再会
夕暮れのカーティス精肉店。
カラン、と扉が鳴る。
「いらっしゃ――」
精肉店の店先に立っていたエドワードの言葉が止まった。
「……え?」
そこに立っていたのは。
「ウィン……リィ?」
長い旅路を終えたような表情で、ウィンリィはエドを見つめていた。
言葉はない。
ただ、ゆっくりと近づく。
「な、何だよ?」
右手が伸びる。
エドの右腕。
機械鎧ではない。
温もりのある、人間の腕。
ウィンリィは震える手で、その腕を握った。
何度も。
確かめるように。
「……あったかい。」
「……ほんとうに。」
「……戻ったんだね。」
「ぜっ!」
「絶対取り戻すって言ったろ!」
その瞬間。
ぽろり、と涙が零れ落ちた。
「ウ、ウィンリィ?」
何も言わず泣き続けるウィンリィに、エドは完全に狼狽える。
「お、おい!」
泣き続けるウィンリィを見て。
エドは困ったように頭を掻いた。
こういう時の正解は知らない。
「あーっ!」
後ろから元気な声が響いた。
「お姉ちゃん泣かしてるー!」
「……え?」
エドがひょいと顔を覗かせる。
「ニーナ!?」
「えへへ!」
ニーナは満面の笑みで手を振った。
その横ではアレキサンダーも尻尾を振っている。
「ワフ!」
「全く……待てって言っても聞きゃしない。」
ゆっくり歩いてきたのはピナコだった。
「元気そうだね。」
「ばっちゃんまで!?」
状況が理解できない。
エドが混乱していると。
「遠いところ、ご苦労様でした。」
店の奥からイズミが現れる。
「イズミ・カーティスと申します。」
イズミが深々と頭を下げる。
「構わないよ。」
ピナコは肩をすくめた。
「ピナコ・ロックベルだ。」
「あと孫娘と同居人も連れてきてる。」
「しばらく世話になるよ。」
ますます分からない。
「兄さん?」
奥から松葉杖の音が近づいてくる。
振り返る。
そこにはアルフォンスがいた。
「どうしたの?」
アルとウィンリィの目が合う。
「あっ……」
アルは少し照れ臭そうに笑う。
「ウィンリィ。」
一歩。
また一歩。
「僕だよ。」
「アルフォンスだよ。」
その一言で十分だった。
「アル!!」
ウィンリィは駆け寄り、そのまま抱き締める。
「うわっ!」
まだ足元の覚束ないアルは支えきれない。
「アル!」
慌ててエドが飛び込む。
しかし。
三人まとめて床へ転がった。
「いってぇぇ!」
「兄さん……」
アルは苦笑する。
「僕、まだ全快じゃないから。」
「ご、ごめんね……。」
泣き笑いのウィンリィ。
その顔を見ると。
もう誰も怒れなかった。
エドはそっとウィンリィの頭を撫でる。
「……ただいま。」
アルも微笑みながら続ける。
「ただいま。」
ウィンリィは涙を拭きながら笑った。
「……うん。」
「おかえり。」
三人はしばらく動かなかった。
……。
グリードは三人を店の外から見ていた。
誰も気付いていない。
少しだけ笑う。
「……ガハハ。」
「盛り上がってるじゃねえか。」
場を収めたのはイズミだった。
「お疲れでしょうし。」
「少し早いですが。」
「夕食にしましょう。」
「どうぞ。」
「中に入って下さい。」
イズミがグリードの方を見る。
「グリード。」
「あんたも食ってきな。」
「ガハハ。」
「邪魔するぜ。」
◇
食卓には料理が並ぶ。
焼き立ての肉。
温かなスープ。
焼きたてのパン。
シグ特製の豪快な夕食だった。
「うめぇ!」
エドは遠慮なく頬張る。
「お肉、おいしー!」
ニーナも夢中だ。
アレキサンダーにも肉が分けられ、嬉しそうに尻尾を振っている。
アルはスプーンでゆっくりとスープを口へ運ぶ。
一口。
