日本国転移 作:えーあい
山田は、王建王の玉座の間に招かれていた。三日間の滞在を終え、いずも艦への帰還を告げるためだ。
王建王は、蛇をくわえてくるくると回していた。その目は、相変わらず鋭く、計算に満ちていた。
「山田よ。帰還すると聞いたぞ」
「左様です、大王様。申し訳ございません。我が国の本国へ、この地での所見を報告する必要があるのです。ご理解いただきたく存じます」
山田は、深く頭を下げた。
王建王は、鼻を鳴らした。
「ふむ。では、我が国での滞在はどうであった? 貴国の指導者に、何か報告することはあるか」
「左様です。貴国の寛大なおもてなしと、高い文明水準に、心より感謝いたします。我が国は、貴国との長期的な関係構築を望んでおります」
山田の返答は、完璧な外交辞令だった。
「良い。では、本国への報告の際に、我が国の意向を伝えてもらいたい。我が国は、日本国との交易を望んでいる。貴国の技術が、我が国に提供されることを望む」
王建王は、明確にその意図を述べた。
「かしこまりました。その旨をお伝えいたします」
「では、本国への報告が終わったら、再び我が国に戻ってこい。貴国との関係をさらに深めるためには、継続的な対話が必要だろうからのォ」
「ご厚情ありがとうございます。本国への報告の後、再びご挨拶に参上いたします」
山田は、再び深く頭を下げた。
「ところで、山田よ。貴国は、本当に何らかの超自然的な現象によって、この世界に出現したといったな」
王建王が、唐突に質問を投げかけた。
山田は、その質問に、一瞬、沈黙した。これは、最も避けたかった質問だ。だが、ここで虚言を述べれば、王建王の信頼を失うことになるだろう。
「左様です。我が国は、現在の状況について、詳細には理解しておりません。ですが、何らかの異常現象により、この世界に出現したことは、確かなのです」
「ふむ。それは、我が国にとって、朗報か悪報か。判断しがたい。だが、貴国の技術と、貴国の外交官としての能力から判断すれば、朗報である可能性は高い」
王建王は、蛇をくわえ、にいと笑みを浮かべた。その笑みは、何か秘密を知っているかのようだった。
「――ところで、山田よ。貴国は、秦国に関心があるのではないか」
山田の心臓が、わずかに高鳴った。だが、彼の表情は、変わらなかった。
「秦国に、でございますか」
山田は、その質問に、慎重に返答した。
「そうだ。貴国の外交官は、秦国の王の名前を聞き出したいと、必死に思っていたようだからのォ。そう我が国の劉威から報告を受けた。そこから判断すれば、貴国は秦国を極めて重要視しているのだと判断できるというわけよ」
王建王は、蛇をくわえたまま、山田を見つめた。その目は、容赦なく、すべてを見抜いているかのようだ。
山田は、その視線の前で、僅かに身を縮こめた。だが、すぐに気を取り直した。
「申し訳ございません。秦国は、この地域で著しく力を強めているとお聞きしましたので、純粋な情報収集の観点から、関心を持つようになったのです。我が国が、この地域に長期的に滞在するためには、各国の動向を理解することが不可欠だと考えたのです」
山田の説明は、論理的で、説得力があった。
王建王は、蛇を口の中で弄ぶ。長い沈黙が、玉座の間を満たした。
「ふむ。それは、もっともな説明だ」
王建王の声は、低かった。だが、そこには何か深い思慮が含まれていた。
「だが、貴国が秦国に関心を持つ理由は、それだけではないのだろう。……秦国は、やがてこの地域全体を支配するかもしれない。
そのことを、貴国の指導者も理解しているのではないか」
山田は、その推測に驚いた。王建王は、自分たちの意図を、完全に見抜いていたのだ。
「――大王様。申し訳ございません。おっしゃる通りです。秦国の動向は、我が国の生存戦略にも影響を与えるものと考えられます」
山田は、ここで正直に答えることに決めた。隠蔽を続けることは、王建王との信頼を失うことになるだろう。
王建王は、微かに頷いた。
「良い。正直な答えだ。では、貴国はどのような判断を下しているのか。秦国に対して、貴国はどのような立場を取るつもりなのか」
山田は、その質問に、注意深く答えた。
