畜生道に堕ちたと思ったら五条悟の飼い猫になった件 作:鳳飛鳥
「で、結局その事件は未登録呪詛師の術式に依る暗殺案件と断定し、こっちに話が投げられた……と」
篠原巡査が残穢を保存した呪符を手にした御主人が『
忌庫とは別の部屋に置かれているのは、この呪具が呪詛師絡みの案件に使う分には極めて有用な捜査手段に成り得るモノであり、他の忌庫に封印するべき呪具と違い使用頻度が高いからだ。
無論、盗まれる様な事が無い様に厳重な警備体勢を敷いた上での運用であり、この部屋自体に伊地知補助官のコピー体を素材として組屋が作った強力な結界を張る為の呪具が設置され、総監部の許可が無ければ御主人ですら簡単には入れない状態に成っている。
総監部の持つ結界を通る為の合鍵となる呪具と高専で管理している扉の鍵、その両方が無ければ月詠鏡の有る部屋には入れないと言う訳だ。
ちなみにこの月詠鏡の存在を知っているのは総監部以外では高専の教師陣でもごく一部であり、決して九十九特級にはその存在を明かさない様に縛りまで結ばされているのは、彼女にバレて破壊されるのを避ける為である。
と、そんな訳で金色の尻と頭が鎮座する部屋へとやって来た俺と御主人は、手にした呪符を月詠鏡に読み込ませるが……
「ありゃ……映んないな。相手は天元の結界の外に居るのかそれともソレ以上の結界を張ってるのか? まぁ間違いなく前者だろうね。つーことは海外の呪詛師かもしくは北海道や沖縄辺りの呪詛師か? まぁ何方にせよ面倒なパターンだね」
鏡は対象となるモノの像を映す事は無く、御主人の顔がそのまま反射されているだけだった。
「ソレにしてもコレは本当に反則だよなぁ……追跡系の術式持ちが見たら血涙を流して怒り狂うんじゃないか?」
残穢を目視し追跡すると言うのは、呪術師にとっては基本の基の字であり誰でも当たり前に行う行為で、ソレを警戒して実力ある呪術師や呪詛師ならば残穢を丁寧に拭い去る事も時間さえ掛ければ不可能では無い。
科学的な方法ではそう簡単に痕跡を消す事の出来ない血痕とルミノール反応とは違い、残穢は割と簡単に取り去る事が出来てしまうのだ。
更に言うならば残穢は時間経過でも簡単に霧散してしまう為、ソレだけで追跡を続けるのは簡単な事では無い。
ソレを覆すのが追跡や探知と言った効果を持つ術式の持ち主だったり、古典呪術としての占術なんかなのだが、前者の多くは対象となった者に『探知された』と察知される恐れが少なからずあり、後者は察知はされないが確実性に欠ると言う欠点がある。
対して月詠鏡はと言えば、余程視線に敏感な者じゃなければ見られたと言う事すら気づく事が出来ない……と高専所属の呪術師達を対象とした検証の結果がでているのだ。
ちなみに月詠鏡で覗き見された事に気が付いたのは現状だと100%女性な辺り、男に比べて女性の方が明らかに視線に対して敏感なのだと誰しもが理解出来る結果だったりする。
忍者としての修行を積んだ御主人ですら気が付く事が無かったと言うのだから、この呪具の反則度合いが分かると言うモノだ。
「取り敢えずコレで被疑者のツラ拝めない以上は、正体不明の呪詛師の残穢として登録しておくしか無いな。まぁコレが出来るまではソレが普通だったんだけれど……人間便利を覚えるとどんどん怠惰に成っていくなぁ」
御主人の言う通り月詠鏡が出来るまでは、取り敢えず残穢を保存しソレを元に手配書が作られ、幾つもの事件で同じ残穢が確認され、ソレ等を地道に捜査していった結果、対象を呪詛師認定する……と言うのが普通だった。
けれども月詠鏡がここに設置されてからは残穢からその姿を映し出し、鏡に映った顔を写真に撮ってソレをベースに手配書が作成されると言う運用が成される様になり、呪詛師の捕捉率は格段に上がったと言える。
月詠鏡の欠点があるとすれば、その姿と周囲の状況を映すだけなので、余程特徴的なモノが近くに無い限りは即座に個人を特定し、居場所を断定する事が出来る訳では無いと言う事だろう。
中には運が悪い事に丁度どこかの古物商にモノを買い取りして貰おうとして居て、身分証明証の類を取り出した瞬間がこの鑑に映り、一発で個人特定に至ったケースも有るが……ソレは完全に相手の運がなさ過ぎただけである。
