帰還
ヨキ達との会合から。
数日が過ぎた。
カーティス精肉店。
床一面には。
幾重にも錬成陣が描かれていた。
その周囲には。
何枚もの紙。
書き直された錬成式。
消され。
また書き足された数式。
それらが。
辺り一面を覆い尽くしている。
エドワード。
アルフォンス。
イズミ。
三人は。
考え続けた。
真理が示した方法。
肉体。
魂。
門。
一つでも理屈が通らなければ。
実行できない。
そのため。
何度も。
否定した。
何度も。
組み直した。
そして。
最後に残った答えは。
一つだった。
「……やれる。」
エドワードが言う。
アルフォンスも頷く。
「うん。」
「僕も。」
「そう思う。」
イズミは。
二人を見つめていた。
長く。
息を吐く。
「始めるよ。」
静かな声だった。
誰も。
迷わなかった。
◇
アルフォンスが歩く。
一歩。
また一歩。
鎧の足音だけが。
部屋に響く。
錬成陣の中央で。
アルフォンスは止まる。
振り返る。
兄を見る。
師匠を見る。
シグを見る。
「いってきます。」
いつもと変わらない。
穏やかな声。
だから。
胸が締め付けられた。
「……ああ。」
エドワードは笑う。
シグは。
一度だけ頷く。
「気をつけてな。」
イズミが。
口を開く。
しかし。
何か言おうとして。
何も言えなかった。
ただ。
何度も。
何度も。
頷いた。
アルフォンスも。
小さく頷き返す。
錬成陣が光る。
一瞬で。
光が部屋を満たした。
誰も。
目を閉じなかった。
誰も。
息をすることさえ。
忘れていた。
只、呆然と。
光を見つめていた。
永遠にも思える時間。
やがて。
光が引いていく。
静寂。
……
カラン。
肩当てが床へ落ちる。
……
ガシャン。
膝が崩れる。
……
鎧は。
音を立てながら。
ゆっくりと倒れた。
もう。
立ち上がることはない。
誰も。
近付けなかった。
そこにあったのは。
長い間。
アルフォンス・エルリックだった鎧。
今は。
ただの鎧だった。
成功したのか。
失敗したのか。
分からない。
その時。
「……!」
エドワードが息を呑む。
右肩が熱い。
違う。
温かい。
何かが。
身体へ戻ってくる。
肩。
肘。
手首。
指先。
ゆっくり。
ゆっくりと。
失われた腕が形を取り戻していく。
震える左手で。
右腕へ触れる。
温かい。
柔らかい。
生きている。
指が動く。
握る。
開く。
もう一度。
握る。
何気ない仕草。
その全てが。
懐かしかった。
「……戻った。」
呟いた声は。
震えていた。
◇
エドワードが。
隣の錬成陣へ立つ。
右手を見る。
もう。
迷いはない。
「アルを。」
「迎えに行く。」
パンッ――
再び。
世界が白く染まる。
◇
重い。
身体が。
重い。
息を吸う。
胸が膨らむ。
心臓が打つ。
耳に。
鼓動が聞こえる。
ゆっくりと。
瞼を開く。
ぼやけた視界。
少しずつ。
輪郭が戻る。
そこに映るのは。
眠っているアルフォンスだった。
「アル……。」
お願いだ。
目を開けてくれ。
……
瞼が震えた。
指先が動く。
息を吸う。
ゆっくり。
目が開いた。
「……兄さん。」
その声を聞いた瞬間だった。
イズミが。
二人を抱き締める。
勢いよく。
強く。
苦しいほど。
強く。
「師匠……」
返事はない。
イズミは。
泣いていた。
違う。
泣くという言葉では。
足りなかった。
喉が震える。
息が乱れる。
嗚咽が漏れる。
涙が。
止まらない。
想いが。
言葉にならない。
叫びたい。
笑いたい。
叱りたい。
その全部が。
一緒になって。
声にならない。
ただ。
ただ。
嗚咽だけが。
漏れ続ける。
二人を抱き締め続ける。
もう。
二度と。
離したくなかった。
シグは。
何も言わない。
ただ。
妻の震える肩へ。
静かに手を置く。
エドワードは思う。
厳しかった。
怖かった。
逃げ出したくなった日もあった。
けれど。
今。
二人を抱き締める腕は。
どこまでも。
温かかった。
アルフォンスも。
同じことを思っていた。
「師匠。」
「還ってきました。」
二人の声が重なる。
イズミは頷く。
それでも。
涙は止まらない。
止めようとしても。
止まらない。
ずっと。
胸の奥へ押し込めてきたものが。
今。
ようやく。
溢れ出していた。
誰も。
その涙を止めようとはしなかった。
その時間は。
イズミにとって。
必要な時間だった。
エドワードは。
アルフォンスは。
胸の中で。
同じことを誓う。
もう。
二度と。
師匠を。
泣かせたりはしない。