「我が国は、秦国を含む、この地域のすべての国家と、平和的な関係を構築したいと考えております。しかし、同時に、我が国の文明を失わないという原則も守る必要があります。すなわち、戦争への直接的な関与は、避けたいということです」
「ふむ。賢い判断だ。では、秦国が貴国に対して、軍事的な協力を要求してきた場合はどうするのか」
「その場合は、技術的な協力に限定し、直接的な軍事行動への参加は、慎重に避けたいと考えております」
山田の返答は、明確だった。
王建王は、蛇をくわえ、長く思案した。その目は、遠く何かを見つめているようだった。
「良い。貴国の判断は、我が国の判断と、合致している」
王建王は、ついに口を開いた。
「秦国が、やがてこの地域全体を支配することになるであろう。その時に、我が国がどのような判断を下すか。それは、我が国の生存戦略にも関わることだ。そして、貴国がどのような判断を下すか。それもまた、極めて重要なことなのだ」
王建王は、蛇を回す動作を止めた。
「ここで、一つの提案がある。貴国と我が国が、秦国に対する共通の戦略を構築することはできないだろうか」
山田は、その提案に、戸惑った。
「共通の戦略、でございますか」
「そうだ。秦国が力を強めるのは避けられない。だが、貴国の技術があれば、秦国との交渉における我が国の立場を強化することができるかもしれない。同時に、貴国も、秦国に対する交渉において、我が国の協力を得ることができるであろう」
山田は、その提案の意味を理解した。王建王は、日本を秦国に対する対抗勢力として、利用したいのだ。
だが、同時に、王建王は、山田の戸惑いを見て取ったようだ。
「だが、貴国がまだその時ではないと判断するのであれば、今はその話を進めることはしない。貴国の本国への報告を済ませ、貴国の指導者の判断を待つがよい」
王建王は、蛇をくわえ、微かに笑みを浮かべた。
「我が国は、貴国を圧迫するつもりはない。貴国が、この地域で安全に滞在できるように、我が国は全力でサポートする。その中で、貴国がどのような判断を下すのか。それは、貴国の自由だ」
「ありがとうございます。大王様のお心遣いに、心より感謝いたします」
山田は、深く頭を下げた。その心には、複雑な思いが渦巻いていた。王建王は、秦国との関係構築における、日本の戦略的価値を正確に見抜いていたのだ。
「では、本国への報告が終わったら、再び我が国に戻ってくることを望む。貴国との関係をさらに深めるためには、継続的な対話が必要なのだ」
「ご厚情ありがとうございます。本国への報告の後、再びご挨拶に参上いたします」
「劉威を通じて、必要な物資や情報があれば申し出よ」
「ありがとうございます。大王様のお心遣いに、心より感謝いたします」
山田は、最後に深く頭を下げた。
玉座の間を出た後、山田は廊下で一瞬立ち止まった。王建王の鋭い洞察力に、改めて驚嘆していた。この古代中国の王は、単なる権力者ではなく、戦略家だったのだ。
*
午後二時(いずも艦上)。
護衛艦「いずも」の艦橋。山田が、劉威の送迎で甲板に上った瞬間、自衛官たちの視線が一斉に集中した。三日間の斉国王宮での滞在を終えて、帰還した外交官は、何かしら変わった表情をしていた。
佐藤艦長が、山田を出迎えた。
「山田さん。お疲れ様です。いかがでしたか」
「ありがとうございます。多くの情報が得られました。また、予想外の展開もありました。艦橋で報告したいのですが」
山田は、落ち着いた口調で答えた。
艦橋の奥の会議室。佐藤艦長の他、通信士や航海士、そして艦内の高級将校たちが集まっていた。
山田は、一枚の竹簡を取り出した。斉国の学者・任充から、進呈された古代中国の地図である。
「まず、確認した事項から報告します。現在、この地域は、七つの主要な国家に分かれており、各国が対立と戦争を繰り返しています。いわゆる戦国時代です」
山田は、竹簡の地図を示した。
「我々が接触した斉国は、東部に位置する大国です。王建王という指導者が統治しており、彼は相当に計算高い政治家です。彼は、我々を敵と見なさず、客人として扱うことに決定しました」
