畜生道に堕ちたと思ったら五条悟の飼い猫になった件 作:鳳飛鳥
「君が甚爾君の息子で恵君かぁ、俺は禪院直哉や。甚爾君の従弟やから恵君から見たら
京都から見て北西の方角にある大江山、禪院家に振られた今日の任務は、此処に出現する可能性のある歴史上の特級呪霊『酒呑童子』の出現確認と、ソレが居ない場合には周辺区域の呪霊の間引きである。
来年には10歳になり、時代が時代なら早けりゃ元服して戦場に立つ可能性が0では無い年頃になる事から、甚爾は息子を今回の任務に見学として同行させる事にしたのだ。
参加するのは禪院家の当主であり甚爾が禪院家で唯一それなりに認めている叔父の禪院直毘人と甚爾の2人、それから恵の護衛役として直毘人の息子であり次期当主と目されている禪院直哉である。
この配置は万が一酒呑童子が現れたとしたら、直毘人と甚爾が遅滞戦を行い、直哉は恵を連れて離脱し援軍を要請しに行くと言う意図がある訳だが、正直に言えば直哉は
(なんで俺が子守せなアカンねん、甚爾君の子どもや無かったらぼてくり回してるわホンマに)
と、余り乗り気では無かった……が、
「よろしくお願いします! 直哉お兄さん!」
ハッキリと現役呪術師に対しての尊敬と畏敬が籠もった視線を向けられると、
「まかしとき! 甚爾君ほどや無いけど、俺も十分に強いからな! 恵君はしっかりと守ったるで!」
禪院家では今まで向けられた事の無い輝かしい目を見て、
(なんやこの子、甚爾君の子どもだけあって、めっちゃ可愛いやん! こら本気で守ったるで!)
心の中で掌をドリルの様に翻していた。
「なぁ叔父貴、息子を甘やかし過ぎじゃねぇか? 確かに呪術師としては鍛えてるみたいだけどよ、体術の基本が出来てねぇぞ? 数年前までならソレでも良かったんだろうが、今は呪術師も対人武術を学ぶのがトレンドなんだろ?」
「本人にやる気があるならば勝手に学ぶだろ、俺が一々言わなければ学ばずくたばる様なら、ソレは次期当主の器では無かったと言うだけよ」
「あ゛!? いくら甚爾君でも言って良い事と悪い事があるで! 確かに甚爾君と比べたら俺は未だまだ弱いかもしれへんけど、基本も出来て無いちゅーんは流石に言い過ぎやろ!」
「あー、こー言うのは、言葉で言っても分かんねぇわな。叔父貴ちょっと時間を貰うぜ? えーっと確か直哉……だったか? 任務の前に軽く揉んでやるから掛かって来い、恵も少し離れてちゃんと見ておけよ?」
この任務に「灯」や「躯倶留隊」が同行していないのは、極めて単純で万が一にも酒呑童子が出現していた場合には……本人たちには言わないが……足手纏でしか無いと言う判断である。
その場合には直哉が速攻で離脱し、東京高専へと連絡を入れ五条と夏油と言う2人の特級を即座に投入すると言う前提だからだ。
無論、酒呑童子が出現していない場合にはただの雑魚狩りでしか無く、その場合には逆に過剰戦力と言えるが、恵の初めての裏社会科見学と考えるならば戦力を万全な方が良いと言う甚爾の判断である。
「ほなら行くで!」
直哉の生得術式は当主である直毘人と同じ『投射呪法』、1秒を24コマに分断しソコにイメージを流し込む事で、ソレを現実へと昇華する術式だ。
一瞬にして時速100kmを超える加速を用いて甚爾の死角へと回り込み、自身の呪力出力を全開にした一撃をその後頭部へと叩き込む……筈だった。
しかし甚爾はソレに反撃するのではなく、素早く身を地面へと伏せソレを躱す事で想定されたイメージを破壊し、直哉の術式のリスクである1秒の硬直が発生する。
「お前は俺を過剰に恐れすぎてるから、攻撃が死角に回ってのモンなのは簡単に読める。ソレに俺は叔父貴の投射呪法を知ってるんだぞ? 安易にカウンターなんざぁ狙って術式効果を貰う訳ねぇじゃねぇか」
ガッツリ反撃するのではなく、硬直が切れた直哉の額にデコピンを一発入れてから、甚爾はそんな言葉で彼の欠点を指摘する。
