畜生道に堕ちたと思ったら五条悟の飼い猫になった件 作:鳳飛鳥
「いやー! 凄かった! マジ凄かった! 今まで舐めた口叩いて御免なさい。アーティストとしてのアンタは本気で尊敬に値する大人だわ。呪術師と二足草鞋でコレだけのモン魅せられたら、マジでリスペクトしないと駄目な人だって魂で理解出来たわ!」
Zepp ダイバーシティ東京でのライブの後、ステージ上から俺と御主人を見つけていたらしい楽巌寺学長が楽屋へと俺達を呼んでくれた。
ソコで開口一番御主人が放ったのが上記のセリフである。
普段はあまりロックの類は聞かない御主人では有るが、ライブの大迫力の前には我を忘れて熱狂した……楽巌寺学長──アーティスト名『ノブ』──とKing of Cursesの面々の演奏はそれほどに素晴らしかったのだ。
「ふん! やっと儂の偉大さが分かったか小僧っ子め」
憎まれ口を叩く楽巌寺学長だったが表情はニヤリと言う擬音が聞こえて来そうな笑顔である。
「しかし五条1級が儂のファンだとは言っておったが、お主は儂の曲を今まで聴いておらなんだのか?」
原作での改革派である五条悟への隔意はこの世界では殆ど無く、飽く迄も生意気な若造と言う感覚で、長幼の序列を重んじない態度への反発だったらしく、アーティストとしてでも敬意を払われて悪い気はしないらしい。
「いや、ポチが部屋で偶に俺のコンポで聴きたいって言うときには一緒に聞いてたけど、俺ロックはあんまり好みじゃないっぽいんだよね。ただナマで聴くと流石に全然違うわ、3曲目のギターソロとかマジで鳥肌たったもん!」
俺は基本的にスマホにリッピングしたMP3とイヤホンで音楽を聴くが、時にはCDとコンポでガッツリ聴きたい時もある。
特に御主人は本人の拘りとかがある訳では無いのに、無駄に高いコンポとサブウーファーなんかをガッツリ揃えているので、間違いなく今生の俺は前世よりも良い音楽体験が出来ていると思う。
「ほー、ではお主が自分で好んで聴くのはどんな曲なんじゃ?」
自身でも会心の出来だったらしいギターソロを褒められ一瞬嬉しそうな表情を見せつつも、年長者の矜持か直ぐにソレを引き締め別の話題を振る。
「最近は……つーか大学で知り合った奴に勧められてパティを聴くまでは、音楽とかあんまり気にした事なかったわ。今はパティとそのおかーちゃんのクリスティーナ・マイヤースばっか聴いてるかな」
恐らく御主人は呪術御三家の当主を継ぐべく育てられていただろうし、幼い頃から教養として古典音楽に触れる事は有っても、高専に入るまではポップカルチャーの類に触れてこなかったのだと思う。
「ほー、マイヤース親子か。アレを聴いて良いと思わん奴は耳が腐っとるか、余っ程偏屈な特定ジャンルに傾倒したマニアの類じゃろなぁ。あ、後は単純に語学力が足らず音としては良いと思うが歌に共感は出来んというタイプもおるか」
そんな中で言葉の分からん俺でもコレはヤバいと思える歌に触れたならば、ドハマリするのも仕方ない。
「あはは、ポチがモロに後者だね。英語分かんないからって基本洋楽全般毛嫌いしているから。逆にポチの好みの曲だとロックは分かんないけど、吉田拓郎の方が好みには合う曲あるんだよなー、『我が良き友よ』とか割と好きよ俺」
我が良き友よは作詞作曲は吉田拓郎だが、本歌唱はムッシュかまやつだ。
まぁウチで聴く時は吉田拓郎のセルフカバーアルバムの方を聴く事が多いから間違っていないといえばいない。
「また古いところを突いて来るのぅ。つまりアレじゃな、お主はアップテンポの機械音楽よりもフォークなんかのスローテンポの曲調の方が好みに合うと言う事じゃろの。まぁ曲の好みは好き好きじゃからどうこう言うモンでは無いわな」
御主人の年齢を考えれば産まれる前の曲だし古いと言われても仕方ないのだろうが、俺的には二十歳そこそこの頃の名曲なんだよなぁ。
「学長達の曲はCDだとあんまり好みって感じでは無かったけど、ライブは全然違っててコレは俺でもすげーもんだって分かったぜ?」
CDとライブを一緒にするな! ……と言いたいが、ごくごく稀にいろんな調整が入ったCDの方が聴きやすい音痴なアイドルとか居るからなぁ……。
「そりゃ生音とCDを一緒にするでないわ。生音がシェフが作った料理なら、レコードはレトルト食品、CDは缶詰、今流行りのMP3はインスタント位差があるもんじゃよ」
だが当然ながら学長とその仲間達はそうした例外枠では無い本物の実力派だ、彼が言う通りナマとMP3じゃぁ名店の味とソレとコラボしたカップ麺位の差があると言えるだろう。
「はぁ成る程なぁ。つまり俺は缶詰だけ食ってってロックは合わないとか言ってた訳か」
とは言え幼少期から高校入学まで殆ど伝統音楽にしか触れて来なかった御主人の感性で、いきなりロックンロールを受け入れるのは少々辛いモノがあるのは事実だ。
「まぁ言ってもライブに常に来れる訳でも無いし、儂らもチケットは抽選販売になる程度には人気バンドじゃから? CDで合わんなら合わんで良いとは思うぞ? 人それぞれの好みまで否定したらアカンじゃろ」
その辺の事は楽巌寺学長も承知している様で、軽い苦笑いと共に肩を竦めてそう言ってくれた。
