畜生道に堕ちたと思ったら五条悟の飼い猫になった件 作:鳳飛鳥
原作で伏黒姉弟が暮らしていたアパートとは違う一軒家、とは言え新築と言う訳では無さそうな、恐らくは中古で買ったであろう伏黒家のリビングに並ぶ料理の数々。
ソレは確かに特別高価な食材を使った豪華な料理では無かった、けれども極々普通の一般家庭で出されるであろう温かみを口にしなくても感じる事が出来る様な、丁寧な仕事が成されたと一目で分かるモノだった。
「うし、んじゃ食おうぜ、頂きます!」
「「「「「「「いただきまーす」」」」」」」
「うま! このフキ? むっちゃ美味いわ! 流石は甚爾君が選んだ奥さんやわ。ウチの飯は美味いは美味いんやけど、なんちゅーかお高く止まってる感じで、こーいう温かみのある美味さとはちゃうねんなぁ」
「あー分かるー。高い店の料理は確かに美味いんだけど、高い金払ってるんだから美味くて当然ってーか、そんな感じだよなー。こっちのシャケとヤサイの味噌焼き? もンマイわ」
「御主人、それは恐らくシャケのちゃんちゃん焼きと言う北海道の郷土料理だ。そっちのフキも大きさから見て北海道の足寄町名産のラワンブキだろう。……奥さん、アンタ、北海道民……だね?」
「あら、随分と物知りな猫さんなのね。ええ、道南の片田舎出身よ。まぁ地元の高校を卒業したら直ぐにこっちに出てきて水商売なんかして生きてきたんだけれども、今でも向こうの親戚とは連絡取るし頼めばこうして食材も送って貰えるのよ」
原作では恵と津美紀を部屋に残して失踪した女性と言う事しか情報の無かった彼女だが、伏黒甚爾が恵を……ひいては家庭を顧みる様になった事で大きく運命が変わった一人だろう。
「ほら、真希ちゃんと真衣ちゃんも遠慮せんと食わな、こー言う時は遠慮する方が失礼なんやで? こっちの漬物も京都の味とはちゃうけどイケるで?」
そう言って直哉が双子に左手の指で指し示したのはキャベツを中心に大根と人参、それから魚らしきモノが漬け込まれた漬物……恐らくはコレも北海道の郷土料理であるニシン漬けだと思われる。
俺が何故こんなに北海道のローカル料理を知っているのかと言えば、単純に前世で何度も北海道へは出張した事が有り、その度に地元のNPO法人の方の家で食事を御馳走になった事があるからだ。
「……ところでさぁ、君達は誰? いや伏黒の家つーか禪院家の関係者なのはなんとなく想像付いたんだけど俺とは初対面だよな? あ、俺は五条悟ね、現五条家当主で呪術界の最強。まぁさっきそこのおっさんに負けたけどさ」
「おっさん言うな……と言いたいが、流石に三十路回ったらガキどもからしたらおっさんだよなぁ」
「ああ、せやね、挨拶は大事やなぁ。俺はお察しの通り禪院家のモンで、一応暫定次期当主の禪院直哉や。んでこの子等は俺や甚爾君の
「暫定? お前さんついこの間まで『俺は相伝持ちだから次期当主で当たり前やんか』みたいに言ってたじゃねぇか」
「いやぁちょっとウチでゴタゴタ有ってなぁ……まぁ身内の恥や言うてもあの叔父さんの恥ならどーでもええしぶちまけるかぁ」
そんなセリフから始まった直哉の話をまとめると、外でちょっと良い事が有って気持ちの良い気分で家へと帰った所で、彼女達の父親である禪院扇が2人を躾けと言う名の虐待を行っているのを目の当たりにしてしまったらしい。
普段ならばソレも半ば日常の風景だと言う禪院家だが、ソレを見て直哉は『けったくそ悪い』と憤ってしまったのだと言う。
「いやぁ弱い者虐めって端から見たらあそこまでダサいモンなんやぁ……と反省したわホンマに。んで扇のおっさんを挑発して俺が勝ったらおっさんは女子供を虐めへん、俺が負けたらおっさん死ぬまで俺は当主にならへんって縛りを結んで勝負したったねん」
勿論、当初は扇を殺せばチャラになる様な縛りを結んでの勝負に相手は難色を示したが、自分からの手出しはしないし、誰かが直哉の意を汲んで勝手に……と言うのも縛りに抵触すると断言した事で話が変わったのだと言う。
「扇のおっさんも剣士を気取るなら流派の一つも起こせる位に技を磨けばええんに、あのおっさん新陰流の免状は持ってるみたいやけど、そっから破離が出来てへんでやんの。簡単に無刀取り仕掛けて刀奪ったったわ」
一度は勝負を決したが、直哉は釣り合う掛け金があるならば再戦は何時でも受け付けると禪院扇に言ったそうで、今後彼が技を磨き自身を下す事が有れば自分は次期当主では無くなる……と、敢えて今は暫定次期当主と名乗る様になったらしい。
