迎えの車は。
静かにダブリスへ向かって走っていた。
窓の外を流れる景色は、次第に違う表情を見せ始める。
「着いたぜ。」
運転手が車を止める。
「ついてきてくれ。」
俺達は無言で車を降りた。
案内された先は、どこか怪しげな建物だった。
運転手が扉を二度叩く。
「グリードさん、お連れしました。」
「ああ。」
「入ってくれ。」
軽そうな男の声が返ってくる。
鬼が出るか。
蛇が出るか。
いずれにしても。
虎穴に入らずんば虎子を得ず。
不老不死への手掛かりを。
ここで逃す訳にはいかなかった。
扉を開ける。
「よく来たな。」
部屋の中央。
一人の男がソファーに深く腰掛けていた。
足を組み。
まるで旧友でも迎えるような気楽さで俺達を見ている。
「立ち話もなんだ。」
「適当に座ってくれ。」
「感謝スル。」
俺達も向かいのソファーへ腰を下ろした。
男は机の酒瓶を手に取りながら口を開く。
「話は聞いてるぜ。」
「賢者の石を探してるのと。」
「ホムンクルスを感知できるんだってな。」
酒瓶を軽く揺らしながら笑う。
「俺からも感じるか?」
「ああ。」
「禍々しいほどニナ。」
「どれだけ入ってイル。」
「ガハハ。」
男は豪快に笑った。
「俺にも分からねぇよ。」
「まあ。」
「お前達とは。」
「長い付き合いになるかもしれねぇ。」
男は立ち上がる。
「ビジネスってのは。」
「まず商品説明からだ。」
「ちょいと。」
「ブ男になるがな。」
「見てな。」
男の右腕が。
漆黒へと染まる。
違う。
変色ではない。
硬化している。
黒い硬化は全身へ広がり。
やがて。
目の前には。
漆黒の鎧を纏った化物が立っていた。
「凄いナ。」
「これが賢者の石カ。」
「ガハハ。」
「最強の盾。」
「そう呼ばれてる。」
「残念ながら。」
「不老不死じゃねぇけどな。」
黒い装甲がゆっくりと解け。
男は元の姿へ戻る。
「不老不死ではないノカ。」
「ガハハ。」
「サービスはここまでだ。」
「ここからは。」
「ビジネスの話といこう。」
男は再びソファーへ腰を下ろす。
能力を見せたのも。
交渉材料の一つということか。
隠すべきものと。
見せるべきもの。
その線引きが上手い。
面白い男だ。
「聞いてるかもしれねぇが。」
「お前達のうち。」
「二人は東方司令部。」
「一人はここで警護だ。」
「それは聞いてイル。」
「話が早い奴は嫌いじゃねぇ。」
男は笑う。
「で。」
「誰が残る?」
「少し待ってホシイ。」
俺は男を見る。
「どうして。」
「そこまでここに拘る。」
「あん?」
「聞いてねぇのか?」
「どうカナ。」
男は口元を吊り上げた。
「いいねぇ。」
「そういう奴。」
「嫌いじゃねぇ。」
酒瓶を口へ運ぶ。
「ここには。」
「あちらさん。」
「まぁ敵側だな。」
「そいつらにとっちゃ。」
「絶対に失えねぇ奴らが三人いる。」
「エルリック兄弟。」
「兄貴は国家錬金術師。」
「弟も負けちゃいねぇ。」
「それと。」
「そいつらの二人の師匠。」
「人体錬成をして。」
「還ってきた人達ダナ。」
男は目を細めた。
「ガハハ。」
「やっぱり。」
「知ってるじゃねぇか。」
「鎌かけやがって。」
「すまナイ。」
「構わねぇよ。」
男は酒を飲み干し。
新しい酒瓶へ手を伸ばす。
「随分。」
「優しいンダナ。」
「ガハハ。」
「最近。」
「色々あってな。」
「前ほど。」
「尖っちゃいねぇのさ。」
酒瓶の栓を抜く。
「俺の兄弟には。」
「色んな能力を持った奴がいる。」
「中でも。」
「何にでも化ける厄介なのがいてな。」
「姉貴も軍も。」
「そいつを警戒してる。」
「もちろん。」
「俺もだ。」
男は酒瓶を軽く掲げる。
「ここで。」
「あいつら三人に何かあっちゃ。」
「姉貴に顔向けできねぇ。」
そう言って。
一口酒をあおる。
利益には貪欲だ。
だが。
仲間のためなら。
その利益さえ後回しにする。
そういう男なのだろう。
気付けば。
この男に親しみを感じ始めている自分がいた。
「……若。」
フーが静かに声を掛ける。
「分かってル。」
俺は男を見る。
「あんたの話。」
「乗ろう。」
「グリードだ。」
男は酒瓶を机へ置いた。
「好きに呼んでくれ。」
「それで。」
「誰が残る。」
俺が口を開くより早く。
「若。」
フーが前へ出た。
「爺さま!」
ランファンが驚く。
「若様や。」
「ランファンには。」
「未来がありマス。」
「この国を。」
「見て。」
「学んでくだサレ。」
「皇帝になられる時。」
「必ず役に立ちマス。」
俺は静かに目を閉じる。
しばらく沈黙し。
ゆっくりと頷いた。
「……分かっタ。」
グリードが笑う。
