ヨキですが、静かに生きたいだけなんです。   作:千遇万歩

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第五章 確認

 

 教会の扉が静かに開いた。

 

 高い天井。

 

 色鮮やかなステンドグラス。

 

 祭壇の前では、多くの信徒たちが静かに祈りを捧げていた。

 

「ようこそ、お越しくださいました。」

 

 一人の少女が柔らかな笑みを浮かべ、頭を下げる。

 

 茶色の長い髪。

 

 優しそうな瞳。

 

 どこか儚げな雰囲気を纏っている。

 

「私はロゼと申します。」

 

 ヨキは思わず目を丸くした。

 

(……ロゼ。)

 

(本物だ。)

 

 原作で何度も見た少女が、今、自分の目の前に立っている。

 

「ヨキ中尉、ですよね?」

 

「あ、ああ。」

 

 思わず返事が遅れる。

 

 ロゼは気にした様子もなく微笑んだ。

 

「教主様は、ただいま信徒の皆さんとお話し中です。」

 

「その間、私がご案内しますね。」

 

「ありがとう。」

 

 二人はゆっくりと教会の中を歩く。

 

「この町が大好きなんです。」

 

 ロゼは嬉しそうに話し始めた。

 

「皆さん優しくて、困っている人がいたら助け合って。」

 

「教主様も、いつも私たちを導いてくださっています。」

 

 その笑顔には、一切の曇りがない。

 

(……本当に信じてるんだ。)

 

 ヨキは胸が少し痛んだ。

 

「私……。」

 

 ロゼは少し照れくさそうに笑う。

 

「結婚を約束した人がいたんです。」

 

 ヨキは静かに耳を傾ける。

 

「でも、事故で亡くなってしまって……。」

 

 一瞬だけ寂しそうな表情になる。

 

 しかし、すぐに笑顔へ戻った。

 

「でも、大丈夫なんです。」

 

「教主様が、きっとまた会わせてくださるって約束してくれたから。」

 

「だから毎日祈っているんです。」

 

「今度こそ、また一緒に笑えるって信じています。」

 

 ヨキは何も言えなかった。

 

(知ってる。)

 

(全部知ってる。)

 

(その願いは叶わない。)

 

(……本当に、幸せになってほしい。)

 

 

 応接室へ案内される。

 

 ほどなくして、一人の男が姿を現した。

 

 柔和な笑みを浮かべた老人。

 

 レト教教主コーネロだった。

 

 ヨキは静かに一礼する。

 

「本日よりリオール地区を担当することになりました、ヨキ中尉です。」

 

「どうぞよろしくお願いいたします。」

 

 コーネロも穏やかに微笑み返した。

 

「これはご丁寧に。」

 

「軍と教団が手を取り合い、この町の平和を守っていければ幸いです。」

 

「こちらこそ。」

 

 当たり障りのない挨拶だった。

 

 ヨキは心の中で安堵する。

 

(よし。)

 

(今日は本当に何もしない。)

 

(これで帰ろう。)

 

 一方、コーネロは笑みを崩さぬまま、静かにヨキを観察していた。

 

(この男が、新しく赴任した軍人か。)

 

(報告では、ユースウェルから左遷されてきた男。)

 

(なるほど。)

 

(左遷された軍人が一人増えたところで、この町は何も変わらん。)

 

(軍も、厄介払いのつもりで寄越したのだろう。)

 

(警戒するほどの相手ではない。)

 

 そう結論づけると、コーネロは興味を失ったようにロゼへ視線を向けた。

 

「ロゼ。」

 

「先ほどの話の続きをしましょう。」

 

「はい、教主様。」

 

 ロゼは少し恥ずかしそうに俯く。

 

「教主様……。」

 

「私、あとどれくらい待てば……。」

 

「また、あの人に会えるのでしょうか。」

 

 コーネロは慈愛に満ちた笑みを浮かべた。

 

「神は、信じる者を見捨てません。」

 

「時が満ちれば、あなたの願いは必ず届きます。」

 

「その時まで、神の御業を信じなさい。」

 

 そう言うと、右手を静かに掲げる。

 

 はめられた指輪が、赤く妖しく輝いた。

 

