畜生道に堕ちたと思ったら五条悟の飼い猫になった件 作:鳳飛鳥
救急九命を引き継ぐ仔猫が産まれたら俺の縁談は無事終了! ……なんて事ぁ無かった。
術式の性質上1匹生まれりゃその仔が夭逝する事は無いにせよ、猫は所詮猫でありやりたい事しかやらない生き物なのだ。
俺は人間としての前世の価値観に基づいて呪術師をして居るが、俺の仔が必ずしもそうなるとは限らない。
母猫である光子さんの教育である程度はなんとかならん事も無いとは思うが、正・副・予備の3つを備えて置くのは、どんな事業でも大事な事だ。
コレをコストカットと言う言葉で切った経営者は、大概の場合に正にトラブルを抱えた時点で副・予備を常備して置く以上の不利益を被る物である。
前世の俺の職場は比較的経費も潤沢で利益を追求する様な事業では無かったので、其れ等をカットする様な事をしては居らず、トラブルが発生しても即座に対応する事が出来て居た。
まぁ猫の捕獲なんざぁ一筋縄では行かない仕事だし、正として用意した箱罠が失敗し、副として用意した人員が捕獲する、或いはそれすらも掻い潜られて予備人員が捕獲したなんて事は日常茶飯事だったのだ。
対して他業種に就職した友人なんかの話を聞くと、バブル崩壊の後辺りから会社はガンガン色々な余裕を削減していって一時的には利益を確保したが、何等かのトラブルの際にソレ以上の出費を強いられたなんて話は幾らでも転がっていた物だ。
俺の仕事で言うならば最初に設置した箱罠だけで仕事を終えたつもりになって、何日経っても捕獲すべき野良猫が罠に掛からずただただ時間を浪費しただけ……と言う感じだろうか?
兎角、どんな事でも1本足打法は危険で、必ず2ライン以上の準備をしておくべきだと言う事だ。
この時期だと未だ犬や猫のブリーディングに関して法整備は殆ど進んで居ないが、俺がくたばる頃には猫の場合は6歳までに10回までと言う制限が設けられていた。
とは言えコレも愛猫家として言わせてもらえば割と過酷な頻度での妊娠出産であり、間違いなく母体の寿命を削る行為だ。
理想を言うならば年1回の出産で最大でも2~3回程度に抑え、最期の出産と離乳が終わった時点で母猫に対しては避妊手術を行うべきだろう。
猫の妊娠出産は人間と違って一度の4~8匹が産まれるのが普通で、出産の為に必要な栄養や母乳を与える為に必要な血液を鑑みれば、間違いなく母猫の寿命を削る行為なのだ。
そんな訳でナスちゃんと光子さんとは来年もう1回ずつ交尾をする予定で話は進んでおり、ソレとは別にもう1件、他の雌猫とお見合いの案件が舞い込んでいた。
五条家の総取りを嫌った禪院家……と言う訳では無く、分家の分家である伏黒家からの斡旋だった。
何処から話を聞いたのかは知らんが、パパ黒から御主人経由で話が来たのだ。
曰く『息子が見えない犬と遊んでてズルイ! 私も猫が飼いたい!』と言い出した長女の我儘を飲み込んだパパ黒が、ダメ元で近所の野良猫を片っ端からとっ捕まえて、人語を喋れて飼われても良いと言う猫を探したのだと言う。
結果、ソレで飼い猫に成った雌猫は既に1度野良としての出産は経験してはいるものの、未だ2歳と若い猫でしかもよくよく見てみれば只猫とは思えぬ呪力持ちだったのだそうだ。
「そんな訳で3回目のお見合いは伏黒さん
そんな訳でやって来たのは伏黒家……では無く、その近所にある武道場を備えた地域の体育館だ。
「よう、久し振りだな五条の御当主殿と化け猫さんよぉ」
先に道場で身体を温めて居たらしいパパ黒が俺達が到着するなりそんな言葉を口にする、今日はパパ黒が金にモノを言わせて体育館その物を4時間貸し切りにして居るので、呪術の秘匿を気にせず手合わせが出来る……らしい。
「コレ、俺がホンマに見て良い奴なん? 甚爾君と五条悟の手合わせなんてどんだけ銭積んでも見たい奴やで? 恵君も真希ちゃんも真依ちゃんも今は見ても分からん思うけどコレむっちゃ贅沢な奴やからな?」
そして何故貴様が此処に居る禪院直哉! あの原作で見せた厭味ったらしい笑顔では無く、明らかに好カードを眼の前にしたプロレス観戦者の笑顔でそんなセリフを口にするな! 脳がバグる!