二口。
静かに目を閉じる。
「……おいしい。」
小さく呟いた。
ウィンリィは思わずアルを見る。
その笑顔は。
子供の頃と何も変わっていなかった。
ピナコは目を細めた。
その笑顔が見られただけで十分だった。
長い年月。
味わうことすらできなかった食事。
その一口一口を、アルは噛み締めるように味わっていた。
温かい時間が流れる。
……
…………。
しばらくした後。
ウィンリィが尋ねる。
「アル、もう食べないの?」
「もっと食え。」
シグがアルの皿に肉を乗せようとする。
アルが慌てる。
「ま、まだ無理です!」
イズミがシグを止める。
アルは少し照れ笑いを浮かべ。
「食べたいんですけど……。」
「まだ胃が慣れてなくて。」
「先生にも、少しずつ慣らしていけって言われてます。」
「それでいい。」
イズミが短く言う。
「身体は正直だ。」
「今は食えた分だけで十分。」
「はい。」
アルは素直に頷いた。
グリードは肉を豪快に頬張りながら笑う。
「ガハハ!」
「そのうち。」
「シグのおっさんの飯を全部食うようになるぜ!」
シグも豪快に笑う。
食卓に笑い声が広がった。
◇
食事も終わり、食卓には穏やかな空気が流れていた。
ニーナはアレキサンダーを抱いてうとうとし始め、シグが静かに抱き上げて二階へ運んでいく。
ウィンリィも食器を片付けようと立ち上がった。
「手伝います。」
「ありがとう。」
「でも。」
「今日はお客さんで来てもらってる。」
イズミが首を振る。
「……ありがとうございます。」
ウィンリィは小さく頭を下げた。
食卓にはエドワード、アルフォンス、ピナコ、イズミ、ウィンリィ、グリードが残る。
少しだけ空気が変わった。
イズミが口を開く。
「さて。」
「そろそろ話をしましょうか。」
全員の視線が集まる。
「まず。」
「ピナコさん達にこちらへ来てもらった理由ですが。」
ピナコが腕を組む。
「こいつから大凡は聞いてるよ。」
「理解が早くて助かったぜ。」
「要は。」
「危険ってこった。」
グリードが応える。
「……え?」
エドが眉をひそめる。
「どういうことだよ。」
グリードが椅子にもたれたまま答えた。
「手元に置いておきたい坊主達に。」
「なかなか近づけねぇ。」
「そうなったら敵さんはどう動くと思う?」
エドはすぐに答えられなかった。
代わりにアルが息を呑む。
「……リゼンブール。」
「そういうこった。」
グリードは頷く。
「人質。」
「脅迫。」
「身内は一番分かりやすい弱点だ。」
食卓が静まり返る。
ピナコもウィンリィも静かに聞いていた。
「かといって。」
「全体の足並みを乱すわけにはいかねぇ。」
「ヨキにも聞いた。」
「軍も。」
「そこのイズミにも。」
「返ってきた答えは全部同じだった。」
グリードは続ける。
「あいつらなら躊躇なくやるってな。」
「意見が一致すりゃ。」
「あとは簡単だ。」
「俺が迎えに行く。」
シンプルに言う。
「まあ。」
「文句も言わず付いてきた。」
「ピナコの婆さん達が。」
「一番凄えんだろうかな。」
「普通なら出来ねえよ。」
グリードは笑いながら言う。
「イズミさんから一報もらってたからね。」
「覚悟してただけさ。」
ピナコは淡々と告げる。
「その節はありがとうございました。」
イズミが礼を言う。
ピナコは笑顔で返す。
エドはゆっくりと周囲を見回した。
グリード。
イズミ。
ヨキ。
マスタング。
ピナコ。
自分たちの知らないところで。
こんなにも多くの人が動いていた。
何も言えなかった。
イズミは静かに締めくくる。
「ピナコさん達に無事に会えた。」
