畜生道に堕ちたと思ったら五条悟の飼い猫になった件 作:鳳飛鳥
加茂家の分家が飼っていると言う雌猫との見合いの日取りが決まり、俺と御主人は京都の加茂本家へとやって来た。
分家の猫の見合いで何故本家? と言う疑問は湧くが、一応名目上は呪術御三家の一角である加茂家家中と五条家家中の見合いと言う事で、それ相応の格式と言う奴が必要になるらしい。
猫の見合いなんだがなぁ……と思わなくも無いが、新しい制度とは言え俺が法的人格を持つ猫であり、呪術師として1級の肩書を正式に背負っている事から『ただの猫』としては扱えないのだそうだ。
そんな訳でやって来たメロンパンの本拠地……もとい加茂本家。
五条本家と同様に京都市内にあるのは、対外的な用途に使う為の邸宅であり、本当の意味での本家機能は郊外の山にあるらしい。
ソレでも中京区の京都御所から然程も離れていない一区画を、丸っと占拠する邸宅は見事な物である。
そんな邸宅の一室、床の間に飾られた水墨画や刀剣だけでも数億はしそうな雰囲気の和室で、俺と件の雌猫は相対していた。
「始めまして五条ポチ1級術師です」
「五百七代目
五百七代目と言う言葉の通り、加茂家の分家の一つはこの猫の血筋を代々守ってきており、眼の前の彼女が五百七匹目の加茂光子と言う猫らしい、見た目は極々普通の三毛猫だが何処となく気品を感じさせる佇まいだ。
「あー詳しい来歴を御説明しますと、この子の遠い先祖、初代の加茂光子は一条天皇の愛猫『
御主人の真正面に座るのは加茂本家の当主では無く、加茂光子の血筋を守り続けて来た分家の当主である。
命婦の御許の名を言われて即座にその来歴に気が付く事が出来たならば、その者は恐らくはかなりの古典文学好きだろう。
俺の記憶が確かなら清少納言の枕草子にその名が出てきた筈だ。
「賀茂光栄は死の間際にも光子の血筋は決して途絶えさせるなと遺言を残したと記録されていまして、ソレは皇家より賜った猫だから……と今までは考えられていたのですが」
そう言って一瞬口淀むが、
「賀茂光栄は陰陽寮でも占術の名手だったと言う事でしたので、五条1級の出現とその繁殖の必要性を知った時、御先祖様はコレを読み解いていたのかと一族全体が大きく驚いた物です。なにせ家は数ある分家の中でも加茂のクセに猫の番と笑われていましたのでね」
そんな言葉を晴れ晴れとした笑顔で口にした。
恐らくは呪術師としての加茂家の中では相当に軽んじられてきた家なのだろう、しかしソレが俺と言う猫の呪術師が繁殖相手の雌猫──呪力を持ち人語での会話能力がある希少な猫──を探していると言う事で一気に重要な価値を持つ家となった訳だ。
「所で光子さんは元々人語での会話を?」
「いいえ、今まではその必要は全く無かったので喋る事なんか有りませんでした。ただ私が発情してからこっち、お父様が連れて来る雄は誰も彼も見目は良くとも惰弱で軟弱、そんな相手に身体を許す程加茂光子の名は軽くは有りませんから、そう申し上げたのです」
「いやぁ歴代の記録でも彼女の先祖は雄猫の選り好みが激しいとは記されていたんですが、恐らくは呪力を持つが故に強かった彼女達は、自分より弱いつまりは呪力を持たない雄を本能的に選別していたんでしょうね」
「はー、成る程なぁ……だからポチと同等かソレよりちょっと強い位の、人間なら術式さえ有れば1級は確実な程の呪力がある訳かぁ」
人間側が意図して呪力の高まる様なブリーディングをしていた訳では無く、歴代の賀茂光子が呪力の無い雄=弱い雄として種付けを拒み、結果的に強い呪力を持つ1匹の雌猫が出来上がったと言う事らしい。
「過去の飼育記録には産まれた仔猫の不審な死に方に付いても記載されていましたし、公開されている五条1級の聞き取り記録を読む限りでは、恐らく過去にも何等かの術式を持った仔猫は産まれていたんだと思いますね」
公開されている俺の記録と言うのは、転生云々や地獄に阿弥陀如来の辺りを取っ払った『術式を自覚した瞬間、ソレに脳みそが耐えきれず頭が吹っ飛んだ』と言う辺りの話である。