佐藤艦長が、身を乗り出した。
「その王建王という方は、我々についてどのような判断をしているのでしょうか」
「高度な文明を有する国家の代表者として、認識しているようです。我々の技術に強い関心を示していますが、同時に警戒もしています。彼は、我々を斉国の利益のために活用したいと考えているのだと思われます」
山田は、その分析を続けた。
「次に、極めて重要な情報です。西部に位置する秦国という国家があります。この国は、現在、著しく力を強めており、各国から警戒されています。秦国の王の名前は嬴政といい、若く、野心的な指導者です」
艦橋の空気が、微かに変わった。
「嬴政。秦国の王。この情報は、時代の特定に極めて重要です。秦国の統一戦争は、紀元前221年に完成したとされています。現在、秦国がまだ統一戦争を本格化させていないという情報から、現在は紀元前231年、あるいはその前後だと推定されます」
通信士が、目を大きくした。
「ということは、我々は秦国の統一戦争の時代に出現したということですか」
「左様です。最大でも十年程度の間に、秦国が他の六国を統一するであろう。その過程で、我々がどのような立場を取るかが、極めて重要になります」
山田は、その危険性を明確に述べた。
「王建王は、我々を秦国との対話の前に、斉国で詳細に調査するという条件を提示しました。これは、斉国が日本の技術を先に独占したいという意図の表れです」
佐藤艦長は、その情報を理解した。
「では、秦国との接触は、王建王の判断次第ということですね」
「現時点では、そうです。ただし、ここで重要な展開がありました」
山田は、一呼吸置いた。
「王建王は、我々が秦国に関心を持っていることに気づいていました。彼は、劉威からの報告により、我々が秦国の王の名前を聞き出そうとしていたことを知っていたのです」
艦橋の将校たちが、互いに目を交わした。
「では、王建王は、我々の意図を見抜いていたということですか」
通信士が、驚きを込めて質問した。
「その通りです。王建王は、秦国が今後この地域全体を支配する可能性が高いことを理解しており、日本がそのことを懸念していることに気づいていました。彼は、その際に、日本と斉国が共通の戦略を構築することができないかと提案してきたのです」
佐藤艦長が、身を乗り出した。
「共通の戦略ですか。つまり、秦国に対する対抗勢力として、日本を利用したいということですね」
「そう判断されます。ただし、王建王は、現時点では我々に強要することはしないと述べました。我々の本国への報告を済ませ、本国の指導者の判断を待つということです。彼は、我々を圧迫するのではなく、長期的な関係構築を望んでいるようです」
山田は、その複雑な状況を説明した。
「つまり、秦国の統一戦争が本格化する時期には、我々は斉国の側に立つか、あるいは中立を保つか、その判断を迫られることになるということですね」
航海士が、その意味を理解した。
「そういうことです。ですが、現時点では、まだそこまでの関係構築は進んでいません。王建王は、我々に判断の時間を与えてくれているのです」
山田は、窓から、斉国の沿岸を眺めた。
「私の判断としては、我々は秦国との直接的な軍事的関与を避けるべきです。日本の文明を失わないという原則を守るためには、戦国時代の権力争いに巻き込まれるべきではありません。ただし、交易や情報交換は有用だと考えられます」
*
午後六時(東京・非常対策本部)。
首相官邸の地下。非常対策本部では、山田からの無線通信による報告が、リアルタイムで受け取られていた。
中野首相の周囲には、外務大臣・田中、防衛大臣・鈴木、そして各省庁の次官たちが集まっていた。さらに、東京大学の歴史学者・佐藤教授、京都大学の中国史専門家・鈴木教授も、オンラインで参加していた。
中野首相は、通信内容を聞きながら、深く眉をひそめていた。
「つまり、斉国の王建王は、日本が秦国との関係構築を望んでいることを見抜いており、その際に日本と斉国が共通の戦略を構築することを提案しているということか」
外務大臣・田中が、確認を取った。
