畜生道に堕ちたと思ったら五条悟の飼い猫になった件 作:鳳飛鳥
あ、可愛良い……その娘を見た第一印象はソレだった。
同時に愛猫家であり、元保護猫活動化としての知識が、この娘を生み出したであろう糞ブリーダーへの憎悪を煽る。
淡いクリーム色の長毛種で耳がペタンと折れた可愛らしい丸顔はスコティッシュフォールドと言う猫種の特徴である……がソレだけならば何等問題は無い。
スコティッシュフォールドは確かに奇形腫であり各種病気のリスクは有るが、人為的に作られた『血統書付きの純血種』ならば多かれ少なかれ似たようなリスクは抱えているモノだ。
問題は……彼女の4本の脚が通常の猫と比べると極端に短いということである。
コレはマンチカンと言う比較的新しい猫種の特徴で、血統書を発行する団体に依ってはその猫種を認めていない所も有ると言う種類だ。
その特徴であるダックスフンドを思わせる短い四肢は、スコティッシュフォールドの折れ耳と同様に猫と言う生き物としては奇形であり、やはりコレも様々な遺伝子疾患を抱える可能性が高い種だと言う。
……通称『スコマンチ』と呼ばれる彼女は、真っ当ならブリーダーならば決してやらない、禁忌とされている配合なのだ。
但し客にさえ売れれば健康状態や短命等の問題はどうでもよいと言う、悪質なペットショップやソコと繋がった
その愛らしい容姿は確かに魅力的では有るし、ソレを欲する無知な客が居るのもまた事実だが、何よりも許せないのはそうした問題を隠して『こんな可愛いネコが居るんですよ!』と報道していたマスコミだ!
俺等の世代だと『テレビが嘘を言う訳が無い』とマスコミ報道を盲信する者は決して少なくなかった。
インターネットが当たり前の時代に成っても、俺等の世代でソレを十全に使い熟す者は極々一部であり、大半の者はSNSの類は触れる事もせず、テレビのニュースや情報バラエティなんかが知識を得る唯一の手段なんて感じだっただろう。
『賢者は歴史に学び、愚者は経験に学ぶ』と言う言葉があるが、世の中の大半は賢者では無く愚者であり、自分が直接見聞きした経験でしか物事を判断せず、ソレ以外の耳に痛い言葉は嘘と決めつける……そうした人間の方が圧倒的に多い。
故に俺達愛猫家・動物愛護活動家が声高にスコマンチの危険性を叫んでも、ソレに耳を傾けるのは同類である愛猫家だけで、ただ単純に『可愛いネコを飼いたい』と言う一般の顧客の耳にまで届く事は極めて少ないのだ。
……ただ不思議なのは、高額で取引されるであろうスコマンチの特徴を完全に持っている彼女が野良だったと言う事である。
「……一応、俺もコイツを拾ってから獣医には見せたが、今ん所は特に何の問題もねぇってよ。多分直接禁忌の配合をしたんじゃぁ無く、それぞれの因子を持つ野良同士が番った結果天文学的な確率で産まれたんじゃねぇか? って先生は言ってたぜ?」
俺が怒りの気配を放ち、それから疑問を抱いた事を目敏く見抜いたらしいパパ黒がそんな捕捉を口にする。
「お父さん。リリちゃん、この猫さんがリリちゃんの新しい仔達のパパに成ってくれるんだって」
俺とパパ黒を見てそう言ったのは、この部屋の主でありリリと呼ばれたスコマンチの容姿を持ったミックス猫の飼い主である津美紀嬢だ。
「オジサマがリリに新しい仔猫を産ませてくれるの? リリ、鈍臭いから前の仔達は死なせちゃったんだぁ……そんなリリでももう一回仔猫産んで良いのかなぁ?」
愛らしくも幼い感じで脳に響く様なその声は、大正ロマンと蒸気ロボが特徴の某ゲームに登場する最年少ヒロインを思わせる甘い声色である。
聞けば彼女が野良時代に産んだ仔は、彼女が食餌へと出かけ狩りに手間取り想定以上の時間が過ぎ、戻ってきた時には他の動物──恐らくは狸やアライグマ辺りだろう──に皆食い殺されていたのだと言う。
短足と言う特徴からマンチカンは運動が苦手な様に思われがちだが、低重心を生かした高速走行とドリフトにも似たターン力は決して侮って良いモノでは無いし、跳躍力も他の猫に決して劣るモノでは無い。
呪力が有ることも鑑みれば彼女は、決して純粋な能力と言う意味では鈍臭いと言う事は無い筈だ。
「此処なら守ってくれる飼い主もいるし、食餌を手に入れるのも手間取る様な事も無いだろう? ソレに産まれてから暫くは俺も手助けをするし、産まれた仔達もある程度大きくなったら信頼出来る人間が育ててくれるから安心しても大丈夫だ」