「ソレはそう」
「んで、ソッチで小僧の陰でもじもじしとる五条1級はなにか言いたい事があるんじゃ無いのかの?」
御主人と談笑していた楽巌寺学長からそう話を振られて俺は思わずビクッと全身を震わせる。
「……誠に恥知らずで不躾なお願いだとは承知しているのですが……このCDにサインを頂ければ……と」
そのCDは今日の物販で買ったばかりの未開封の新譜で、当然ながら発売日には大手通販会社で保存用と観賞用に布教用で3枚買ってある。
「猫の耳にロックはその……大丈夫なのか? 猫は人間の数倍耳が良いと聞くぞ? 高周波や超低音も聞き分けれるのじゃろ? ファンじゃと聞いてライブに誘ったが……」
「ああ、その辺は大丈夫ですよ。俺……私の五感は猫としてはかなり劣るモノで、概ね人間準拠ですから」
「……五感が人間準拠? もしや味覚も?」
「ええ、残念ながら……」
俺がそう言うと楽巌寺学長はなにかを察した様な顔をした後
「そりゃ……キツイのぅ。美味いモノを食うのは恐らくは全ての生き物で共通する最大の娯楽じゃからなぁ……、ソレを封じられるだけでも呪霊の1体や2体は産まれても不思議は無いわなぁ」
と、割と深刻な表情で言い切る。
「とは言えこのご時世、アレルギーなんかでガッチガチに食えるモノが縛られている様な子は人間でも少なからずいますし、ソレに比べりゃ即座に命に関わらないだけマシってもんですわな」
対して俺は勤めて軽い口調でそう返した、実際
外食も事前にアレルギー除去食を予約出来る様な店じゃなければ出来なかったので、コレを本人に言うのは残酷な言葉だとは思ったが本当に可哀想な子だったと思う。
ソレに比べたら食べたら即アナフィラキシーショックで命に関わる様な事の無いこの身体は、全然マシだと言って間違いない。
「CDへのサインは構わんが、儂だけで良いのか? 他のメンツも書いた方が良いなら揃って書くぞ?」
呪術界という極めて狭い世界の中でも教育者として長年生きている学長は、流石に『アレルギーは甘え! 食えば治る!』とか言うアホな老人では無く、ちゃんとその危険性を理解している様で俺の言葉を聞いて素直に納得し、そんな素晴らしい提案をしてくれた。
「出来れば全員分お願いします!」
食い気味にそう返事をした俺、King of Cursesはギターも勿論素晴らしいが、ソレ以上にドラムやベースと言ったリズム隊が素晴らしいのだ。
リズム隊はバンドの屋台骨、ソコがしっかりして無けりゃ幾らフロントマンが上手くても、最高のグルーヴは産まれない!
メンバー全員が新品のCDにサインを書いている間、俺は駄目なヲタクが捲し立てる勢いで、それぞれのメンバーの素晴らしさを御主人に向かって熱弁し続ける。
「ところで坊主、マイヤースの娘が日本に来ると言う事は間違いなく荒れるぞ? 彼女の母親は反戦活動家の側面があるでな。割と色んな所でその首に賞金が掛けられておる。呪詛師共が動くのは恐らく間違いないじゃろの」
ベトナム戦争当時、世界中で『反戦フォーク』と呼ばれる戦争反対を訴える音楽活動が世界的に一台ムーブメントを引き起こしたが、クリスティーナ・マイヤースもフォークでこそ無いモノの反戦歌の類は何曲もリリースしていると言う。
更に彼女はベトナム戦争だけで無く、世界中何処で戦争や紛争が起きてもその度に新しい反戦歌をリリースし、その収益の多くを自身が設立した財団を通じて難民支援や戦争被害者の救済に当てているのだそうだ。
ソコだけ聞けば良い話にも思えるのだが、戦争をしている国の指導者からすれば厭戦感情を煽るモノであり目障り極まり無い……と考える者が出るのは当然と言えば当然である。
その為、裏社会ではクリスティーナ・マイヤースには御主人の首には及ばないモノの、ソレでも莫大と言って良い賞金が掛けられていると言う。
娘であるパトリシア・マイヤースに対しては直接的な懸賞金は
「その上あの子等はネイティブアメリカン系呪術師の取り纏めまでしておるからの。本国に居る時には
銃器が有るのが当たり前と言う状況での護衛は専守防衛なんてヌルい事は言わず、護衛対象を守る為ならば先制攻撃を厭わないのが普通だが、残念ながら幾らVIPの護衛だとしても日本でソレは許されない行為だ。
無論日本にも警備会社なんかにボディーガードの依頼はするのだろうが……ガチのガチなら確かに荒れそうである。
「……っち、折角パティのコンサートでクリスマスデートと思ってたんだがなぁ……そんな話聞かされたら絶対に俺が護衛につかないと駄目じゃん。向こうから依頼が無くても俺がロハで就くって総監部に連絡しねぇとな」
天内少女の護衛の時には散々ブチブチ言っていたのに……自分が好きなアーティストの危機だからか、其れ共アジア系……いや、恐らくはネイティブアメリカンの系譜であろうモンゴロイドの血が混ざった白人系の彼女が好みだったのか、かなり護衛に乗り気である。
「ほぅ……クリスマスデートに誘う様なおなごがお主におったか。産まれながらの化け物とばかり思っておったが、年相応の男らしい部分も出てきたようじゃの」
からからと楽しそうに笑う楽巌寺学長の表情は原作では一度たりとも見たことの無いモノなのだった。