「んで、こっちの真希ちゃんは甚爾君と同じ天与呪縛らしいんやけど、俺が見る感じ甚爾君のソレより2歩も3歩も劣ってる様に見えたんや。甚爾君から見たらどないな感じなんやろ思って連れてきたんやわ」
「へぇ……確かに一般人と比べたら呪力量が極端に少ないけど……ほんの僅かだけどソッチの子から呪力が流れてるみたいだね。んで逆にこっちの子はバケツの底に穴が空いた感じで本来の呪力量以下の呪力しか使えない訳か、この子達もしかしなくても双子?」
六眼で双子の様子を見たらしい御主人が、彼女達の呪力に関しての考察を述べる。
「お前等、そういう話は飯の後にしろ、飯が不味くなる。今日の汁物はくじら汁だぞ? くじらはこっちじゃ中々売ってねぇんだ。冷めねぇウチに食え」
禪院家云々は今でも甚爾にとっては飯の不味くなる話らしく、食事中にする話では無いと一刀両断した。
……にしてもくじら汁とは、本気で俺達を歓迎してこの料理を用意してくれたんだな。
くじら汁は北海道道南地域の郷土料理で、ハレの日に食卓に出される事のある祝料理であり、正月にはコレに餅を入れて雑煮にする家庭もあると言う御目出度い日の料理なのだ。
「ほ、ほら、こっちの鮭のルイベも美味しいわよ? それとも若い子にはこっちのザンギの方が良いかしら?」
空気が重く成りかけたのを察したらしい奥さんが、そう言って若者達に別の料理にも手を伸ばす様に促す。
「ルイベって……へぇ凍ったまま食べる刺身か……うん、飯に合う」
「ザンギって普通の唐揚げとはちゃうねんな? うん、こっちも飯が進むわー」
「恵はご飯のおかわり要る? くじら汁も未だあるわよ? 皆も遠慮せずどんどんおかわりして頂戴ね。ご飯は1升炊いてるから」
「二十歳そこそこの野郎なんざぁ食い気と色気だけで生きてる様な年頃だろ? 女房の言う通り遠慮せずにガンガン食えよ。ガキども……ウチの2人だけじゃねぇソッチの2人もあの家じゃぁ温かいモンなんてろくに食えねぇだろ? 安心して食っていいぞ」
呪術界の御三家一角である禪院家では食事の時間や内容にも、階級格差の様な物があるらしく、呪力を全く持たない甚爾はあの家の中では他の者達が食べ終わった後の残飯を漁る様な生活を強いられていたらしい。
自分と同じく呪力も術式も全くと言って良いレベルで無い真希に、甚爾はシンパシーの様な物を感じるのは有る意味で当然の事だったのだろう。
そして術式は有れども呪力が呪術師を名乗る事がギリギリ出来るかどうか……と言う程度しか無い真衣も、禪院家での扱いは殆ど変わらないと思われる。
此処に居る2人がそれなりにきれいな着物を着ているのは、薄汚れた格好をさせておいて他所の者に見られた場合に禪院家の名が落ちるのを避ける為だろう。
「……美味しい、温かいお汁ってこんなに美味しいんだ」
「こっちの唐揚げ? ザンギってのも熱々だけど美味ぇ。あ、真衣はちゃんと冷ましてから食えよ? 猫舌だろ?」
どうやら2人は未だ仲違いする前の様で、2人とも温かい料理を口にしては驚きの声を上げ始めた。
「ホンマになぁ……弱いのが悪いんやないわ。弱いままで強うなる努力をせぇへんのが悪いんや。実力主義を標榜するんやったらその辺を徹底せなアカンわ。生まれ持ったモンが弱くても努力して強うなったならソレはしっかり褒めなアカンねん」
呪術界御三家の一角を担う禪院家は、最強である御主人のワンマンチームと言って良い五条家や、武力よりも政治力でその地位を維持する加茂家とは違い、最も多くの戦力を有している家だと言って間違いない。
呪術師として呪霊を祓うのが責務であり、それ故に力を求める家なのは、有る意味で仕方の無い事なのだろう。
「ホンマに実力主義を徹底するなら、甚爾君が排斥されるんは奇怪しいねん。コレ言うたら悟君には悪いんやけど……ついさっき呪術界の最強に甚爾君は勝てたんやから、悟君に勝てへん奴等は皆甚爾君より弱いちゅーことやないか」
実力主義を標榜しながら本当に実力のある甚爾を排斥した禪院家に対して、直哉も思う所があるらしく、そんな言葉を吐露するが……
「だからあの家の話は一旦止めろ、美味いモンは美味いウチに食いたいんだよ俺は」
甚爾の言葉で遮られる、本当に彼は禪院家に居た頃の事を思い出したく無いのだろう。
「あーホンマにスマンなぁ甚爾君。取り敢えず今は黙って飯食うわ……ってこのルイベって言うた凍った刺身、ホンマ美味いなぁ」
と、こうして和やか? な昼食時が過ぎていくのだった。