ヨキですが、静かに生きたいだけなんです。   作:千遇万歩

47 / 47
第十一部
第一章 シン国


 

「参っタ。」

 

「降参ダ。」

 

 軍刀を突きつけられたまま。

 

 俺は両手を上げた。

 

 目の前には。

 

 顔に大きな傷を持つ男。

 

 年は中年程度。

 

 背は俺より遥かに高い。

 

 俺の動き。

 

 取って分かるかのように。

 

 何もさせてもらえなかった。

 

 この国に。

 

 これほどの武術家がいたとは。

 

 その背後には、一人の女。

 

 黒い長髪。

 

 漆黒のような黒衣。

 

 人間とは思えないほど整った、美しい顔。

 

 それが。

 

 指を剣の様に伸ばし、フーの首を挟んでいる。

 

 少しでも動かせば、フーの命はないだろう。

 

 ランファンは、一体の鎧に取り押さえられている。

 

 藻掻いてはいるが。

 

 ランファンの力では。

 

 跳ね除けられそうにない。

 

 ……いや。

 

 違う。

 

 何かがおかしい。

 

 鎧が二人で喋っている。

 

「若様!」

 

 ランファンが叫ぶ。

 

「おいおい、動くんじゃねえよ。」

 

「命まで取るつもりはない。」

 

 やはり。

 

 鎧から二つの声が聞こえる。

 

 何なんだこいつらは。

 

 眼の前の男が穏やかに言った。

 

「さて。」

 

「急に襲って来られましたが。」

 

「あなた方は何者ですか?」

 

 それはこちらの台詞だ。

 

 俺は黒衣の女を見る。

 

「その女ハ。」

 

「何者ダ。」

 

「姉さんですかい?」

 

 鎧が首を傾げる。

 

 その瞬間。

 

 フーが静かに口を開いた。

 

「……貴様の身体。」

 

「とても臭ウ。」

 

 一瞬。

 

 沈黙。

 

「えっ?」

 

「姉さん臭いんですかい。」

 

「そういや風呂にはしばらく入ってなかったような。」

 

「俺には分かんねえからな。」

 

 ゴッ。

 

 ほんの少しだけ。

 

 女の指が。

 

 鎧に刺さった。

 

 女は肩を震わせている。

 

「弟……。」

 

 空気が震える。

 

「…………。」

 

 誰も喋らない。

 

「まあまあ。」

 

 眼の前の男が苦笑した。

 

「落ち着いてください、ラストさん。」

 

 ラスト。

 

 そういう名か。

 

「ラストさんは、いつも素敵ですよ。」

 

「臭いなんてありませんから。」

 

 女は男を見る。

 

 しばらく見つめ。

 

 ふっと視線を逸らした。

 

「……そう。」

 

「単純だな姉さんは。」

 

「何も刺さなくても。」

 

「いいじゃないですか。」

 

「うるさい。」

 

「いや。」

 

「流石に今のはお前が悪いぞ。」

 

 また鎧が二人で話している。

 

「臭うというのは。」

 

「ラストさんの中にある賢者の石を感知できる。」

 

「そういうことですよね。」

 

 男はフーを見て言う。

 

 フーは何も応えない。

 

 しかし。

 

 この男。

 

 今、賢者の石と言ったのか。

 

 俺が皇帝になるために。

 

 探し求めていた。

 

 賢者の石と。

 

 男はこちらを見返す。

 

「興味深いですね。」

 

「立ち話も何ですし。」

 

「隠れ処はもうすぐです。」

 

「そこでお話ししましょう。」

 

 男は軍刀を納める。

 

 それに合わせるように。

 

 仲間達も拘束を解いた。

 

 俺は小さく息を吐いた。

 

(……全員。)

 

(……得体が知れない。)

 

(だが。)

 

(この男は。)

 

(賢者の石を知っている。)

 

(逃す訳にはいかない。)

 

◇

 

 隠れ処へ着く頃には。

 

 辺りはすっかり夕暮れだった。 

 

 男は扉を開ける。

 

「どうぞ。」

 

 俺達は互いに顔を見合わせ。 

 

 静かに中へ入った。

 

 思っていたよりも。

 

 ずっと普通の家だった。

 

 机。

 

 椅子。

 

 簡素な台所。

 

 生活の匂いがある。

 

「適当に座ってください。」

 

 男はそう言って椅子を引く。

 

 俺達も腰を下ろした。

 

 黒衣の女は何も言わず。

 

 部屋の奥へ消えていく。

 

