畜生道に堕ちたと思ったら五条悟の飼い猫になった件 作:鳳飛鳥
リリちゃんの出産が終わったのはその日の深夜を回った頃だった。
翌日も学校があるので普段は津美紀嬢の部屋で寝ている彼女自身と禪院姉妹も今夜は、リリちゃんが落ち着いて出産をする為に、一人部屋としてはかなり余裕のある恵の部屋に布団を敷いて子ども4人で雑魚寝である。
「後の様子は俺が見ておくからお前等はちゃんと寝ろ」
と、妻と子ども達言って俺と共に不寝番を買って出たパパ黒は、本当に原作とは違って良い家庭人をして居ると思う。
……まぁ彼は一般的な勤め人では無く、禪院家から時折入る任務でガツッと稼ぐスタイルだからこそ、明日の昼間寝れば良いと割り切ってるだけかもしれないが。
兎角、俺とパパ黒は津美紀嬢の部屋で可能な限り気配を消してリリちゃんが無事に出産を終えるのを待つ。
その間に聞こえて来た産声らしき仔猫の鳴き声は既に5つ、しかしリリちゃんがお産のために息んだと思わしき声は6回……少々嫌な予感がする。
お産と言うモノは人間でも猫でも常に事故のリスクが付き纏う、医療の進歩が進んだ現代でも1%未満と大分低い確率には成ってはいるが母子の何方か、或いは両方の命に関わるトラブルは決して0には成っていない。
ましてや猫のお産は専門医が取り上げる様なモノでは無い、いや動物病院に依ってはそうした対応をしてくれる場所も有るが、今回は極々普通に自力出産だ。
「リリちゃん、未だ産まれる感じか?」
本来ならば出産中の雌猫には近づくのもよろしく無い、気が立った雌猫は本来ならば懐いている筈の飼い主にすら威嚇をするし、場合によっては錯乱してなのか自分の仔を食い殺すなんて事までしてしまう。
「オジサマ!? 全部産まれたけど、一匹声がしてないの!? リリまた駄目なお母さんになっちゃう!?」
どうやら言葉を話す猫は通常の猫よりは理性的な対応が出来る様で、俺の言葉にそんな返事を返して来た。
「開けるぞ? その仔の様子を見せてくれ」
そう言ってパパ黒と頷きあうと、俺達は段ボールで作られた出産箱の上蓋を開け、中の様子を覗き込む……確かに毛玉が6つ産まれているが、その内1つは呼吸をしている様子は無い。
泰山府君の祭が間に合うか!? と目を凝らして見るが……その肉体には魂が宿っている様子は無かった。
「……この仔はどうやら産まれる事が出来ない運命だったみたいだ。俺の能力でも魂の無い者を蘇らせる事は出来ないんだ……リリちゃん。その分他の5匹に愛情をしっかりと注いで上げれば、君は駄目なお母さんなんかじゃないよ」
ペロペロと生き残った5匹を舐めながらポロポロと涙を流すリリちゃんに俺は寄り添い、彼女の流す涙を舐め取って上げる。
人間だった頃ならばハンカチで拭いて上げる場面だとは思うのだが、猫のこの身ではこうするのが正解だったと思ったのだ。
「おお、お熱いこって……どうやら1匹は駄目だったみたいだが出産自体は無事と言って良い感じに終わったみたいだな。水と餌はここに新しいの置いて置くぞ? んじゃ俺ぁ寝るわ……ガキどもの面倒しっかり見ろよ? お父さん」
幸いな事に
けれども彼女は前世の女房とは違う、既に一度折れて再び折れかけているのだから、支えとなる添え木が必要な状態なのだ。
だから俺が、そして彼女の飼い主である津美紀嬢や、その家族がしっかりと支えて上げないと駄目なのである。
普段は自分の毛繕いすら毛の味が舌に残って嫌なのに、今はそんな事は全く気にならない。
そんな感じでどれほどの時間を過ごしたのか、無事だった5匹の仔猫達はお乳を飲んで眠りにつき、泣き疲れたのかそれとも出産の疲れかリリちゃんの深い眠りに落ちた頃、締め切ったカーテンの隙間から朝日が差し込んできた。
寝ている皆を起こさない様に注意しつつ、俺は無事に産まれる事の出来なかった仔の遺体を前脚で掴み上げ出産箱を出る。
基本的に津美紀嬢の部屋から殆ど出る事無く生活出来る様に、キャットタワーやら猫トイレや餌場なんかは全て用意されているが、ソレでも部屋の外に出る事が簡単に出来る様に、この部屋の入口にはちゃんとペットドアが取り付けられていた。
「お早う御座います、流石にコレをゴミとして捨てるのは気が引けるので、庭の端にでも埋葬していいでしょうか?」
身を屈めてソレを潜り抜け1階へと降りると、既に奥さんが朝食の支度を始めていたので、そんなふうに言葉をかける。
「あら……そう、1匹は無事に産まれる事が出来なかったのね。お墓を作るのは良いけれど……埋葬は子ども達が起きて来て朝ご飯を食べる前にしましょう。子どもを亡くした貴方達には悪いけれども、命の尊さを子ども達が知るには良い機会だわ」
『子供が生まれたら犬を飼いなさい』と言う言葉を知っているだろうか?
