「(ここは………?)」
ルインは眠りについていたはずだった。
しかし、次の瞬間……突如として、見知らぬ場所に放り出されたことに気づく。
「………!?」
目の前に広がっていた光景に、ルインは息を呑んだ。
砕けた地表が剥き出しになり、大地は一面、血に染まっている。周囲には煙を上げているテント。そして何よりも目を引いたのは――地面を埋め尽くす、大量の死体だった。
鎧を身につけた人間の兵士。幾重にも積み重なった屍。見渡す限り、死体、死体、死体。
中には激しい損傷を受け、誰なのかすら判別できない者までいる。溢れ出した血が地面を赤く染め上げ、その光景はまるで戦場そのものだった。
「何だよ、これ……!?」
ルインは何が起きているのか理解できなかった。
夢にしては、あまりにも現実味がありすぎる。
その時――。
『や、やめ……!』
「………!!」
声が聞こえた。
ルインは咄嗟に声のした方へ振り向く。そこには、一人の人間がいた。全身を震わせながら、誰かに向かって必死に命乞いをしている。
『お、俺は命令されてやっていただけです!!』
『西方聖教会の奴らが魔物を敵視していて……!』
『俺達だって、好きでやっていたわけじゃ――!』
「…………」
その人間の前に立っていたのは――一人の戦士だった。
「ッ! あれは……!?」
筋骨隆々とした身体、長く伸びたアンテナ、そして大きくなった金色の頬当て。
その姿は、ルインが知る仮面ライダーだった――。
「ゼッツ……」
思わず、その名が口から漏れる。
その仮面ライダーのベルトは腰ではなく――胸に装着されていた。
「……何で、俺が……?」
ルインは、その戦士の姿を見つめる。
そして気づいた。
あの姿は、他の誰でもない。
自分自身が変身している姿なのだと。
だが――。
「(カタストロムは、俺にはまだ変身できないはずだ……)」
その疑問に答えが出るよりも早く――。
カタストロムが、こちらへ振り向いた。
『お前達を……壊す』
「…………ッ!」
その声を聞いた瞬間――。
視界が暗転した。
「ッ!!」
ルインは勢いよく飛び起きた。
「はぁ……はぁ……」
激しく息を吐きながら、周囲を見渡す。
外はすでに明るくなっており、そこが昨夜泊まったテントの中であることを確認する。
「……なんだったんだ、あれは……」
「る、ルインさん……」
声のする方へ振り向く。
そこには、心配そうな表情でこちらを見つめるオーガの姫がいた。
「姫様……起きてたのか」
「はい。おはようございます、ルインさん」
「ああ、おはよう」
「ルインさん、魘されていましたが……何か悪い夢でも?」
「そのようだ……。すまない、心配をかけさせてしまって」
ルインはそう答えると、すぐに起き上がって身支度を始めた。
その後、オーガの姫がテントの中で身支度をしている間、ルインは外へ出る。
椅子に腰掛けると、昨夜のことを思い返しながら、シズの剣を磨き始めた。
「(あれは一体なんだったんだ……?)」
夢の光景が頭から離れない。
「(ただの夢じゃなかった……。あまりにも現実味がありすぎる)」
そして、何よりも気になるのは――あの戦士。
「(ゼッツ……いや、カタストロム……)」
自分が知る仮面ライダーゼッツの姿。そして、今の自分にはまだ変身できない形態。
「(あれはゼッツの中間形態の一つ……俺でもまだ変身できないはずだ)」
それなのに、夢の中では自分自身がその姿になっていた。
「(それに……何で俺が、人間を……)」
あの光景が脳裏に蘇る。
大量の死体。血に染まった大地。
そして――人間に向けられた、あの言葉。
『お前達を……壊す』
「…………」
ルインは剣を磨く手を止める。
「(もし、あれが本当に未来の光景だとしたら……)」
あれは一体、何を意味している?
