イズミは振り返らずに言った。
「好きな所に座りな。」
店の奥。
生活の匂いが残る居間だった。
大きな食卓。
人数に合わせて運ばれた椅子。
磨かれた家具。
誰かが。
毎日暮らしている家だった。
誰も。
すぐには座らなかった。
軍人。
人造人間。
錬金術師。
魂を宿した鎧。
敵だった者。
味方になった者。
初めて会う者。
一つの部屋に。
収まりきらない空気だった。
「何だよ。」
その空気を壊したのは。
やはりグリードだった。
「葬式じゃねぇんだ。」
酒の入った木箱を抱えたまま。
勝手に椅子へ腰を下ろす。
「俺はここ。」
どかり。
大きな音が響く。
その一音だけで。
皆が少し肩の力を抜いた。
マスタングが苦笑する。
「君は。」
「遠慮という言葉を知らんのか。」
「知ってる。」
「使わねぇだけだ。」
私は。
少しだけ笑ってしまった。
その隣へ。
ヨキが静かに腰を下ろす。
自然と。
私もその隣へ座っていた。
兄弟も。
静かに私の隣へ腰を下ろす。
向かいには。
エドワードとアルフォンス。
その隣へマスタングとリザ。
食卓の向こう。
イズミの後ろには。
一人の男が腕を組み。
黙って立っていた。
大きい。
ただ。
大きい。
肩幅も。
腕も。
私が見てきた軍人達より。
一回り。
いや。
二回りは大きい。
男は何も言わない。
ただ。
私達を見ていた。
やがて。
男は。
静かに頭を下げた。
「シグだ。」
「イズミの旦那だ。」
低い声だった。
それだけで。
部屋が少し震えた気がした。
「よろしくお願いします。」
ヨキが微笑む。
全員が席へ着く。
静寂。
ヨキは。
一度だけ皆を見回した。
そして。
ゆっくり立ち上がる。
深く一礼した。
「それでは。」
「僭越ながら。」
「私から。」
「皆様をご紹介させていただきます。」
自然と。
全員の視線がヨキへ集まる。
「まずは。」
「私の仲間です。」
仲間。
その言葉に。
少しだけ。
胸が温かくなる。
「賢者の石を宿す。」
「人造人間。」
「ラストさん。」
私は小さく会釈した。
「魂を宿した鎧。」
「兄弟です。」
兄弟が静かに頭を下げる。
兜の中から。
「私が兄。」
胴体から。
「俺が弟。」
声が響いた。
「私の元上官。」
「ロイ・マスタング大佐。」
「そして。」
「元同僚。」
「リザ・ホークアイ中尉。」
リザが会釈する。
マスタングが苦笑する。
「元上官。」
「か。」
「少し寂しい響きだな。」
ヨキは微笑む。
「今でも。」
「尊敬しておりますよ。」
マスタングは。
それ以上何も言わなかった。
「ラストさんの兄弟にして。」
「人造人間。」
「グリードさん。」
グリードは片手だけ上げる。
「おう。」
「よろしく。」
「鋼の錬金術師。」
「エドワード・エルリック君。」
「その弟。」
「アルフォンス・エルリック君。」
二人が軽く頭を下げる。
「そして。」
「お二人の師匠。」
「イズミさん。」
「その旦那様。」
「シグさん。」
イズミは頷き。
シグも静かに一礼する。
そして。
ヨキは。
一拍置いた。
部屋が。
静かになる。
「最後に。」
「私ですが。」
その声だけ。
少し低かった。
「軍人として軍へ所属し。」
「色々と目を付けられ。」
「先日。」
「大総統閣下に。」
「四肢を切断され。」
誰も。
動かない。
「その後。」
「人体錬成の被験者となり。」
「真理の向こう側から。」
「還って参りました。」
静かな笑みを浮かべる。
「ヨキと申します。」
静かに頭を下げた。
沈黙。
部屋から。
音が消えた。
「いやいやいやいや待てぇぇぇぇ!!」
静寂を破ったのは。
エドワードだった。
「何だ今の自己紹介は!」
「四肢切断!?」
「人体錬成!?」
「真理!?」
「何一つ説明になってねぇじゃねぇか!!」
ヨキは困ったように笑う。
「申し訳ありません。」
「少々。」
「端折り過ぎましたね。」
「端折ったとかそういう問題じゃねぇ!!」
エドワードが机を叩く。
「俺達が聞きたいのは!」
「そこ全部だ!!」
「私も同感だ。」
マスタングが静かに口を開く。
「聞き捨てならん言葉が幾つもあった。」
「ブラッドレイ大総統に。」
「四肢を切断された。」
「そう言ったな。」
「はい。」
ヨキは頷く。
「間違いありません。」
マスタングの表情が消えた。
「……ブラッドレイ大総統が。」
リザも真っ直ぐヨキを見る。
「人体錬成の被験者。」
「その言葉も気になります。」
「真理の向こう側。」
イズミが呟く。
「今。」
「確かにそう言ったね。」
「はい。」
「私は。」
「一度。」
「あちら側へ行きました。」
部屋の空気が重くなる。
「だから!」
エドワードが立ち上がる。
「全部説明しろって言ってんだよ!!」
その時だった。
「はいはい。」
グリードが立ち上がる。
ドン。
酒箱を。
食卓へ置いた。
「そういきり立つな坊主。」
グリードの手が黒く硬化する。
「待ってろ。」
「栓抜きなんざ。」
「いらねぇ。」
ガキン。
軽い音と共に。
瓶の蓋が宙を舞った。