「俺がお前に武術の基本が出来てねぇって言ったのは、どんな相手だろうと過剰に舐めない、恐れない、そして何よりも常に体軸を意識して立つ、この3つが出来てねぇからだ。今度伊賀の里で当代の服部半蔵と術式無しで手合わせしてみろ、手も足も出ねぇぞ?」
……かく言う甚爾も初めて伊賀へと行った際に、自分の暴が本当に呪術師でも無い一般人の武に劣るのかを試す為に、当代の半蔵……では無く師範と戦ったのだが、結果は甚爾の負けだった。
当代の服部半蔵は2級とは言え呪術師である為に、一般人が天与呪縛の暴力に勝てると言う証明にはならないと言われたからだ。
武術の中にはどんなに反射神経が優れた物でも、分かっていても躱せない、或いは理解出来ているから引っかかってしまう……そんな技が幾つも存在しており、ソレ等に対して初見で全てに対応するのは流石の甚爾でも不可能だったのである。
とは言え流石にその手の技術に引っかかるのは飽く迄も初見の時だけで、1月も有れば呪術師である服部半蔵にも余裕を持って勝てる様になったのは、流石は天与の暴君と言わざるを得ないだろう。
「マジか……服部半蔵って2級なんやろ? 2級が甚爾君に勝ったなんてうせやろ?」
「大真面目だ、武術ってのは思ってた以上に奥が深いぜ? 殴り方一つとっても、伊賀流を学ぶ前と後じゃぁ倍は威力が変わったからな」
今までの甚爾の殴り方が下手だった訳では無い、しかし天与呪縛に依るフィジカルギフテッド、その出力を100%拳に乗せる事が出来ていたのが今までで、体重や勢いその他諸々多くの要素を追加して200%以上の拳を繰り出せる様になったのが現在なのだ。
「伊賀流体術の師範は呪術師じゃねぇ一般人だが、努力と技術を積み上げた結果、1回だけとは言え俺を完封したんだ。実戦ならその一回で俺はあの世行き、あんまり他人を舐めすぎるなよ?」
「……ソッチ側の人間の甚爾君が言うんなら、ホンマに一般人でも積み重ねでソッチ側に手が届くんやな。ほならお父ちゃん、この任務終わったら俺も一回伊賀に行ってみるわ。他の連中を見下すな……ちゅーんは直ぐに治すんは難しいやろけどなぁ」
自身が認めた明らかに強者の側の人間にこうして実際に敗れ、ソレを敗った一般人がいると聞けば、本来強さを求める事に貪欲な直哉は多少……本当に多少では有るが考えを改める切っ掛けを得る。
「……すっげ! 勝った父さんも凄いけど、直哉お兄さんもむっちゃ速かった! 俺殆ど動きが見えなかった!」
負けてもこうして目を輝かせて勝負の内容に言及する恵を見た直哉は
(なんや……稽古で負けるんは別に恥や無いんやな。伊賀流習ったらまた甚爾君に稽古付けて貰お、もうちょっと恵君の身体が出来て来たら俺が稽古付けたるのも楽しいかもしれんなぁ)
と、目下の者に素直に尊敬される事の気持ちよさが僅かながらも理解出来たのは、更に考えを改める切っ掛けになるのかもしれない。
「そう言えば3人目が産まれたんだったな? 術式の有無は未だ分からんだろうが、呪力の方はどうだ? ああ、未だ名前も聞いていなかったな、後から出産祝いを送らせるから名前くらいは今教えろ」
「ん、ああ、そーいや産まれたってのは連絡したが、名前は教えて無かったか、
「ほー2人続けて相応の呪力持ちか、となるともしや天与呪縛で呪力から脱却した者の子は、その反動で呪力を多く持つ可能性が無いでは無いのかもしれんな」
「名前で分かると思うが、女だからな。相伝術式ならしょーがねぇが、そうじゃないなら禪院には絶対やらねぇからな?」
「女は……確かにウチでは幸せを掴むのは難しかろう。なんだ甚爾、お前もなんだかんだでちゃんと父親しておるではないが。むしろ当主である事を優先せざるを得ない俺より余程父親だ」
そう笑いながらワンカップ大関の蓋を開ける直毘人。
「当主としても術師としてもそれなりに尊敬しとるけど、任務中に酒飲むのソレだけは真似したらアカンと思うねん」
そんな直哉のツッコミを受けつつ大江山へと入った4人だったが、特級らしい呪霊も呪胎も確認出来ず、出てきたのは2級~3級の雑魚数体であり、何の山場も無く恵の初めての裏社会科見学は終わるのだった。