通常猫の仔育てに雄が関与する事は無い、種付けさえ済めば後は雌は自分ひとりで塒を用意し、たった一人で仔猫を産み母乳を与え仔猫が眠った隙に餌を狩り、そして再び仔猫に乳を上げるだけである。
当然と言えば当然ながら野良環境下では仔猫を守る母猫が居ない状況では、無防備な仔猫は他の肉食動物の恰好の餌だ。
しかしそんな事は分からない仔猫たちは、母猫がそばに居らず腹が減ったら容赦無く母を呼ぶ為に鳴き声を上げる……ソレが捕食者を呼び寄せる可能性を知らずに。
だが今は飼育環境下、ソレも天与呪縛のフィジカルギフテッドと言う地上最強のセコム付きの家だ、仔猫たちが他の捕食者に襲われる心配は無い。
ソレに彼女の仔が術式持ちで脳が弾け飛ぶ様な事が有った時に備えて、出産後暫くの間は俺がこの家に滞在する事も事前協議で決定事項と成っている。
……ナスちゃんは偶々術式を持つ仔は産まれなかったが、もしも救急九命以外の術式を持った仔猫が産まれた場合に備えて、次回は必ず九十九特級の所に滞在する許可を取ろう。
「お父さん、ウチでも産まれた仔猫飼っても良い?」
「あー、普通の仔猫が産まれたらウチで飼うって約束になってるぞ。恵みたいに特別なチカラを持った仔猫はちゃんとした場所で育てねーとアブねぇから、五条の兄ちゃんに預ける約束に成ってんだよ」
流石に小学生の娘を相手に現ナマ云々の生臭い話はしない程度の分別は有るらしく、呪術や呪力の件を持ち出して上手く誤魔化している。
「えー、お父さんが居ても危ないの?」
「俺も仕事で暫く帰って来ない時とかも有るだろ? ソレに望も未だ産まれたばっかだからな、お母さんも大変だろうよ」
「私がちゃんとお世話するよ、今だってリリちゃんの面倒はちゃんと見てるじゃない」
「おい、糞猫、お前のガキで普通の猫だったヤツはどれくらいの割合だ?」
「今の所2回の種付けで14匹が産まれているが、術式持ちは4匹、呪力を持っているだけの仔が10匹だから、呪力を持たない普通の仔猫は0だな。だがお嬢さん、お前さんのお父さんが言うのは本当だ。1匹は火を付ける能力が有ったヘタすれば火事になる」
まぁ赤猫術式を持っていたのは俺の血筋では無く、恐らくは光子さんの方の血筋だとは思うが……いや俺もガッツリ雑種だし、どっかで『術式は有るが呪力が無い』猫が居てその血筋として潜在的な術式が発現する可能性は0では無いのか。
「黒猫さんも喋る以外に普通じゃない猫さんなの?」
「ああ、俺はこんな事が出来るから、普通の猫じゃないな」
と言って見せるのは、術式順転『自傷』で右前脚を切り落とし、そのまま反転術式を回して切り落とした右前脚を再生して見せる。
「うわ……」
ドン引いた感じでそんな声を漏らす津美紀嬢、うん初見だと割とグロいよねコレ。
「俺は自分だけじゃなく、他人を治す
「……呪力だけの仔は一匹貰うってのは今からでも出来るんかね?」
「さっきの縛りは金額の部分しか縛って無いし、ちゃんと仔猫の血筋流出を食い止める為に生後半年くらいで避妊手術させるなら問題ないんじゃないか?」
「え、仔猫は子ども作れなくしちゃうの? 可哀想じゃない?」
「猫ってのは飼育環境だと爆発的に増えるんだ。ソレこそ1匹の雌から3年で2000匹以上に増えるんだよ。猫なのにねずみ算式で増えるんだ。流石にそんなに飼うのは無理だろう? 無茶な出産は猫の健康にも良くないからな」
「……1匹から3年で2000匹は流石に吹かしすぎだろ?」
「いや事実だ、俺は以前、ウチのコ可愛いから始まって仔猫を無制限に産ませ続け、飼育崩壊した現場を何度も見ているからな……アレは地獄より地獄だぞ?」
多頭飼育崩壊現場は何度見ても地獄だった、餌が足りず共食いはするしヘタをすれば自分達の糞すら食う、予防接種の類もされていないから病気が蔓延するし、そしてその死体を喰らい本能のままに近親交配を繰り返し様々な異常を抱えた仔が量産される……。
「……うん、ごめんなさい。ちゃんと飼える範囲で飼う様にしないと逆に猫が可哀想な事になるんだね」
興味がある人は『猫、多頭飼育崩壊』辺りで検索してみると良い、ちょっと調べただけでもその現場の悲惨さが理解出来ると思う。
「と、まぁこうして飼い主さんも解ってくれた様なので、仔猫が酷い目に遭う事は先ず無いと思って良い。だから、俺の仔を産んでくれますか?」
「……リリみたいな鈍臭い雌で良いならまた産みたい、産ませて下さい、今度はちゃんと育てたい」
と、こうして俺の三度目の種付けが無事に纏まったのだった。