自分が人間達と敵対する未来なのか。
それとも――。
「(……予知夢、なのか?)」
そう考えたところで、ルインは小さく首を振る。
「(今は気にしても仕方ないか……)」
まだ夢の内容は曖昧だ。
何故あんなことが起きたのか。あれだけでは、何が起きるのかまでは分からない。
「(ただ……忘れないでおこう)」
何か重要な意味があるのなら、いずれ答えが分かる時が来るかもしれない。
そう考え、ルインは再びシズの剣の手入れに集中する。
少なくとも今は――オークとオーガの問題を解決することが先だ。
しばらくして、身支度を終えた姫がテントから出てくる。
「よし、準備はできたか、お姫様?」
「はい!」
姫は笑顔で元気よく返事をする。
「(……なんか、物凄く心を許されてる気がするな)」
昨夜、あれだけ泣いたこともあってか、出会ったばかりとは思えないほど、彼女との距離が縮まっている気がする。
ルインはヒョウガを呼び出す。
現れたヒョウガの背にルインが乗り、その後ろへオーガの姫が乗ったことを確認する。
「それじゃあ、町に向けて出発だ! 頼んだぞ、ヒョウガ!」
「承知!」
ヒョウガは力強く返事をする。
「オーガ姫君も……しっかり主につかまっていろ」
「はい。よろしくお願いします」
ルインの号令と同時に、二人を乗せたヒョウガはその場から勢いよく駆け出した。
◇その頃、リムルは……
俺たちがシズさんの看病をしていた間も、町の開発は着々と進んでいた。
カイジン、そしてドワーフ三兄弟のガルム、ドルド、ミルドが衣類や道具の作成、住居建設を進め、リグルド指揮の下、ゴブリンロード達が村の統治を行う流れが出来ていた。
「(よし、誰もいないな……)」
俺は周囲を見渡し、誰もいないことを確認すると、自分達のテントの中へ入っていく。
そして、入ってすぐにスライムの身体からシズさんの仮面を取り出し、柱に立て掛ける。
「(修理完了っと! シズさん、形見、大切にするよ……)さてと……うふふ、ウハハハハ! ヘェ〜シン!」
俺は姿形を変え、人間の姿へと擬態する。
「(すごくスムーズに擬態できるな。人間の身体だ。有難い)」
手を握ったり開いたりと感覚を確認し、周囲を見渡す。
そして、人間の持つ五感の感覚を確かめる。
「よし、早速イフリートが持つスキルを使ってみるか……」
その後も、俺はイフリートの持つスキル『分身体』を使い、分身体の性別を男や女へと変えていく。
しかし、女性寄りだとシズエ似になってしまい、背徳感が募った俺は、すぐに分身体を解除し、衣服に着替える。
そして、俺は一日人型で過ごすことに決めたのだ。
「リムル様、おはようございます」
「おう、おはよう」
俺は辺りを見回した。
上下水道の設置を優先しているので、家はまだテントばかりだが、カイジンやドワーフ三兄弟の工房など、いくつか建て終わった箇所もある。
思っていた以上にリグルドの統率力が高かったようだ。
「(昨夜ルインが言っていたオーガの里の壊滅、そしてその里を壊滅させたオークの軍勢……。確かにこの町も安全とは言い切れない。あいつが戻るまで、俺も自身の力を確認しておかないとな……)」
俺は町を見渡しながら、ルインからの連絡内容について考え込む。
「リムル様!」
「おう、リグルド。おはよう」
「おはようございます。今からお出かけですかな?」
「ああ、ちょっと封印の洞窟までな」
リグルドは、ゴブリン・キングに格上げしたせいか、ますます筋骨隆々でツヤツヤになっている。
「そうだ。ゴブリン・ロード達は役に立てているか?」
「もちろんですとも!」
リグルドは嬉しそうにそう答える。
住人がおよそ500人増えた結果、流石のリグルド一人ではまとめきれないので、リグルドの下に、新たにゴブリン・ロード4人を指名した。
この時、ルインがいて良かったよ。
スライムの俺と違って、あいつは疲労感はあったようだけど……。
それぞれの役職は、ルインと話し合って決めた。
ルグルド、レグルド、ログルドが司法、立法、行政を司る長官となり、ゴブリナのリリナが生産物の管理大臣となった。