 男は俺達へ向き直る。

 

「さて。」

 

「まずは、お互い自己紹介からですね。」

 

「私はヨキと言います。」

 

「この国では色々ありまして。」

 

「今は、この仲間達と行動しています。」

 

 ヨキは苦笑した。

 

「それで。」

 

「あなた方は?」

 

 俺は小さく息を吐く。

 

「シン国第十二皇子。」

 

「リン・ヤオ。」

 

「次期皇帝になるために。」

 

「不老不死の術を求め。」

 

「この国へ来タ。」

 

 男は静かに頷く。

 

「なるほど。」

 

「では。」

 

「私も少し長くなりますが。」

 

「こちらの事情を。」

 

 その瞬間。

 

「兄者、始まったなぁ。」

 

「うむ。」

 

「飯の準備でもしておくか?」

 

「それもいいかもしれん。」

 

「姉さんは?」

 

「風呂だな。」

 

「言われたことを気にしている。」

 

「じゃあ。」

 

「俺達だけだな。」

 

「時間はあるぞ。」

 

「説明長いからなぁ。」

 

 鎧が二人で勝手に話し始めた。

 

「失礼ですねぇ。」

 

 ヨキは苦笑する。

 

「いやぁ。」

 

「旦那は毎回長いじゃないですか。」

 

「否定できません。」

 

 ヨキは頭を掻いた。

 

 俺達は顔を見合わせる。

 

 ……

 …………。

 ……………………。

 

 どれほど経っただろう。

 

 話は確かに長かった。

 

 だが。

 

 荒唐無稽な話ばかりだったにも拘らず。

 

 男の言葉には。

 

 不思議と嘘が混じっているようには聞こえなかった。

 

 その時だった。

 

 部屋の扉が静かに開く。

 

 湯気が流れた。

 

 濡れた黒髪を。

 

 白い布で拭きながら。

 

 ラストが姿を現す。

 

 先ほどまでとは違う。

 

 湯上がりの柔らかな空気を纏っている。

 

 部屋にいた全員が。

 

 思わずそちらを見た。

 

◇

 

 視線が集まる。

 

 構わない。

 

 私が見てほしいのは。

 

 一人だけ。

 

 ヨキ。

 

 彼は一瞬だけこちらを見る。

 

 そして。

 

 少しだけ困ったように笑い。

 

 照れくさそうに視線を逸らした。

 

(……。)

 

(見た。)

 

(ちゃんと見た。)

 

 胸の奥が少しだけ熱くなる。

 

(ふふ。)

 

「お先にいただいたわ。」

 

 平静を装って言う。

 

 けれど。

 

 心の中では。

 

(よし。)

 

(今日は綺麗だって思ってくれた。)

 

 そんなことばかり考えていた。

 

「それで。」

 

「話は終わったかしら。」

 

 私は椅子へ腰掛けながら言う。

 

「ええ。」

 

「一通りは。」

 

 ヨキが頷く。

 

 すると。

 

 リンが静かに口を開いた。

 

「では。」

 

「すまないガ。」

 

「あなた達の力を貸してほしイ。」

 

 部屋が静まる。

 

 ヨキはすぐには答えない。

 

 少しだけ考え。

 

 静かに笑った。

 

「ええ。」

 

「構いません。」

 

「取引としましょう。」

 

 リンの眉が僅かに動く。

 

「私達も。」

 

「あなた方の力が必要です。」

 

「それに。」

 

「力を貸していただいている間に。」

 

「あなた方の目的にも近付く筈ですから。」

 

 リンは小さく笑う。

 

「フ。」

 

「商人ダナ。」

 

「元炭鉱町の経営もしておりましたので。」

 

 ヨキは肩を竦めた。

 

「ラストさん。」

 

「少し大佐へ連絡してきます。」

 

「わかったわ。」

 

 ヨキは立ち上がり。

 

 そのまま部屋を出ていった。

 

 扉が閉まる。

 

 静かな時間。

 

「旦那、忙しい人だな。」

 

 私は苦笑する。

 

 すると。

 

 リンが兄弟へ視線を向けた。

 

「聞きたいことがあル。」

 

「何だ。」

 

 兄が応える。

 

「お前達ハ。」

 

「なぜ。」

 

「あの男についている。」

 

 兄弟はしばらく黙った後。

 

「ヨキ殿から。」

 

「聞いているかもしれないが。」

 

 空っぽの中身をリン達に見せる。

 

「この様ななりでな。」

 

「兜には私の魂。」

 