「最強の盾の。」
「無駄遣いね。」
グリードは私の方を向く。
「違ぇねぇ。」
グリードが笑う。
「便利なら何でもいいんだよ。」
瓶の蓋が次々と開けられる。
「坊主はこっち。」
エドワードの前へ果汁の瓶を置く。
「大人は酒。」
一本。
ヨキへ。
一本。
マスタングへ。
一本。
イズミへ。
……。
「ほら。」
「姉貴も。」
最後の一本を。
私の前へ置く。
「……ありがとう。」
グリードは鼻で笑う。
「礼なんかいらねえよ。」
少しだけ。
さっきまでの重苦しさが。
薄れた気がした。
ヨキは。
静かに酒瓶を手に取った。
「では。」
「いただきます。」
一口。
ゆっくりと口へ運ぶ。
少しだけ目を細めた。
「……。」
「美味しいですね。」
グリードが満足そうに笑う。
「だろ。」
「俺の店で最初に薦める酒だ。」
「飲みやすくて。」
「クセもねぇ。」
ヨキはもう一口だけ飲む。
「なるほど。」
「これは人気が出そうです。」
「商売上手だな。」
マスタングが笑う。
「商売じゃねぇ。」
「趣味だ。」
グリードは肩を竦める。
そして。
酒瓶を揺らしながら。
ヨキを親指で示した。
「こいつとは。」
「今日会ったばっかだ。」
「だが。」
「この国で一番偉い奴と。」
「真正面から切り結ぶところを見た。」
部屋が静かになる。
「いい男っぷりだったぜ。」
ヨキは少し困ったように笑った。
「恐縮です。」
マスタングが静かに尋ねる。
「……ブラッドレイ大総統と。」
「ええ。」
「切り結びました。」
ヨキは穏やかに頷く。
「こいつなら。」
「お前らの質問から逃げるような男じゃねぇ。」
グリードは酒を一口飲む。
「まぁ。」
「呑みながら語ろうや。」
誰も異論はなかった。
そして。
グリードが立ち上がる。
「あー。」
「姉貴。」
「ちょっと外。」
私は首を傾げる。
「私?」
「俺達は。」
「生まれは一緒だが。」
「気が付きゃ。」
「五十年近く会ってねぇ。」
グリードは笑う。
「兄妹の話がある。」
エドワードが吹き出す。
「五十年って。」
「お前ら。」
「何歳だよ。」
「お前らより年上なんだぜ。」
「敬えよ。」
「特に姉貴をな。」
「ちょっと。」
「止めてよ。」
私は思わず睨む。
グリードは笑うだけだった。
「いいから。」
「行くぞ。」
腕を掴まれる。
「ちょっ……。」
そのまま引っ張られて行く。
振り返る。
「ヨキ。」
「用があったら。」
「呼んで。」
「分かりました。」
ヨキは微笑んだ。
私達は。
店の外へ出た。
夜風が頬を撫でた。
「悪いな。」
グリードが口を開いた。
「珍しいこと言うが。」
「俺の経験なんだわ。」
私は黙って聞く。
「ああいう場所には。」
「俺達がいねぇ方が。」
「話が進む時もある。」
私は答えられなかった。
少しだけ。
納得してしまったから。
「ま。」
「積もる話もあるしな。」
「こっちはこっちで語ろうや。」
夜空を見上げる。
◇
「正直。」
「姉貴が。」
「親父殿を離れるなんざ。」
「思ってもみなかった。」
私は静かに息を吐く。
「私も。」
「思ってなかった。」
グリードが笑う。
「次に会うなら。」
「エンヴィーだと思ってたよ。」
「……。」
「でも。」
「違った。」
グリードはこちらを見る。
「あいつだろ。」
「ヨキ。」
「姉貴を。」
「連れ出したのは。」
否定できない。
「ああいう奴は。」
「大事にしとけ。」
「……。」
「うるさい。」
グリードは吹き出す。
「図星か。」
私は目を逸らした。
「……。」
「分かってる。」
その言葉だけは。
素直に口から零れた。
◇
しばらくして。
店の扉が静かに開いた。
「失礼します。」
ヨキだった。
「遅くなって申し訳ありません。」
「これから。」
「今後についてのお話をしたいので。」
「お二人も。」
「戻っていただけますか。」
私は微笑む。
「どこまで話したの?」
「私の経緯と。」
「軍の異常。」
「そして。」
「お父様の計画です。」
「……計画まで?」
思わず声が漏れる。
「ええ。」
「人柱について。」
「イズミさんに。」
「ご説明する必要がありましたので。」
「やっぱり。」
「あなた知ってたのね。」
「ええ。」
「もちろんです。」
隣で。
グリードが笑う。
「はは。」
「その割に。」
「あんまり驚いてねぇな。」
「姉貴。」
私は肩を竦める。
「いつものことなの。」
ヨキが苦笑する。
「よく言われます。」
思わず。
笑ってしまった。
「では。」
「戻りましょう。」
三人で。
店の中へ戻る。
さっきまでの重苦しさは。
もう。
そこにはなかった。
皆はもう。
席に着いていた。
「お待たせしました。」
「それでは。」
「お話の続きをしましょう。」
その視線が。
二人へ向く。
「エドワード君。」
「アルフォンス君。」
「……俺?」
「僕?」
二人が顔を見合わせる。
ヨキは穏やかに微笑んだ。
「真理から。」
「お二人の身体を。」
「取り戻す方法を。」
「聞いて参りました。」
部屋の空気が。
再び静かに止まった。