ヨキですが、静かに生きたいだけなんです。   作:千遇万歩

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第四章 分岐点

 

 イズミは振り返らずに言った。

 

「好きな所に座りな。」

 

 店の奥。

 

 生活の匂いが残る居間だった。

 

 大きな食卓。

 

 人数に合わせて運ばれた椅子。

 

 磨かれた家具。

 

 誰かが。

 

 毎日暮らしている家だった。

 

 誰も。

 

 すぐには座らなかった。

 

 軍人。

 

 人造人間。

 

 錬金術師。

 

 魂を宿した鎧。

 

 敵だった者。

 

 味方になった者。

 

 初めて会う者。

 

 一つの部屋に。

 

 収まりきらない空気だった。

 

「何だよ。」

 

 その空気を壊したのは。

 

 やはりグリードだった。

 

「葬式じゃねぇんだ。」 

 

 酒の入った木箱を抱えたまま。

 

 勝手に椅子へ腰を下ろす。

 

「俺はここ。」

 

 どかり。

 

 大きな音が響く。

 

 その一音だけで。

 

 皆が少し肩の力を抜いた。

 

 マスタングが苦笑する。

 

「君は。」

 

「遠慮という言葉を知らんのか。」

 

「知ってる。」

 

「使わねぇだけだ。」

 

 私は。

 

 少しだけ笑ってしまった。

 

 その隣へ。

 

 ヨキが静かに腰を下ろす。

 

 自然と。

 

 私もその隣へ座っていた。

 

 兄弟も。

 

 静かに私の隣へ腰を下ろす。

 

 向かいには。

 

 エドワードとアルフォンス。

 

 その隣へマスタングとリザ。

 

 食卓の向こう。

 

 イズミの後ろには。

 

 一人の男が腕を組み。

 

 黙って立っていた。

 

 大きい。

 

 ただ。

 

 大きい。

 

 肩幅も。

 

 腕も。

 

 私が見てきた軍人達より。

 

 一回り。

 

 いや。

 

 二回りは大きい。

 

 男は何も言わない。

 

 ただ。

 

 私達を見ていた。

 

 やがて。

 

 男は。

 

 静かに頭を下げた。

 

「シグだ。」

 

「イズミの旦那だ。」

 

 低い声だった。

 

 それだけで。

 

 部屋が少し震えた気がした。

 

「よろしくお願いします。」

 

 ヨキが微笑む。

 

 全員が席へ着く。

 

 静寂。

 

 ヨキは。

 

 一度だけ皆を見回した。

 

 そして。

 

 ゆっくり立ち上がる。

 

 深く一礼した。

 

「それでは。」

 

「僭越ながら。」

 

「私から。」

 

「皆様をご紹介させていただきます。」

 

 自然と。

 

 全員の視線がヨキへ集まる。

 

「まずは。」

 

「私の仲間です。」

 

 仲間。

 

 その言葉に。

 

 少しだけ。

 

 胸が温かくなる。

 

「賢者の石を宿す。」

 

「人造人間。」

 

「ラストさん。」

 

 私は小さく会釈した。

 

「魂を宿した鎧。」

 

「兄弟です。」

 

 兄弟が静かに頭を下げる。

 

 兜の中から。

 

「私が兄。」

 

 胴体から。

 

「俺が弟。」

 

 声が響いた。

 

「私の元上官。」

 

「ロイ・マスタング大佐。」

 

「そして。」

 

「元同僚。」

 

「リザ・ホークアイ中尉。」

 

 リザが会釈する。

 

 マスタングが苦笑する。

 

「元上官。」

 

「か。」

 

「少し寂しい響きだな。」

 

 ヨキは微笑む。

 

「今でも。」

 

「尊敬しておりますよ。」

 

 マスタングは。

 

 それ以上何も言わなかった。

 

「ラストさんの兄弟にして。」

 

「人造人間。」

 

「グリードさん。」

 

 グリードは片手だけ上げる。

 

「おう。」

 

「よろしく。」

 

「鋼の錬金術師。」

 

「エドワード・エルリック君。」

 

「その弟。」

 

「アルフォンス・エルリック君。」

 

 二人が軽く頭を下げる。

 

「そして。」

 

「お二人の師匠。」

 

「イズミさん。」

 

「その旦那様。」

 

「シグさん。」

 

 イズミは頷き。

 

 シグも静かに一礼する。

 

 そして。

 

 ヨキは。

 

 一拍置いた。

 

 部屋が。

 

 静かになる。

 

「最後に。」

 

「私ですが。」

 

 その声だけ。

 

 少し低かった。

 

「軍人として軍へ所属し。」

 

「色々と目を付けられ。」

 

