【推しの子】―晴れた夜に星を見つけて― 作:horizontal line
「自己紹介?」
今さら?
そう思って相手を見ると、どうやら冗談で言っているわけではないらしい。
「俺のこと知ってるじゃん」
それでもやれと言う
何なんだろう。
「……月城晴星。月の城で『つきしろ』、晴れた日の晴れに、星で『はるせ』。十六歳。高校一年生。俳優やってます」
言ってから、ちょっと違う気がした。
「なんか面接みたいだな」
そもそも自己紹介って何を話せばいいんだ? 名前と年齢。学校。仕事。
もう充分じゃない?
「他に何が知りたいの?」
好きなもの、と返ってくる。
「好きなもの?」
そうだな。
「芝居」
これはすぐに出た。
「あと母さん」
笑われた。
「いいだろ別に。母親好きで」
月城美月(つきしろ みづき)。
俺の母親で、俺と同じ役者。
……同じなんて言ったら怒られるかな?
俺よりずっと長くこの仕事をしているし、ずっと有名だ。
俺が役者になりたいと思ったのも、母さんがきっかけだった。
「小さい頃さ、母さんがテレビに出てるの見て、俺も母さんみたいになりたいって言ったんだよ」
四歳の頃だったと思う。
小さい頃の記憶なんてほとんど曖昧なのに、このときのことは妙にはっきり覚えている。
「そしたら母さん、俺の目を見てさ」
あのときのセリフまで思い出せる。
「『晴星。本当に役者になりたい?』って聞かれて。俺がなりたいって答えたら、『じゃあ、お母さんから離れてお芝居を覚えなさい。お母さんの子だからじゃなくて、晴星のお芝居を見て、お仕事をお願いしたいって言ってもらえる役者になりなさい』って」
四歳の俺がどこまで意味を理解していたのかは分からない。
ただ、そのやり取りがあってそれで――
「それでララライに入れられた」
普通、自分がいる事務所に連れていくとか、知っている人に頼むとか、そういうものじゃないのかな。
「四歳の息子に言うことじゃないよね」
また笑われた。
自分が四歳のときに言われたら絶対嫌がる、と。
「俺もそう思う」
今考えると結構すごいことを言われている。
でも、当時の俺は嫌じゃなかった。母さんみたいになりたかったから。
それに――。
「俺、芝居好きだったから」
今も好きだ。
台本を読んで、自分じゃない誰かになる。
俺とは全然違う人間なのに、その人が何を考えているのかをずっと考えていると、少しずつ分かるような気がしてくる。
「人のこと考えるの、好きなんだよね」
変な趣味みたいに聞こえるかな?
「でも、ずっとジロジロ見てるって意味じゃないよ」
たとえば怒っている人がいる。
普通なら「あ、この人怒ってる」で終わるのかもしれない。俺は、その先が気になる。
なんで怒ってるんだろう。本当に怒ってる?もしかして悲しい?怖いのを隠してる?
相手が嫌いだから怒ってるのか。それとも好きなのに分かってもらえないから怒ってるのか。
同じ怒るでも、全然違う。
「だから台本で『怒鳴る』って書いてあると困るんだよ」
なんで怒鳴るのかが欲しい。
「監督に聞いたら『自分で考えろ』って言われたりしてさ」
そりゃそうなんだけど。
だから考える。その人が生まれてから、この場面に来るまでに何があったのか。
台本に書いていないところまで勝手に作る。
そうすると、立ち方とか、目線とか、声の出し方まで自然に決まってくる。
「……好きなものって聞かれたときに、好きな食べ物とか言った方がよかった?」
別にいい、と言われた。
「ならいいけど」
人を見る癖は、仕事じゃないところでも抜けない。
嘘をつかれたら、嘘だと気づくこともある。でも、そこで終わらない。
なんで嘘をついたんだろうって考える。
「だってさ、嘘つく人が全員悪い人ってわけじゃないだろ?」
怒られたくなくて嘘をつくこともあるし誰かを傷つけたくなくて嘘をつくこともある。自分を守るためかもしれない。
もちろん、人を傷つけるために嘘をつく奴だっている。
「だから理由を知りたいだけ」
理由が分かったからって、何をしても許されるわけじゃない。
それとは別の話だ。
「俺のこと嫌いな人だっているだろうけど、俺のこと嫌いなのと、その人が俺にとって悪い人なのかは別だし」
改めて思うけど変わってるね、と言われた。
「そうかなあ」
自分では普通だと思ってるけど。
……そういえば、母さんには心配されてたな。やっぱ普通じゃないのか?
