畜生道に堕ちたと思ったら五条悟の飼い猫になった件 作:鳳飛鳥
「憲紀様、御当主様がお呼びです。大至急お越し下さい」
呪術御三家の一角を担う加茂家の次期当主として、呪術師と言う現代社会を陰から支える者として、日々の鍛錬を怠れば呪霊は簡単にお前の命を奪う、その時に後悔するのはお前自身だぞ。
そんな言葉を毎日様に投げかけられ、鍛錬と言う名の虐待を強要され、上手く出来たとしても褒め言葉の一つも無い。
一時でも早くこんな家から抜け出したい、こんな家は滅んでしまえば良い……そんな事を毎日の様に考える。
今日もあの糞虫は自分を呼び出し何か無茶を言うのか、其れ共自分の母にそうした様にこの家から追い出すのか……いや、ソレだけは無い現在この家で加茂家の相伝術式である『赤血操術』を発現しているのは全ての分家を含めて自分だけなのだから。
腹立ちと苛立ちが顔に出ない様に表情を押し殺すのにはもう大分慣れて来た。
「失礼致します、憲紀様をお連れしました」
「通せ」
実の父親では有るが父とも呼びたくないう◯こジジイが普段使っている執務室では無く、応接間へと呼び出されたのは外部の誰かを紹介する為か……真逆とは思うが、自分にももう女をあてがい術式を継ぐ子を作れとでも言うのだろうか?
先日始めてパンツを汚してしまった時には、ソレが何かも分からずパニックを起こし、なんとかソレを隠そうとしたが家人に見つかり、ソレが何なのかを教えられ盛大に祝われたのは、世間一般からみれば恥なのだろう……実際凄まじく恥ずかしかった。
「憲紀……すまんかった」
「憲紀さん……本当に御免なさい」
私が部屋へと通されると、父と義母が揃って床に膝を着け座り一度こちらをしっかりと見つめてから、額を床に着け開口一番そんな言葉を吐いた。
「父様……
応接間にいたのは両親だけで無く、自分より上では有るが2人と比べれば間違いなく若い贔屓目に見積もって青年と言うべき年代のサングラスを掛けた男性と、赤いちゃんちゃんこを羽織った猫がいたのだ。
「あー、僕の事はお構いなくー。コレは加茂家内部の話だし、僕達が口を挟む事じゃぁ無いから」
「いや、五条の御当主にも加茂が正しく変わる姿を見届けて欲しいと願ったのは儂自身です。どうか最期までお見届け下さい」
傲慢不遜と言う言葉がよく似合う父が、他家……ソレも同じ御三家の一角である五条家の当主だと言う青年に、明確に下手に出た言葉を吐いた事に目と耳を疑うがどうやら事実らしい。
「加茂家は呪術御三家の一角として、総監部の重鎮として呪術界に貢献し続けて来た家系……とは言え禪院には総戦力で負け、五条には最高戦力で負ける、故に政治力こそが加茂を御三家としての立場に押し留めていたのだ」
古くは陰陽寮を実戦組織として立て直した賀茂忠行に始まり、賀茂は呪術界の政治力に深く深く関わり続けてきた、明治維新で陰陽寮が解体された後に呪術総監部が設立された際にもソレは変わらなかった……加茂憲倫を見本として呪詛師と言う制度を作った上で。
陰陽寮時代は良くも悪くもお上の組織であり、自分達は帝に直接仕える立場であるが故……と襟を正して全うに呪術師としての役目に邁進する者が殆どだった。
しかし陰陽寮が解体され総監部が設立されたばかりの頃は、呪術師の扱いも宙ぶらりんであり、それ故に加茂憲倫の様な外道を出してしまった……とそう判断した総監部を構成していた面々の満場一致で呪詛師認定と言う制度が作られたと言う。
この辺の事は加茂家の次期当主である自分は当然座学として習ったし、そんな外道と同音異字の名を付けられたと言う事には少々以上のショックも有ったが、ソレはまた別の話である。
「だが……総監部のトップを務めていた我が家の長老衆が……責務を意図的にボイコットし、更には呪詛師に情報をリークしていたのだ。儂は加茂家の当主と表向きはされていたが、実権の殆どは長老衆が持っていたのだ……お前の母を守れず本当に申し訳無い」
「……一夫一婦等と言うのは所詮は欧米の価値観で、日本ではある程度以上の財力を持つ家ならば妾が居るなんて言うのは然程珍しい話じゃぁ無い。にも拘らず貴方の母を賤の女と貶めたのは長老方なの……ソレを止める事が出来ずに本当に御免なさい」
「……ちょっと待って下さい、情報が、情報が多い。え? 母を虐め追い出したのは総監部のトップだった長老衆で、その長老衆が呪詛師にボイコットに情報リーク? ソレじゃァ加茂家は……」
武力では無く政治力で発言力を高めていたと言うので有れば、その後ろ盾となる信用が地に落ちれば加茂家の発言力は無いも等しいモノになるだろう。
そうなれば呪術御三家は加茂家を省いて禪院と五条の2家だけで良いと言う事に成ってしまうのではないか?