まっ、今はまだ名ばかりの役職なんだけどな。細かいことは追々決めていけばいいのだ。
「ところで、リムル様……」
「ん?」
「今日もお食事は必要ないのですか?」
リグルドに行く場所を伝えると、リグルドがそう訊いてきた。
「ああ、どうせスライムの身体じゃ味がしな……! 待って! 今日から俺も一緒に飯を食うことにする!」
「なんと!」
俺の答えを聞いたリグルドが嬉しそうな顔をする。
「では今夜は宴会ですな。ご馳走を用意するよう、リリナに申し付けておきましょう」
「うむ、頼んだぞ!」
そうして俺はランガに跨り、洞窟を目指す。
「ひゃっほーーーーーーーー!」
俺は嬉しそうにはしゃいでいた。
何せ、味覚がないスライムから人間に擬態できるようになったことで、味覚を手にした可能性が出てきたのだ。
「(こんな事態だけど、メニューは何だろう? やっぱ肉かな!? 肉だよな!! 白米も欲しいけど、稲がないからな~~! 今度ルインと一緒に探してみるか! あいつにはかなり気を遣わせてしまったからな……)」
ルインは今まであまり食事の話題をせず、リムルの前ではあまり食べることもなかったのだ。
だが、今は違う。
楽しく一緒に食事を味わえると思うと、テンションが上がっていた。
しばらくして、町の出口を目指していると、狩りに向かおうとするリグルとゴブタ達に出会った。
「よう、リグル! 周辺警備兼食料調達、ご苦労さま!」
「リムル様!」
「今夜は宴会の予定なんだ! 美味そうな獲物を頼むよ? ルインも知ったらきっと喜ぶはずだからな。あいつには内緒だぞ?」
「今日はリムル様も食べるっすか?」
そう言うと、リグルは嬉しそうな顔をし、ゴブタが少し驚いたような顔で聞いてきた。
「ああ! なんてったって、この身体には味覚があるからな!」
「へぇー、いっぱい食べたら、おっぱいも育つっすかね?」
視線を俺の胸に向けながら、失礼なことを言った。
その瞬間、俺は無言で後ろ回し蹴りをゴブタの鳩尾に打ち込む。
「げふぅっ!!」
防御する間もなく、もろに喰らったゴブタは、あまりの威力に吹っ飛んでしまう。
もっとも、今回はゴブタの自業自得なので、助けたりはしない。ゴブタの相棒の嵐牙狼も呆れていた。
「すみません! ゴブタには後でキッチリと教育しておきますので。それから、特上の牛鹿をご用意しましょう」
「おう! 頼むな!(んー? 牛なの? 鹿なの?)」
「はい! お任せください。最近は森の奥から移動してくる魔獣が多いので、獲物は豊富なんです」
「……何かあったのか?」
「いえ、たまにですが、環境の変化などで魔獣の移動がありますからね。大したことはないと思うのですが、念のために警備態勢は強化しております」
そうリグルは答えたので、俺は少し考えた。
リグルはただの環境の変化と言ったが、どうにも気になる。
万が一ということもあるし、念のためにランガを同行させよう。
「ランガ、警備隊に同行してくれ。もしもの時は頼む」
「は! 承知しました!」
「し、しかし、リムル様はお出掛けでは………」
「大丈夫だ。もうすぐそこだからな」
「遠慮はいらぬ。我を連れて行け、リグル殿」
申し出をすぐに受けたランガは、リムルに頼まれたのが嬉しかったのか、尻尾を凄い勢いで振っていた。
普通に振っている尻尾とは違い、強風が起こるほどの規模なのはご愛嬌だ。
「じゃあ、俺は洞窟にいるからな。何かあったら連絡するように」
リグル達と別れた後、俺はヴェルドラの封印された洞窟に到着し、地底湖の側までやって来た。
「よし、ここら辺でいいな」
俺がここに来た目的は、シズさんが持っていたユニークスキル『変質者』の効果を確かめるためだ。
誰にも迷惑にならないような場所で、じっくり試してみる。
『変質者』……字面の印象はあれだが、彼女の思いがこもった大切な能力だ。
その能力は統合と分離。様々なスキルを統合し、新しいスキルへと変化させる。
簡潔に言えば、新しい能力をポンポンと獲得できるのだ。
その一つが……
「…………何これ、えげつない」
