畜生道に堕ちたと思ったら五条悟の飼い猫になった件 作:鳳飛鳥
三重県伊賀市内にある『伊賀流忍者博物館』はニンジャの海外人気にも押され、国内外から観光客が集まる人気スポットである。
そこに併設された伊賀流忍者道場も観光客向けの体験コースも有るが、正式に入門した者達向けのガッツリとして武術道場も表向きに公開されている訳では無いが存在していた。
(甚爾君の勧めやから来てみたけど、向こう側に手が届いている
ソコに訪れた禪院直哉は半ば懐疑的な目で道場で行われている稽古を見学していたのだが……然程も経たぬウチに認識を改めざるを得ないモノを目にした。
「なんや? 彼奴等、躯倶留隊の奴やんな? なんでこんなに練られてるねん」
ソレは禪院家では最下層よりは多少マシと言う程度で、基本的には使い捨ての露払いの駒として扱われる筈の者達が、ほんの僅かな身体の動きだけで牽制しあい、ソレが一瞬の間に無数の技を繰り出すのに等しい闘いを繰り広げていると言うモノだった。
某漫画では
その漫画では達人クラスの者同士が互いに拮抗した実力でのみ発生するモノとして描かれていたが、現実ではソコまでの超人で無くともある程度以上のレベルの実力者同士ならば、極々普通に発生しうる状況である。
パッと見ただけだと只々お互いにフェイントを繰り返しているだけで、積極的な闘いを展開していない様にも見えるが、ある程度以上の実力者の目から見ればソレが無数の攻防を極々短時間の間に繰り返していると言う事に気がつけるのだ。
直哉は確かに古武術の経験こそ無いが、呪術師として呪霊や呪詛師を相手取った戦いは幾つも経験してきた手練れである、だからこそ眼の前で行われている『雑魚同士』の筈の者達が極めて高いレベルの攻防を繰り広げている事に驚いたのである。
「どうです? ご家中の皆さん見違えたでしょう? 禪院の麒麟児殿」
油断していたつもりは無かった、常在戦場とまでは言わずとも、誰かに気取られる事無く背後を取られたのなんて産まれて初めてだった。
もしも背後から声を掛けて来た人物が自身を害する気だったならば、まず間違いなく刺されるまでその存在に気づく事が出来なかっただろう。
直哉はそれほど卓越した隠形の技を持つ者がいると知る事が出来ただけでも、今日此処に来た価値が有ると確信した。
(なんや……呪術師だけが特別ヤバい存在なんやない、忍者かて十分ヤバい連中やんか。俺がこうして声を掛けられるまで気配を察知出来ひんかったんや、やろうと思えば家の防御をすり抜けて父ちゃん暗殺出来る奴絶対居るやろ)
呪力を用いた訳では無い純粋な技術だけでソレが可能であると理解した、理解出来てしまった。
「甚爾君が師範に完封されたって聞いたんで、俺も一丁揉んで貰おう思って来たんやけど……甚爾君の吹かしや無かったんやな。ほんでアンタさんが体術師範ちゅーお人ですか?」
振り返る事も無く、肩の高さまで両手を上げて降参の意を示しつつそう言う直哉。
「いえ、私は……拙者当代伊賀忍軍頭領、二十代目服部半蔵2級術師で御座る。師範はあちらでご家中の方々を指導して居る者に御座るな」
(この実力で2級はうせやろ! と言いたい所やけど呪力がショボいなぁ。こら確かに対人やと激強やけど、1級以上の呪霊と戦っても勝てへんやろなぁ)
実力者なのは間違いないし、彼が甚爾と言う普通に努力しても絶対に届かないだろうアッチ側の存在を相手に、1度は勝利したと言われても決して嘘では無いとは理解出来た。
けれども呪術師としての目線で見るならば、その呪力の少なさは致命的だ。
むしろこの呪力で良く2級まで上がったモンだと称賛されるべき技量なのだとすら思う。
(なんや……俺は禪院家の中で天才や天才や言われて天狗に成っとっただけやってんな。生まれ持ったモン以外でも積み上げる方向性を間違えなければアッチ側に手が届く可能性は0とちゃうんやね)
此処で学ぶべき技術を身に着けたなら、此処での技術を学ぶ前の、自分が見て戦慄した当時の甚爾は超える事が出来ると確信した。
「ほなら服部2級、早速俺にも稽古付けてくれへん? アンタさんと術式無しで勝負したら俺じゃ手も足も出ぇへんって甚爾君に言われて来たねん。コレでも特別1級の肩書ぶら下げてるさかいに2級相手にソレ言われたら……なぁ?」
恐らくは甚爾の言う通り術式無しならば勝負と言える程の戦いにもならないのは、背後を取られた隠形の一手で理解出来ていた、恐らく彼は眼の前からでも姿を消して見せるだろう。
「呪術師としての強さと対人での強さは全く別なんですけれどもね……呪術師は呪霊を祓ってナンボ、呪詛師討伐は我ら忍びと陰高野の十八番ではありますがな」
その言葉の通り、呪術師の等級は同じ等級の呪霊を確実に祓えるかどうかで決まる、そもそもとして呪詛師や対呪術師での戦闘は考慮外なのだ。