いったいどんなバタフライエフェクトが起きれば、原作屈指の非好感度キャラクターがあんな極々普通の青年みたいな顔になるんだよ!?
伏黒恵と恐らくは伏黒の姓をパパ黒に献上したと思わしき女性と、その娘であろう少女伏黒津美紀の存在はまぁ分かる、ただその女性に抱かれた赤ん坊は何やねん!
更に真希真依の双子まで居るとか本当に何がどうなったらこんな状況になるんだよ!
「久し振りだな呪術師殺し……っても最近はあんまり悪いことしてるって噂聞かねーんだよなー。もしかして改心した?」
「改心って程じゃねぇよ、お前ん所の糞猫と高専の呪術師を殺さねぇって縛り結んだだろーが。だから最近はもっぱら実家の下請けだよ畜生め」
ああ、そう言う事か、パパ黒が禪院家から仕事を受ける様に成って、彼に憧憬にも似た感情を持っていた禪院直哉が影響を受けたんだな。
「さて、んじゃ始めるか……今の俺達なら本格的に殴り合わなくても勝負は分かるだろ? ガキ共にゃ血みどろの戦いなんざぁ見せたくねぇからな。ソレに直哉にゃ十分な勉強になるだろよ」
「ああ、成る程、そういう勝負ね。了解、純粋に技術でやり合いたい……と、前回の闘いをきっちり反省してんのね」
柔道の稽古をする為に敷かれた表面がビニル製の畳の横幅2枚分の距離を取り、相対した2人は構えを取るとその場で勝負が始まった。
とは言え素人が見ても分かる様な闘いでは無い
ぶっちゃけ俺には極々最初の数手しか見る事が出来なかったが、どうやら直哉は未だ付いてきている様で本人が闘っている訳でも無いのに額から汗が滝のように流れている。
伏黒恵と禪院真依は何をやってるのかは分からないが、何か凄い事をしていると言う事は分かると言う感じだろう。
問題は今の時点でかなりの情報量をしっかりと読み込めているらしい禪院真希だ。
彼女はパパ黒と同じく天与呪縛のフィジカルギフテッドだったが、双子で呪術の才能を持つ妹がいる故に、その縛りは完全では無くパパ黒よりも2段或いは3段はスペックの落ちた存在だった筈だ。
ソレでも御主人とパパ黒の攻防がある程度は見えているらしく、直哉よりも激しく眼球が動き回っているのが端から見ても分かる。
恐らく彼女はこの見取り稽古だけで、間違いなく原作の彼女よりも一段上の武技を身につけるのではなかろうか?
まぁ御主人もパパ黒も互いに無手での攻防であるが故に、呪具が必須である彼女の対呪霊能力の向上という点には疑問が残るが……。
そうしている間にも2人はさらなる武の深みへと潜っていき、双方共に全身を滝のような汗が滴り落ちている。
気の所為かそれとも本気で脳が馬鹿みたいなカロリーを消費しているのか、僅かではあるが2人の頬が痩け始めた様に見えた。
プロ棋士はタイトル戦ともなると1局で1~3kgも体重が落ちる事があると聞く、激しい運動をしている訳でも無いのに……だ、2人の攻防はソレに近い勢いで身体を食っているのだろう。
「だー! くっそ! 体力負けだ! この体力オバケ!」
そう言って先に音を上げたのは御主人の方だった、叫び声を上げると同時に完全に体力を使い果たした様子でその場に崩れ落ちたのだ。
「くっそ、完勝とまでは行かねぇかぁ……でも前回のリベンジは果たさせて貰ったぜ、負けっぱなしは趣味じゃねぇんでな」
膨大な汗をかきつつも御主人と比べたら余裕の有りそうな様子でそう言ったパパ黒は、原作や以前見た時とは比べ物にならない程に充実感のある笑顔である。
「うし、ウチに帰って昼飯にすんぞ、女房の飯は高い店と比べたらアレかもしれねぇが悪かぁねぇぞ? んで腹が膨れたら本題に入るとすっか」
伏黒津美紀からタオルを受け取りソレで汗を拭いながら、そういうパパ黒は原作の冷徹な男では無く、完全に一家の大黒柱と言う雰囲気であり、プロヒモ等と言う胡乱な存在では無く妻にも子ども達からも信頼された良い父親をしている様にみえるのだった。