「その通りです。ただし、王建王は、現時点では強要することなく、日本の本国の判断を待つとのことです」
佐藤教授が、画面越しに説明を加えた。
「秦国の嬴政は、後に始皇帝と呼ばれる人物です。彼は、紀元前221年に六国を統一し、中華帝国を建立します。その過程で、各国との外交交渉や軍事的な同盟関係が極めて重要になります。王建王は、日本の技術力と外交能力を、秦国に対する対抗勢力として活用したいと考えているのだと思われます」
中野首相は、その情報を処理していた。
「では、我々が滞在する最大十年の間に、この嬴政という人物が中華全土を統一するということか」
「極めて可能性が高いです」
京都大学の鈴木教授が、補足した。
「秦国の統一戦争は、極めて急速に進行します。嬴政の戦略的判断と、秦国の軍事力の優越性により、他の六国は次々と滅ぼされていくのです。その過程で、斉国も当然、秦国に滅ぼされることになります」
防衛大臣・鈴木が、危機感を込めて発言した。
「では、日本がこの統一戦争に巻き込まれる可能性があるということですね。特に、斉国と共通の戦略を構築した場合、秦国の報復を受ける可能性もあります」
「その通りです。秦国が統一を完成させた後、新しい帝国が誕生します。その帝国が、日本という未知の国家をどのように扱うか。それが、日本の生存戦略を左右することになるのです」
京都大学の鈴木教授が、その危険性を指摘した。
「ただし、秦国の帝国が成立した後のことを考えると、日本の技術は、秦国の官僚制や土木事業に有用であると考えられます。秦国の統一戦争に協力することは避けるべきですが、統一後の建設的な協力は、むしろ有益かもしれません」
中野首相は、その分析に頷いた。
「つまり、我々の基本戦略は、秦国の統一戦争には直接的に関与しないが、統一後の秦国帝国との関係構築を視野に入れるということか」
「そう判断されます」
佐藤教授が、その分析を支持した。
「歴史的に見ても、秦の統一戦争は、極めて血腥い過程です。多くの国民が兵士として徴募され、戦争に動員されました。もし日本が斉国と共通の戦略を構築し、秦国に対抗すれば、日本も秦国の統一事業に深く関与することになるでしょう。それは、日本という文明を失わないという原則に反するものです」
中野首相は、その分析に深く頷いた。
「では、我々の基本方針は、戦国時代への直接的な関与を避け、交易と情報交換に限定するということで、合意できるか」
各省庁の次官たちが、順次、同意の意を示した。
「ただし」
外務大臣・田中が、さらに質問した。
「斉国の王建王は、日本が秦国との関係構築を望んでいることを知っています。そうであれば、斉国が秦国に滅ぼされる際に、日本に対して強い圧力をかけてくる可能性もあります。その時に、我々はどのように対応すべきでしょうか」
「良い質問ですね」
京都大学の鈴木教授が、その質問に答えた。
「歴史的に見ると、秦の統一戦争の過程で、各国の王たちは、降伏するか、あるいは最後まで抵抗するか、いずれかの選択を迫られます。王建王は、相当に計算高い政治家のようですから、おそらく適切な時期に秦国に降伏し、秦国の体制の中で生き残ることを選択するでしょう。その際に、日本との関係をどのように処遇するかが、重要になります」
中野首相は、その分析に満足した。
「では、我々の対応方針は、以下の通りとする。第一に、秦国の統一戦争への直接的な軍事協力は、一切行わない。第二に、斉国との共通の戦略構築には、応じない。第三に、秦国が統一を完成させた後の、建設的な関係構築を視野に入れる。第四に、日本の文明を失わないという原則を、常に念頭に置く」
中野首相の指示は、明確だった。
「では、山田には、この方針を伝え、斉国との関係構築に注力するよう指示してください。同時に、秦国との接触については、慎重に進めるよう指示します。そして、王建王の提案する共通戦略については、現時点では応じないことを伝えてください」
通信担当官が、指示を受け取り、山田への返信を準備した。
「ただし」
佐藤教授が、さらに付け加えた。
