絶対に配信はしないダンジョン攻略者 作:POTROT
特に発展しているわけでも無いが、かと言って寂れた田舎というわけでもないという至極中途半端な町の、駅からちょっと離れた位置にあるボロアパート。
二万円弱の家賃で、ギリギリ二人暮らしに耐えられる程度のクッソ狭い部屋が、俺の家だった。
「帰ったぞ」
「あ、お帰り」
どうやら夕飯を作っていたらしい妹……
そんな彼女の様子を見て、少し安心してしまう。
ダンジョンを出た段階で今から帰ると連絡はしていて、返事も来たのだから無事であるという事自体は理解していたが、やはり実際に確認するのとでは違うのだ。
「……手伝うか?」
「心配しなくてもいいよ。もうずっと一人でやってるんだから。そんなことより休んでて」
唯はそう言うが、見ているこっちは心配なのだ。
何せ唯はまだ10歳。
順調に身長は伸びてきているが、大人用のキッチンで作業するには未だ心許ないというものだった。
が、しかしそんな俺の心配を笑い飛ばすかの如く、唯の手際は非常にスムーズである。
怪我とか全くしそうにない。むしろ俺が手伝うと足手まといになりそうでさえあった。
「成長したよな、お前……」
「まぁ、普段はほぼ一人暮らししてるんだし、多少はね」
「……すまん」
「なんでお兄ちゃんが謝るかなぁ?」
それは、お前が今こんな生活をしている理由の一端に、俺の無知と我儘があるからだ。
……喉元までせり上がったその言葉が、声帯を震わせることは無かった。
「お兄ちゃんはいっつもそうだよね、事あるごとにすぐ謝って。……そんなに私が怒りっぽく見える?」
「いや、お前は優しいよ。本当に」
「でしょう? だからそんなに謝らないでよ」
「……善処する」
「ん、よろしい」
得意げな顔をした唯が、ちゃぶ台に料理を配膳してゆく。
湯気の立つ料理の数々は、贔屓目に見ずとも実に美味そうだった。
豊かな匂いが、俺の嗅覚を刺激する。
一週間近い栄養バー生活で限界を迎えつつあった俺の胃が、歓喜の悲鳴を上げた。
「んふふ、すっごい音。お腹空いてたんだ」
「……まあ、そりゃあな」
「素直でよろしい。それじゃ、早速食べよっか。いただきまーす」
「いただきます」
手を合わせ、箸を手に取り、料理を口に運ぶ。
「どう?」
「美味い」
それ以外に言う事が見当たらない。
美味い。本当に美味い。温かいものを食って、ようやく人心地着いたような気分だ。
「そろそろお兄ちゃんよりも上手になったかな」
「ずっと前に抜かれてるよ」
「そうかなぁ?」
「こういうのは基本、相対的なものだからな。俺にはそう感じるってだけだ」
「ソウタイテキって何」
「……赤ちゃんがいる人にとってミルクとオムツは重要だが、そうでない人には重要じゃない。つまり人によって価値観が違う。そういうことだ」
「ふーん……つまりお兄ちゃんは私の料理が大好きって事ね?」
「よく理解できたようで何より」
そんな他愛もない会話を続けていると、今度は話題がダンジョンの方にシフトしてゆく。
「それで? 今回のダンジョンはどうだったの?」
「悪くない。結構稼げそうだ。暫くはあそこに潜っていいな」
「お金の方は?」
「今月分はもう稼げた……と、思いたい」
ド級の屑でバカな両親が残しやがった借金は、莫大と言う他なかった。
借りられるところからとにかく借りまくり、借金の返済分を払うために別の所からも借金するとか言うバカだった。
何なら闇金にさえ手を出していた。まぁこっちはもう対処したが。
しかも連中……特に母親。最悪なことに元々逃げる予定だったのか、借金の幾らかを俺の名義で借りていやがった。
この辺に関して色々と打てる手はあったのだろうが、当時14歳で相談できそうな相手もまともに居なかった俺に弁護士だとか法律だとかその辺の話が理解できるはずもなく、借金の返済義務は全て俺にスライド。
おかげで俺があの屑共の借金をこうして必死に返すことになっているのだった。
「そっか……でも、だいぶ楽になったんじゃない? 前は本当にギリギリだったよね?」
「まぁ……そうだな」
唯の面倒を見るためだった。
自分の事すらままならない唯の面倒を見るための時間が必要だったから、俺は今のように一週間も家を空けることが出来ず、数時間ダンジョンに籠っては家にとんぼ返りし、またダンジョンへ、という生活を続けていた。
やはり、もっとスマートな方法はあったのだと思う。
だが、俺にはそれが出来る余裕も無ければ、そもそも他の誰かを信用して唯を預けるという思考も出来なかったのだ。
そして現在、唯は自分の身の回りの事の多くを自分で出来るようになった。
だから俺はこうして長時間ダンジョンに潜り、より多くの戦利品を獲ることが出来るようになった、と。そういうわけだ。
だからつまり───
「稼ぎが増えてきたのは……お前のおかげだよ」
「はいはい、そういうのいいから」
あっさり流された。
割とガチだったのだが。
「ところでお兄ちゃん」
「なんだ」
「ダンジョン配信って知ってる?」
「絶対にやらんからな」
「ありゃ」
まさか唯の口からそんな言葉が飛び出してくるとは……
いやまぁそれも仕方が無いというものか。
ダンジョン配信はキッズの間でも大人気。
スプラッタな映像もあるからと、規制はかけられているはずなのだが……子供たちの好奇心をそんなもので抑えられるはずも無し。
当然、唯の通っている小学校でも大人気なのだろう。
「結構稼げるって話だったから、ちょっとは足しになると思ったけど」
「今回の帰りの道中……丁度昨日くらいに偶然遭遇したのだがな。アレはダメだ」
思い返せば、ダメなところが出るわ出るわ。
「視聴者と会話とかしてるのか知らんが、喋りまくって注意が散漫になる上に、聴覚がダメになる。あとはやっぱり人気商売だから見た目にも気を遣わなきゃならんし……ちゃんとやるなら機材もそろえなきゃならんのだろ? 余計なことに金がかかりまくる上にもしアレを安全にやるんなら、浅い層域でしか活動できなくなって収入が死ぬ」
「ダメじゃん」
「だから俺はそう思った。アレで成功したヤツがどれだけ稼いでるのか知らんが……少なくとも俺が手を出す代物じゃない」
「そっか……じゃあ諦めよう。うん。やっぱりお兄ちゃんは今のままがいいね」
「そういうことだ」
もしも俺に余裕があったのなら、配信をしても良かったのかも知れない。
だが現実はそうではない。金銭的にも時間的にも、逼迫していると言っていい。
余計な所に、金も時間もかけていられないのだ。
「明日も朝早くに出る。悪いが家のことは任せた。分かっていると思うが……」
「危ないことはしないよ。お兄ちゃんも、安全にね」
「あぁ」
流石に、二度も無様な姿を唯に晒すわけにはいかない。
最優先は安全。次点で金。第三が時間だ。
…………しかし、安全と言えば。
配信をやっている連中は注意力が散漫になっている可能性が高いから、昨日遭遇したアレのように出合い頭に攻撃されるってこともあり得るのか。
配信者には近寄らないよう、徹底しておこう。
次回、掲示板