俺の周囲には黒い炎が円状に燃え広がっていた。
《エクストラスキル・『黒炎』です》
「これも、使い所を考えないとな……」
そう言いながら、俺は両手を広げて炎を消す。
こんな感じで、一気に強力なスキルを俺は獲得した。
突然大量に手に入れたことに、本人は少しビビっている。
「しかし、本当にシズさんには感謝しないと。この仮面、魔力を抑える力があるんだよな?」
懐から出したのは、シズの着けていた仮面だ。
俺は試しに仮面を被ってみる。
「どうだ?」
《解。僅かに漏れ出ていたオーラが完全に消滅しました。この状態ならば、人間と認識されるでしょう》
「よし、これからは対外向けにはこの格好で出向くことにしよう」
そう言うと、俺は地底湖に近づき、反射する水面に仮面をつけている自分を見つめ、いろんなポーズを取る。
「似合うな……」
《はい》
「淡白だな」
『リムル様!!』
頭の中に、俺の名を呼ぶ声が響く。
《個体名:ランガからの思念伝達。声音から救援要請と推測》
大賢者の説明を聞き終わると、俺は思念が伝わってきた方へと走り出す。
ランガが救援を呼ぶということは、かなりの緊急事態の可能性が高い。
そして、急いで洞窟から出て森の中を疾走し、ランガ達の元へ辿り着くと――。
「ぎゃーーーーっ! 死ぬって死んじゃうって!」
白髪の刀を持った初老の男に、ゴブタが斬られる光景が目に映った。
「どうした!?」
「斬られたっす! チョー痛いっす!」
駆けつけた俺は、ゴブタの容態を確認する。
傷は浅いようなので、俺が前を見やると、二人の初老の男と、肌の色が赤い赤髪の大男が立っていた。
「何だ、お前ら?」
「リムル様じゃないっすか!? 心配になったから来てくれたんっすね……」
「そうだな。元気そうだし……回復薬は必要なさそうだな」
「ちょ、ちょっと! 欲しいっす! 冗談言ってすまなかったっすよ!」
俺はゴブタに回復薬をペッ!と顔面にかけると、ゴブタの傷は瞬時に治った。
「た、助かったっす! ありがとうございます!」
近くでは、ランガが巨大な木造のハンマーを持った男と、二刀流を携えた男の二人を相手に交戦していた。
周りでは、警備隊の皆が倒れ伏している。
その近くでは、リグルが棍棒を持つ紫髪の女と交戦していた。
「ランガ、リグル、戻れ」
俺の指示を聞いた二人は、俺の元へ退がる。
「主よ、申し訳ありません。我がいながら……このような……」
「申し訳ありません、リムル様」
リグルは膝をつき、息を荒らげる。
怪我は浅いものの、衣服は所々切れていた。
「安心しろ。あとは俺に任せて、ゆっくり休め」
「ありがとうございます」
俺はリグルに、ゴブタ同様に回復薬をかける。
「(ランガ達が苦戦するほどの相手……なかなか厄介な相手らしい)」
「面目ありません。まさか大鬼族(オーガ)に出くわすとは思わず」
「オーガ!? (ルインの言っていたオーガの生き残りか。しかし、想像していた見た目と違うんだな。けど、好都合だ。あいつにいい報告ができそうだ)」
俺が“オーガ”に視線を向けると、五人のオーガが俺達を睨みつけていた。
しかし、俺はまず五人のオーガに話しかける。
「おい、お前ら。うちの奴らが失礼したな。話し合いに応じる気はあるか?」
俺は彼らを説得しに前へと出た。
本当はすぐに、ルインが保護したオーガの姫様のことを伝えたい。
だが、まずは話し合いに持っていく。
彼らはそんな俺に対し、はっきりとした敵意を向けてきた。
「正体を現せ、邪悪な魔人め!」
「……は?おいおい!?ちょっと待て!俺が何だって?」
「魔物を使役するなど、普通の人間にできる芸当ではあるまい。見た目を偽り、オーラを抑えているようだが甘いわ!」
「正体を現すがいい……!」
「黒幕から出向いてくれるとは、好都合というもの……」
「(ガーン!! 俺の正体なんて、ただの愛くるしいスライムなのに……どうしよう。この様子だと話し合いに応じる気配が全くないぞ)」
リムルはオーガの発言にショックを受ける。ここに今、とんでもない誤解が生まれてしまった。