赤子の頃には子犬が守り手となり、幼少期には遊び相手になり、青年期には良き理解者となり、そして大人に成った頃には自らの死を持って命の尊さを教えてくれると言う言葉だ。
犬に限らずペットを飼う事が子どもの情操教育に良いとされるのは、通常ペットとして飼う事の出来る生き物の大半は言葉がろくに通じずソレでも絆を育む事が出来、そして人間と比べたら圧倒的に短い寿命で生と死を……そして命の尊さと儚さを教えるからだろう。
「……ああ、そうだな。この子も弔う者が多い方が浮かばれるだろう」
俺がそう返事を返すと彼女は窓際に新聞紙を広げて置いてくれる、取り敢えずはソコに寝かせろと言う事だな。
「墓穴を掘って置こう、皆が起きてきたら直ぐに埋葬してやれるように」
「スコップとかウチに有ったかしら? まだ越して来たばかりで庭も前の人が使っていたままなのよね」
「ああ、大丈夫だ。猫は野生ならば普通に穴を掘る生き物だからな。猫が掘るのは別に砂場だけじゃ無い、ソレに俺はタダの猫では無いからな、コンクリートの地面でもやろうと思えば掘り起こせる」
「……本当に喋る猫ってだけじゃぁ無いのねぇ」
「ああ、俺はちょっと特殊過ぎるからリリちゃんを俺と同じ感覚で扱わないで上げてくれ。彼女は喋る事が出来て普通の猫よりもコミュニケーションが取りやすいと言うだけで、本質的には普通の猫と変わらないからな」
ラーメン赤猫原作でも『話せる猫は探せばそれなりに見つかるが、働きたい猫は世界中さがしても簡単には見つからない』と言うセリフがあった。
働くと言うのは社会で生きる為には当然と言えば当然の行為では有るが、常に命の危険に晒される野良の生活の中では、人間に飼われる安定した生活すら想像は難しい。
ましてや社会人として働き対価を得てソレで自由な生活を送ろうと考える猫は極めて稀だろう。
そもそも野良……すなわち野生の猫ならば人間の社会制度に興味を持てと言われても、日々の糧を得る為の狩りや安全な塒を探すのに精一杯で他の事を考える余裕なんざぁ無い。
そう言う意味では本当にラーメン赤猫のメンバーは『奇跡的に集まったライトスタッフ』なのだろう。
彼女が庭に面した大きな窓の内鍵を外しソレを開いてくれたので、俺はそのまま庭へと降り立ち塀の側に植えられている木の根元へと進み、
「この木をあの子の墓にしても良いだろうか?」
一度振り返って此方を見ていた奥さんにそう声を掛ける。
「前の人が植えた柿の木らしいのよね。秋になって実が付けばこの仔の事を思い出せるでしょうし、ちょうど良いんじゃないかしら?」
『人は医学的な死を迎えた後もう一度死ぬ。ソレは人々の記憶からその人物が忘れられた時である』と言う様な言葉がある、この仔は産まれる事は出来なかったが柿の実を見る度に食べる度に思い出して貰えるならば2度目の死を迎えるのは大分先になるだろう。
彼女の言葉にそう判断を下し、俺は柿の木の根元に少し深めに墓穴を掘るのだった。