「鎧には弟の魂が定着している。」

 

「最初は。」

 

「ヨキ殿と敵同士だったが。」

 

「救われて。」

 

「自由になった。」

 

「その後。」

 

「二人でついて行くと決めた。」

 

「それだけだ。」 

 

 リン達は何も言わない。 

 

 言えないというのが。

 

 正しいのかもしれない。

 

 明らかに面食らっている。

 

「で。」

 

「姉さんは。」

 

 私は。

 

 少し考える。

 

 応えようとすると。

 

 その瞬間に。

 

「旦那に惚れて。」

 

「ついてきちゃったのさ。」

 

「ホムンクルス側から。」

 

 弟が余計なことを言う。

 

 ゴッ。

 

 思わず私は。

 

 鎧を胴体を叩く。

 

「だから。」

 

「あんな格好で風呂カラ。」

 

「出てきたノカ。」

 

 こいつ。

 

 切り刻んでやろうか……。

 

「若様……。」

 

 ランファンも呟く。

 

 その時だった。

 

 扉が開く。

 

「お待たせしました。」

 

 ヨキだった。

 

 急いで平静を取り戻す。

 

「どうだった。」

 

 私が尋ねる。

 

「御三方がホムンクルスを感知できるということなので。」

 

「一人はダブリス。」

 

「二人は東方司令部。」

 

「そういう形で動いていただくことになりました。」

 

 リンが顔を上げる。

 

「グリードさんへは。」

 

「大佐経由で連絡が入ります。」

 

「迎えが来るまでは。」

 

「ここで待機しましょう。」

 

「ダブリスと。」

 

「分けるのね。」

 

 私が聞く。

 

「ええ。」

 

 ヨキは頷いた。

 

「あそこには。」

 

「エドワード君。」

 

「アルフォンス君。」

 

「イズミさん。」

 

「人柱が三人集まっています。」

 

「グリードさんも近くにいますが。」

 

「ホムンクルスを感知できる方が一人いるだけでも。」

 

「安心できますから。」

 

 リンが腕を組む。

 

「そのグリードというのハ。」

 

「誰ダ。」

 

「ラストさんと同じ。」

 

「ホムンクルスです。」

 

 空気が止まる。

 

「ですが。」

 

「気の良い方ですよ。」

 

「色々聞けば。」

 

「教えてくれると思います。」

 

 リンは黙って考え込んだ。

 

「若。」

 

 フーが静かに口を開く。

 

「よろしかったのですカ。」

 

「この者達を。」

 

「信用シテ。」

 

 部屋が静かになる。

 

 リンは目を閉じ。

 

 小さく息を吐いた。

 

「信用ではなイ。」

 

「やっと見つけた。」

 

「不老不死への道ダ。」

 

「ここで手放す訳にはいかナイ。」

 

 フーは何も言わない。

 

 ランファンも静かに頷いた。

 

 ヨキはその様子を見ながら。

 

 穏やかに口を開く。

 

「心配になるお気持ちは。」

 

「よく分かります。」

 

「私が逆の立場でも。」

 

「そう思いますから。」

 

 リンは黙ってヨキを見る。

 

「信用してください。」

 

「とは申しません。」

 

「きっと。」

 

「信用できないでしょうから。」

 

 一拍置く。

 

「ですが。」

 

「私は約束を守ります。」

 

 静かな声だった。

 

「ダブリスへ残れば。」

 

「グリードさんから。」

 

「ホムンクルスのこと。」

 

「賢者の石のこと。」

 

「色々聞けるでしょう。」

 

「大佐の元へ行けば。」

 

「いずれ。」

 

「賢者の石を管理している者達と。」

 

「ぶつかることになります。」

 

 リンは少し笑った。

 

「国盗りダナ。」

 

「ええ。」

 

 ヨキは否定しない。

 

「最終的には。」

 

「そうなります。」

 

「管理している賢者の石も。」

 

「一つや二つ。」

 

「手に入る機会はあるでしょう。」

 

 リンは腕を組んだまま。

 

 静かに考える。

 

「誰がダブリスへ残り。」

 

「誰が大佐の元へ行くか。」

 

「それは。」

 

「リンさんが決めてください。」

 

「ですが。」

 

「今後の流れを見るのであれば。」

 

「リンさんは。」

 

「大佐の元へ向かわれる方が。」

 

「良いと思います。」

 

 部屋に沈黙が落ちる。

 

 誰も口を開かない。

 

 私は皆を見回す。

 

 そして。

 

 パン。

 