「あ、でもそういえば父さんは――」
たぶん、似たような感じだった。
「父さんも、たぶんそういう人だったよ」
月城真昼。
刑事だった。
「俺が十歳のときに死んだ」
相手の表情が変わった。
「そんな顔しなくていいよ」
別に気を遣わせたいわけじゃない。
六年前の話だ。平気になった、とは言わない。
今でも会いたいし、話したいことだってたくさんある。
でも、父さんがいたことまで悲しい思い出にしたくない。
「すげえいい父さんだったよ。優しすぎるくらい」
そう口にして、ふと母さんのことが頭に浮かんだ。
俺が誰かのことを「悪い人とは限らない」と言うたび、母さんは決まってすぐには何も言わない。否定もしない。
ただ、少しだけ困ったように俺を見る。
前から、なんであんな顔をするんだろうとは思っていた。
父さんも似たような人だった。
それなら――。
……いや。
「まあ、父さんの話はいいや」
今する話じゃない。
「俺が父さんも好きだったことは言っとくけどね」
母さんも好き。父さんも好き。
言葉にして誰かに伝えたって、俺にとって別に恥ずかしいことじゃない。
「家族大好き人間みたいになってるな、俺」
まあ、間違ってはいない。
今度は学校のことを聞かれた。
「え? 高校の事?」
何を話そうかな……。
「芸能科だけど、普通に高校生してる」
俺だって授業を受けるし、テストもある。課題もある。
「この前、提出期限あるの忘れててさぁ……」
仕事が忙しかったから仕方ないんじゃない? と相手が言った。
「仕事? 忙しかったから?」
いやいや。
「普通に忘れてた」
そこを仕事のせいにするのは違うだろう。
「先生に『台本はあれだけ覚えられるのに、なんで提出日は覚えられないんだ』って怒られた」
正論なので何も言い返せなかった。
「確かに俺は有名だよ? そこは変に謙遜とかしないけど、芸能の世界を一歩でも離れたら、そこら辺の普通の男子高校生だよ」
仕事がない日は学校へ行く。友達と話す。
テスト前には勉強する。課題を忘れれば怒られる。
母さんに帰りが遅いと言われることだってある。
そんなものだ。
天才俳優。
そう呼ばれることもある。
嬉しくないわけじゃない。でも、自分でそう思ったことはない。
だから――。
「たまたま合ってたんじゃない?」
芝居が好きで。
小さい頃からやっていて。
楽しくて。
人を見るのが好きで。
考えるのも好きだった。
それが、なりたかった役者という仕事に合っていたのは嬉しいし、ありがたいことだと思う。
もちろん、何もしなくてここまで来たわけじゃない。
努力した。時には無理もした。悔しくて眠れなかったこともある。
それが結果になったときは、ちゃんと嬉しい。
「大きい賞を初めて獲ったときなんか、家帰って母さんに『凄いだろ!』って自慢したからね」
笑われた。
「だって嬉しかったんだから仕方ないだろ!」
母さんも褒めてくれた。あのときは、本当に嬉しかった。
そして、次に出てきた名前には少しだけ驚いた。
「え? アイちゃん?」
星野アイ。
みんな苗字までは知らないだろうけど、B小町のアイ。
「知ってるよ。昔から」
ララライで会った。俺より四つ上。
当時は今以上に年の差を感じたから、俺からすれば結構なお姉さんだった。
「面白い人だよ」
変な意味じゃない。
「何考えてるのか分かりにくいから」
アイちゃんは、あの頃からもうアイドルだった。
笑うのが上手かった記憶がある。
ファンに向ける笑顔。それ以外に向ける笑顔。
相手が求めているものを見つけて、それに合った顔をする。
「嘘つくのも上手かったし」
言い方が悪い、と言われた。
「でも本当だよ」
それに、悪い意味で言ったわけでもない。
「嘘だから全部偽物ってわけでもないと思うんだよね」
たとえば、好きでもない相手に「好き」と言えば、それは嘘なんだと思う。
でも、その言葉で相手に喜んでもらいたいと思った気持ちまで嘘なのか。
俺には分からない。
「アイちゃんって、そういうのいっぱいありそうだから」
嘘の中に本当が混ざっている。
本当の中に嘘が混ざっている。
本人にすら、どっちなのか分かっていないこともあるのかもしれない。
「だから面白い」
また言い方が悪い?
「人としてだよ」
研究対象みたいに見てるわけじゃない。
「そもそも、そこまで仲良くないし」
昔から知っている。
会えば話す。仕事で一緒になれば普通に接する。でも、連絡先すら知らない。
「友達……なのかな」
アイちゃんに聞いたら何て言うんだろう。
「まあ、昔からの知り合い、くらいじゃない?」
そのくらいが一番しっくりくる。
それに、俺がアイちゃんについて知っているからって、それが俺の勝手に話していいことになるわけじゃない。
だから、アイちゃんについて俺から話せるのはそのくらい。
それからも、いくつか聞かれたことに答えた。
気づけば、最初に何を話せばいいのか分からなかったのが嘘みたいに長く喋っている。
「もう充分でしょ」
改めて自分のことを話すのは、なんだか変な感じがする。
「え? 知らなかったこともあった?」
それなら――まあ。
「なら良かった」
最初から知ってるじゃん、と思っていたけど。
案外、長く付き合っていても知らないことはあるらしい。
これで終わりかと思ったら、最後に一言、と言われた。
「え? 最後に?」
思わず笑った。
「ディレクターかよ」
そう言いながら、少し考える。
最後に一言。急に言われると困るな。
「じゃあ……」
俺は片手を上げた。
「月城晴星。十六歳。高校一年生」
親指を立てる。
「仕事は俳優」
人差し指。
「芝居が好き」
中指。
「人のこと考えるのも好き」
薬指。
「母さんと父さんも好き」
最後に小指を立てた。
これで五本。
「ほら。俺なんて片手で説明できる」
それは絶対違う!と今日一番笑われた
「なんだよ~…」
自分では結構うまくまとまったと思ったのに。
でも、まあ。
今日こうして話してみたら、相手にも知らなかった俺があったらしい。
だったら、俺だってこれから親しい相手の今まで知らなかった一面を見つけることもあるのだろう。
それでいい。
人なんて、たぶん一度の自己紹介で全部分かるものじゃない。
俺自身、自分のことを全部分かっているわけでもないし。
上げていた腕を下ろして、目の前の相手を見て笑った。
「それじゃあ……『これからも、よろしく』」
始めまして。本日は続けて第一話まで投稿します。
最初はこの話からです。宜しくお願いします。