「それが何よりです。」
誰も異論はなかった。
◇
やがて、グリードが椅子から立ち上がった。
「じゃあ。」
「遅くなる前に、ピナコ婆さんの新居へ行くか。」
「悪くない家を用意してるぜ。」
ピナコもゆっくり腰を上げる。
「そうだね。」
「荷物も片付けなきゃならないし。」
ウィンリィも立ち上がった。
「私も手伝う。」
部屋にシグが戻ってくる。
「あの子、寝ちまったぞ。」
「犬も離れねぇみたいだ。」
イズミは静かに微笑んだ。
「今日はこのまま寝かせておきましょう。」
「明日、私達が連れて行きます。」
ピナコも頷く。
「悪いが、お言葉に甘えるよ。」
「ええ。」
「任せて下さい。」
イズミは穏やかに答えた。
グリードは扉へ向かう。
「んじゃ。」
「行くぞ。」
「車は待たせてある。」
ピナコが続き。
「今日は本当にありがとうございました。」
ウィンリィは一礼して店を出ていく。
「こちらこそ。」
イズミは軽く手を振った。
「気を付けて。」
イズミが穏やかに送り出す。
シグも大きく手を振った。
「何かあったらすぐ来い。」
「はい。」
ウィンリィは笑顔で頷く。
夜風が店の中へ流れ込む。
グリードを先頭に。
ピナコとウィンリィが続く。
三人は店を後にした。
エドはその背中を黙って見送る。
車の前まで辿り着いた、その時だった。
「……グリード。」
声が届く。
グリードが振り返る。
「あん?」
エドがゆっくり歩いてくる。
少しだけ言葉を探すように口を閉じる。
そして。
「何で。」
「何で、ここまでしてくれる。」
グリードは少しだけ目を細めた。
「ピナコ婆さん。」
「悪いが少し待っててくれ。」
「構わないよ。」
ピナコは先に車に乗る。
「ウィンリィ。」
「あんたも乗りな。」
「うん。」
ウィンリィは何も聞かなかった。
グリードはエドへ向き直る。
「裏ならあるさ。」
ニヤリと笑う。
エドは思わず苦笑した。
「……やっぱりか。」
「ガハハ。」
短く笑う。
少しだけ沈黙が流れた。
やがてグリードが口を開く。
「姉貴の期待に応えたい。」
その一言だった。
エドは静かに頷く。
「……ラストだったっけ。」
「ああ。」
それ以上は語らない。
夜風だけが二人の間を通り過ぎる。
グリードは空を見上げた。
「坊主。」
「お前。」
「全部取り戻したな。」
エドは右手を見つめる。
静かに握る。
「ああ。」
「なら。」
「次は欲張れ。」
エドが顔を上げる。
「欲張る?」
「ああ。」
「お前が欲しいもんを選べ。」
「欲しい生き方を掴め。」
エドは黙って聞いていた。
グリードは笑う。
「欲張るってのは。」
「我儘って意味じゃねぇ。」
「自分の欲に。」
「最後まで嘘をつかねぇってことだ。」
エドはゆっくり息を吐く。
「……俺の欲か。」
「ああ。」
「他人の為に生きるのも悪かねぇ。」
「でも。」
「最後は欲で決めろ。」
「まあ。」
「今日の所は。」
「これくらいにしといてやるよ。」
「じゃあな。」
エドはその背中を見送る。
車の扉が閉まる。
エンジンが静かに音を立てた。
やがて車はゆっくりと夜の街へ走り出す。
その姿が見えなくなるまで。
エドは店先に立ち尽くしていた。
ここまでお読み下さり、誠にありがとうございました。
急で申し訳ございませんが、ストックがとうとう尽きました。
これを機会としまして、全体の手直し(台詞の読みやすさ等)に努め、ストックがある程度溜まり次第再開とさせていただこうと思います。
再開の目安としては、最低でも年明けまで時間をいただけたらと思っております。よろしくお願いいたします。
では、また後ほど。