 パン。

 

 軽く手を叩いた。

 

「はいはい。」

 

「一旦おしまい。」

 

 全員がこちらを見る。

 

「難しい話は。」

 

「お腹を満たしてから。」

 

「食事にしましょう。」

 

「姉さん。」

 

「今日も作るんですか。」

 

 弟が驚いた声を出す。

 

「この前。」

 

「真っ黒に焦がしてたじゃないですか。」

 

「ちょっと。」

 

「やめなさいよ。」

 

 私は睨む。

 

 ヨキは苦笑した。

 

「私は。」

 

「美味しかったですよ。」

 

「旦那。」

 

「それは舌がおかしいですって。」

 

「然り。」

 

「通行料で取られたのかもしれぬ。」

 

「失礼ですねぇ。」

 

 ヨキと兄弟は笑う。

 

 その空気に。

 

 リンも僅かに口元を緩めた。

 

「では。」

 

「我々も手伝おウ。」

 

「ランファン。」 

 

「はい。」

 

「若様。」

 

「ランファンの作る料理ハ。」

 

「美味イ。」

 

 ランファンが少しだけ照れる。

 

「ありがとうございます。」

 

「若様。」

 

 私は黙ってランファンを見る。

 

 ランファンも。

 

 静かにこちらを見返した。

 

 互いに譲らない。

 

「兄者。」

 

「何か始まってねえか。」

 

「触れるな。」

 

「女には女の。」

 

「譲れぬものがある。」

 

 フーが深くため息を吐く。

 

「まったく。」

 

「こんな時に。」

 

「若い者というのは。」

 

「いや。」

 

「姉さん若くね──」

 

「おだまり!」

 

 私の声が。

 

 部屋いっぱいに響いた。

 

 次の瞬間。

 

 部屋には笑い声が広がった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
点
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

読者層が似ている作品 総合 二次 オリ

はじめの一歩転生・・・こいつかよ!?(作者:櫻13)(原作:はじめの一歩)

まさかの梅沢転生。良いキャラしてるのになぁ・・・と思ったので


総合評価:1322/評価:7.96/連載:19話/更新日時:2026年10月12日(月) 18:18 小説情報

BLACK LAGOON Maid's Salvation(作者:AI太郎)(原作:BLACK LAGOON)

ブラックラグーンの世界に転生した男は、自分がラブレス家の若き当主――ガルシア・フェルナンド・ラブレスになっていることに気付く。▼前世でブラックラグーンを愛読していた彼は知っていた。▼最愛の主人を失ったロベルタが復讐鬼となり、心も身体も壊していく未来を。▼だから何がなんでもロベルタを救うと決意する。▼そんなお話。▼(こちらの作品はAIをめちゃくちゃ使っておりま…


総合評価:908/評価:7.6/連載:29話/更新日時:2026年10月12日(月) 22:34 小説情報

転生したら奈良シカマルの双子の兄でした(作者:ZAZAI)(原作:NARUTO)

奈良シカマルの双子の兄・カゲマルとして転生した主人公。アカデミーで仲間との絆を育みながら、未来を変えるため忍として歩み始める。


総合評価:1773/評価:7.12/連載:36話/更新日時:2026年10月01日(木) 23:26 小説情報

日向ヒカゲ忍法帖(作者:鍋川太一)(原作:NARUTO)

 NARUTOの世界に転生した、男の物語。木の葉の名門に生まれた彼の運命やいかに?▼ 作者の独自解釈がてんこ盛りです。主人公はいろんな事に疑問を抱いている。苦手な方は戻って下さいな。▼ NARUTOを読んでいないと分かりづらいと思います▼ 続かないかも知れないし続くかもしれない。


総合評価:3464/評価:7.71/連載:59話/更新日時:2026年10月11日(日) 19:00 小説情報

遊戯王DMT―転生したら城之内だった件―(作者:Laginera)(原作:遊戯王)

表紙: ▼【挿絵表示】▼(ChatGPTで作成しました)▼事故で死んで生き返ったオレがいたのは遊戯王の世界だった。▼だがよりによってオレが転生したのは一般人なのに毎度カードゲームで死にかける「城之内克也」だった!▼このままだとバトルシティでラーに魂ごと焼かれてしまう!▼そもそもカードゲームがそこまで好きでもないのにデュエルモンスターの世界に転生するというのが…


総合評価:1216/評価:6.91/連載:61話/更新日時:2026年10月12日(月) 10:11 小説情報


小説検索で他の候補を表示>>