「いいチームじゃねぇか。」
その言葉に。
嘘は感じなかった。
「んじゃ。」
「車を用意させる。」
「お前達は。」
「東方司令部へ向かってくれ。」
◇
リンとランファンを乗せた車は。
東方へ向け走り去っていった。
その後ろ姿を見送り。
グリードは口元を緩める。
「時は金なり。」
「ってな。」
「じゃあ。」
「爺さん。」
「フーだ。」
私が口を挟む。
「ガハハ。」
「そうだったな。」
「フー爺さん。」
「警護してもらいたい奴の所へ。」
「行くぞ。」
私は静かに頷いた。
……
…………。
一軒の精肉店へ辿り着く。
店の扉を開くと。
「いらっしゃいませ。」
店員が顔を上げた。
「ああ。」
「グリードさん。」
「邪魔するぜ。」
「少々お待ち下さい。」
店員は奥へと姿を消す。
しばらくして。
大柄な男が現れた。
「悪いな。」
「あいつらのリハビリ中でな。」
「イズミは。」
「まだ手が離せねぇ。」
「構わねぇよ。」
「弟くんに。」
「後遺症がなくて何よりだ。」
グリードは肩を竦める。
「今日は。」
「顔合わせで来た。」
グリードが私を指す。
「ヨキ達が出会った。」
「シン国の人だ。」
私は静かに一礼する。
男も自然と頭を下げた。
「賢者の石を調べていてな。」
「その取引で。」
「ここを警護してもらうことになった。」
「この爺さんは。」
「ホムンクルスの気配が分かる。」
「何かあれば。」
「すぐ知らせてくれるぜ。」
「馬鹿みたいな能力を。」
「持った奴もいるからな。」
「それ対策だ。」
男は短く頷く。
「分かった。」
「感謝する。」
「あいつらにも。」
「伝えておく。」
「よろしく頼むぜ。」
「今日は。」
「その報告だけだ。」
用件を終え。
私達は店を後にする。
振り返ることなく。
男も店へ戻っていった。
◇
「さて。」
「今度はフー爺さんの宿だ。」
古びた建物へ入る。
中は意外にも整頓されていた。
「好きに使ってくれ。」
「衣食住には困らせねぇ。」
「酒も。」
「飲みたきゃ好きに飲め。」
「感謝すル。」
私は頭を下げる。
グリードは笑った。
「正直。」
「あんたにゃ。」
「退屈な役目かもしれねぇ。」
「だが。」
「あいつらは。」
「必ずここへ来る。」
「期待してるぜ。」
私は応えない。
護衛とは。
退屈なものではない。
守るべき者がいる限り。
それだけで十分だ。
しばらく沈黙が流れる。
「お主に。」
「賢者の石のことヲ。」
「聞いても良いノカ。」
「もちろん。」
「俺が知ってる範囲ならな。」
グリードは棚から酒瓶を二本取る。
「普通なら。」
「等価交換だ。」
「高く吹っかける。」
「だが今回は。」
「手が空いたら。」
「俺の部下を鍛えてくれ。」
「今回はサービスだ。」
「フー爺さんも。」
「鈍るのは嫌だろ。」
「分かっタ。」
「だガ。」
「優しくはできんゾ。」
「シン国流は厳シイ。」
グリードは嬉しそうに笑う。
「構わねぇ。」
「死なねぇ程度にならな。」
「あいつらも。」
「今。」
「必死にもがいてる所だ。」
グリードは酒瓶を机へ置く。
「じゃ。」
「飲みながら話そうや。」
私は静かに酒瓶を受け取った。
これもまた。
一つの取引なのだろう。
◇
その頃。
東方。
俺達は巨大な建物を見上げる。
「ここが。」
「軍の司令部か。」
「お待たせしました。」
後ろから落ち着いた声がした。
振り返る。
一人の女性士官。
隙のない軍服。
真っ直ぐな眼差し。
「リザ・ホークアイ中尉です。」
女性士官は敬礼する。
俺達も一礼を返した。
「いきなり司令部へ案内すると。」
「目立ちますので。」
「こちらへ。」
余計な説明はない。
俺達は黙って後に続く。
……
…………。
案内された先は。
寂れた酒場だった。
リザが扉を開ける。
「失礼します。」
「お連れしました。」
「ああ。」
低く落ち着いた声が返る。
一人の男が立ち上がった。
「初めまして。」
「ロイ・マスタング大佐です。」
俺も一歩前へ出る。
「シン国第十二皇子。」
「リン・ヤオと申ス。」
互いに視線を交わす。
短い沈黙。
相手もまた。
こちらを値踏みしている。
マスタングが小さく笑った。
「未来の皇帝と。」
「繋がりを持てること。」
「光栄に思います。」
「話は伺っています。」
「ホムンクルスを感知できる、と。」
俺は静かに頷く。
「では。」
「さっそく。」
「ご同行願えますか。」
「何処へ。」
俺は尋ねる。
マスタングは軍帽を手に取り。
静かに立ち上がった。
「私の上官宅です。」
「これからの話を。」
「そこでしましょう。」
そう言って。
酒場の扉を開く。
俺達は黙って。
その背中を追った。