「まぁ良いでしょう……全員稽古止め! コレより禪院の麒麟児殿と拙者の模範試合を始める! 拙者は全てを出し切り禪院特別1級術師殿に忍びの奥深さを見せつけんと欲す。他の者達は見取り稽古だ、一挙手一投足見逃す事無き様にしっかりと見届けよ!」
半蔵がそう言うと、かなりの広さのある道場内に散って手合わせをしていた者達が、全員手を止めて壁側へと寄り道場の中央を大きく開ける。
互いに
本当に拮抗した者同士の技撃軌道戦は素潜りの潜水で勝負する様なモノで、先に脳の酸素を使い果たした方が負けると言われているが、今回は完全に手札の差……直哉の読みきれなかった技を繰り出す素振りに対応出来なかった所を突かれ実際に技を仕掛けられたのだ。
「初見で此処まで対応出来るとは……流石、禪院の麒麟児の名は伊達では有りませぬな」
「普通の打撃やら組み技やらは分かったんやけど、今俺が食らったんはどう言う技なん? 気が付いたら寝とったやけど」
流派は違えど人間の動きと言うのはある程度の共通点は有るモノで、初見でも見知ったモノに近しい技の動きは読み解く事が出来たのだが、完全に初見となる技は何をされたのかも分からず床に転がる事になっていた訳である。
「変則の組み落しですな。技術のアレコレを簡単に申し上げるならば、極めて高度な膝カックンと言った所でしょうか」
これだけで命が取られた訳では無いが殺そうと思っていたならば幾らでも追撃は出来た訳で……所謂『初見殺し』や『分からん殺し』と言う様な技術は、呪術の世界だけで無く武術の世界にも存在すると言う事はこれ以上無いほどに明確に理解出来た。
「ほなら俺はどーしたら強なれるんかな? 出来る事なら甚爾君とやり合える位に仕込んで欲しいんやけど」
殆ど予備動作無く飛び上がるようにして立ち上がった直哉の身体にはダメージらしいダメージは無い、本当に優しく丁寧に転がされただけだったのだ。
「常人で有れば先ずは身体作りから……と言う所ですが、禪院家の皆様方は既に十分に身体は練り上げられていますし、基本的な身体の使い方は出来ていますからね。体軸を整えた立ち方を覚えたら、後は只管多くの者と手合わせをして技を盗むのが良いでしょう」
伊賀流は子ども向けの教室や観光客向けの教室を別として、此処の様な本物の忍者を養成する道場では一つ一つの技を丁寧に教える事はせず、手合わせの中で見て体感して盗むのが基本である。
コレは武術の発展具合を示す『守破離』と言う考え方に依るモノで、子ども教室で徹底的に基礎の技術を学んだ者が此処へと進んでくるのが普通で、その時点で『守』つまりは基礎となる動きや師匠の教えを守る段階は終わっていると言う判断からだ。
此処に来ている者は皆、型を崩し自分だけの型を作る『破』の段階へと進んでいる者であり、他者のソレを見て更に自由に自分自身の武を造り上げる『離』の段階へと進んでいる者だからである。
直哉の様に他流から此処に入門した者も自身が今まで培ってきた武を『守』る段階は既に出来ている筈で、ソコから伊賀流の技術を自分なりに取り込んで『破離』へと進むのだ。
つまり1から全てを学ぶのではなく、既に積み上げて来たモノの上に更に伊賀流と言う技術を追加し自分流へと昇華するのがこの道場で強くなる道筋だと言う事である。
「ほな俺の今持ってる技をそのまま活かして強うなるっちゅーことか、通りでウチの連中も見たことある身体の使い方しとるわけやな。けど間違いなく強うなってる、練り上げられてるんがアホやなければ見れば分かるわ。お前等、よう頑張ったんやな」
禪院直哉は禪院家の者達が言う通り呪術師として天才である、同時に武を高める事への貪欲さは禪院家の誰にも負けていないと言う自負が有った。
しかし少し外に目を向けただけで、自分が知らない……けれども間違いなく身になるモノを自分よりも圧倒的に劣った才能しか持たない者達が身に付けていたのだ。
ソレには並大抵の努力では足りない事は余程の馬鹿で無ければ理解出来る、故に直哉はその実力では無くソコまでの研鑽を素直に褒めたのである。
……恐らくは原作の直哉ならば『雑魚はどんなに努力しても雑魚やねん』と一笑に付しただろう、けれどもたった今自分より明確に才能で劣る者に手も足も出ず負けたのだ。
コレで努力は才能を凌駕する可能性がある事を認める事が出来ない程、未だ若く成長過程にある直哉は頑なでは無かった。
「おっし、ほなら稽古の時間は未だあるんやろ? 誰か相手してくれへん? そして終わったら近くで美味い店に案内したってや。俺が奢るさかいちょっとお高い店でもええで」
そう言って笑う直哉は禪院家で見せた事の無い
術式も呪力も禁止して明確に体術だけで知らない技術と相対する、その一時は禪院直哉と言う男を恐らくは良い方向へと僅かながら成長の方向性を変えたのだった。