「山田さんは、王建王との会話の中で、かなりの心理的プレッシャーを感じているはずです。王建王の鋭い洞察力と、秦国という大きな脅威の存在が、彼の判断に影響を与える可能性があります。日本の本国からの指示は、山田さん心理的な支援にもなるでしょう。山田さんが日本の立場を明確に理解し、その原則に基づいた判断を下すことができるように、本国からの明確な指示が重要です」
中野首相は、その提案に頷いた。
「その通りです。彼に対する指示には、単なる判断基準だけでなく、本国の確かな方針と信頼が込められていることを伝えるようにしてください」
通信担当官が、指示を修正し、山田への返信を準備した。
ご指摘ありがとうございます。そのシーンに会話を続けるドラフトを以下に提示いたします。
かしこまりました。その会話を、東京の非常対策本部での有識者と大臣たちの対話に改変いたします。
「しかし、やはり……どうしても、気になるな。なぜ、言葉が通じるのか」
中野首相が、訝しげに呟いた。
佐藤教授が、それに応じた。
「そうですな。超常現象、と片付けてしまってよいものか」
中野首相は、通信卓の脇に立つ言語学の専門家・小松教授の顔を見やった。
「小松さん。この古代中国語が、なぜ日本語に聞こえるのか。何か仮説はあるか」
小松教授は眉をひそめた。
「首相。正直なところ、現在の言語学では説明がつきません。古代中国語と日本語は言語系統が全く異なります。にもかかわらず、山田君たちには日本語に聞こえ、相手には中国語に聞こえているはずです」
「つまり?」
「つまり、この現象は単なる自動翻訳では説明できないということです。何らかの……物理的、あるいは超物理的な力が、双方の音声を相互に翻訳しているのではないか。あるいは、われわれと斉国の人間が、同じ言語を話しているのに、認識だけが異なっているのか……」
小松教授は言葉を区切った。
「いずれにせよ、この世界そのものが、通常の物理法則では説明できない可能性が高い、ということです」
鈴木防衛大臣が、身を乗り出した。
「つまり、われわれは物理法則の通じない世界に存在しているということか。それは極めて危険な状況ではないか」
佐藤教授が、静かに口を開いた。
「その通りです。ただし、同時に考慮すべき点があります。山田君が強調していたのは、現在の状況下では、秦国の統一戦争が進行中である可能性が高いということです。言語の謎を解明することは重要ですが、今は時間がありません。日本が安定した立場を得た後でも、十分に研究できるはずです」
中野首相は、それを聞きながら、ゆっくりと頷いた。
「その通りだ。小松さん、佐藤さんの指摘は妥当だ。目下のところは、斉国王との関係構築と、秦国統一戦争の動向把握に注力する。言語の謎は、将来の課題として記録しておこう」
外務大臣・田中が、資料をまとめた。
「首相の判断に同意します。現段階では、言語現象の謎よりも、政治的・軍事的な状況判断が優先されるべきです」
通信担当官が、山田への指示送信を完了した旨を報告した。
*
いずもにて。
山田は、東京からの返信を受け取った。
基本方針は、山田の提案と異なる部分もあった。
王建王の提案する共通戦略には、応じないこと。秦国の統一戦争への関与は避けるが、統一後の関係構築を視野に入れること。日本の文明を失わないという原則を守ること。
山田は、その指示を読み、深く呼吸をした。日本の本国は、極めて明確な判断を下していたのだ。
護衛の自衛官が、山田に近づいた。
「山田さん。日本からの返信は、いかがでしたか」
「良好だ。我々の基本方針が承認されました。秦国への直接的な関与は避け、統一後の関係構築を視野に入れる。そして、王建王の提案する共通戦略には応じないということだ」
山田は、窓から、斉国の沿岸を眺めた。
「秦国の嬴政という王。彼は、やがてこの大陸全体を統一するであろう。その時に、日本がどのような立場を取るか。それが、我々の未来を決定することになるのだ。だが、我々は、その過程において、日本という文明を失わないという原則を守る必要がある」
山田は、その言葉に深い思いを込めた。
同時に、古代中国の夜空に、無数の星が輝いていた。その星々の下で、日本国の新しい歴史が、静かに幕を開けようとしていた。