とは言え世の中呪術師で無くとも写真一枚有ればその人物を探しだす事の出来る探偵(但し余程情報の多い写真じゃなけりゃ中々に難しいそうだ)も居る訳だし、ソレが有るのと無いのでは情報量が雲泥の差と言って間違いない。
何なら暫く月詠鏡を使って対象を監視し、現在地が特定出来る様な何かが映り込むまで見続けると言う事も可能ではある。
長時間見る事のデメリットがあるとすれば、本当に情報が手に入るかも分からないモノを延々と見続ける事で使用者の時間が浪費されると言う事くらいだろう。
口の硬い補助官辺りを一人専業でその役目に就かせれば色々と捗りそうな気もしないでもないが、この呪具を秘匿しなければならない理由が理由なのでおいそれと誰かに明かすと言うのも難しいのだ。
……女性補助官を相手にこの呪具を見せれば間違いなく総監部の誰かがセクハラジジイ扱いだろうし、男性補助官ならば九十九特級の金色に輝く尻を見て血迷う可能性が0では無い。
うん、便利は便利だがやっぱりコレ見た目が悪すぎるんよね。
「うし、取り敢えずやる事ぁヤッたし部屋に戻るかぁ……あ、そーいや今日はパティーの新曲リリースだっけ。洋楽とか全然興味なかったんだけどあの娘は良いよなー。おかーちゃんも流石は世紀の歌姫とか言われただけあるわ」
月詠鏡を開いたまま(閉めると尻なので流石の御主人も気不味いらしい)で部屋を出ると、職員寮に向かって歩きながらそんな言葉を口にする。
彼が言ったパティと言うのはアメリカの歌手でフルネームはパトリシア・マイヤース、年齢15歳の少女でデビュー以来ヒットチャートに名を連ね続ける新進気鋭のアーティストだ。
母であるクリスティーナ・マイヤース女史も20世紀最高の歌姫と言われた歌手で有り、彼女が得た収入で設立したマイヤース・ソングスクールは世界中から歌手を夢見る者が集まる学校で有り、その卒業生の殆どが母国で最高峰の歌手として名を馳せている。
そんなクリスティーナ女史の愛娘がパトリシア……愛称パティであり、13歳でデビューしてからこっち日本でも彼女のシングル・アルバム共にオリコンチャートトップテンの常連と成っているのだ。
御主人が彼女の楽曲にハマったのは大学時代の友人に勧められて聴いたのがきっかけで、CDは当然の様に買うがそれと同時にダウンロード販売の方も合わせて買うと言う熱の入れようである。
CDが有ればMP3プレイヤーにラッピングして落とせるという話はちゃんとしたんだが、ソレでもわざわざ両方買うんだからソレはもう推し活の範疇なのだろう。
俺も彼女の歌は聴いた事が有るが……ぶっちゃけ英語の歌詞が何を言っているのか分からず、良い歌だと言う事と聴いて癒やされるとか心地良いと感じる者が多いのも当然だと思える歌声だと言う事しか分からん。
極めて個人的な意見では有るが俺的にはパティの曲よりは楽巌寺学長のバンド『King of Curses』の楽曲の方が好みである。
CDは廃盤に成っている古いモノまで頑張って集めたし、俺のスマホの容量の1/3は彼等の曲に占有されていたりするのだ。
更にうれしい事に猫の耳に合わせて作られたBluetooth対応のイヤホンが最近発売された事で、暇な時は大概は彼等の楽曲か爆風スランプ、もしくは吉田拓郎辺りをヘビロテしている。
俺の音楽の好みはポップよりはヘビーロックやフォークソングに寄っており、Jポップは一部の自分がハマったアニメのアニソンくらいしか分からない……JAM Projectは好きだけどな!
なので現在の御主人の部屋には御主人自身が買ったパティのCDと彼女の母クリスのCDが置かれ、その横に俺が買い集めたKing of Cursesと爆風スランプに吉田拓郎が置かれていると言うなんともカオスな状況である。
まぁ俺はCDプレイヤーで聴く事は殆ど無くてスマホにリッピングしたデータで聴くんだがね。
対して御主人は比較的高価なコンポで聴く事を好み、わざわざ職員寮の自室に防音工事を自腹でさせた程である。
好みでは無いと言うだけで嫌いな訳では無いから、部屋で掛けていても不快と言う訳では無いので問題ないんだがね。
新曲が相当に待ち遠しいらしい御主人の今にもスキップでもしだしそうな上機嫌な姿を横目に見ながら、俺達は先ずは部屋の鍵となる呪符を返す為総監部の有る高専本部へと足を向けるのだった。