「先日。」

 

「大総統閣下に。」

 

「四肢を切断され。」

 

 誰も。

 

 動かない。

 

「その後。」

 

「人体錬成の被験者となり。」

 

「真理の向こう側から。」

 

「還って参りました。」

 

 静かな笑みを浮かべる。

 

「ヨキと申します。」

 

 静かに頭を下げた。

 

 沈黙。

 

 部屋から。

 

 音が消えた。

 

「いやいやいやいや待てぇぇぇぇ!!」

 

 静寂を破ったのは。

 

 エドワードだった。

 

「何だ今の自己紹介は!」

 

「四肢切断!?」

 

「人体錬成!?」

 

「真理!?」

 

「何一つ説明になってねぇじゃねぇか!!」

 

 ヨキは困ったように笑う。

 

「申し訳ありません。」

 

「少々。」

 

「端折り過ぎましたね。」

 

「端折ったとかそういう問題じゃねぇ!!」

 

 エドワードが机を叩く。

 

「俺達が聞きたいのは!」

 

「そこ全部だ!!」

 

「私も同感だ。」

 

 マスタングが静かに口を開く。

 

「聞き捨てならん言葉が幾つもあった。」

 

「ブラッドレイ大総統に。」

 

「四肢を切断された。」

 

「そう言ったな。」

 

「はい。」

 

 ヨキは頷く。

 

「間違いありません。」

 

 マスタングの表情が消えた。

 

「……ブラッドレイ大総統が。」

 

 リザも真っ直ぐヨキを見る。

 

「人体錬成の被験者。」

 

「その言葉も気になります。」

 

「真理の向こう側。」

 

 イズミが呟く。

 

「今。」

 

「確かにそう言ったね。」

 

「はい。」

 

「私は。」

 

「一度。」

 

「あちら側へ行きました。」

 

 部屋の空気が重くなる。

 

「だから!」

 

 エドワードが立ち上がる。

 

「全部説明しろって言ってんだよ!!」

 

 その時だった。

 

「はいはい。」

 

 グリードが立ち上がる。

 

 ドン。

 

 酒箱を。

 

 食卓へ置いた。

 

 

「そういきり立つな坊主。」

 

 グリードの手が黒く硬化する。

 

「待ってろ。」

 

「栓抜きなんざ。」

 

「いらねぇ。」

 

 ガキン。

 

 軽い音と共に。

 

 瓶の蓋が宙を舞った。

 

「最強の盾の。」

 

「無駄遣いね。」

 

 グリードは私の方を向く。

 

「違ぇねぇ。」

 

 グリードが笑う。

 

「便利なら何でもいいんだよ。」

 

 瓶の蓋が次々と開けられる。

 

「坊主はこっち。」

 

 エドワードの前へ果汁の瓶を置く。

 

「大人は酒。」

 

 一本。

 

 ヨキへ。

 

 一本。

 

 マスタングへ。

 

 一本。

 

 イズミへ。

 

 ……。

 

「ほら。」

 

「姉貴も。」

 

 最後の一本を。

 

 私の前へ置く。

 

「……ありがとう。」

 

 グリードは鼻で笑う。

 

「礼なんかいらねえよ。」

 

 少しだけ。

 

 さっきまでの重苦しさが。

 

 薄れた気がした。

 

 ヨキは。

 

 静かに酒瓶を手に取った。

 

「では。」

 

「いただきます。」

 

 一口。

 

 ゆっくりと口へ運ぶ。

 

 少しだけ目を細めた。

 

「……。」

 

「美味しいですね。」

 

 グリードが満足そうに笑う。

 

「だろ。」

 

「俺の店で最初に薦める酒だ。」

 

「飲みやすくて。」

 

「クセもねぇ。」

 

 ヨキはもう一口だけ飲む。

 

「なるほど。」

 

「これは人気が出そうです。」

 

「商売上手だな。」

 

 マスタングが笑う。

 

「商売じゃねぇ。」

 

「趣味だ。」

 

 グリードは肩を竦める。

 

 そして。

 

 酒瓶を揺らしながら。

 

 ヨキを親指で示した。

 

「こいつとは。」

 

「今日会ったばっかだ。」

 

「だが。」

 

「この国で一番偉い奴と。」

 

「真正面から切り結ぶところを見た。」

 

 部屋が静かになる。

 

「いい男っぷりだったぜ。」

 

 ヨキは少し困ったように笑った。

 

「恐縮です。」

 

 マスタングが静かに尋ねる。

 

「……ブラッドレイ大総統と。」

 

「ええ。」

 

「切り結びました。」

 

 ヨキは穏やかに頷く。

 

