロロ……。

 

 一台の車が。

 

 店の前へ止まる。

 

 全員が振り向く。

 

 運転席の扉が開いた。

 

「おう。」

 

「俺だけ仲間外れってのは。」

 

「いただけねぇな。」

 

 グリードだった。

 

 後ろの荷台から。

 

 数人の部下が木箱を運び下ろす。

 

「おい。」

 

「早く持ってこい。」

 

 箱が並べられる。

 

 木蓋が開く。

 

 中には。

 

 酒瓶がぎっしり詰まっていた。

 

「酒場をやってたからな。」

 

「飲めそうな奴を適当に見繕ってきた。」

 

「辛気臭く話し合うなんざ。」

 

「俺の性に合わねぇ。」

 

 ヨキが微笑む。

 

「大盤振る舞いですね。」

 

「何しろ。」

 

「半世紀ぶりに姉貴に会えたんだ。」

 

「聞きてぇ事は山ほどある。」

 

「ちょっと。」

 

「やめて。」

 

 思わず口を挟く。

 

「兄者。」

 

「何で姉さん怒ってんだ。」

 

「兄弟なんだろ。」

 

 兄が頷く。

 

「女の年齢に関わることを。」

 

「言うなということだ。」

 

「あんた達は。」

 

「余計なこと言わない。」

 

 思わず睨む。

 

 弟は肩をすくめて笑う。

 

「あんた達は。」

 

「店の前で。」

 

「何やってんだい。」

 

 低く。

 

 よく通る女性の声だった。

 

 店の奥から。

 

 一人の女性が歩いてくる。

 

 イズミ・カーティス。

 

 エルリック兄弟の師匠。

 

 そして。

 

 人体錬成を行った人間。

 

 ヨキは静かに頭を下げた。

 

「夜分遅くに申し訳ございません。」

 

「私はヨキと申します。」

 

「大変失礼ではございますが。」

 

「人体錬成を行った。」

 

「あなたにも関わる。」

 

「大事なお話があります。」

 

 イズミの表情が。

 

 わずかに変わる。

 

「どうか。」

 

「中へ入れていただけないでしょうか。」

 

 静かな声だった。

 

「これだけの人間が。」

 

「一堂に会することは。」

 

「もう二度とないでしょうから。」

 

 イズミは。

 

 一人一人の顔を見回した。

 

 そして。

 

「……入りな。」

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