 次の瞬間。

 

 応接室の花瓶へ生けられていた花が、まるで時間を巻き戻したかのように一斉に花開いた。

 

「……!」

 

 ロゼの表情がぱっと明るくなる。

 

「ありがとうございます、教主様!」

 

「やっぱり神様は私たちを見てくださっているんですね!」

 

 コーネロは満足そうに頷いた。

 

「信じなさい。」

 

「必ず願いは叶います。」

 

 ヨキだけが、その指輪から目を離せなかった。

 

(……賢者の石。)

 

(やっぱりか。)

 

 拳を握る。

 

(駄目だ。)

 

(今回は何もしないって決めた。)

 

(帰ろう。)

 

 一歩踏み出す。

 

 しかし。

 

 ロゼの笑顔が目に入る。

 

(知ってしまった。)

 

(この子は騙されている。)

 

(見て見ぬふりは……。)

 

 できなかった。

 

 静かに振り返る。

 

「……失礼します。」

 

 コーネロが穏やかに笑う。

 

「何でしょう?」

 

 ヨキは小さく息を吸った。

 

「一つ、確認なんですが。」

 

 

「先ほどのお話ですが。」

 

「亡くなられた方と再び会わせる、という認識でよろしいでしょうか。」

 

「ええ。」

 

「神の御業です。」

 

 ヨキは静かに頷く。

 

「ありがとうございます。」

 

「まず確認ですが。」

 

「人体錬成ではありませんね。」

 

「もちろんです。」

 

「軍では人体錬成は禁止されていますので、職務上の確認です。」

 

「なるほど。」

 

「では、錬金術でもありませんね。」

 

「神の御業です。」

 

「そうですか。」

 

 一拍置く。

 

「国家錬金術師でもありません。」

 

「錬成陣も見受けられません。」

 

「人体錬成でもありません。」

 

「私の知る錬金術でもありません。」

 

 ヨキは少し考え込むように顎へ手を添えた。

 

「となりますと。」

 

「シン国など、他国の技術体系による術でしょうか。」

 

「あるいは、我々の知らない別の技術でしょうか。」

 

 部屋の空気が少しだけ張り詰める。

 

 コーネロは笑顔を崩さない。

 

「もし他国の技術でしたら。」

 

「軍として確認しなければならない案件になります。」

 

「我が国の安全保障にも関わりますので。」

 

「なるほど。」

 

 コーネロは静かに微笑んだ。

 

「ですが、そのような大層なものではありません。」

 

「神の御業です。」

 

「そうですか。」

 

 ヨキは素直に頷いた。

 

「では最後に、もう一点だけ確認させてください。」

 

 部屋が静まり返る。

 

「先ほど、神の御業をお見せくださった際。」

 

「その指輪が赤く発光していたように見えました。」

 

 コーネロの瞳がわずかに揺れる。

 

「軍でも噂程度には耳にしております。」

 

「莫大なエネルギーを秘めた鉱石。」

 

「賢者の石、と呼ばれる存在を。」

 

 ロゼだけが、不思議そうに二人を見ている。

 

「もちろん、存在は確認されておりません。」

 

「だからこその確認です。」

 

「もし違うのであれば安心できます。」

 

「もし違わないのであれば、正式な調査が必要になります。」

 

「もし本当に神の御業なのであれば。」

 

「軍としても正式に確認し、認める必要があります。」

 

 一歩だけ近付く。

 

「その指輪を、一度軍でお預かりしてもよろしいでしょうか。」

 

 沈黙。

 

 コーネロは穏やかに笑っていた。

 

 しかし、その胸中では先ほどまでの余裕は消え失せていた。

 

(左遷された軍人だと侮った。)

 

(だが違う。)

 

(この男は問答だけで、ここまで辿り着いた。)

 

(偶然ではない。)

 

(生かしておけば、必ず真実へ辿り着く。)

 

(……生かしてはおけない。)

 

「もちろんです。」

 

 コーネロは静かに立ち上がる。

 

「その件につきましては、人払いをした別室でゆっくりお話しいたしましょう。」

 

「ありがとうございます。」

 

 数分後。

 

 教会中に、一発の銃声が響き渡ることになる――。

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