そうなったならば私は用済み? いやだがしかし呪術師として一般人を守ると言う責務を果たす必要はあるだろう……けれどもソレは加茂家を背負ってまでやらなければならないのか? 等と様々な思考が脳裏を過る。
「総監部の上にいた腐った長老衆は露と消えた、事態が発覚したのもやらかしていた者が原因不明の死……恐らくは何らかの縛りを破った事で報いを受けたのだろう。死後ヤツの執務室を調べた所、様々な悪事の証拠が出てきたのだ」
加茂家としてはその悪事の証拠を隠す事無く、新メンバーとなった総監部に提出し加茂家には自浄作用が残っている事を証明し、結果として父は本当の意味で加茂家の当主と成ったのだと言う。
「今後儂は呪術師としての一線を退き、これ以上加茂家の名を汚すクソたわけが出ぬ様に尽力する。お前には申し訳ないが呪術師として加茂家の戦力を見せつける立場を担って欲しい。無論、何の支援も無い訳では無い五条1級の協力で加茂家は新たな力を得た」
五条1級と言うのは、あのサングラスの青年だろうか? いやだが確か五条家の当主は昨年特級に昇格したと言う話を聞いている。
「五条ポチ1級術師だ。君には俺の子どもを養育し、良い相棒として戦える様に成って欲しい。猫の加茂家は君も知っているだろう? その尊き猫が持つ術式は赤血操術のデメリットをほぼほぼ無くす効果があるのだ」
赤いちゃんちゃんこを着た大きな猫が喋った!? いや喋る猫が居る……と言う噂は聞いていた、誰が言い出したのかは知らないが加茂家の中でもそんな噂がまことしやかに流れていたのだ。
だがこうして目の当たりにすると中々に驚きが強い、叫ばなかった自分を褒め称えたい。
「加茂光子の血筋に受け継がれた術式は『溶血・増血術式』とでも言う様な物で、普通に使えば固まったかさぶたを溶かすだけの地味な術式で、術式反転である増血も健康な人間に使えば血圧を急上昇させ脳出血なんかを起こすだけの術式だ」
……かさぶたを溶かす、固まった血を溶かす? ソレは赤血操術のデメリットである血栓症なんかを治す事が出来るんじゃないだろうか? そして反転の増血は出血を伴う術での失血死を防いでくれるだろう。
「我が子達の生得術式は反転術式が術式に組み込まれているタイプで、溶血も増血も産まれながらに使えるが、反転術式のアウトプットまでは出来ない。飽く迄も赤血操術のサポートの為の術式と言えるだろう」
猫が術式を持つ? とやはり驚きは続くがソレでも自身生得術式であり加茂家相伝術式である赤血操術の欠点を補う一手が千年前から準備されていて、ソレを歴代の赤血操術の術者が活かせていなかった事に少々愕然とする……。
が、その猫と相棒関係を無事に築く事が出来れば、父の言う通り加茂家の呪術師としての武力を他家に見せつける大きな力となるだろう。
「ああ、ソレとお前の母には家中の悪意から守る事が出来なかった旨、正式に謝罪し相応の額面の慰謝料を支払ってある。コレが彼女の連絡先だ、加茂家の次期当主としての責務に障らぬ範囲でなら好きに連絡を取り合うと良い」
父がそう言うと、義母が一枚のメモ紙を渡してきた、電話番号と住所が書かれ現在は既に別の男性との間に異父弟が居ると言う事も書かれている。
「五条家としても総監部が呪詛師と繋がるとか言う一大スキャンダルは見過ごせないからね、今後も加茂家には総監部の実務は担って貰うけど、監査に関してはウチと禪院とで手分けして対応するから、君は安心して呪術師としての責務に励んでね」
サングラスの青年……おそらくは五条特級だろう……がそう言ってきたが、一度に与えられる情報量が多すぎてクラクラしてくる。
勉学は得意な方だし好きな方ではあるが、勉強が出来るのと感情整理が上手いのは全く別の頭の良さなのだろう。
「……少し頭の整理をさせてください」
「ああ……本当に済まなかった。ただ、数日の間に猫の加茂には顔を出してお前の相棒となる仔と触れ合っておいて欲しい。術式を持ち知恵を持つとしても猫は猫、やりたい事しかやらないらしいからな、相棒としての絆が無ければ宝の持ち腐れだ」
改めて下座った父と義母を見て、私はなんとも言えない気持ちを抱えたまま、その場を後にするのだった。