「こいつなら。」

 

「お前らの質問から逃げるような男じゃねぇ。」

 

 グリードは酒を一口飲む。

 

「まぁ。」

 

「呑みながら語ろうや。」

 

 誰も異論はなかった。

 

 そして。

 

 グリードが立ち上がる。

 

「あー。」

 

「姉貴。」

 

「ちょっと外。」

 

 私は首を傾げる。

 

「私?」

 

「俺達は。」

 

「生まれは一緒だが。」

 

「気が付きゃ。」

 

「五十年近く会ってねぇ。」

 

 グリードは笑う。

 

「兄妹の話がある。」

 

 エドワードが吹き出す。

 

「五十年って。」

 

「お前ら。」

 

「何歳だよ。」

 

「お前らより年上なんだぜ。」

 

「敬えよ。」

 

「特に姉貴をな。」

 

「ちょっと。」

 

「止めてよ。」

 

 私は思わず睨む。

 

 グリードは笑うだけだった。

 

「いいから。」

 

「行くぞ。」

 

 腕を掴まれる。

 

「ちょっ……。」

 

 そのまま引っ張られて行く。

 

 振り返る。

 

「ヨキ。」

 

「用があったら。」

 

「呼んで。」

 

「分かりました。」

 

 ヨキは微笑んだ。

 

 私達は。

 

 店の外へ出た。

 

 夜風が頬を撫でた。

 

「悪いな。」

 

 グリードが口を開いた。

 

「珍しいこと言うが。」

 

「俺の経験なんだわ。」

 

 私は黙って聞く。

 

「ああいう場所には。」

 

「俺達がいねぇ方が。」

 

「話が進む時もある。」

 

 私は答えられなかった。

 

 少しだけ。

 

 納得してしまったから。

 

「ま。」

 

「積もる話もあるしな。」

 

「こっちはこっちで語ろうや。」

 

 夜空を見上げる。

 

◇

 

「正直。」

 

「姉貴が。」

 

「親父殿を離れるなんざ。」

 

「思ってもみなかった。」

 

 私は静かに息を吐く。

 

「私も。」

 

「思ってなかった。」

 

 グリードが笑う。

 

「次に会うなら。」

 

「エンヴィーだと思ってたよ。」

 

「……。」

 

「でも。」

 

「違った。」

 

 グリードはこちらを見る。

 

「あいつだろ。」

 

「ヨキ。」

 

「姉貴を。」

 

「連れ出したのは。」

 

 否定できない。

 

「ああいう奴は。」

 

「大事にしとけ。」

 

「……。」

 

「うるさい。」

 

 グリードは吹き出す。

 

「図星か。」

 

 私は目を逸らした。

 

「……。」

 

「分かってる。」

 

 その言葉だけは。

 

 素直に口から零れた。

 

◇

 

 しばらくして。

 

 店の扉が静かに開いた。

 

「失礼します。」

 

 ヨキだった。

 

「遅くなって申し訳ありません。」

 

「これから。」

 

「今後についてのお話をしたいので。」

 

「お二人も。」

 

「戻っていただけますか。」

 

 私は微笑む。

 

「どこまで話したの?」

 

「私の経緯と。」

 

「軍の異常。」

 

「そして。」

 

「お父様の計画です。」

 

「……計画まで?」

 

 思わず声が漏れる。

 

「ええ。」

 

「人柱について。」

 

「イズミさんに。」

 

「ご説明する必要がありましたので。」

 

「やっぱり。」

 

「あなた知ってたのね。」

 

「ええ。」

 

「もちろんです。」

 

 隣で。

 

 グリードが笑う。

 

「はは。」

 

「その割に。」

 

「あんまり驚いてねぇな。」

 

「姉貴。」

 

 私は肩を竦める。

 

「いつものことなの。」

 

 ヨキが苦笑する。

 

「よく言われます。」

 

 思わず。

 

 笑ってしまった。

 

「では。」

 

「戻りましょう。」

 

 三人で。

 

 店の中へ戻る。

 

 さっきまでの重苦しさは。

 

 もう。

 

 そこにはなかった。

 

 皆はもう。

 

 席に着いていた。

 

「お待たせしました。」

 

「それでは。」

 

「お話の続きをしましょう。」

 

 その視線が。

 

 二人へ向く。

 

「エドワード君。」

 

「アルフォンス君。」

 

「……俺?」

 

「僕?」

 

 二人が顔を見合わせる。

 

 ヨキは穏やかに微笑んだ。

 

「真理から。」

 

「お二人の身体を。」

 

「取り戻す方法を。」

 

「聞いて参りました。」

 

 部屋の空気が。

 

 再び静かに止まった。

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