この事は俺の花嫁──法的な意味での結婚では無いが──を捜索し募集する際に、そういう事が起こり得るとハッキリ明記して置いた事だ。
折角産んだ仔猫が何日もしないうちに頭ボーンで死ぬなんて可能性を分かった上で、俺の子を産んでくれる雌猫を探したと言う訳である。
勿論、九十九特級が飼うナスちゃんもその話は聞いていたそうだが、
「そんな事が無くても仔猫は死ぬ時は死ぬっす、野良なら寧ろ生き残る方が少数っす」
と気にも止めていなかったがね。
「……つまり光子さんとの間に仔猫を儲ければ、俺の持つ救急九命以外の術式を持った猫が産まれる可能性がある……と?」
「その可能性は十分ありますが、聞けば五条1級は死んだ直後なら蘇らせる事が出来るのでしょう? 大変ご迷惑かとは存じますが出産から数日、子ども達の術式有無が判明するまでご一緒して頂ければ他の術式を持つ子も生きれると思うんです」
光子さんはナスちゃんよりも更にもう一歩踏み込んで、俺の拡張術式『泰山府君の祭』の利用まで言及してくる。
「救急九命は呪術界の宝と言っても過言じゃない術式だから、その保存の為に猫の呪術名家を作る計画だったけど……加茂光子ちゃんとの間に仔猫が出来れば、ソレも一気に大きな家に成りそうな感じだねぇ」
名家を建てるなんて話は聞いた覚えが無いぞ御主人! と叫びたかったが、見合いと言う場である事を鑑みなんとか叫び声を飲み込む。
「一応、猫の加茂家としての条件は、三毛の雌が産まれた場合にはその仔猫は次代の加茂光子として我が夜で養育しますが、他の毛色の猫に関しては五条家が優先引取先、五条家が望まない場合に限り他の里親を探すと言う形で問題無いですか?」
……次代の加茂光子を相手が必要としている以外は、前回のナスちゃんとほぼ同じと言って良い条件で俺としては否は無いが、一つだけ確認するべき事があるだろう。
「もしも三毛の仔猫が産まれなかった場合はどうするんですか?」
「その時には、ご面倒を掛けて大変申し訳ないけれども、次の発情期にもう一度御種付けをお願い致します。加茂光子は歴史ある猫の名跡、私の代で途切れさせる訳には行きません」
名跡……いやまぁ五百代を超えてその名を引き継いで来たんだからそりゃ歴史ある名跡と言って間違いないんだろうが……猫にもそんな梨園──歌舞伎の世界──の様な物があるのか。
「ちなみにこの話が来た時に失礼だとは思ったけど、一応調べさせたら一条天皇が賀茂光栄に猫を下賜したって記録はちゃんと出てきたよ。賀茂光栄がすげぇ顔で下座って仔猫を譲ってくれって言ってきたから仕方なく下賜した……って日記に書いてたってさ」
今でこそ自由の象徴と言うか、人間が猫を飼うのではなく猫が人間を飼っている……等と称される事のある愛玩動物の猫も、江戸時代より以前だと勝手に逃げてしまわない様に首に縄を付けて飼うのが一般的だったと言う。
そんな時代にも掛からず一条天皇は自分の愛猫である命婦の御許には縄を付ける様な事はせず、代わりに馬の命婦と言う乳母を付けて世話をさせたと言うのだから、可愛がり方が尋常では無い。
「猫としては間違いなく尊き血筋って事だな……そんな名家の血筋に俺の様な雑種の種を入れても大丈夫なのか?」
「猫の品種など所詮は人間達が自分達の都合の良い様に作った物でしょう? 強き血よりも尊き物など有りません。そして貴方様はどう見ても強き雄です。私の様な箱入りがお嫌いで無ければ、どうぞお情けを下さいまし」
お嬢様然とした愛らしくも色っぽい声色でそんな事を言われてNoと言える雄が居たらソイツは間違いなく雄としての機能が無いか、或いは老齢で失われた後かの何方かだろう。
前世の俺は浮気をする様な事は無く女房一筋を貫いたが、こんな愛らしい声で誘い文句を言われたならば、多分不倫の罪を犯して無彼岸受苦処へと堕ちる事に成っていたと思われる。
……こうして今生二度目の種付けが無事に決まったのだった。